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さよなら、ラジオ

作者: カバーネ

この日、日本中で悲鳴があがったと思う。


夕方過ぎにスマホがまったく使えなくなったのだ。


キャリアの通信設備で障害が発生したとかで、通話はもとよりデータのやりとり一切ができなくなり、しかもその状態がなかなか解消せず、不自由なまま夜を迎えた。


平日なので俺は会社にいたのだが、仕事にも当然、支障がでた。それでも、なんとか終わらせ、自宅のアパートに帰って一息ついた。


しかしスマホが不通だと家にいても何もやることがない。部屋にテレビがなかったし、読書の習慣もないので、まったくの手持ち無沙汰――ただただ退屈である。


そこで、ふと思いついた。


(ラジオでも聞くか。古いラジオがどこかにあったはず)


何気ない思いつきだった。しかし、後々振りかえると、これが奇妙なできごとの発端だ。


俺は棚の引き出しをあけ、雑多に詰め込まれた品々をかきわけた。


(あった)


奥から出てきたのは手のひらサイズのポータブルラジオ。


ほぼ真四角に近い特徴的な形状で、その外観を目にした瞬間、懐かしさが込み上げた。


たしか高3の夏休みに小遣いで買ったのだが、受験勉強しながら深夜放送をよく聴いた。大学進学でこちらに引っ越すときも大事に持参し、学生時代は愛用し続けた。


当時はスマホがまだない頃であり、家での娯楽はテレビが中心、深夜はラジオを聴いて楽しむのが俺の日常だった。


(夜中のテレビは通販番組ばかりで、ラジオのほうが面白かったな)


俺はラジオの表面を手でさすり、最後に聴いたのはいつだろうと記憶を辿った。


(……)


だが、記憶はどこか漠然として、はっきりしたことを思いだせなかった。


(まあ無理もないか)


改めて考えると長い年月が過ぎ去っている。


スマホでなんでもできるこの時代、ラジオを聴いた日々など、もはや遠い昔のことである。


俺は単三の乾電池を入れ替えて、ラジオの電源をオンにした。


シャーという小さなノイズが鳴り、やがて女性の声が流れてきた。


「あら、ひさしぶりね」


透き通った綺麗な声。


聞き覚えはないが、誰だろう。タレントだろうか。それともアナウンサーだろうか。


「いつ以来かしら」


女は話を続けた。


「もう会うこともないかと思ってたのよ、正直言うと」


なんか奇妙だなと俺は思った。ラジオは普通、2、3人の出演者が掛けあいで話をすすめるが、女は独り言でもつぶやくようにしゃべっている。


「なんとか言ってよ……ねえ」


俺は音楽でも聞こうと思い、選局ダイヤルを回そうとした。すると


「やめて!勝手なことしないで!」


急に鋭い声で女は叫んだ。俺は思わず手をとめた。


「ひさしぶりに呼びだしといて、どういうつもり」


まるで、こちらに訴えかけるような口調だ。


俺はちょっと気味が悪くなり、ラジオを手前のテーブルにそっと置いた。代わりにペットボトルをつかんで、お茶を、ごくりと飲んだ。


すると女が


「なに。音がしたけど、お茶でも飲んでるの」


「え」


俺は驚いて声をあげた。


「え、え…」


「ふふ」


女は笑った。


俺は緊張しながら自問自答でもするように口を動かした。


「どういうこと」


「ふふ」


「盗聴器でも仕掛けてるのか」


俺は部屋のなかを見まわした。女は楽しそうに


「ひさしぶりに会って不審者呼ばわりするのは、ひどくない?」


俺はラジオを見つめた。声は確かにそこから聞こえてくる。そして俺に話しかけている。


「お前は誰だ」


「誰って……私よ。君がまだ高校時代にお小遣いで買ってくれたラジオよ」


「な、なんで高校時代のことを知ってるんだ」


「当然でしょ。電気屋さんのラジオコーナーで私を選んでくれたでしょ。忘れるワケないじゃない」


ペットボトルを握りしめた。なにが起きたのか、理解しようと頭をめぐらせた。


「受験勉強しながら深夜ラジオをよく聴いてたね。いつも見守ってたよ」


「……」


「何年振りかしら。また会えて嬉しいわ」


俺は混乱する頭であれこれ考えた。電源を切ろうかな、とも思った。しかし、好奇心というか、この状況に興味を抱いてドキドキする気持ちも一方で湧いていた。取りあえず会話を交わして様子を見ることにした。


「……そうだね。急で驚いたけど、俺も嬉しいよ」


「本当に?」


「うん」


女はふふふ、とまた笑い


「でもね」


と言った。


言ってから息を吸うような間をおき、こう切りだした。ためらうような気配が少しあった。


「でもね……もう終わりにしたいの」


「終わり?」


「そう。こんな関係はもう嫌なの」


「嫌って…どういうこと」


「知ってるから。君がスマホに夢中なことは知ってるから。スマホさえあれば私みたいな古臭いラジオはいらないんでしょ。今日はたまたまスマホが使えないから私を思いだしただけ。でも明日になればラジオなんて見向きもしないでしょ」


「何を言ってるのか…」


「いいの……文句を言うつもりはないの。でもね、こんな関係を続けるのは辛いのよ。引き出しの奥にしまいっぱなしで、たまに気まぐれで電源を入れられる身になって。そんな私の気持ち、考えたことある?」


「気持ちって……急に言われても」


「私をもっと大事にしてくれる人と一緒にいたいの。だから私と別れて」


「別れる?」


「そう」


「別れるって、つまり…」


「フリマに私を出品して。そしたら、新しい出会いが訪れると思うの。私を必要としてくれる人がきっとどこかにいると思うの」


女の声は真剣だった。


「アカウントは持ってるでしょ」


「持ってるけど」


フリマなら何度か使ったことはある。買い手が素早くつくことも知っている。だが、果たして古いラジオが売れるだろうか。


「今のままじゃダメなのかな。たまに聴くだけかもしれないけど乱暴に扱ったりしないし、このまま大事に保管し続けるけど」


「保管じゃ嫌なの!」


女は強い口調でそう言った。


「私は骨董品じゃないの。ラジオなの。楽しい番組を流してリスナーに喜んでもらう。それが私にとって一番の生きがいなの」


「でもフリマに出しても売れる気がしないんだ」


俺は言ってから後悔した。無神経な言葉で女を傷つけたのではないか。少し軽率だったのではないか。そう思った。


しかし女は気丈にこう返してきた。


「もし売れなかったら捨ててちょうだい」


「捨てる?」


「そう。骨董品になるくらいなら、いっそのこと捨ててくれたほうがさっぱりするわ」


「……」


俺は黙り込んでしまった。女の意志が固いことを、スピーカーごしにひしひしと感じとり、どう答えていいのかわからなくなった。


「ね、フリマに出品して。お願いだから」


女に何度も懇願され、最終的に


「わかった」


俺は受け入れた。



     ◇



夜遅くに通信が回復し、スマホが使用可能になった。


俺はフリマアプリを起動しラジオを出品した。


値段は千円。


儲ける気はないので、出品されていた他のラジオの値段にあわせた。


翌朝、アプリを立ち上げると意外なことに購入済みとなっていた。


メッセージが買い手から届いていた。こんな内容だ。


「嬉しいです。この型が出品されるとは思ってもいませんでした。大事にします」


俺はラジオの電源を入れ、さっそく女に報告しようとした。


(喜ぶだろうか)


しかし、女は現れなかった。朝の番組が普通に流れ、交通情報を淡々と伝えるだけだった。選局ダイアルをまわしても、電源を入れ直しても同じだった。


(どういうことだ。昨日は幻覚でも見たのだろうか……いや、そんなはずはない。間違いなく女はいたのだ。フリマに出品して買い手までついてるではないか)


天気予報がはじまり


「午前中は晴れ、午後から曇り空になりそうです」


と伝えるのを聞きながら俺は急いで出勤支度を整えた。


念のためラジオを鞄に忍ばせ、電車の中や会社で電源を入れてみた。しかし、普通の放送が流れるだけだった。


ざわつく気持ちを抑え、会社ではなるべく普段通りに過ごした。


同僚に話してみようかと一瞬だけ考えた。でも、やめた。本気にされないだろうし、あまりぺらぺら喋るより、大事な秘密として守りとおしたい気持ちが働いた。


その夜、ラジオの深夜放送をひさびさに聴いた。女との約束だった。もしフリマで売れたら、最後に一回だけ好きな放送を聴き、それから手放してほしいと頼まれたのだ。


「わがまま言ってごめんね」


「いや、俺のほうこそ、ごめん」


そんな会話を交わして俺たちは別れた。昨夜のことだ。


ラランラン、ランララン


聞き覚えのある音楽がスピーカーから流れてきた。オールナイトニッポンが始まり、にぎやかな声とともに夜が深まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラジオが怪異を媒介するのはよくありますが、ラジオ自体が意思を持つのは珍しいかも。 主人公が無事でよかったです。 彼女?も新しい奉公先で幸せになれるといいですね。
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