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三題噺もどき

少女と少年

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくにじゅうきゅう。

 お題:砂地・旅烏・箒



 砂地が広がる大地。

 その上に一つ、空を飛ぶ影。

 白い雲が浮かぶ青空に、とても目立つ、真黒な影。

 烏のような、黒い。

 ―1人の少女だった。

「……」

 少女は1人、母の形見である箒に乗って、上空を飛んでいる。

 眼下にはクリーム色の砂地が広がり、終わりが見えない。

 まるで世界のすべてがこの砂に覆われてしまっているのではないかと、錯覚してしまうような。


「……」

 1人砂地の上を飛んでいる、私は。

 私は、“旅烏”と呼ばれる一族の1人。その名の通り、旅から旅へと渡り歩き、一所にとどまれない。せっかちな一族に生まれた。

 人々はこのようにして、私たちの一族を伝え聞いているらしい。

 曰く―

 彼らは共通して、黒一色の服を身に纏い、黒いとんがり帽子にロングブーツ、小さな肩掛け鞄を持って旅をする。―唯一、その髪だけは、燃えるような赤をしている。

 曰く―

 旅烏が訪れる先には必ず、災害や流行り病などで困窮している村や町がある。そういう場所に訪ねては、彼らを癒し助け、その村人たちに「神」と崇められるのだと。

 私たち旅烏の一族は、生まれながらに治癒の力を持っていた。人でも、自然でも。傷ついたものを癒す力。そうやって「人助け」をしながら、旅をし、この世界を生き抜いてきた。

「……」

 しかし私は、異形として生まれ落ちた。

 赤いはずの髪は真っ白で、黒いはずの瞳は赤く。

「治癒」の力ではなく「破壊」の力。

 見た目も異、力も異。

 そうして一族からは「悪魔」と呼ばれ、忌み嫌われた。

 母は、私を生んだせいで迫害に遭い、父は静かに崩壊していった。いつの間にか両親を失っていた私は、天涯孤独の身となり、ずっと一人で生きてきた。

「……」

 そして今日も1人、静かに空を飛んでいた。

 迫害に耐えきれず、死に行く道を選んだ、母の形見に乗って。

「……?」

 ふと。

 何もないだけの砂地の中に、ぽつりと塊のようなものが見えた。

 ただの石の塊かとも思ったが、よくよく見れば、それは小さな建物だった。

 昔、まだこの地が砂に呑まれる前、ここは村があったのかもしれない。

「……」

 こういう、自然災害で消えていく村を救おうと、旅烏は動いているはずなのだが。まぁ、力もその程度というわけだろう。万能ではないし、間に合わないことだってある。

 たとえ間に合っても、手に及ばないモノだってある。―私はあの一族と共にいたことが少ないからたいして記憶もないし、どうでもいいと思っているが。

「……」

 しかし、いいタイミングである。そろそろ休憩を欲していたところだ。どうせこんなところに、こんな砂地にある建物に人なんていやしない。

 少々羽休めだ。

「……」

 建物の上に降り立ち、窓らしきところから中に入る。案の定、中はコンクリートの壁に囲まれた、冷たい場所だった。所々ひび割れ、今にも崩れるのではないかという程に朽ちていた。―うん。こういう所の方が、落ち着く。

「……」

 素手でこの建物に触れることがないよう、手袋をしていることを確認する。その手で軽く砂を払い、静かに座る。

 頭にあったぶかぶかのとんがり帽を取り、床に投げる。

「……」

 ふぅーと無意識にため息が漏れる。

 今日は少々日に当たりすぎたのか、一気に力が抜けていく。

 ゆるりと緊張が抜けた体は、すぐに睡眠を要求してきた。

 私はそのままに、その欲望に従い、瞳を閉じた。



「――――」

 どれくらい寝ていたのか。

 ふっと、何かの気配を感じ、目を開ける。

「うわ!?」

 目の前に、私と同じ赤い瞳が二つ。突然動いた私に驚いたのか、声を上げる。

 いや、驚くのはこちらの方だ。どんな距離で覗いている。

「…生きてる?」

 見れば、ボロボロの布を身に纏い、髪は伸ばし放題なのかぼさぼさな、1人の少年がいた。

 こちらをうかがうようにビクビクしながら、それでいて逃げようという気配はなかった。

 こんな砂地に人がいたことも驚きだが、ぱっと見私と同年代ぐらいの少年が、1人でいることが不思議だった。

「え…人形…?」

 一言も話さず、じっと少年を見つめていたせいか、そんなことを漏らす。

「…勝手に殺すな、生きてる」

「うわ!?」

「うるさい」

「えぁ、ご、ごめん」

 さて、どうしたものか。これ以上ここに居る必要はないから…そろそろ出るかなーと考える。

 うるさいと言われた手前、声を出さずにいる少年をよそに、出立の準備を始める。

「……」

 外はいつの間にか暗くなっていた。この髪のせいで夜の中では目立つ。ホントのところ、今飛ぶのは危険なのだが…仕方ない。

 これ以上ここに居て、この少年に“もしも”があってはいけない。

「え―?もう行くの?」

「……」

「この辺真っ暗だから」

「平気だ。」

 言葉に詰まる少年を一人置き、私は窓に足をかける。

「君の家に勝手に邪魔してすまなかった。ここに私と同じような格好の人間が来るかもしれないから、その時は隠れてくれ。別の場所に隠れ家があるならそこに行け。あいつらは病人や怪我人には優しいが、私の事を隠す人間には優しくない。

「―どうして?」

「どうしても―だよ。私のような異形は嫌うんだよ、あいつらは。だからその存在そのものが忌まわしいんだ。―だから殺しに来る。」

 風になびく白髪が、親の仇に見えて仕方がない。全く、こんな私が生まれたせいで。母は死に、父は崩れ、一族に消される運命になろうとは。

「―――なのに?」

「なんて?」

 これが聞こえ、少年を再度見やる。

「そんなにきれいな髪なのに?」

 何を言っているんだ―と思った。これが?この醜い白髪が、綺麗?

「月の光でキラキラしてて、星が散りばめられているみたい。」

「真黒なこの建物にあなたを見つけたときにね、天使みたいだと思ったんだ。」

「陶器みたいな白い肌に、キラキラした白い髪。目があいたとおもったら、ルビーみたいな瞳があった。」

 ―淡々と、けれど、本当に、心の底からそう思っているのだと。嬉しそうに、見知らぬ少年は語った。

 そんなもの聞かずに、さっさと出ていけばいいのに。

 なぜか、できなかった。

「僕はこの赤い目のせいで、村の人に嫌われてたんだ。悪魔の子だとか、死神の使いだとか。そのせいでお母さんは死んで、お父さんも死んだ。」

「ずっとずっと、この目が嫌いだった。」

 私もそうだ。

 この異形のせいで父を亡くし母を失い、自らを憎んだ。

「だけど、あなたみたいな美しい人と、お揃いがあるみたいでうれしくなった。」

 目を細め、ニコリと笑う。

 少年は、ほんの少しだけ、頬を染めて、そう言った。

「―初めてだ。そんなことを言われたのは、」

 無意識に、言葉がこぼれた。

「この髪も、この瞳も、この力も、全部全部嫌いだった。自分のすべてが嫌いで、嫌いで、死んでしまえばいいと思った。」

 いつの間にか視界がゆがんでいた。

「嫌いで憎くて、自分を殺そうとして―でもできなかった。死ねなかった。死にたくなかった。」

 今の旅だって、死に場所探しのようなものだ。

 いっそのこと、アイツらに殺されてもいいと思ったことだってある。

 けれど、その度に

「母が生きろと言った。父が愛していると言った。」

 私の大好きなあの両親が、そう言ってくれた私を、殺すことができなかった。

「こんな私を愛してくれた人がいたから」

 それを忘れたわけではない。

 死に追われすぎて、死になれてしまって、生きることが億劫になっていた。

「…君も、父と、母と、同じことを言うんだな」

 この白い髪も、この赤い瞳も、母と父がくれた贈り物なのだ。

「…ありがとう」

 死にたくないと思わせてくれて。その想いを、思い出させてくれて。

「……」

 ボロボロとこぼれた涙をぬぐい、箒にまたがる。

「やっぱり、もう行くの?」

「あぁ、さっき言ったように、ここに追手がきてしまう。私を助けてくれた君をこれ以上巻き込めない」

「でも…」

「生きたいとはまだ思えないが、死にたくないと思えた」

 不思議そうにこちらを見つめる少年。

「また、ここに来てもいいか?それを、私の死なない理由にしてもいいだろうか?」

「…もちろん」

 にこりと笑い、答える。

「では、また」

「うん、またね。天使様」

「…最後に一つ」

「?」

「私は天使なんかじゃない。―――だ」

 それだけ伝えて、空へ舞う。


 星空に、黒い影が舞い踊る。


「またね―!!」


 ひらりと白い髪をなびかせて、少女はまた旅に出た。


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