白の誓い~後編~
5月21日。また夢を見た。
今日は眠りにつく瞬間、なんとなく彼に会える気がしていた。
いくら夢の中とはいえ、婚約者以外の男性とデートするなんていけないことだろうか。浮気、なのだろうか。同時にそんな自問が一瞬頭をよぎった。
「こんばんは。」
「待ち合わせ場所が海の中なんて今日はまたずいぶんとお洒落ね。」
「ふふ。そうでしょう?それにここは深海だからね。僕らの知ってるいつもの海とはまた違ったところだね。」
「へ~深海か…。夢叶君、海好きだったけど深海にも詳しいんだ。」
「マニアックだろうからあまり周りに話したことはないけど、僕は深海のほうが好きだな。深海の生き物って古代から姿かたちを変えずに生きてきた個体が多いから、そういうのにロマンを感じるんだよねー…。」
「ふーん…。」
「あんまり興味ない?(笑)」
「ううん。むしろ自分の知らないことを知れるから面白いよ。もっと聞きたい。」
「そっか。じゃあ今日は深海デートで決まりだね。見せたいものがあるからそこに着くまでいろんな深海の生き物たちを紹介するよ。」
そういうと彼はたくさんの生き物を教えてくれた。彼とは中学校三年間一緒にいたはずなのに、知らないことの方が多いことに気づいて、あの三年間を少しだけ後悔した。
「さあ着いたよ。これが見せたかったんだ。カイロウドウケツっていうんだ。」
「わあ…。すごく綺麗ね…。」
「別名、''ビーナスの花籠''って言うくらい美しい、言うなれば深海の花かな。お花ではないんだけどね(笑)」
私がしばらくその白く美しい生き物を見ていると、彼はおもむろに口を開いた。
「カイロウドウケツって言葉にはね、夫婦が仲睦まじく添い遂げるって意味があるんだよ。だからこれを今の華澄ちゃんに見せてあげたくて。…華澄ちゃん、結婚するんでしょ?」
その言葉に私はひどく驚いた。なぜ家族以外には誰にも婚約の話なんてしていないのに、彼がそれを知っているんだろうか。
「驚かせちゃった?実は最初から知ってた。君に恋人がいることも。少し前に婚約したことも。だから、デートしてくださいってお願いした時、断られるんじゃないかなって心配してたんだ。」
「どうして…。」
「僕がなぜ君の婚約を知っていたのかって言ったら、僕はもう死んでいて、死んでも初恋の君のことが忘れられなくて、ストーカーみたいに君のことをそばで見てきたからだよ。それにこうして夢の中まで出てきて…気持ち悪いでしょ(笑)」
「……そんなことないよ。夢叶君が死んじゃったとか、その、急すぎてまだ全然理解しきれていないけど、でも、私にとっても夢叶君は初恋の人で、だから夢で逢えた時すごく嬉しかったの!いくら夢だからって、婚約者がいるのにデートとか、その…浮気みたいなことなのかもって思ったよ。思ったけど!でも…。それでも、今こうしてゆうと君と会える時間を大事にしたいって思えたの!」
「嬉しいな。そんなこと言ってもらえるなんて…。でも今日はもう時間だ…。次会えるのが最後だね。6月1日に夢で待ってるよ。」
その言葉を聞き終えると同時に目が覚めた。私は泣いていた。
6月1日。約束の日。この日が来るまでの間、ずっとそわそわして落ち着かなかった。
「こんばんは。」
「今日は思ったより普通の場所だった(笑)」」
私は努めて明るくそう言った。まだ心のどこかで彼にまた会える気がしているのかもしれない。
「今日はもう少し歩いたところが目的地だよ。」
そう言って歩き出す彼についていくと、真っ白な花畑が見えた。
「これは…。」
「カスミソウの花畑だよ。花言葉は幸福、感謝。名前、華澄ちゃんにぴったりな花だと思って。それに僕の気持にも。華澄ちゃんには本当に感謝してるんだ。こうして僕と夢の中でデートしてくれて。おかげでたくさん楽しい時間を過ごせた。」
「や、やだな。最後みたいな言い方しないでよ。」
「悲しいけど、これが最後だよ。だって僕はもう…。」
「わかってるよ!死んじゃってるんでしょ!?でもそんなのまだ全然信じられないよ…。」
「華澄ちゃん、時間は有限だ。だから、華澄ちゃんにはできるだけ後悔の残らない生き方をしてほしい。僕は今またこうして華澄ちゃんと出会えた。大好きな人の幸せになろうとしている姿を見届けられて本当に良かったと思ってるし、生涯その幸せが続くことを願ってるよ。」
「じゃあ…。夢叶君は?夢叶君の幸せはどうなっちゃうの…?」
「そうだなあ…。じゃあ…。旦那さんには悪いけど、華澄ちゃんがおばあちゃんになって寿命を全うしたら、その時は、華澄ちゃんをお嫁さんにもらおうかな(笑)」
だんだん意識が現実に戻っていくような気がした。すると、時間だね。と彼が言う。
「私が死んだら、夢叶君が私のこと幸せにしてください!!約束!!」
と彼に答えた。彼は泣きながら笑った。
「うん、幸せにするよ。ありがとう。またいつか。」
眠りから覚める直前。彼の声が聞こえた気がした。