ツバメが孵った先に
あの頃は自由だった。
海の上を飛び回ったし、子供達をおちょくって遊んだ。
何をしても良いし、何をしないのも良い。
あまりに自由過ぎて……。
殺されるのさえ自由だった。
「巌流島?」
慣れない日本語、しかもへにょっとした達筆な文字。
旗に書かれた文字を読むのは難しかった。
誰かと誰かが闘うらしい。
宮本……、何か難しいわね。
この頃の文字は難しくて今もあまり覚えていない。
ぐにゃぐにゃしてて分かりにくいのだ。
「ふーん、今度やるんだ」
果し合いの舞台らしい。
これは是非見て見ないと。
自由な世界ではあるが、今と比べると娯楽は少ない。
面白そうなものがやってくる時代ではなく。
面白そうなものを必死で探す時代だった。
何日か巌流島でポケーっとしていたら誰かがやってきた。
長身の長い刀を持った男だ。
恐らく決闘をする宮本ナニガシでは無かろうか。
「なな、奇っ怪な!?」
空をぷかぷか浮いていたわたくしを見て、男は声を上げた。
「こっちの台詞ね、そんなに長い物干し竿みたいな刀、笑っちゃうわね!」
高らかに声を上げて笑った。
あんな武器、人間如きに振れるはずがない。
「ぐぬぬ、あやかし如きが大きく出たな。振れぬと思うたか!?」
「なら振って見なさいよ! さぁさぁ!?」
空中をひらひらと煽りながら飛ぶ。
わたくしは煽るのが大好きだった。
当時でなら煽り全一だったかも知れない。
「そんなの無理でしょ、馬鹿じゃっ」
はぇ?
首が勝手に曲がっていく、体の感覚が無くなった。
「”触れぬ”と思うたか。この技、そうさな。ツバメ返しと名付けよう」
ふざけっ!?
首の所を切られては声も出せない。
海の上に浮かんでいたわたくしは、そのまま海に落ちた。
段々と沈んでいく。
あ、体が……離れていく……。
潮の流れが違い、体は別の方へ流されていく。
首だけのわたくしは影響を強く受けて。
そのまま遠く遠く、何処までも流されていった。
気が遠くなるぐらいフラフラと漂っていたら、勢いよく迫ってくる魚類がいた。
サメじゃないの!?
顔しか無いわたくしを食べにやってきた様だ。
あの速度では逃げようも無いわね。
吸血姫の奥義を使うしかない。
ブラッドマニュピレート、日本語にするならば血繰りかしらね。
力を込めると、首から流れる血が硬くなっていくのが分かる。
それを槍の様に鋭く尖らせると、射出した。
寸前まで近寄ってきたサメを血の棘が刺し貫く。
よく勘違いされるのだが、血を吸うのが吸血姫ではない。
血を操る事が種の力だった。
さてと、サメさん。
わたくしは突き刺さった血を引き寄せる形で、サメに近づく。
頂きますわ!
サメの皮膚は痛い、でも血を操る力で歯を強化させ、不死者の治癒力で突破する。
硬いが噛める!
サメをそのまま噛み砕いていく。
それはわたくしの血肉となり、再生する力に変わる。
首から下が少しずつ伸びていき、御腹の辺りまで来ると一気に手足が生えた。
「何とかなったわね」
大変な目にあった、サメが襲いに来なかったら何処まで流された事やら。
しかし……。
自分の体を確認する。
小さい、全てが小さい。
これじゃ子供じゃない……。
海水の中で息苦しくなってきたので海上を目指す事にした。
「ぷはっ、ここは何処かしらね」
見知らぬ場所だ。
「取り合えず巌流島ね。宮本ナニガシにも仕返ししてあげるわ!」
わたくしは空に飛び上がると、全速力で巌流島に戻った。
……。
急いで巌流島に帰ると、待っていたのは男の死に顔だった。
死体は野晒しにされていた。
「ふふん。人を小馬鹿にしてた割りにあっさり死んでるじゃない」
しょーもない。
そう思って踵を返す。
「折角の遊び相手だと、思ったんだけどな」
呟くと、空を飛んだ。
宛てもなく、趣きもなく。
だが一つだけ気掛かりがあった。
わたくしの体の部分。
あの豊満な肉体が恋しい。
海の藻屑になっただろうが、一応探すことにした。
潮の流れを意識して、東の方の海沿いを探す。
漂着していればと思うのだが。
それから何年経ったか分からない。
探して探して探した先で、アナタに出会った。
「まさか埋葬されていた何てね」
目の前の少女に問いかける。
地面から這い出てきた少女という事で、噂になっていた。
だから見つけられたのだけれど。
「けど、頭が付いているわね」
既にわたくしの体から離れて別の個体として存在していた。
これって同種にバレたら弄られそうね。
人間に首はねられて分裂しましたーって何て言ったら笑い話にされるに決まってる。
だが既に自我を持っているのに、わたくしの都合で命を終わらせるのも忍びない。
まぁ死なないんでしょうけど。
所有権も恐らく移っているわね、もう完全に別の個体かな。
「ちょっとアナタ、聞こえてる?」
いくつか質問してみたが反応は芳しくない。
「うーん、体は昔のまま何だけど」
「まま?」
「あら、何に反応したのかしら」
見た所思考能力の低下も著しい。
恐らく体組織から脳を再構築したので、知能知識共に足りてないのだろう。
「アナタ可哀想ね」
同情してしまった。
いくら死なない体であっても、知能低下は致命的だ。
きっとろくな目に合わないだろう。
「仕方が無い、わたくしの妹にしてあげますわ」
元はわたくしの体ですし、面倒見てあげるとしますか。
「ママ?」
「妹よ妹、言ってみなさい?」
「ママ!」
「妹って言ってるでしょ!?」
全く、わたくしの体から生まれたのにどうしてこうも抜けているのかしら?
「名前が無いのも不便ね、付けてあげるわ」
「名前?」
わたくしと同じく永遠を生きる存在、永遠とはエターナルでしたわね。
「エタルという名前でどうかしら? エタル・イ・ホーリーデッド」
エターナルを略してエタルだ。
我ながら良いネーミングだと思う。
「ホーリーデッド?」
「苗字みたいなモノよ、エタル」
「エタル……」
エタルは名前を噛み締める様に呟くと。
「ありがとう。ママ!」
そう言ってはにかんで笑って見せた。
その姿は長い命の末に、いつしかわたくしが失くしてしまっていた感情だ。
「ふふん。だから、ママじゃないって言ってるでしょ」
そう呟いたわたくしは、きっと笑っていたのだろう。
久しぶりに夢をみたわね。
昨日の夜に貰ったサプリを見る。
こんなので眠れる様になるなんてね。
笑ってしまうわね。
「あれ? エタル?」
隣で寝ていたはずのエタルが見当たらない。
「一体どこ、に……」
よく見ると近くに居たはずのエタルは。
エタルは……!?
「ぎゃーっ!? エタルから離れなさいこの変態ぃいい!?」
「おは、え、何!? えぇ!?」
俯木下弦もとい、御兄様は自分に抱きついているエタルを見て驚いている。
「んん……。おはよう、ママ」
「エタルから早く離れなさい変態!!?」
「待って誤解だから!?」
「このアホ!? ボケ!? ナス!?」
「ナスはおかしいだろ!?」
「うるさいうるさいうるさいー!! ぶん殴ってやるー!?」
わたくしは拳を捻じ込んでやろうと歩を進めた。
「あぐっ」
「えっ?」
何か寝っ転がっている変態が喜ぶ声と同時に、視界が暴れだす。
足元の欠瑠に躓いたわたくしは、そのまま御兄様に向かって体勢を崩した。
「うぐぉっ!?」
御兄様が変な声を上げる。
わたくしは御兄様の上に乗り上げてしまった。
「もぉ、最悪……」
そう言ったわたくしの胸の辺りに、”謎の突起物”が突きつけられていた。
「え? なによこれ!?」
「い、息できねぇ」
御兄様の鼻だった。
頭に血が上って来るのが分かる。
「こんのぉ、馬鹿、ゴミ、虫!?」
わたくしは馬乗りになってグーパンを決める!
「痛てぇ!? 何でだよぉ!? 俺何もしてなくねぇ!?」
「わたくしがムカつくからよぉー!!」
「理不尽だー!?」
わたくしは気が済むまで御兄様を殴り続けていた。
自分が笑えないから他人を煽っていたと考えると素敵。




