表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/88

閑話 恵比寿と大黒天、ときどき布袋尊による、えびすの行事 其のニ


 宵えびす当日。

 大黒天は自分の担当の神社を訪れていた。

 まだ朝早いせいか、境内の周りには誰もいない。


「よし。商売繁盛ウェーブ」

 言葉とともにキラキラとしたエフェクトが大黒天のまわりを飛び交う。


「きれいっ」


 誰もいないと思っていたが誰かいたらしい。


「きれいきれい。いまのなに? ぴかぴかしてた」


 商売繁盛ウェーブの言葉とともにでたエフェクトをいたくお気に召したらしい。


「あらぁ、ボクいたのぉ。見ちゃった?」

「おばちゃんだれ? いまのどうやったの?」


 大黒天の質問にはまったく答えず、自分の知りたいことだけを聞いてくる子ども。

 いかにも子どもの所業であった。


「んふふ。おばちゃんはねぇ、大黒天なのよ。今日は宵えびすだからね、商売繁盛なウェーブを起こしにきたの。あれはウェーブのキラキラよぅ」


 おばちゃんが何を言ってるかわからないが五歳児は確信した。


 ──このおばちゃん、あぶないヒトだ。


「あ、いっけない。バスの時間があるんだった。おばちゃん、まだいっぱいウェーブしなきゃいけないのよ。じゃあもう行くわねぇ」


 人の話を聞かないという点においては子どもにも引けをとらない大黒天おばちゃんはさっさと歩いて行った。



 おばちゃんの姿を見えなくなったころ、名前を呼ばれ、振り返るとママがいた。


 あのおばちゃんのことをおしえなきゃ。


「いまね、いまねっ……あれ、なんだっけ。……んー……なんでもない」

「離れちゃダメよ。はい、手を繋いで。お参り行こうか」

「うん、ぼくおみくじひく。だいきち」

「何が出るかはわからないからね」


 楽しげに話しながら歩きだす親子をほんの少しキラキラが包み込んだ。



 宵えびす、本えびす、残り福の三日間における恵比寿達の仕事。

 それは商売繁盛の神力を授かっている印持ちが神社を一社ずつ訪れ、商売繁盛ウェーブを起こすことだった。


「いい調子。午前だけで三社周れたよ。やっぱ、バスの乗り継ぎがうまくいったのがよかったね。あそこで走った甲斐があったよー。ここらあたりは交通の便がいいからそこまでシビアにしなくてもいいんだけどさ。バス停とか電車は到着した時点で次の発着時間を確認する。これ基本だから。覚えておいてね。一応調べてはあるけど、変更されてることもあるし、どうしても乗り継ぎがうまくいかないようなら、タクシー使うしかないね。あれ、どしたの?」


 順調に神社巡りできているからだろう。布袋はいつもよりさらに饒舌だった。語りながらランチを頬張る布袋を恵比寿は半目で見る。


 どうしたのではない。

 境内に人がたくさんいるなか、(おもむ)ろに歩いていくと「商売繁盛ウェーブッ!」と大声で叫び、エフェクトを撒き散らしながら踵を返す、そんなことをする人間を周りがどんな目で見るか。

 関わり合いにならないよう決してこちらを見ないようにする者、ものすごい速さで距離をとる者、ニヤニヤしながらもう一度言ったら動画を撮ろうとスマホを構える者。


 もし万が一にも知り合いに見られたらどうするのか。

 それにしたって。


「いくら知らない人間ばかりとはいえ、あれはない」

「デース口調、忘れちゃってるよ。キャラははっきりさせとかなきゃ。大丈夫だよ。平気平気。すぐ慣れるって。とりあえず、やることわかったと思うから、予定通り午後からは別行動ね。ナオちゃんはこの路線沿い。俺はこっち側担当だから」


 こともなげに仕事を振ってきた布袋を信じられない思いで見つめる。


「そんな絶望的な顔したってダメだよ。最初から決めてたでしょ? お手本だって見せたし。だいたい恵比寿の行事なんだから、ナオちゃん()、やらないと。俺は布袋だからね? あくまでも俺は補佐なんだよ。()()


 そんな強調しなくても。


 確かに午後から手分けして別行動をとることは決まっていた。

 しかし、わかっていなかったのだ。技を発動するということがどういうことか。

 そりゃあ、人の多いところで商売繁盛ウェーブなどと叫べば注目されるに決まってる。エフェクトだって出るのだ。


 どうしてそんなことにも気づかなかったのか。


 いつものように帽子を目深にかぶってるとはいえ、そんな目立つことはしたくない。

 だが自分は恵比寿である。恵比寿として……。




 夜十一時過ぎ。

 夕食を済ませ、ホテルに戻ってきた恵比寿はベッドに身を投げた。


 疲れた。

 ただひたすら疲れた。

 精神を削られるというのがこんなに疲れることだったのか。


 ウェーブしてウェーブしてウェーブしまくった。

 ウェーブすればするほど自分のテンションは下がった。


 可哀想な子を見る目を向ける人、笑いをこらえ肩を震わす人、面白がって顔を覗き込んでくる人。

 今日一日で恵比寿の羞恥心は死んだ。


 日本中の笹持ってる人間達の福は七福神の犠牲のもと与えられた物だ。


 心して受け取れっ。

 涙目の恵比寿は心の中で叫んだ。


 恐ろしいのは──これがまだ一日目だということだ。

 明日が本えびす、明後日が残り福。

 これが、あと、二日……続く……。


 こんな恐ろしい行事がこの世にあるなんて。

 恵比寿になるまで知らなかった。

 世の中は広い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ