98 商人ですが何か?(5)
少し長くなっています。
俺が一瞬でマジックバッグから商品を出したのを見て、役場の人たちがちょっと固まったけど、体調がまだ良くない役場長は椅子に座って、部下の5人に急いで確認するよう指示を出す。
確認作業に時間が掛かってしまうけど、信用第一だから問題ない。
「酷なことを言うようですが、春になったら再び魔獣が押し寄せるでしょう。
ココア村の住居は再建せず、モカの町に移住した方がいいと思います。
そして大至急、西地区とココア村の間に魔物除けの壁を造るべきです。
例え他の町に逃げても安全とは言い切れません。
ですから、自分の町を守るのは自分たちしか居ません。
魔獣の大氾濫は……まだ始まったばかりです」
これからのことを真剣に考え作業している役場の人たちに、俺は厳しい現実を告げ、救済と同時に対策を講じなければ生き残れないだろうと教える。
「それは本当のことですか!?」と役場長が驚いたように言い、他の職員さんは信じられないという顔と、右手を口に当て絶望的という顔をして俺を見る。
「龍山から遠く離れた王都の町が、ドラゴンに襲われています。安全な場所など無いのかもしれません。
だからこそ、俺たち【王立高学院特別部隊】は強くなろうと努力し、一人でも多くの人を助けるために活動しています。
ですが……デミル公爵のように領民を平気で見捨てる領主も居ます。
混迷する時代で生き残るには、いざという時の備えを、住民が団結してするしかありません」
「ええ、そうねアコル君。何時でも逃げれるように準備し、避難する場所をつくり、領主や役場は、最低限必要な物を地下などに備蓄しておかねばならないわ」
ショックを受けている役場の職員に、シルクーネ先輩が分かり易く対策を教える。
◇◇ エクレア ◇◇
アコルが会議室から出て行って、犯罪者6人をどうするのか議論が始まったわ。
シラミド男爵が望んだのは副役場長と住民管理部長の処刑。
執行部が望んだのは、副役場長と住民管理部長の処刑と側近の爵位剝奪。
サナへ侯爵が望んだのは、副役場長と住民管理部長の処刑と側近の降爵と謹慎。
トーマス王子は、【王立高学院特別部隊】が王命でサナへ領へ来ているので、側近の処罰は王様に任せると言って、さも当然な顔をして逃げたわ。
「それで、アコルのケガに対する補償や被災者に支払った日当などはどうされるのでしょうか?」
サナへ侯爵の三男であるトゥーリスさんは、アコルに申し訳ないと言っていたから、ここはキッチリと自分の父親に支払いさせるつもりだわ。
「まさか、頼んでないのに勝手に救済した……なんてことは言われませんよねトーマス王子?」と、煮え切らない態度を責めるように問うのはラリエス君ね。
「平民のケガですから、金貨1枚も見舞金を出せば充分でしょう。日当はそもそも必要じゃないだろう」と、残っている側近は、まるでいいことを言ったかのような態度だわ。ちょっと殴ってもいいかしら?
……さて、サナへ侯爵はどう答えるのかしら。
「彼への見舞金は、私から金貨1枚、レイノルド(捕らえられた側近)に金貨1枚出させよう」と、妖精を失ったショックから立ち直ってないのか、どこか上の空。
……日当の件は何処に行ったのよー!
「アコルは、自分と役場長の治療に、貴重なポーション【天の恵み】を使いました。
商業ギルドで買えば金貨8枚以上しますが、そのお金も当然支払ってください。他で売れば金貨20枚でも買う貴族は居たはずです」
リーマス王子はとっても不機嫌。彼は半分アコルの信者みたいなものだから。
「ええ、本当に奇跡のポーションでしたわ。あれだけの傷が治るなんて、父が聞けば金貨30枚だって出すと思いますわ。
ですが、アコル君は救済に来たのだからと、金貨8枚以上は受け取らないでしょうね」
ノエル様は侯爵令嬢らしく微笑みながらも激おこ中だわ。
リーマス王子もノエル様も、アコルが金貨5枚以上と言ったから、少しでも高い値段で交渉してくれているのね。
「そのような高価なものを勝手に使ったというのか! 自分の治療にも使ったのなら、我々が支払う義務はないだろう。そうですよねサナへ侯爵様」
「いい加減にしろ! サナへ領の貴族と役人が、王命で救済に来た【王立高学院特別部隊】のリーダーを害したのだぞ! お前は王の怒りが怖くないのか!」
リーマス王子は椅子から立ち上がり、怒りを側近にぶつける。
「しかし、所詮は平民です。問題視されるとしたらマギ公爵家のご子息だけでしょう」
平民など見下して当然だと信じて疑わない側近は、平民の母を持つリーマス王子に対しても横柄な態度をとる。
……ふ~ん、そうなんだ。部下の暴言を止める気はないのね。
『ねえ、ただの側近のアナタ、サナへ侯爵とその部下は、平民がケガをしよと死にそうになろうと関係ないって考えているの?
だから平民の被災者を救済することを考えないのね。
王から頂いた金貨100枚を渡すだけのお使いなら、学生にだって出来るわ。
自分のお金を銅貨1枚さえ出しもしないのに、懸命に尽くしたアコルに、金貨1枚の補償で充分だなんて暴言を吐くとは、随分と主をも貶める発言をするものね』
あたしは我慢できず側近の前に姿を現し、呆れたように言ってやる。
「な……なんだと! 妖精だからって……」と側近が立ち上がって言ったところで、この場に居た他の契約妖精4人が姿を現し、側近の頭にザバーンと冷水を降らせた。
当然、その側近の隣に居たサナへ侯爵にも冷水は飛び散ったわ。
「まだ気付かないのですか父上!
部下の暴言を止めない父上のその態度が、側近を犯罪者にし、妖精から絶縁されたのですよ!
この場で最も罪深いのは父上です!」
あーあ、とうとうトゥーリスさんがキレたわ。
『サナへ侯爵、トーマス王子、あたし、とても不思議なんだけど、王都を出る時、王弟でもあるレイム公爵が、アコルは前のレイム公爵の孫だから直系で、次期レイム公爵候補だと教えたわよね。
それなのに平民扱い? 金貨1枚程度?
アナタ方の無礼な言動や行いを、アコルの契約妖精であるあたしに、許せと言うの? 許せると思っているの?
平民として育ったから、自分の部下の指示で斬られても、自分には罪がないと考えるのが貴族の常識なのかしら?
それとも、本気でレイム公爵家に喧嘩を売っているのかしら?』
あたしも当然キレたわ。王族や領主って本当に自分勝手だもの。
「トーマス王子、申し訳ありません。私の家はレイム公爵領でも古参の伯爵家です。
次期後継をこれ以上危険に晒すことはできません。護衛につきます」
レイム公爵領の伯爵家子息であるボンテンク先輩が、ガタンと音をたて椅子から立ち上がり、怒りで拳を震わせながら、トーマス王子を睨んで会議室から退出していくわ。
ボンテンク先輩はマキアート教授の研究室の学生で、アコルと仲良しだものね。
「ノエル様、私も失礼いたします。レイム公爵家の臣下として、アコル様を守らねばなりません」
「ええカイヤさん。誇り高き名門レイム公爵家ですもの、臣下の怒りがどれほどか……お察しいたしますわ。執行部の責任者としてもお願いします」
ボンテンク先輩の妹の1年カイヤさんに向かって、ノエル様は優しい声で許可を出した。
そして黒く微笑みながら、どういうことかしら? と問い質す視線をトーマス王子とサナへ侯爵に向けたわ。怖っ。
……うん、さすがアコルの応援隊隊長だわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
金貨100枚分の商品の引き渡しが終わったので、俺とシルクーネ先輩と役場長は会議室に戻って、犯罪者をどう裁くのかを聞くことにする。
最も大事なのは。商品代金の金貨100枚の回収だけど。
会議室に向かっていると、怒りの表情でボンテンク先輩と妹のカイヤさんが歩いてきて、俺の顔を見ると申し訳なさそうに頭を下げた。
……はて?
「アコル様は、ご自分がレイム公爵家の直系だとご存じだったのですか?」
「あぁ……それね……確か王都を出る前にエクレアから聞いた気もするけど、俺に気を使わなくていいですよボンテンク先輩。
敬語もなしでお願いします。俺たちは仲間でしょう?」
俺はにっこりと笑って、これまで通りでお願いしますと頼む。だって、俺はレイム公爵家を継がないしさ。
シルクーネ先輩と弟のラノーブが、驚愕の表情で俺を見ている視線が痛い。
で、折角だからボンテンク先輩とカイヤさんから話し合いの結果を聞いた。
会議室に戻ると、空気の重いこと重いこと。
間違いなくエクレアが何か言ったんだな。
相当怒ってたから俺じゃあ止められないし、他の妖精たちも激おこだったもんな。
「それで、処罰はどう決まったんですかトーマス王子?」と、俺は【王立高学院特別部隊】の引率責任者であるトーマス王子に無表情で問う。
「副役場長と住民管理部長は領主殺害の罪もあるから処刑。襲撃した3人も処刑。サナへ侯爵の側近は爵位剝奪と決まった。
これ以上に重い罰はないだろう。アコルへの補償金とポーション代金として、金貨10枚を支払う」
心底最高の処罰を下したと思っている様子のトーマス王子が、胸を張って答えた。
「フッ、これ以上に重い罰はない? 何の冗談でしょう。
それって、サナへ侯爵とトーマス王子が自分の体裁をとっただけでしょう?
馬鹿らしい。俺の得が何もないじゃないですか。
もちろんモカの町やココア村にも何の得もない処罰です」
「口が過ぎるぞ!・・・いや、金貨10枚の補償金では不服だと言うのかな?」
トーマス王子が説明した補償金額に、不服を言ったと勘違いしたサナへ侯爵の側近が大声で叱咤しようとして、俺がレイム公爵家の関係者であることを思い出したのか、少しだけ丁寧な口調に変えて問い質してきた。
「いい加減にしろ! お前たちは何をしにモカの町に来た!
俺は今、処罰について話していたはずだ。何故親身に領民を助けようとしない!
くだらない貴族のプライドが大事なら、二度と救済活動に参加するな!」
俺は大声で怒鳴って、一瞬本気の威圧を側近とサナへ侯爵とトーマス王子に向かって放った。
「グゥ……」と唸って、3人は胸を押さえて前屈みになる。
そして脅威の視線を俺に向け、体が勝手に震えだす。
「俺は学院長から【魔王】と言われている、ブラックカード持ちの冒険者で、商業ギルド本部からレッドカードを発行されている【大商団 薬種 命の輝き】を率いる商団主ですけど?
どうやらサナへ侯爵は、冒険者ギルド本部と商業ギルド本部を、敵に回す覚悟がおありのようだ。
まあ、冒険者はバイトですからいいんですが、大商団の団長である私の11月と12月の商業ギルド本部との取引は、金貨500枚を軽く超えています。
これから王都に帰れば、今回サナへ領の被災者のために用意した商品代金を払わねばなりません。
支払い額は金貨150枚を超えているでしょうし、ポーションや薬草や魔鉱石の支払いも別に金貨50枚以上あります。
もしも俺が死んでいたら、商業ギルドへの支払いと、Sランク冒険者を失う冒険者ギルドの損失を、サナへ侯爵とトーマス王子で補填できるんでしょうか?
俺に払うらしい金貨10枚だって、自分で稼いだお金でもないしょう?
でも俺は、自分の力で【薬種 命の輝き】を、登録1年で大商団にした学生だ。
俺は平民だけど、今現在だって、手持ちの金は金貨250枚以上あるんだよ!」
俺はこれぞ【魔王】という顔をして、ウエストポーチ型マジックバッグの中から、ブラックカードとレッドカードを取り出し、そして出掛けにモンブラン商会で売ったマジックバッグの代金、金貨250枚が入った袋をドンっとテーブルの上に置いた。
「重罪人を処刑するなんて、お金の価値も知らない愚か者のすること。
罪は苦しみながら償ってこそ、被害者が報われるんだよ。
6人にはこれから1週間、ココア村で遺体を埋葬させる。
もちろん、副役場長派だった役場の職員には、焼けた西地区の住居の撤去作業をさせる。異議なんて聞かない。
ココア村の仕事が終わったら、6人には必ず起こる魔獣の大氾濫に備えて、西地区の手前に建設する防護壁が、完成するまできっちり働かせる。
その後5人は、新しく避難所を建てたり地下室を造ったり、ずっと働かせる。
これらの仕事に人を雇うと、ひとりにつき1日人件費を銀貨1枚(五千円)近く払うことになる。
その人件費を救済に充てれば、小金貨2枚(2万円)で買える毛布が、2か月で被災者全員に渡る額になる。
もちろん罪人だ。食事は日に一度か二度で充分だし、住む場所は俺たちが作ったかまくらでいいだろう。
被災者が冷たい地面で寒さに耐えていたことに比べたら、床板まで設置してあるから天国のようだぞ。
ああ、西地区の被災者は、副役場長と住民管理部長から没収する屋敷に住めばいい。
横領した金で随分と大きな屋敷になっているらしいから、被災者も満足だろう。
処刑するなんて勿体ない。俺は平民なんだよ。
側近の爵位なんて、俺には全く興味もないから、責任持って防護壁を造る責任者を無給でやってくれたらいいよ。
今回の救済で出た損失を、俺とモカの町は細く長く搾り取るために、罪人を一生働かせ日当をモカの町と分ける。
処刑なんてさせないよ。楽に死なせるつもりはない」
言いたいことを言った俺は、最後に極上の笑顔でにっこりと笑っておいた。
思わずトーマス王子かサナへ侯爵が、損失分の金貨100枚を払ってくれるの?って言いそうになったけど、ちょっと下品そうだったから止めた。
「確かに、処刑より嫌かも・・・」ってエイト君が呟いて、他の執行部のメンバーもうんうんと頷いて同意する。
「本当にお前は何者なんだよ!?」って、トーマス王子が頭を抱える。
「はっ? 商人ですけど何か?」と、俺は至極当然という顔で答えた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




