90 モカの町(4)
各班に分かれて昼食をとっていると、トーマス王子たちの馬車が戻ってきた。
そして俺が開いたモンブラン商会移動販売店の商品を見て、全てをココア村に回して欲しいとサナへ侯爵から要望のような命令があったけど、きっぱりと断った。
「申し訳ありませんが、これは支援物資ではありません。
私はモンブラン商会の傘下である【薬種 命の輝き】の店主として、王都を出発する前に自分の力を最大限に使って仕入れた商品です。
被災者の皆さんのために、損を覚悟で商人として有料で店を開いています。
モカの町には被災していな沢山の店があります。本来であればモカの町の店が、西地区やココア村に店を出す・・・または、モカの町の役人が支援物資を集めてココア村に持ち込むべきです。
今日は西地区の皆さんのために店を開いたので、夕方【薬種 命の輝き】が支払う日当で皆さんが買い物をされた後であれば、サナへ侯爵様に売れる商品もあるかと思います」
俺は学生としてではなく、商人モードできっぱりと返答する。
「きさま、学生の分際で、サナへ侯爵様に逆らうつもりか!
言われた通りに商品を全てこちらに寄越せ! 口の利き方も知らん平民が!」
役場の住民管理部長と名乗った男は、店に並んでいる商品を全て寄越せと怒鳴りつけた。
「これはおかしなことを。この国のトップ商会であり大商会であるモンブラン商会の商品を、タダで寄越せと仰るとは、貴方はご領主様が王都でどう噂されることになるか分からないようだ。
サナへ侯爵は、自分の金を出すのを嫌がり、被災地のために出店した大商会であるモンブラン商会の傘下である店の商品を、役人に命令し奪い取ったと言われることになりますが、それって、本当にご領主様を思っての言動なのでしょうか?」
俺は商売人らしく、微妙な笑顔というか愛想笑いを浮かべたまま、役人とサナへ侯爵に世間というものを教えて差し上げる。
「なんだと! 生意気を通り越しての不敬、モンブラン商会が何だと言うんだ!
領主様に商品を差し出せることは、商売人として喜ぶべきことだろう。子供のお前では常識も分かるまい!」
副役場長は、唾を飛ばしながら俺を睨み付けて脅すように命じた。
「そうですか。分かりました。
ご領主様に無償で商品を提供することが喜ぶべきことなら、モカの町の商人の皆様にもお知らせして、全ての店から商品を無償で提供させてあげてください。
間違いなく全ての店が潰れますが、それが喜びであり常識であると副役場長が声を大にして仰ったと、町中の掲示板で即刻お知らせください。
良かったですねサナヘ侯爵様、トーマス王子。店は潰れ破産しますが被災者は助かりますよ」
今度は魔王らしく微笑み、これ以上にない嫌みを込め、それが正しいのなら……と返答し深々と頭を下げた。
目の前の商品を全て奪われるのだと知った西地区の人々が、絶望と憎しみの籠った表情で二人の役人を見る。
「貴様らは、父上を笑い者にする気か! 学生の我々が新年まで善意で働いているというのに、役場の人間は全員働いているのか?
必要な物資を揃えるよう命じているのだろうな? 当然お金はこの町と領主である父上が出される。
これ以上、私や父上に恥をかかせるな!」
自分や父が情けないと反省しきりだったトゥーリス先輩は、我慢できずに二人の役人を大声で叱咤する。
俺たち【王立高学院特別部隊】は、住民や被災者に気を遣わせてはならないと、全員が自分の身分を伏せて行動していた。
だから昨日仕事を休んでいた役場の二人は、トゥーリス先輩がサナへ侯爵の子息であることを知らなかった。
……いや、普通は言葉遣いとか立ち居振る舞いを見れば、俺たちの中に高位貴族が沢山居ると分かりそうなもんだよな。
……いやいや、もしかしてこの二人は、高位貴族と接する機会がないとか、王立高学院の卒業生ではないのかもしれない。
昼に戻ってきたトゥーリス先輩は、西地区の惨状と、手を差し伸べてくれる人もいなかった多くの弱者の存在を知った。
そして俺個人が用意してきた商品や食料品、炊き出しの準備、薬の準備などを見て愕然としていた。
何よりも、なんの得にもならないのに、【薬種 命の輝き】として困っている被災者に仕事を与え、日当を出し、無料で食事を提供し、働いたお金で商品が買えるように段取りした一連の行動を、自分では思いつきもしなかったと恥じていた。
領主一族としてすべきことは何なのか、そして、どこまで助ければいいのかを考えていなかったことを反省し、一番大事なことは事前準備だと痛感したとトゥーリス先輩は俺に言った。
「トゥーリス先輩、王様だってレブラクトの町を救おうとされなかったのです。
それは何故か、それは悲惨な状況を自分の目で見なかったことと、救うべきだと知らなかった、いえ、どう救うのかを王族さえも考えてこなかったからです。
安寧な時代ならそれで済んでいたんです。
でも、今は魔獣やドラゴンと戦わねばならない有事です。王様も王子も領主も含めて、全員が救済活動について学んでいる最中なんです」
「でも、アコルは全てを自分で判断し行動していた。・・・何故君は、そうまでして人々を救おうとするんだ? その知識は何処から学んだ?」
トゥーリス先輩は、アコルは何をすべきか考え予想し、学生を率いて被災地に行ったし、君は最初からリーダーとして指揮を執っていたじゃないかと不思議そうに問う。
「トゥーリス先輩、俺は自分に与えられた使命を果たすために、何をすればいいのか常に考えているんです。
俺の思考は、平民として育ったからこそ思い至るのだと思います。
王族や上位貴族との大きな違いがあるとしたら、弱者の立場で物事を考えているかどうか……だと思います」
落ち込んでいるトゥーリス先輩に、俺は途中で立ち寄ったミルクナの町の話をした。
ミルクナの町の代官は、冒険者ギルドや領主と力を合わせ、ドラゴンに襲われた時のことを考え、町も役人も住民も準備をしていたことを教えた。
住民は必要最低限の物を持って、領主が住む町に避難できるよう段取りをしていて、病人用に荷馬車も用意してあったし、冒険者は避難する住民の護衛をしたり、残った住民は魔獣と戦う覚悟をしていたこと等を伝えた。
大事なのは被害を最小限に抑えることで、日頃から住民にも危機感を持たせ、逃げる用意をさせること。
領主は避難場所を指定し、救済用の財源を確保し、有効な使い方を考えておくことが必要だと思うと、俺は自分の考えを付け加えた。
「何が正解なのか分かりません。
魔獣に襲われた住民を助ける必要なんてないと考える貴族や役人は多いでしょう。
だから、領主自らが被災地を訪れ、学生である我々に救援要請してくださるサナへ侯爵様は、優しくて良い領主様だと思います。
ただ、救済の仕方が分からないだけです。
だから俺は高学院の皆を鍛えているんです。一人でも多くの住民を救うリーダーになって欲しいと願いを込めて」
「それが君の使命だと言うなら、それは神が命じられたことに違いない。
なあアコル……商人としてのアコルに訊くんだけど、今回の救済活動のために【薬種 命の輝き】が用意したお金はどのくらいだろうか?」
俺がやたらと金のことを言っていたので、トゥーリス先輩は勇気を出して訊いてきた。
きっと貴族的価値観では、お金のことを訊ねるのは上品ではないのだろう。
「今回俺が、王都で商品を揃えるために商業ギルド本部に出したお金は金貨250枚です。
でも、時間が3時間足らずだったので、恐らく金貨150枚分くらいしか商品を集められなかったでしょう。
あとは活動費として金貨40枚です。
フフフ、実は俺のマジックバッグにはまだ、今荷馬車に出している商品の4倍以上の商品と薬剤が入っています」
「は? これの4倍以上の商品だって! それは国宝級?」
「そうです。もしもサナへ侯爵様が、本気で被災者のために支援物資を揃える考えがおありなら、学院の教室と同じくらい収納できるマジックバッグ(商業ギルド本部に売った大きさの3分の2)を、特別に格安の金貨300枚でこっそりとお譲りします。
半分の大きさなら、金貨150枚です。
俺の機動力の秘密はマジックバッグにあります。俺はマジックバッグを商業ギルド本部に売って、今回の資金を用意しました。
俺がマジックバッグを作れることは絶対に秘密ですよ。
なにせ王様さえ持っていない特別なマジックバッグですから」
驚き過ぎて口を半開きにしているトゥーリス先輩に、俺は秘密ですよと念を押し、お得な追加情報を出す。
「もしも先輩が個人で被災者のために用意する意思があるなら、この荷馬車をいっぱいに出来る大きさのマジックバッグを、本来なら金貨80枚のところ、超特価の金貨30枚で用意しましょう」
ただし、素材は持ち込みでお願いしますねと、商人の顔でにっこりと笑って言った。
「執行部を作った時に、学院長がアコルは高位貴族の血族の可能性が高いと仰っていたが・・・アコル・・・君は何者なんだい?
王族や領主を前にしても全く恐れることもないだろう?」
「フッ、学院長は俺を【魔王】だって言ってますよ。だから俺は【魔王】らしく学院に君臨してます。
そのうち分かると思いますが、俺は捨て子でした。
でも、本当の親が誰であったとしても、俺は縛り付けられるのは御免です。
きっと、誰も俺を従わせることなど出来ない……とだけ教えておきます。
これも内緒でお願いします」
俺は人差し指を口に当て、意味深に笑って再び念押しする。
トゥーリス先輩のことは信用できる先輩だと思っている。
執行部のメンバーは、自称平民の俺の意見も否定することなく協力してくれている。
特にトゥーリス先輩は、地位や権力を前面に出すこともないし、真剣に俺の話を聞いてくれる。
そして自身を恥ずかしいと素直に言い、領民のために学ぼうとする意欲が高い素晴らしい貴族だ。
「誰にも従わせることができない……かぁ……分かった。アコルはこれからも【魔王】として君臨してくれた方が安心だ。
マジックバッグの件、前向きに考慮する」
というような会話を、俺はトゥーリス先輩と昼食時間にしていた。
偉そうな役人のごり押しに眉を寄せ、モンブラン商会をただの商店と同列に考えている物言いに、学生たちは本気で呆れていたし腹を立てていた。
モンブラン商会から商品を奪って当然……というような発言をする役人を、信用してはならないと学生たちは瞬時に判断した。
自腹を切って仕事を斡旋し、無料で食事を提供している【薬種 命の輝き】に向かって吐かれた役人の暴言は、同じく完全無料で被災者のために頑張って働いている、【王立高学院特別部隊】に対して向けられたも同じだった。
トゥーリス先輩の叱咤に青くなった二人の役人は、サナヘ侯爵に向かって土下座する勢いで平謝りをしていたが、どう見ても自分が悪かったと思っている感じがしない。
だって、サナへ侯爵やトーマス王子が叱咤した訳じゃないし、そもそもモンブラン商会の商品を欲しいと言ったのはサナへ侯爵だったから。
サナへ侯爵とトーマス王子は、当然料金を払うつもりだった……と思うけど、まさか俺が断るとは思っていなかったのだろう。
「トーマス王子、領都サナへで購入した金貨10枚分の物資を、全てココア村に渡せばどうですか? 生存者は何人くらい居たのですか?」
何も言わないトーマス王子に、王子のマジックバッグに入っている物資を使ってはどうだと提案したのはワイコリーム公爵家のラリエス君だった。
「そうだな。それに、もう昼を過ぎているから、役場前の本部には炊き出しなどの必要な物が揃えられているだろう。それを急いで届ければいい」
マギ公爵家のエイト君も、モンブラン商会の商品を持って行くのを阻止する。
「さあ皆さん、午後の仕事の時間ですよ。商品は必ず残しておきますから、頑張って働いてくださいね。
ああそれから、午前中に針仕事で作ったスノーウルフとシルバーウルフの上着を、子供は一日銅貨1枚(百円)で、大人は一日銅貨5枚(五百円)で、我々が滞在している間だけ特別に貸し出します。寝る家の無い方限定です」
明るい声で被災者に超お得な情報を伝えるのは、学院一の美女エリザーテさんだ。
寒さ対策で最も重要だったのが、着替えもなく薄着で凍えている人たちのことだった。
着替えも持ちだせなかった人たちは、お金だって持っていない。
だから、モンブラン商会の店に並んでいる服を買うのは無理だった。
スノーウルフの毛皮のベストなんて高級品、買えば子供用でも小金貨5枚(5万円)、大人用だと金貨1枚~3枚(十万から三十万円)はする代物なのに、借りることができるなんて夢のまた夢。
しかも銅貨で貸し出すなんて盗まれたらどうするんだ!って考えるような商人では、到底できない芸当……いや商売だった。
ミルクナの町で倒したスノーウルフとシルバーウルフの毛皮だからこそ出来た破格の商売だ。
10頭分のスノーウルフの毛皮を上手く裁断し、子供用のベスト10着分と、女性用のベスト10着分、そして、シルバーウルフの毛皮で大人用のベストを4着分作る予定だ。
簡単に穴をあけたり、留のボタンを付けただけモノだが、間違いなく暖かい。
もちろん裁断して出た端切れは、縫い合わせて赤ん坊のおくるみ等になった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新遅くなりました。
すみません。次の更新は1回お休みさせていただき、7日(金)になる予定です。




