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30 不純な理由

※更新再開しましたが、現在プロット製作中につき二日に一回程度の更新になるかもしれません。

 それでは本編をお楽しみください。(23/02/14)

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 伊十峯の配信が終わった日の夜、俺は深い夢を見ていた。

 不快夢、だと言い換えてもいい。


 俺の中学校時代の忌まわしい一つの記憶をなぞるような、そんな夢だ。

 中学三年の春。二年から変わらず同じクラスだった、とある一人の女子生徒との思い出。


 浮塚(うきづか)林檎。


 どんな男子にも分け隔てなく接する事ができる、いわゆる八方美人の女子だった。


 身長は当時の女子の中でも少し低い部類だったけれど、可愛げなサイドテールと愛嬌たっぷりの笑顔。そこが彼女の魅力だった。


 冬場、お家で暖かいクリームシチューでも作って待っていてくれそうな、すでに真心とはなんぞやという問いの答えを得ているような、そんな女子だった。


 こういう女子を好きになる男子は、大抵自分のことを好きだと勘違いして、そこから恋愛感情を抱くようになるものだけど、俺の場合は少々違った。


 他の男子にも優しく接する。その姿勢自体に、俺は心を動かされたような気がする。

 女子という生き物は、好きでもない男子には基本的に冷酷で、シビアで、好感度が露骨にその態度へと反映されている。


 そんな固定観念を持っていた俺にとっては、浮塚の態度があまりにもまぶしかった。

 なんて女子だ。


 好きでもない男子にも、優しく接してあげている。


 そう。俺はわかっていたのだ。

 浮塚は、好きでもない男子に、好意を持たれるような真似をする。それが意図的なんだという事も知っていた。


 でも、意図的にそんな事ができる浮塚は、他の女子よりもずっと魅力的だった。社会的だった。大人に見えた。中学生にしては浮世慣れしている、浮世離れな奴だった。


 俺はそんな彼女宛てに、ひそかにラブレターをしたためた。


 形式を重んじる性格でもないのに、律儀に便箋にペンを走らせて、当時の想いのたけをそこへ込めた。

 それを、彼女の下駄箱に投函する。


 いつから下駄箱がポストの役を担うようになったのか知らないが、色んなものから影響を受けていた中学時代ならではの事だった気がする。思い出すだけで恥ずかしい。


 しかし、夢を見ている時にはそんな恥ずかしさなんて感じない。


 なぜなら、ただ一生懸命に、一心不乱に、俺は願っていたからだ。恋焦がれる相手に、想いが届く事だけを願っていた。


 投函した後は、もう自分がそこにどんな文章を書いたのかすら忘れていた。

 いや、忘れたというより、気持ちに余裕がなかったんだ。


 早足で帰路を進み、家に帰った。

 それから、決して習慣化していたわけでもない勉強に勤しんだ。それは、急いでこの胸の高鳴りを殺してしまいたかったからだ。


 夢の中で、カチコチと秒針も鳴らないのに時間が進む。


 浮塚の下駄箱にラブレターを入れた日の夜。


 俺の気持ちもだいぶ落ち着きつつあった頃、ふと思い立って、俺は近くのハンバーガーチェーン店へと向かった。


 ただの気まぐれだった。おそらく、夕飯だけじゃ物足りなかったのだと思う。


 お店は空いていて、お客もまばらだった。

 空席に腰をかけ、一人でハンバーガーに食らいついていると、お店に浮塚が入ってきた。


 浮塚は他の女子数人と、さらにその後ろに男子数人を引き連れていた。

 女子の方はうちのクラス連中で、男子の方は、隣のクラスの奴らだった。


 思わず、俺は座席の仕切り部分に頭を隠し、彼らから気付かれないようにした。

 咄嗟の判断のかいがあって、なんとか見つかっていないらしい。


 幸い、俺の服装も私服で、ひと目見ただけじゃわからないだろう。


 その後、彼らはカウンターで食べ物を注文し、トレーに乗せると、俺の座っていたテーブル席の二個隣に座ったようだった。

 仕切りのそばで聞き耳を立てていると、彼らの会話が聞こえてくる。


「なぁー、それで? 店入ってから教えるって言ったじゃん~」


「浮塚さんよくモテっからなぁ~。で、そいつどんな奴なの? 今時ラブレター出すやつとかっ! あはははは!」


 その時、俺は完全に話題の人物が自分なのだと悟った。

 きっと、下駄箱のラブレターのせいだ。

 男子のからかう声に調子を合わせるようにして、浮塚は答えた。


「えー? 月村だよ月村。隣のクラスでも名前くらいは知ってるでしょ? それに小林君、去年同じクラスだったし」


「あ~、なんかそんな奴いたなぁ」


「林檎はほんと色んな男子から告白されるよねぇ~ きゃははは! この前はサッカー部の二年生からでしょ? えっと、その前が塾で一緒の他校の人でぇ――」


「なんでいちいち覚えてるの! もう~……まぁ、どうでもいいんだけどね。でもこいつは一番きもいかもぉ~……」


「そうなの? なんで?」


「こいつ」や「きもい」という単語で、すでに俺の心にひびが入る。


「えー……なんかさ、他の男子はまだ単純そうだからいいんだよね。ただ好きですとか、一目惚れでした、とか。でもさー……こいつのラブレター、自分が一番頭良いと思ってるっていうかー……私の事全部わかってあげられますって感じで、マジできもいオーラがその手紙から漂ってて……。そのラブレター読んだらまぁわかるよ」


「えー⁉ うっそ! そんな事書いてあんの? 読も読も!」


 学校で見る時よりもはるかに冷酷無比だった。情け容赦のない言葉。

 けれど、俺はある程度わかっていた。


 浮塚が誰に対しても愛想よく振りまく女子だという事。そして、裏ではきっと、そんな自分に勘違いして告白してくる男子について、誰かしらに毒づいている事。


 そんな事はわかっていたはずだ。


「えっとー? 何々? 『あなたの事が好きです。普段、色んな人に好意を持たれるような素振りをしているけど、本当は違うってこと、俺は知っています。周りよりも大人なあなたが好きです』だってぇ~。うっわぁ、くっさいなぁ~!」


「ぎゃははは! やばいわ! 周りよりもって、他のクラスメイトのこと見下してるじゃんこいつ~」


「すかしてんなぁー。痛すぎるわ!」


「待って待って! まだだから! まだ続き! 続きあるから! 『他の人から告白されてる事も知ってるけど、それでも好きです』だってさ~。乙女かよ! お前は乙女なのか⁉ 男子でこういうしつこそうな告白されると、マジで引くわぁ……きっも!」


「あっはっはっはっはっは!」


「やっぱラブレターとか時代遅れな事やってる奴は、色々おかしい奴多いんだよ! 痛々しいなぁ~――


 集団の中、浮塚も一緒になって笑っていた。


 俺の心はもう完全に砕け散っていた。

 フラれてショックだとか、そういう次元の話じゃない。


 裏の顔がある事くらいわかっていたはずなのに、学校の外へ出たらここまで豹変するものなのか……?


 もう翌日から学校で、浮塚の顔はおろか女子の顔すらも俺は見たくなかった。

 というか、もう学校すら行きたくなかった。


 直接言われていないだけに、たちが悪い。

 偶然聞いたからこそ、余計に生々しい女子の本音に思えた。


 こんな辛く苦しい記憶にいつまでも縛られたくはない。けれど、俺があのラブレターを書いた事実は、永遠に消えることがないんだよな。


 もう一生振り返りたくないと思っていたのに、どうして俺はこんな夢を――



「――……あれ?」

 俺は目を覚ましていた。


 カーテンの隙間を分け入るようにして、朝日がベッドの上に差し込んでいた。

 気が付けばもう朝だった。夏休み初日の朝だ。


「夏休みか……ていうか、暑い」


 タイマーで部屋のエアコンは止まっており、首にはまたしてもイヤホンのコードが絡みついていた。

 寝巻きに着ていたTシャツが、寝汗でしっとりと湿っていて気持ち悪かった。

 それにしても、久しぶりに中学時代の夢を見たな。


 夢というか、記憶をそのまま映像にして流しただけ。現実をトレースしただけのような、フラッシュバック的な夢だった。

 あのハンバーガー屋での衝撃的な一件があってから、俺は中学校を休みがちになった。


 幸い、もうあと一年もしないうちに卒業という中三での出来事だったから、大して問題もなかった。


 派手にいじめられたりしたわけでもないし、学校へ行ってもラブレターの件を言いふらされたりしたわけでもなかった。


 きっと、そんな事をすれば、浮塚のイメージに関わるという問題があったのだろう。

 無論、俺の中ではとっくにそんなイメージは壊れていたわけだが。


 こうした過去があってから、俺はもう恋愛を捨てると心に決めていた。

 誰かに告白なんてしてみろ。それこそボロカスに叩かれるだけだ。


 子供の社会では、殴る蹴るの暴行は許されないのに、言葉による暴行は平気でまかり通っているんだ。いや、これは子供社会に限った話じゃないのかもしれないけど。


 そんなクソみたいな風潮から少しでも離別したくて、俺は同じ中学の奴らが少ない高校を選んだ。

 地元の高校何校かあるうち、俺の中学からは一番希望者が少なく、その上偏差値的にもちょうどいい高校。それが公立の鴨高校だった。


 これを不純な理由だと蔑む人もいるかもしれないが、人間関係もとい浮塚との関係を断ち切りたかった当時の俺にとっては、これが最善の選択肢に思われた。

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