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紗帆回。
紗帆は三男夕真と一緒に夕飯をとっていた。
夕飯のメインは夫 大智が賄いで作った唐揚げ、拓実がちょっと揚げすぎたトンカツ。
自分で用意したのはサラダと味噌汁、白米のみ。紗帆的に楽ちんご飯である。
「唐揚げもトンカツも好きだけど、まとめて食べるとなるとカロリー的にちょっとねぇ。あ、これ美味しいわ。唐揚げの味つけ変えたのかしら」
自分の言葉にまったく反応せず黙々と食べる夕真を眺めながら、紗帆は物思いに沈んでいった。
ようやく代替わりが済んだが、ことは収まっていない。
紗帆は無意識に眉間を押さえていた。
まず、晴香の動きがおかしかった。
七宝専用部屋に押し入ろうとするなどあり得ない。一族の人間ならばその時点で晴香の異様さに気づく。
一族の人間は基本的に七宝に必要以上に近づかないものなのだ。物理的にも心理的にも。
七宝と距離を置くという慣習自体、知らないのかもしれない。だったら仕方ないとも思えたが、当主の言葉に食ってかかり、なんとか部屋に入ろうとするのはやはりおかしい。
当主教育も施されず、一族の諸事情も知らされていないのに、一族に関する知識を中途半端に持っているのも気になった。
そして、葉月。
晴香もおかしかったが、葉月はもっとおかしかった。
七宝となるのが面倒で逃げたかったと口では言っていたが、右手は綺麗なものだった。
七宝のお役目辞退は即追放となるほどの最大の禁忌である。
本気で辞退を考えていたら追放者の証が出ないわけがない。
証が出ていないということは、つまり本心では逃げようと思っていなかったということだ。
中山家当主も言っていたが、なぜあれほど晴香を七宝に絡ませようとするのか。
葉月は当主教育を受けているのだから知っているはずだ。
七宝と必要以上に関わったら思わぬところで追放者認定を受けることがある。
それを避けるため、七宝とそれ以外の一族の人間はある程度の距離を置くものなのだ。
晴香のことを真に思うなら関わりは最小限にするように突き放さねばならない。
追放に繋がりかねない、危ない橋を渡ろうとしている従妹を葉月はなぜ止めないのか。
偽りの言葉を騙り、晴香を巻き込み、何をしようとしているのか。
皆も葉月のおかしさに気づいていた。今日の出来事を事細かに思い返す。
『晴香をここに呼んでもいいですか?』
葉月にそう言われたとき紗帆は咄嗟に弥彦に目を向けた。
弥彦もこちらを見ていた。
お互い頷く。
弥彦は気づいた。
次に隆の様子を窺うと張りつけたような笑みを浮かべつつ、葉月をじっくり観察していた。目が合うと茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。
隆も気づいた。
ナオミ。
ひどく心配そうな顔をしている。
おそらく気づいている。
真守。
胡散臭そうにジロジロと葉月を見ていたが、ふいっと顔を背けた。
おそらく、気づいた。
貫太。
親身に話を聞いてくれたから、という葉月の話に共感したようにふんふんと頷いている。
──気づいて、いない。安定の気づかなさ。
一族のことに疎い上、元々、貫太は人のことをまったく疑わない性格なのだ。
気づくわけがない。
相手の言い分を疑うことなく受け入れる貫太のような存在は一族の中では珍しい。一族の男は拗らせていることが非常に多いのだ。
紗帆は遠い目になりながら貫太の素直さは美点だと自分を納得させた。
貫太にはきちんと説明しなければならないだろう。いや、隆がすでに教えている気がする。
あの子はなんだかんだ面倒見のいい子だから。
紗帆は止まっていた箸を動かし、食事を再開した。
やはり夫の作った唐揚げは美味しい。心が晴れる気がした。




