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「普通のビルだな」
スーは貫太が公民館と呼ぶビルを眺めていた。
もっと古くて学校のような建物を想像していたが、現物はまったく違う。
見上げるとそれは地上五階建て、装飾など無駄のないダークブラウンを基調とした落ち着いた外観だった。
エントランスはガラス扉で明るい印象を与え、屋根がついているので雨が降っても濡れずにすむようになっている。
建物をぼんやりと二人で見上げていたら、不意に話しかけられた。
「君達、いつまでそうしてるつもりなのかな」
いつまでたっても入ってこない貫太とスーに痺れを切らした来門だった。
来門はもちろん今日も麗しい男装姿だ。
中に入りながら貫太は小声でスーに来門が管理人であることを教える。
「今日はいつもと違う部屋を使うそうだ。弥彦さんが準備してくれてるよ」
来門が今日使う会議室の場所を伝え終わると「ここ、公民館なんですか?」とスーは牛島の志を継いで聞いた。
「自治会館だが」
怪訝な表情を来門がしてるのを知ってか知らずか「えっ公民館じゃないんですか!?」と貫太は叫ぶ。
「ああ、皆、公民館と呼んでるな」
「自治会館なのに?」
「語呂がいいんだろう」
今一つ腑に落ちていない貫太に来門は昔話を始める。
「ここを建てたのは私の先祖なんだが、先祖の名前は公といってね。その妻民はすべての人間に教育を受けてほしいと考えていたんだ。公は最愛の妻の願いを叶えようとこの館を建てたんだよ」
皆は最初、公民の館と呼んでいたのだが、いつしか公民館と呼ぶようになったのだ。そしてそれが全国の公民館の成り立ちであると来門はきりりとした顔つきで淀みなく言ってのけた。
「その名残で皆、ここを公民館と呼ぶんじゃないかな。元々ここは公民の館だからね」
「勉強になりました!」
貫太が疑うことなく返事をしたとき、来門の口元が一瞬ニヨついたことをスーは見逃さなかった。貫太は見逃した。
部屋に向かうため来門と別れる。来門の姿が見えなくなった途端スーは語りだした。
「あの人スゲーな。……いろんな意味で。なんか、こう…………………………ヅカってるな」
言葉がなかなか出てこず、振り絞った結果ヅカってる。
スーは来門に語彙力を奪われたようだ。
男装の麗人と言いたかったのだろうと貫太は予想をつける。
なぜかいつもフロックコートを着ているのは貫太的七不思議の一つである。謎の服装センス。何を思ってあの格好なのか。
昔、祖母と話しているとき、来門の華やかな服装を話題にして「あれはフロックコートといって昔、昼間の男性用礼装として使用されていたものですよ。今は結婚式くらいでしか着ないと思いますがね」と教えられた。
日常生活において何の役にも立たない無駄知識が増えたのはいい思い出だ。
それにしてもスーがこんなに興奮してるのもめずらしい。
スーはあまり感情を表に出さないほうなのに。
部屋に着くまでスーにしては饒舌だった。
スーは男装の麗人が好き。
貫太の心のメモが増えた。




