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弥彦は「まだ時間はあるからな。結論を出す前に鹿間と腹割って話し合いな」と話を締めると立ち止まった。つられて貫太も立ち止まる。
三味線の音色が流れている。見慣れた門扉が目に入り、弥彦に遠回りさせてしまったことに貫太は気づいた。
反射的にまずいと思った貫太は慌てる。
「あ、すいません。家、こっちじゃなかったですよね」
「ああ、いいんだ。気にすんな。最近、運動不足でな。貫太坊のおかげで退屈せずに歩けたぜ。そうそう、お琴ちゃんによろしく言っといてくれ。あとありがとうってな」
申し訳なさから謝る貫太にべったら漬けの入った袋をぷらぷらさせながら弥彦は笑った。
「あ、もしよかったら会っていきます? 家いるみたいだし」
「んー……遠慮しとくわ。お琴ちゃんはツンが強えからよ。朝からはちょっと」
ツンが強い。
これほど祖母を的確に表した言葉がいまだかつてあっただろうか。いや、ない。
というか、朝会うことを躊躇されるなんて祖母は今まで一体どんな発言をしてきたんだと貫太は苦笑いするしかなかった。
「今のは内緒だぜ」
どやされるからなと弥彦は片目をつぶってみせた。その姿を見ながら、この人はものすごくモテるんだろうなと唐突に思う。
さりげなく人を家まで送り届け、こちらがそのことを気にしないように気を配る。モテの気配しかしない。
師匠と呼びたい。
貫太にモテ男認定されたとも知らず弥彦は帰っていった。




