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スー回2。


 スーのりんご愛は二歳から始まる。

 初めて食べたりんごは青りんごだった。一口食べた瞬間、スーはりんごの虜になり、その日から三食りんごを要求するようになる。


 母はスーが『ママ』より先に『りんご』とはっきり発音したことをいまだに根に持っていて、たまに蒸し返してくる。執念深い人だ。


 初りんごの日から一年ほど経ったころ。

 実はそのころスーの中でりんご熱は少し冷め始めていた。

 美味しいけど、もういいかなって感じだったのだ。何もなければスーは「りんご? ああ、子どものころ好きだったみたいだ。今は……普通だな」なんてスタンスをりんごに対してとっていたことだろう。


 転機はそんなとき訪れた。

 ある日、風邪をひいて高熱がでたスーは食べ物を受け付けない状態になった。

 スーのりんご好きに一縷の望みをかけた両親はりんごを買おうとするもすでに閉店時間で買えず、両親は途方に暮れたらしい。


 子沢山となった今では一日二日食べなくても大丈夫だと言い放つくらいの強さを持つ母だが、スーはなにしろ一人目の子だった。

 店からの帰り道、項垂れて歩く母を見かねた近所の人に呼び止められ、話をしたところ、その人がりんごをわけてくれたのだ。


 それが、『もみじ』だった。


 あまりのおいしさに地元だけで消費されてしまうりんご『もみじ』。

 地元以外にほぼ出回らないその希少性ゆえに他の土地の人間にはまったくと言っていいほど知られておらず、知っている人間からは幻のりんごと呼ばれている。

 下手すると地元の人間でも食いっぱぐれる。


 そのすりおろした『もみじ』を一口食べたスーは覚醒した。

 何にと問われたらよくわからない何かと答えるしかないが、とにかく覚醒した。

 次の日にはスーは全開していた。前夜の高熱が嘘のように。


 それから十年以上経つがスーのりんご愛、『もみじ』愛はいまだ色褪せていない。


 りんごを分けてくれた近所の人は引っ越してしまい、それっきり。あの味が忘れられず、『もみじ』を探して調べたりもしたが、手に入れることは叶わなかった。さすが幻と呼ばれるだけはある。


 そんな幻のりんご『もみじ』と運命の再会を果たしたスーは自分でも図々しいと思ったが、貫太の勉強会についていくことにした。


 りんご好きか聞かれて思わず普通ですと答えたが、嘘ではない。普通に大好きなのだ。大好きが普通なのだ。つまり普通なのだ。


 最近ではりんごについて語ると長いので家族はもはや誰も聞いてくれない。


 誰も聞いてくれないりんご愛がスーの中で溜まりに溜まっている。発酵しそうだ。


 勉強会でりんごの出所を聞いて……もしかしたらりんご仲間ができるかもしれない。


 そんな希望を持ちつつスーは勉強会に参加したのだった。今のところ会話にりんご話をぶちこむ余地はない。


 りんごを眺めながらスーは『もみじ』に思いを馳せた。


 スーはそのりんごを『もみじ』と呼んでいたが、実は『もみじ』とは正式名称ではなかった。

 『もみじ』の木は栽培技術が確立していないため、品種登録されておらず、故に商標登録もされていなかった。『もみじ』は自然に()るものを収穫するしかなく、売り物として流通もしていない。そのせいか地元の人間による呼び名もさまざまだった。


 食べる人の数だけ呼び名があると言われているが、このりんごの主な呼び名は三つ。


 最も多数の『もみじ』派。スーは近所の人が『もみじ』と呼んでいたので自ずと『もみじ』派となった。

 第二勢力は『昇天』派。一口食べただけで昇天するほど美味しいという理由でそう呼んでいる。

 最後に『初恋をとめ』と呼ぶ少数派。初めて恋を知った乙女の上気した頬のような色合いというのが『初恋をとめ』派の言い分であった。


 三つの派閥すべてが自らの推しネームを正式な呼び名であると主張して憚らず、三派閥は骨肉の争いを続けていた。


 『昇天』の呼び名も捨てがたいよな……。

 赤と黄色のツートンカラーを眺めながらスーはぼんやりとそんなことを考えていた。


りんごの呼び名(もみじ、昇天、初恋をとめ)などはすべてフィクションです。

そんなりんごは存在しません。

お分かりとは思いますが、念のため。

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