ドラムの不死ちゃん
今日は朝から大変だったな。
早速バレてしまうとは……。
「げっ……」
「あっ……」
坂道の前で、お隣の三千世界ちゃんと出会う。
「奇遇ですね」
「あの馴れ馴れしく話しかけないでくれませんか」
「急に拒否られた!?」
「惚れられたら嫌だし」
「俺を何だと思ってんのさ!」
「男って直ぐ惚れるじゃん」
「確かに……」
「納得すんなよ……」
俺達はアパートに向かう坂道を上る。
「あの付いて来ないで貰っていいですか」
「俺もこっちだからね」
「じゃあ、せめて離れて貰って……」
「べ、別に興味ねぇし。自意識過剰お疲れさんですし!?」
「はいはい、男は皆そう言うんだよ」
「確かに……」
「だから納得すんなって……」
「まぁ色々聞きたいことがあったんで」
「変態」
世界ちゃんはジトっとした目を向けてきた。
「ちげぇーし、不死ちゃんのことだよ!」
「それは私も分からない」
世界ちゃんはそう言うと、スピードを上げて離れていく。
「あ、待ってよ」
世界ちゃんを追いかけたが、追い付くことはできなかった。
普通に早い、あれも退魔人の力なのだろうか。
「諦めるか……」
アパートの鍵を開けようとして思い出す。
そう言えば不死ちゃんが待っているはずだ。
ドアを開ける、鍵は閉まっていない。
だが部屋の中は暗かった。
「不死ちゃーん? ただいまー」
呼んでみるが反応は無い。
急に不安に駆られた。
もしかして、もう居ないのかも知れない……。
胸がギュッと締め付けられる。
「何だよそれ……」
思わず声が漏れた。
ここに居たいって言ってたのに。
「なら、最初から言わないでくれよ……」
寂しい気持ちになった。
だけど、それは元々あった日常で。
元に戻っただけ。
元からあったモノに出会っただけ。
気付いて無かっただけで、俺はずっと寂しかったようだ。
「はぁ……、こんなの気付きたくなかった……」
部屋の明かりを付けると、一応一通り確認する。
けど何処にも姿は見えなくて。
「うわー、悲しー」
処世術だ、自分で言って茶化す。
悲しい処世術だった。
取り合えず洗濯機を回しておこう。
遅くに回すと世界ちゃんがキレかねない。
「えぇい、こうなったらビールだビール! 浴びるように飲んでやるぞー!!」
俺は洗濯機に服を放り込むと、冷蔵庫に駆け寄って。
駆け寄ろうとして……。
……?
洗濯機に何か居た。
「くひゃい……」
「不死ちゃーん!? 何で洗濯機の中に居るの!?」
「ほ、ほひ。息ができる! 死ぬかと思たぁー!?」
いや、多分死んでたと思うのですが!
「洗濯機の中がこんなに危ないとはなぁ」
「そりゃ危ないよ! ドラム式洗濯機は中から開かないのがほとんどだからね!?」
「でもウチ死なへんもん、不死やから!」
「何でドヤってるの!? 完全にやらかしてる場面だよね!?」
「躓いたと思ったらなー洗濯機の中にスポッとね、スポッと」
何という……。
「蓋まで閉まるとはなー、ここ危ないデー」
真面目な顔で力説する不死ちゃん。
まさか洗濯機の配置に危険を覚える日が来るとは。
「息ができへんで死んでもたよー」
不死ちゃんじゃなきゃ死んでた!
「身を持って危険を証明しなくても」
「ドラム式は悪なんよー」
「使い方次第だからねー!?」
気が付けば笑ってしまっていた。
先程まであんなに心細かったのに。
誰かと一緒に居る時間も、悪くないな。
そんな風に思ってしまう。
「御兄さん御兄さん」
「ん?」
不意に不死ちゃんがこちらに向き直ると。
「おかえりー」
「あっ……」
久しぶりに聞いた言葉だった。
だけど、何て言えば良いかちゃんと覚えている。
「うん。ただいま」
そして俺達は笑いあった。
ドンドンドンドン!!!
「うぉ、玄関のドアが暴れてる!?」
「喧しいぞ、何やってんだ!?」
「うわぁーごめん世界ちゃん!」
俺は慌てて玄関のドアを開けた。
「あのさ調子乗ってると退魔す……ぎゃにゃー!?」
急に赤面して慌てだす世界ちゃん。
「ふ、ふふ、服ぐらい着ろー!?」
「あ、あぁ!?」
洗濯機に服を放り込んだのを忘れていた。
……。
トランクス一丁で人前に出るのは、犯罪でしょうか?
「犯罪やデー」
「エスパー!?」
俺は転がるように部屋の中に入るとズボンとシャツを探した。
「あれ、ってか配置が変わってる!?」
「暇やったからエッチな本探すついでに片づけといたデー」
「余計な御世話だからね! エロ本何てねーから!?」
「そうなんよー」
「何で残念そうなのよ」
世界ちゃんがツッコミを入れていた。
俺が服を探している間に、入り口から話し声が聞こえてくる。
「今は何でもネットの時代やなー、つまらんー」
エロ本の話か?
「人間関係はドンドン希薄になってるな」
違った。
「せやね。やけんウチは御兄さんと知り合えて嬉しかったんよー」
「人間みたいなことを言っちゃって」
「んん? あぁー、今朝の対馬のお姉さん!」
「今更かよ。ってか退魔な退魔!?」
「ダイレクトマーケティング?」
「それはダイマな!?」
「御姉さんおもろいなー、ウチ好きやわー」
「私はアンタのツッコミ役じゃないからなぁー!?」
「じゃあ、どうぞボケて下さぃー」
「え、あぁ、いやぁー」
「何もないんかーい」
「う、うるさいわね!? あまり調子に乗ってると魔滅するわよ!?」
「まめぐ?」
「声優じゃねぇーからな!?」
「ウチよぉー分からん」
「知らねぇのかよ! もぉ良いわ!!」
「ありがとうございましたー」
「はぁ疲れた……」
楽しそうでなによりだった。
「お待たせー」
完全武装で二人の元へと戻る。
「待ってないから」
「騒がしくしてごめん」
世界ちゃんにちゃんと謝っておく。
「堪忍やでー」
「はぁー。まぁ、仕方ないわね」
不死ちゃんの天然っぷりに呆れたようだった。
「御姉さん御姉さん」
「ん……?」
「おかえりー」
「……馬鹿ね」
そう言うと世界ちゃんは薄い笑みを見せた。
「明日も早いんだからさっさと寝なさいよ!!」
世界ちゃんは捨て台詞を吐くと去っていった。
「意外と良い人だな」
「ウチは御姉さん好きやでー」
それは良かった。
「取り合えず御飯でも作ろうか」
「ウチも手伝うなー」
「ありがと。俺も早いからさ、あんまり相手できなくて悪いけど」
「ええんよー、離婚する夫婦も大体こんな感じやー」
「たとえが嫌すぎる!?」
それから適当に御飯や御風呂を済ませると、テレビを見ながら横になった。
「俺は寝るよ。飽きたら消しといてー」
「うん」
「おやすみぃ」
「うんうん、おやすみー」
連日の疲れで直ぐに眠りに付いた俺は。
「寝る……」
不死ちゃんの小さい声が聞こえていなかった。