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45 余裕無さそうに見えるんですけど~?

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 浴室から出ると、俺は辻崎が用意してくれていたジャージに着替えた。

 すぐそばに天からのぼた餅があったが、これはもうあまり見ないでおこう。

 もう十分見たしな。うんうん。


 先ほどまで静かだった洗濯機が、ゴウゴウと音を立てて稼働していた。

 俺がシャワーで土や汗を洗い流している間、辻崎がもう一度ここへ来たんだろう。


 脱衣室を出ると、その物音に気付いたのか、すぐ近くの扉から辻崎が現れた。その扉はどうやらリビングに繋がっていて、そこで俺が出るのを待っていてくれたらしい。


「サッパリした?」

「……ああ。ありがとう」

「いいね。じゃあ、あたしの部屋いこ?」

 辻崎は軽く微笑んで、階段の方へと向かった。俺もその後に続く。


 別にリビングでも良いんじゃないか? なんて事も思ったが、もうここまで来たら逆に辻崎の部屋を見てみたいという気持ちもあった。


 辻崎、もといギャルの部屋……。一体どんな部屋だろう?

 俺の友達に、今までギャルなんて人種はいなかった。


 良くてもフツメン級モブ、それも男。それ以上も以下もない。こんな事言うと降旗にキレられるけど、許してください友一君。


 辻崎は、俺を待っている間、自分の髪や服にまだ残っていた汚れをしっかりと落としていたらしい。

 Tシャツやジーンズに加え、いつものライトブラウンの明るい髪も、先ほどよりはいくらか綺麗になっていた。


「あたしも、後でちゃんと服洗わないとねぇー」

 そう言いながら、階段を上がる辻崎。


 階段を上がりきってすぐの部屋に「ゆず」と書かれた白いドアプレートが掛かっていて、わかりやすいなと思った。


 プレートの名前はキラキラとデコレーションされていて、誰が見ても「あ、この部屋に派手めな女子が住んでそう」と察してしまいそうな具合だった。


「エアコン付けたし、涼しいよ? 入って入ってー」

 辻崎は、軽い調子で俺を部屋へ招き入れた。

 辻崎の部屋のドアが開けられ、中からひんやりとした冷気がこぼれてくる。


「お、おお……」

 部屋に足を踏み入れた俺は、思わず声を漏らした。


 白くすっきりとした色の天井と壁。

 十二帖ほどの広さのその部屋に、モノトーンな配色の家財品が置かれ、時々きつめのビビットピンクや黄色い小物類が見受けられた。


 クッションや小さめのローテーブルは、柔らかい印象のパステルピンクで可愛いらしい。

 ローテーブルの上には、お茶が二つ、グラスで出してあって、その横に絆創膏や消毒液の容器が置いてあった。俺の入浴中に用意してくれたらしい。


 窓際に寄せられたベッドも、その上の掛布団や枕も、パステルピンクだった。隅っこに大きめのパンダのぬいぐるみが置いてある。

 パンダの本来黒い部分までピンク色になっていて、あんな動物この世にいないのに、とか思った。


 辻崎の部屋も、伊十峯の部屋と同じくらい個性的だな……。

 この部屋でいつも寝たり起きたりしてるんだよな辻崎。

 ああ、なんか女の子特有の甘い匂いもするし……。

 これが、うちのクラスのギャル軍団団員の部屋か。


「何そんなジロジロ見てるの? あっ、もしかしてー、月村って女の子の部屋入るの、初めてじゃない? ふふっ」


 部屋に入ったっきり一歩も動かず立ち尽くしていた俺を見て、辻崎はにやりと笑った。


「は⁉ そ、そんな事ないし! こういう部屋は初めてってだけだし……!」


「こういう部屋って何? ふふっ。ていうか、なんか余裕無さそうに見えるんですけど~?」


「女子の部屋くらい入った事あるから!」

 伊十峯の部屋だけだけど。


「ふぅーん? ま、いいけど。ほら、手当するから、ここ座ってよ?」

「あ、ああ」


 ぽんぽんっ、と辻崎が促すように叩いたソファに、俺は緊張しながら座った。

 黒革の、どっしりとした重厚なソファだ。

 どこかの会社の応接室から盗んできたのか?


 きついビビットカラーの小物類に加え、こういったソファの存在感のせいか、部屋の雰囲気が少々いかつい。

 怖いなぁ……。早くも逃げ出してしまいたいんですけど。


「擦り傷あるのって、こっちの足だっけ?」

「あ、ああ……」

 ソファに座った俺の左足を指差しながら、辻崎は確認した。


「それじゃあ」と言って、辻崎は俺の足のそばでひざまずいた。

 それから、俺の履いていたジャージの裾に、ゆっくりと手を掛ける。


「あ、ちょっと……」

「何?」

「……い、いや、なんでもないけど」


「ふふっ。何それ。……裾、まくるよ?」

「……うん」

 辻崎の手によって、ジャージの裾がロールアップの要領でくりくりとまくられていく。


 それにしても、目のやり場に困るなぁ……。

 辻崎がひざまずいているせいで、そのTシャツの襟元からそこそこ深い角度まで胸の谷間が見えてしまっているし。


 何より、このかしづかれている構図が、妙に俺の心をぞくぞくと――って何考えてんだよ俺!


「あっ……あっちょっと……」

「ちょっとー? 痛いのわかるけど、変な声出さないでもらえる? ふふっ」

 俺の声に辻崎がほくそ笑む。無論、よく目にしていた小悪魔的な表情だった。

 目元をやや細め、口角を程よく吊り上げている。

 そんないじわるな顔しないでくれ!


「つ、辻崎……そんな言われても……あっ!」

 実際のところ、擦り傷にジャージが擦れていて痛かったのもあったが、ふくらはぎの辺りをむにっと触られたので、おかしな声が出てしまった。


「あははっ! ほら、膝が出てきたよ?」

 まくり上げられたジャージの裾から、俺の左足の膝小僧が顔を出す。


「あれ? うーんと……月村~……太ももの辺りもちょっと擦り傷があるみたいだね……?」

「え? あ、ほんとだ」

 まくり上げたジャージから、太ももの生傷が半分ほど見えていた。


「いや、でもそこはさすがに……」


「ここも手当しないと。ばい菌入るよ? ほらぁ!」

 辻崎はそう言って、ジャージをぐいぐいと太ももの付け根へ押し上げる。


「き、際どいから! ちょ、ちょい待って! 際どい際どい!」

 太ももの付け根で、ジャージが蛇腹になって溜まる。

 ひざまずく辻崎の目の前で、俺の太ももが露わになった。


「ほーら、消毒いくよ? ……はいっ」

 辻崎は、いつの間にか消毒液の容器を手にしていた。

「はいっ」のタイミングで容器からピシュっと可愛い音が鳴り、傷口に消毒液が吹きかかる。


「っああ!」

「ふふっ♪……痛がる月村の顔、ちょっと可愛いじゃん?」

 またしても辻崎の表情が淫靡に歪む。


「あ……ちょっと……」

「ほら、もっかいもっかい!」


 ――ピシュピシュッ。


「ああっ!」


 しみる! 傷にしみてるから!

 ていうか、もう一回って言ったのに今二回やったよな⁉

 ツープッシュだ! ツープッシュは反則だ、聞いてない!


 しかしただ消毒してもらってるだけなのに、なんで俺は妙にドキドキしているんだ? これは普通に手当てしてもらってるだけだよな⁉


「ふふ、ちょっとティッシュで拭くね? はいっ」

 辻崎はそれから、俺の太ももの傷にティッシュを押し当てた。

 触られた箇所から、ビリッとした痛みが生じる。


「ああっ……あっ、いたぁっ!」

「ぷふっ……もう~! なんでそんな声出すわけぇ? なんかさー、月村の反応ってすっごく、その……あれだよね?」


「あ、あれってなんだよ! 痛いんだから仕方ないだろ⁉ もう絆創膏貼って終わろうぜ!」

「え? まだでしょ? ほら、ほらぁ!」

 辻崎はそう言って、傷口を抑えていたティッシュにやや力を入れた。


「あっ……ああっ‼ ぐりぐりっ、しなっ、いでっ! や、やめろぉぉ!」


「あはははっ! おかしいよ⁉ その反応やっぱり変だよ? ぷふっ! ほらほらぁ~」


「あぁ~っ! やめてぇ!」


 辻崎は絶対に俺で遊んでる。こいつは楽しんでるんだ。

 二対一でイケメンにボコボコにされた俺の悲しい悲しい生傷を、いたぶって楽しむ変態女子高生。

 そうだ。それが辻崎ゆずの正体なんだ。


 くっそ! もっと衣装ケースの下着を漁りまくってやればよかった。

 なんなら何枚かくすねても問題なかったんじゃないか?


「こら! 人の身体で遊ぶな!」

「えー? ふふっ。身体で遊ぶなっ♡ とか言っちゃうんだ、月村。超変態なんだけどぉ……?」


「違う違う! 絶対辻崎のほうが変態! 俺は普通の事言ってるから!」

 そんな、白Tシャツの襟元からガッツリたわわ山脈覗かせてる人に言われたくないし!


「普通の事? じゃあ月村は普通の人って事?」


「そうだよ! だから早く絆創膏、あっ! おい、傷ぐりぐりすんっ、なはあんっ! おい、や、やめっ、ああっ! あ~!」


 俺が話してる最中にも関わらず、辻崎はぐりぐりと責めてくる。


「あはははっ! やば、これ結構楽しいかもぉ~♪ ほらぁ~♡」


「あぁっ! おい、いい加減に! あっ! ばっかやめらぁっ!」


「あはは! やめらぁって何? うけるっ……ククッ……。まぁ、その、ごめんね? ちょっといじわるしちゃった~」


 しちゃった~じゃないよ。こんなぐりぐりしてたら、治るものも治らなくなるわ。

 お詫びにたわわ山脈登らせろ。


「絆創膏取って? もう俺、自分で貼るよ……」


「え? あたし貼るよ? 遠慮しないでよ~」


「遠慮じゃないから! 辻崎、またぐりぐりやるだろ! もうお前の行動は読んでんだ!」

「えぇー……ふぅーん。それなら仕方ないね。はいっ」


 辻崎はテーブルの上に乗せていた絆創膏の箱から、俺に一枚絆創膏を渡した。


 十分楽しめたからなのか、思いのほかあっさりと渡してくれた。

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