43 乱闘ミスマッチ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おらぁああああ! 何めぐみちゃんに手上げてんだこのクズがぁ!」
――ドゴォッ。
思い切り顔を殴られる俺。
不本意な乱闘開始のゴングは鳴らされた。
「痛っ! い、いてぇな! 何すんだよコラァ!」
――ドガッ。
そのイケてる顔面に向かって、俺も全力で右手の拳を食らわせた。
意外と喧嘩慣れしていないのか、相手も俺の拳をまともに食らう。
「ぐっは……お前が悪いんだろうが‼」
「悪いのは川瀬だろ‼ 事情も知らないくせに勝手な事言うなよ‼」
「おら! こっちは二対一なんだ! 後ろに気をつけろよっ‼」
――ドゴンッ。
後方に気をつけろと親切に教えられつつ殴られた。
「いってぇな⁉ ふざけんな! 何がクズだよ‼ 二対一とかそっちの方がクズだろうが‼」
「はぁ⁉」
「オラァ‼」
後ろからやってきたイケメンに振り返りながらの肘を一発入れ、最初に殴ってきたイケメンにも握りこぶしを食らわせる。
「痛っ! な、なんだ? 意外とやる気なのか? まぁお前が負けるんだけどなああぁぁぁ⁉」
――ドゴッバキッドゴ!
次から次へと殴り殴られが繰り返されていく。
取っ組み合いの喧嘩なんてした事なかったけど、されっぱなしは御免だ。
お前らが手を出してくるなら、俺だって手を出す。
「辻崎の方が正しいからな⁉ お前はすっこんでろよ‼」
「めぐみちゃんに謝れやおらぁああああ!」
「はぁ⁉ 絶対謝んねぇ!」
「おらおら! 後ろにもう一人いるんだぜ? 忘れるんじゃねぇぞおらぁあああ!」
「ぐはぁっ! いてぇなおい‼」
忘れてほしくないらしく、後方から力いっぱい背中を殴られた。
続けて正面にいたもう一人からも、顔と腹を執拗に殴られ続ける。
当然、俺も精一杯殴り返してやった。
殴られた事への怒りと、身勝手な理屈で喧嘩を吹っかけてきた事への怒り。
そういった怒りを全て拳に乗せていた。
しかしながら二対一だ。その状況は変わらなかった。
それに、体格差も地味にきつい。
殴る蹴るのリーチが違いすぎる! スペックが違う! 顔のスペックも違う!(重要)
なんだよこのイケメン君は!
そんな俺達の理不尽な殴り合いの横では――。
「あたしだってあんたの事嫌いだったし‼ ふざけんなこのクソ猫被りがああああ!」
「や! ちょ、髪引っ張んないでよおお! 痛い! 何すんのよこらぁ!」
「痛っ‼ あんたこそ、ツメ立てるとか卑怯でしょぉぉぉ⁉」
女性同士の殴り合いも同時開催中だった。
髪の引っ張り合いとか凄まじい事になっているんだけど、ちょっと待って‼
二人とも露出度の高い服装だから、色々乱れててやばい‼
って、そんな事気にしてる場合じゃないなこれは。
川瀬の方が強いのか、辻崎も相当殴られまくっていた。
顔が殴られるたび、辻崎も川瀬も髪の毛がブンブンと乱れ舞う。
俺はイケメン二人に殴られてよろけつつも、川瀬の近くへ歩み寄った。
「か、川瀬! やめろよもう! 辻崎はお前のために言ってんだぁ‼ わかってやれよおぉ!」
俺は、川瀬の両肩をがっしり掴んで叫んだ。
よく見たら、川瀬は川瀬で顔にかなりはたかれたあとがある。
唇からは少し血も出ていた。
「うっさい‼ 元はと言えばあんたのせいでしょ‼ あたし知ってるわよ⁉ あんたがゆずをそそのかしたんでしょ⁉ 全部あんたのせいじゃない‼」
「はぁ⁉ 意味わかんねぇよ!」
俺の手を川瀬が振り切る。とその時、
――もみゅんっ。
「きゃああ⁉ ちょ、どこ触ってんのよ‼」
振り切られまいと差し出した俺の手が、思い切り川瀬の胸を鷲掴みにしてしまった!
「あっ~! ごめん! おっぱいがあああ!」
あ、でかいっ! いや? 伊十峯よりは――
「おらぁ‼ 何めぐみちゃんに手出してんだこらああ! お前の相手はこっちだろうがぁ⁉ おらっ! おらっ! おらああああっ! どっせぇぇぇぇい!」
川瀬の胸を揉んだとあって、イケメンの一人がさらに攻撃を激化してくる。
――ドゴッ、ドゴバガドガッ!
「ぐふわっ! っぐぅ……!」
どっせぇいってなんだ? と思いつつも、蹴られた腰の痛みに喘ぐ。
「おらおらおらあああ! クズが! この、男のクズがっ!」
――ドゴッ。ドガッ!
「ぐほぉっ……つ、つじ……さき」
俺は思い切り腹部に拳を入れられ、身体をくの字に折り曲げた。
両膝から崩れ落ちそうになったところで、
「何休もうとしてんだ、よっ‼」
――ボゴオッ。
イケメンの膝が、「よっ‼」の声に合わせて、俺の倒れかけた頭部を顔面ごと蹴り上げた。
「がはぁっ……うっ……」
――ドサッ。
「月村⁉ つ、月村! ねぇ! ねぇってばぁ‼ 起きてよ‼ 大丈夫⁉」
朦朧とする意識の向こうで、辻崎の声がじんじんと響いてくる。
ああ……もうダメかもしれない。
地面に仰向けで倒れた俺のそばには、どうやら辻崎がいるらしい。
「ゆず? あんたの相手は月村じゃなくて、あたしなんだけ、っど‼」
――ドゴッ。
「きゃああっ!」
俺を心配していた辻崎に、川瀬が攻撃したらしい。
俺に対して辻崎がT字型に倒れ込んでくる。
こんな状況でありながら、俺の顔に辻崎の大きな胸が当たっていてドキッとする。
けど本当に身体や顔が痛くて、そのドキドキや喜ばしい感情すらもすぐに霧散してしまう。
「っはぁー……っはぁー……痛っ!」
「っはぁー……いってぇー……こいつ、何気にパンチが重てぇ……。地味に背中がいてぇ……。ていうか、めぐみちゃん大丈夫? 唇から血出てるよ?」
「……いい」
「え? でも……」
「いいから、今はほっといて‼」
イケメンに手当されそうになった所を、川瀬は拒んでいたようだった。
俺は重たい瞼をゆっくりと上げた。
「……」
もうお互いに満身創痍だった。
俺と辻崎はもちろんだが、川瀬も、イケメン二人も、顔や身体の所々に痣や軽い出血の跡、土の跡をつけて、肩で息をしていた。
川瀬は、自分の唇から流れていた血を手の甲でクイッと拭い取ると、吐き捨てるようにこう言った。
「ふんっ……もう行こ。いつまでもこいつらに付き合ってらんないし」
「そ、そうだよね~。ったくよ、手間掛けさせんじゃねぇよな? マジで。このクズが」
川瀬とイケメン二人は、俺達に背を向けてその場を離れていこうとした。
俺達弱いな⁉
こういうのって、もっとせめぎ合う戦いになるんじゃないのか⁉
いや、まぁ俺に至ってはそもそも二対一で、かなり理不尽だったんだけど。
無効だ。こんなの無効試合だ。ふざけんなよほんとあのイケメン共……。
「め……めぐ……み……」
辻崎はまだ少し余力があるのか、俺に倒れ込んでいた体勢から、ゆっくりと身体を起こしたようだった。
「ま、待ってよ‼ めぐみ‼ ……め、めぐみは間違ってるよ‼ どうして⁉ どうしてそんなに意地張るの⁉ 本当に悪いのは誰だと思ってるの⁉ めぐみだって、そんな事くらいわかってるんだよね⁉ もっとよく考えてよぉぉぉぉ‼」
「……」
涙で頬を濡らしながら、辻崎は叫んだ。
長閑な夏の公園には似付かわしくない、悲痛な想いがその場にこだましていた。
ああ、本当に似付かわしくない。
シチュエーションも、辻崎本人も、どこかミスマッチだ。
いつも学校で見掛けるような、不敵な笑みで迫ってきたりしていたあの辻崎が、ここまで必死になるだなんて。そういう意味でも似付かわしくなかった。
傷だらけになってまで引き留める奴なのか?
それは俺にはわからなかったが、辻崎の中には確固とした想いがあったんだと思う。
川瀬めぐみといつからの付き合いなのかは知らない。しかしそれでも、その思いのたけをぶつける姿を見れば、心の底から彼女を信じていたのだという辻崎の本心だけは伝わってくる。
俺は途切れてしまいそうになる意識の中、その光景をかろうじて視界に収めていた。
いや……ダメだ。本当にもう、意識が……。
そこで俺の視界はブラックアウトした。
不利な喧嘩でもそこそこ健闘した方じゃないか。
そのまま俺は少し眠っていた。
慣れない喧嘩なんてするもんじゃないな……。




