裸の王様
彼は悩んでいた。
1kのいかにも一人暮らしの男の部屋。
乱雑に置かれたものの中、ベッドの上に3着の服を並べて彼は腕を組み悩んでいた。
(何を着て行こうか…)
右に置かれたシャツは半袖、真ん中は7部丈、左には長袖
今日に合う服はどれか、かれこれ2時間ほど悩んでいる。
なぜ、そんなに服に悩むことがあろうか。彼にとって今日はデートでも何にでもない、ただ日用品の買い物に行こうとしているだけである。
デパートの中は広いがそこまで距離もない。
しかし、彼には悩む理由がしっかりとあったのだ。
正しくは、「彼が悩む理由」ではなく、「この世界にあるすべての人が悩む理由」である。
地球は現在、異常気象に見舞われていた。大規模な台風や洪水、熱波など日々天気に関するニュースは絶えない。
もちろん日本も異常気象に見舞われていた。
それは、天気予報が全く役に立たなくなったということだ。1日1日気候が変わる。
昨日は冬のように凍える日かと思えば、今日は夏のように暑く、明日はどのような天気になるかわからない。
予報は外れに外れ、諦めたのか天気予報のコーナーが占いコーナーのようになっていた。
そのため、着る服に困るのである。そんな異常気象でも外に出なければいけない人が沢山いる。
「今日は暑い」とTシャツを着て出たらクソがつくほど寒かったり、「寒い」と着込んで出たら熱中症で救急搬送されたり、天気に振り回されて過ごしていた。
さて、彼の話に戻る。
気候が変化するため、彼はオールマイティーに活用できる上着を持っていた。どの服に合わせても似合う上着。少しの温度差はその上着で補える。
しかし、残念なことに昨日コーヒーをその上着にぶちまけてしまった。
急いで家に帰り洗濯をするもシミは消えず、泣く泣くクリーニングに出した。
そのため今日温度調整をするおしゃれな上着がないのである。
彼はその上着と、今ベッドの上に置いてある服以外持ち合わせていなかった。
なので、その3つの中で今日に合った服を選ぶ必要があったのだ。
(今日の天気は曇り、まぁまぁ寒い。ここは長袖で行こうか、いやいや昼間は動くと暑い…しかし夜はさらに寒くなることを考えると…)
彼は頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「ええい!!まどろっこしい!!なんでこんな悩まなきゃいけないんだ!!」
ベッドに八つ当たりをしたらベッドの足に小指をぶつけた。
彼はしゃがみ痛みを涙目で抑えた。
結局7部丈の服を選び、途中の服屋で代わりの上着を買おうと外に出たのであった。
外での周りの服装は皆ちぐはくだ。すごい着込んでいるものもいれば、逆にタンクトップのものもいる。
もう日常になっていたため男は目にもくれなかった。
ショッピングモールを歩いていると、近代的な服屋が目に入った。客は一人も入っておらず、おしゃれなお店で綺麗な女性がにこやかに立っている。
彼は引き込まれるように店内に足を踏み入れた。
店の中はきらびやかな液晶と服が並んでおり、液晶は飾ってある服について説明しているようであった。
口を開け見ていると、店員であろう女性が声をかけてきた。「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
彼は女性に声をかけられることに慣れていないため、「あっえっとあの…」とどもってしまう。
彼女はずっと彼の方を見ている。
「あっあのっ服を!!服…上着を買いたくて!!」
そういえば、上着を買いたかったと焦りながら彼女に伝えた。
彼女はにこりと微笑み「お客様にぴったりの上着がございます」といったん奥に引っ込んだ。
彼はほっと肩を撫で下ろした。
しばらくして彼女が「何か」を持ってやってきた。「お客様、これはいかがでしょう」
彼は、彼女の手を凝視した。
何もないのである。持っている風はあるが、何もない。透明だ。
「ふふ、見えないですか?最新鋭なんですよ」
彼女はキラキラと微笑んだ
彼はわからない。見えないから、何を出されているのか全くわからないのである。
「まぁまぁ、着てみてください。肌触りは絹のように滑らかですよ」と腕を通すように促された。
確かに、布を感じた。透明だが柔らかい何かを着ていることはわかった。
「これ、何かは着ているのだろうけど、透けているじゃないか」
彼は、彼女に疑問を投げた。
「そうなんです。透明に見えるでしょ?でも、あそこの鏡を見てください」
彼は視線を上げ、鏡に写った自身の姿を見る。
彼は驚き目を丸くした。透明だと思っていた服が、昨日コーヒーをこぼしたお気に入りの服になっていたのである。
手元やその布をつかんでみると、それもそのコートを再現していた。
「まぁ、そんなに素敵なコートを着ていたんですね。驚いたでしょう?この服はイメージした服に変わってくれるんです。」
彼女は自慢するように話した。
「あなたの頭の中にある服を再現しますので、曖昧ですと再現できません。しかし、しっかりとイメージが出来たのなら服は再現されます。」
例えば…と彼女は手に持っていた雑誌を彼に手渡した。それは、男性向けのファッション誌。パラッとめくるとすらっとしたスーツが目に止まった。
彼女は「見ましたか?では、鏡を見てみてください」
彼は今一度、鏡を見た。そこには、雑誌と同じ服を着た自分がいた。
「ええ!?」
彼は後ろによろけた。
彼女は「ふふ」と笑い、「このように、イメージができればなんの服にもなれます。冠婚葬祭、会社、デートに至るまでこの服一枚でまかなえます」
彼は考えた。気候が読めない今、その服はとても貴重である。特に自分は服を選ぶのが億劫…この一枚さえあれば、同僚に「また同じ服かよ」と笑われることもない。
「ちなみに.…これ、おいくらなんですか」
手が届く範囲ならば、ぜひ手に取りたいと彼女に聞いた。
「上下揃えて買いますと…このお値段になります」
「たっっっか」
それは、彼の給料の半分だった。これは買えない…肩を落とし帰ろうとすると、彼女は
「今でしたらお値段の3分の1!!はじめてのご来店なのでさらにお値引きしますよ!!!」
と引き止めてきた。
これで、手の届く範囲の値段になった。
彼は、素晴らしい笑顔で、その服を着て店を出た。
ちょうどかっこいいトレーナーがあったので、それをイメージし元着ていた服を紙袋に入れ、ショッピングを楽しみ始めた。
かっこいい、最先端の服だからか、周りはみんなこちらを見ている。窓に反射した自分は、いつにも増してオシャレでナイスガイ。
彼は得意げに本屋でファッション誌を買った。
これまた店員に羨望の眼差しで見られた。
トイレでファッション誌のモデルが着ている服をイメージし、鏡を見る。ちゃんとイメージした服になっている。
男は自信満々に闊歩した。
夕方になり、子連れのファミリーが帰り始める。その中のすれ違った少年が指を刺し
「あの人、どうして裸なの?」
そう、母親に問いかけた。
母親は「シッッ見ちゃいけません!!」と少年の手を引き去っていった。
裸?はだか?僕が…裸だと!?
少年の言葉は聞き違いなどではない。ふと、周りの視線が気になった。
あれは、羨望のなどではなかった。
ゴミ屑を見る目と、嘲笑であった。慌ててトイレに入り、鏡で自分の姿を見る。
どの角度から、どう見ても、白く細い体…さらにお気に入りの白ブリーフ…彼は、裸でショッピングモールを闊歩していたのだ。
彼はトイレで頭から足の先までまっっかになり、裸なのを忘れ、その服を購入した店まで戻った。
店まで戻ると、店員の女性はこちらを見てにっこりと笑いかけた。
彼は憤怒し、
「この詐欺師め!!!変な服を売りつけやがって!!!こんな、裸で歩き回ってたなんてもうここに住んでいられないじゃないか!!!」
彼女に殴り掛かる勢いで叫んだ。
しかし彼女は笑ったままである。
「詐欺ではありませんわ、お客様」
よくわからないことを言い出す。彼は確かに裸なのだ。服を着ていない状態。
「何訳のわからないことをっっ!!」
「ですからーー」
彼女は悔い気味に言った。
「その服は、あなたのイメージ通りの服になります。あなたはどのような服をイメージしましたか?」
「僕は……」
彼はもう、白いブリーフを着た自分の姿しか思い浮かばなかった。
彼のその後が気になりますが、どうなったのかはご想像にお任せします。