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34 もっと月村君と……

「い、伊十峯っ」

「え……?」


 俺がこそっと声をかけるも、もうすでに川瀬達は俺達のテーブルの前で立ち止まっていた。


「月村じゃん、あんた何やってんの?」


「え、何って……別に?」


 まぁ見ての通りコーヒーを飲みに来てるんだけどさ。

 しかし怖い! 川瀬単品でも怖いのに、その横に堤と玉木がいる!

 頼んでもいないのにポテトとコーラも付いてきたみたいな怖さがある。

 タダほど怖いものは無いっていうし。


 もちろん彼女達のそばに辻崎もいた。

 ただ辻崎は、ばつの悪そうな顔で目をそらしているようだった。


 そんな辻崎はともかくとして、俺に対する川瀬の眼光が鋭すぎる。

 獲物を狩るジャガーかなんかですか?


「……」

 伊十峯は伊十峯で、ただ黙って顔を少し下に向けていた。


「で? そっちの子、誰?」

「えー、てかこの子誰⁉ めっちゃ可愛くない⁉」


 川瀬の質問に加え、堤からのジャブ。

 堤はその場にしゃがみ込み、俯きがちの伊十峯の顔を下から覗き込んでいるようだった。


 やめてあげてください。

 伊十峯は初のコンタクトデビューで、何もしなくたってキャパオーバーだ。


「誰っていうか……えっと……一組の女子」


 俺がボソッとそう言うと、ポテトとコーラが反応した。

 いや玉木と堤だ。あれ、堤がポテトか。

 まぁどっちでもいいんだけど。

 玉木とポテトが反応した。


「えー⁉ ウチらのクラスじゃーん!」

「うっそ⁉ こんな子いた⁉ ていうか、さっきからなんで下向いてるのー?」


 堤はそう言うと、しゃがんでいた体勢を起こし、伊十峯の肩に手を置いた。

 その手に伊十峯はびくっと反応したが、それでもまだ彼女は顔を上げなかった。


 いや、もしかして上げられない……?


「おい。いいだろもう。伊十峯だよ伊十峯。俺の隣の席、伊十峯小声さん」


「はぁ⁉」

「伊十峯ぇ⁉」

「こ、この子が⁉」


 辻崎以外のギャル三人が、驚きの声をあげていた。

 辻崎の方は、相変わらず伊十峯と同じように黙り込んでいたけど、いつの間にか川瀬のそばに来ている。


「へぇー……」


 俺の対面の美少女が伊十峯だとわかると、川瀬は不気味な笑みを浮かべ始めた。

 その後、すぐに伊十峯の顎の下に手を伸ばす。


 川瀬はそのまま伊十峯の顎をクイッと持ちあげると、自分の顔を近付けた。

 そのまま、イメチェンした伊十峯の顔をじっくりと見つめる。


 なんだか、少女漫画で女主人公に迫るイケメンみたいな構図だった。


 ただ違うのは、イケメン役の性別と、その仕草に苛立ちが現れていた事だ。

 そこそこ雑な手つきで伊十峯に顎クイッを決めている。


「あんた、本当に伊十峯? あたしが体育の時泣かした、あの伊十峯ぇー?」

「……」


 伊十峯は身動き一つできないようだった。


 いくら黒縁眼鏡を外しても、人間そんなすぐには変われない。

 そんな生々しい現実が、今目の前で繰り広げられていた。


 辻崎は目を伏せて見ないようにしていたし、玉木と堤は面白そうな顔で事の成り行きを鑑賞している。


「やめろよ、川瀬。こんな店の中で」


「はぁ? ……てかさ~、前から思ってたんだけど、あんたこの子に気があるんじゃない? ほら、前も助けてあげてたじゃんっ。かっこつけてさー? あ、っていうか、もしかして付き合ってるとかー?


 ぷふっ! なら傑作なんだけどぉ~! お似合いじゃん! すかしたダサ男とダサ女でー。眼鏡外して可愛くなれたとでも思ってんの? 勘違いもここまでくると超憐れだしぃ~。全っ然不細工だからね? 超不細工! あはははは!」


 川瀬は伊十峯の顔に向かって、思い切り罵声を浴びせまくっていた。


「や……やめ……」

 伊十峯は、声を絞り出そうとしていた。

 その時だった。



 ――バシャァァッ。



「きゃああっ! 冷たっ! な、なによ⁉」

 俺は川瀬の顔面に、飲みかけだったコーヒーをぶちまけてやった。

 まだ少ししか飲んでいないので、かなりの量だ。


「ちょ、ちょっと! 何すんのよ!」


「いい加減にしろよ! ブスはお前だ! この、性格も顔も悪いクズ女が‼ 二度と伊十峯の悪口言うんじゃねぇよ‼」


「は、はぁあ⁉」


 俺の怒鳴り声に、川瀬も怒り心頭といった様子で声をあげる。

 その直後、そばにいた堤が川瀬の目元を指差して、


「わっ!……ちょ、ちょっとめぐみ! メイク! メイク‼」


「え? ……ああっ⁉ うっそっ……ちょ、もうマジで最悪ぅー! チッ。何すんのよ月村ぁぁ!」


「知らねぇよ、お前が悪いんだろ! 勝手に絡んできたりして。……もういいや。伊十峯、店出ようぜ」


「……え……え?」


 伊十峯は、一部始終を見ていたようだったが、俺がコーヒーを川瀬にかけた辺りから放心状態だったようだ。


「こらっ! 何勝手に帰ろうとしてんのよ月村ぁ‼ あんた、マジでふざけんなよ!」


「め、めぐみっ! やめなって! も、もう‼ ほら、お店の人とか! 他のお客さんも見てるし!」


 俺に仕返しがしたくてたまらない様子の川瀬を、辻崎が引き留めてくれていた。

 悪いな辻崎。やっぱりお前はこの軍団の中でも特に良い奴だ。


「伊十峯、店出ようって。……それとも、まだここに居たい?」

「ううんっ……」


 そう言って伊十峯はかぶりを振り、俺と一緒にその場を退席した。

 俺は思わず手を差し伸べていて、伊十峯の手を自然と握っていた。


 慌てていたので荷物を置き忘れてしまいそうになったりもしたが、なんとか無事にレジまでやってきた。


 レジにいた店員さんと目が合い、俺はすぐに謝罪した。


「す、すみませんでした。ちょっと店内で揉めちゃって……」


「い、いいえ~」


 店員さんは俺の心情を察してくれたのか、少しだけ優しそうな笑みを向けてくれた。

 伊十峯の分もまとめて支払いを済ませると、俺達は急いでキノキノの店を出た。


 また伊十峯の手を引き、駐輪場まで出る。

 駐輪場には、俺達の自転車しかなかった。

 川瀬達は、たぶん駅から歩いてきたのだろう。


「はぁー……っはー……」

 改めて息を整えていると、柔らかくて温かい感触が左手に残っていると気付く。


 はっとして伊十峯の顔を見ると、案の定その顔は風邪でも引いたかと思うほど赤くなってしまっていた。


「あ、ごめん伊十峯! 手、握ったままだった!」


 店を出る時に繋いだ手を、今の今までずっと離していなかったようだった。


 無我夢中だったし、許してくれ伊十峯! これは不可抗力だ。というかこれしか方法が無かったんだ。わかってくれるよな⁉


 そして俺がパッと手を離そうとした時だった。


「――ま、待ってっ!」


「……え⁉」


 どういうつもりなのか、伊十峯は俺の手をぎゅっと握り直してきていた。

 ああっ、ちょっと⁉


「ちょっ伊十峯……そんなっ……」


 そんな指と指の間に……指を入れちゃうような握り方はっ……。

 ダメだってこんなの! 急にどうしたんだ伊十峯⁉


 やばい、絡めた指からも伊十峯の体温が直接伝わって……。

 このままじゃ、暑さも相まってのぼせてしまいそうだ。


 お互いの手が深く繋がったまま、俺達は至近距離で向き合っていた。

 伊十峯はやっぱり恥ずかしげで、顔を下に向けたままだ。


「……どうして」

 尋ねていいかわからないまま、言葉だけが俺の舌の先へ出ていた。


 それから伊十峯はぱっと顔を上げて、訴えかけるようにこう言った。



「も、もっと月村君と…………手を繋いでたいの……」

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