89 モカの町(3)
トーマス王子とサナへ侯爵御一行がココア村に向かった30分後、リーマス王子を含めた俺たち50人は、決められた班に分かれて仕事を始めていた。
「お待たせしました。モンブラン商会移動販売店の開店でーす」
元気よく西地区の人たちに声を掛けるのは、B級作業魔術師で執行部3年のシルクーネ先輩だ。集まっている人に伯爵令嬢らしい上品な笑顔を向けている。
荷馬車の幌を外し【モンブラン商会】と書いてある看板を立て掛け、並べた商品を見てもらう。
商品は服や食器、安い毛布や敷布団、燃料鉱石、野菜や肉もある。他にも細々した石鹼やタオル、荷物を入れる袋などを並べている。
価格は食料品が定価の2割引き、古着や毛布や布団は1割引き、燃料鉱石や他の物は定価で売っている。
店番と会計を任せたのは、商学部1年のラノーブと姉のシルクーネ先輩だ。
ラノーブは光適性持ちだったので、妖精学講座を受け王立高学院特別部隊に入っている。
「仕事をしたい西地区の被災者の女性と子供はここで受付してくださーい。
モンブラン商会の傘下である【薬種 命の輝き】の依頼を受けて働いた人は、炊き出しが1回無料になりまーす」
「針仕事、炊き出し作り、小さな子供の居る人は子守りなどで、一日小銀貨2枚(2千円)稼げますよー。
7歳以上の子供は、薪拾いや枯草集めで銅貨5枚(五百円)とパンが1個貰えまーす」
明るく元気な声で仕事を斡旋しているのは執行部の二人、学院一の美女エリザーテさんと、貴族部1年の中で成績トップのカイヤさんだ。
荷馬車の旅で知ったのだが、なんとカイヤさんはボンテンク先輩の妹だった。
「炊き出しの仕事をする方はこちらに集まってくださーい」
炊き出し担当はスフレさん、ミレッテさん、チェルシーさんの荷馬車組だ。妖精のミント君を肩に乗せて、明るい声で女性を集めるのはチェルシーさんだ。
妖精のミント君は子供たちから大人気で、沈んでいた心を明るくしてくれる。
有料スープの代金を徴収するのは商学部のスフレさんで、味付けを担当するのがミレッテさんだ。
チェルシーさんはミント君を連れて、俺が昨晩作った土の倉庫みたいな建物に30分おきに行き、中で子守りや針仕事をしている女性や小さな子供が凍えないよう、温風を送って皆を暖めてくれる。
「西地区の被災者男性で力仕事が出来る人は、ドラゴン対策の避難地下室を造るので働いてくださーい! 日当は小銀貨4枚(四千円)です。受付はこちらでーす」
土魔法を使える学生を率いて、避難用の地下室を造るのはマサルーノ先輩だ。疲れた顔で立っている男たちに、大声で仕事の斡旋をしている。
受付をしているのは特務部の男子学生で、名前と住所を書かせてから、地下室を造る場所を住民と話し合う。
西地区の救済活動本部になっている噴水広場のテントには、ノエル様とルフナ王子が座っていて、西地区の年配者から世話役の名前を訊いたり、簡単な地図を書いてもらったりしている。
そして、分かる範囲で死者の名前を地図上に記載していく。
現時点で、焼死した住民のご遺体はそのまま放置されており、焼け落ちた家も手付かずのままだった。
俺とラリエス君は、これから土魔法で避難所になる建物を土魔法で造るため、場所の選定をしたり図面を描いたりしている。
リーダー的ポジションのサナヘ侯爵子息のトゥーリス先輩は、エイト君や土魔法を使えない学生を率いて、西地区の被害状況を調査する。
案内役としてケガで力仕事が出来ない住民を、トゥーリス先輩のお金で雇い入れてもらった。
リーマス王子には、王立高学院特別部隊の中でも医療チームに配属されているメンバー2人と、俺が購入していた薬草を使ってポーションや塗り薬を作ってもらう。
もちろん、妖精のリリアちゃんも姿を現し、リーマス王子を補佐してくれる。
医療チームの作業場所は、小型の荷馬車の中だ。荷馬車の御者をしていた警備隊の二人が護衛をしてくれる。
お金を持ちだせなかったり、中心部で買い物をして使い果たしてしまった者は、お金が貰えて炊き出しも無料で食べられると聞き、喜んで仕事に参加していく。
モンブラン商会の荷馬車に並んだ数々の商品を見ると、買い物をしたくなるのは自然な欲求であり、生きる為に最低限の生活用品を揃えるのは当然のことだった。
そして購買意欲は、生きる活力にもなる。
今日からの救済活動は、炊き出しさえも無償ではない。
働くと手を挙げた者には、食事付きで仕事を斡旋したのであって、働かない者には有料で販売する。
西地区の一部は火災を免れており、被災しなかった家の者は普通に生活できていたが、殆どの者が家を失くして困っている親類縁者の世話をしていた。
だから、食料の余裕なんて直ぐになくなる。
そんな火災を免れたが人助けをしている西地区の者には、全く儲けにならない原価割れの肉入りスープを、一杯銅貨2枚(二百円)で販売する。
ちなみに、学生や御者さんは銅貨3枚、それ以外の者には銅貨4枚で販売する。
俺のマジックバックに収納していた脂身の多いボア肉は、買えば結構いいお値段なので、銅貨4枚は妥当な値段である。
学生の多くはきちんと朝食を食べておらず、本部近くで働いていた者から順にお金を払ってスープを食べていく。
昼に皆が帰ってきたら、給仕をしたり名前を確認したりと忙しくなるのだ。
俺はラリエス君と一緒に、リーマス王子たち医療チーム3人分のスープも持って、小型の荷馬車に向かう。
「お疲れ様。スープを食べて休憩してくれ。リーマス王子、ポーション出来そうですか?」
ゴリゴリと薬草を磨り潰している医療チームの3人に、俺は明るく声を掛ける。
「やあアコル。イメージでは熱冷ましのポーションのつもりなんだが、鑑定装置がないから確認できないんだけど・・・」
なんだか自信なさ気に言って、リーマス王子はスープ椀を受け取る。
『大丈夫、あたしが鑑定するわ』とエクレアが姿を現し、出来上がったばかりのポーションの瓶に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。
俺の魔力量が増えているんだから、当然エクレアも増えていて、おまけに俺は【妖精王】様の加護持ちだから、エクレアも特殊な能力を持っていた。
『大丈夫みたい、品質は中級ポーションかしら……値段は……小金貨3枚(三万円)くらいじゃない』って、エクレアがリーマス王子に教えている。
『さすがエクレア様です。私ももっと勉強しなきゃ』って、リーマス王子の契約妖精リリアちゃんが、エクレアに尊敬の眼差しを向ける。
薬師コースで勉強を始めた2人も「凄いですエクレア様」とキラキラした瞳でエクレアを見て、早く自分も妖精さんと契約したいと言いながらスープを食べていく。
◇◇ ココア村 ◇◇
サナへ侯爵の顔色は悪い。
ココア村では、モカの町と違ってドラゴンとレッドウルフ以外にも、人食い熊が暴れて人を食べていたのだ。そしてドラゴンに家を焼かれていた。
ただの焼け野原を想像していたサナへ侯爵もトーマス王子も、朝食を控え目に食べていて良かったと思いながら、その惨状を直視することが出来なかった。
荷馬車組から聞いた生存者情報を確認するため、馬車は村外れに向かって進む。
途中、道を塞いでいた諸々の障害物を道の脇に移動させるのは、役人ではなくモカの町に駐在していた軍の兵士と警備隊の隊員たちだった。
彼らはサナへ侯爵の馬車を軍の荷馬車で先導し、何度も荷馬車から降りたり乗ったりして作業しながら進んでいく。
基本的に、この町の役人は指示や命令を出しても、自らが力仕事をしたり直接面倒をみることなどない。
特に役場の馬車の窓からココア村の惨状を見て、悲しむのでも悔いるのでもなく嫌悪感丸出しの幹部役人などは、ココア村の様子を確認することさえ面倒くさがり、余計な仕事を増やされては堪らないと思っていた。
何処の領地でも、役人になるのは地方の高学院を卒業している準貴族(貴族として生まれたが爵位を継げなかった者)が多く、意識は平民ではなく貴族だ。
だから、平民と同じような力仕事や汚れ仕事などは、自分の仕事ではないと思っている。
「しかし、王立高学院の学生とはいえ、あの平民は許せませんな」
役場の住民管理部長は、先程の会議を思い出して怒りを滲ませる。
「ああ、余計な仕事を増やされたばかりか、この町の役人は無策で無能だと王子の前で言うとは・・・平民の分際で許し難い。
ご領主様もお怒りであったが、救済活動に来た者を罰するのは外聞が悪い。
だが、このまま大きな顔をさせる訳にもいかないだろう。
ご領主様やトーマス王子様の意を酌むのも我らの仕事……フン!」
副役場長は、新年の祝いの日に働かされていることが許せず悪態をつく。
魔獣に襲われた被災者など放っておけばいいのに、救済活動などと余計なことを……と腹を立てていた。
もしも町の金を救済に使うことになったら、かなり面倒なことになる。
この町の領主であるシラミド男爵は、2年前に先代のあとを継いだばかりだった。
年齢も23歳と若く、領地経営を学び始めたところで先代が突然亡くなり、現時点で若き領主は役場の遣り方に口出しをしていなかった。
何を思ったのか突然薬草栽培に力を入れ始めたが、役場に顔を出しても帳簿の確認をすることもなく、薬草栽培に関する金さえ少し出せば機嫌も良かった。
だから会計責任者であることを利用し、まあまあの金を懐に入れていた。
「何はともあれ、サナへ侯爵様もトーマス王子も長く滞在されることはないだろう。
まあ、視察が済んで領民を救う努力をしたという姿勢を見せれば済むことだ。
早ければ明日、遅くても明後日には領都に帰られるだろう。
できれば、モカの町に救済金を頂きたいものだ」
「おや、今度は領都に別邸でも建てられますかな? その時はぜひ私も泊めていただきたいものです副役場長。
それでは私は、あの生意気なガキをこっそりと始末しておきましょう」
住民管理部長はニヤリと笑うと、ココア村から役場に戻ったら、いつもの汚れ仕事をしてくれる連中を使って、生意気なガキを処分しようと算段を始める。
「なに、王立高学院特別部隊と言っても、所詮は特務部の平民や下級貴族の寄せ集めだ。
多少生意気そうな女も混じっていたが、学院から手当てを貰って働かなければ、寮費も払えないような貧乏人たちだ。
少しばかり頭がいいからと威張っていても、荷馬車で寝るのがお似合いの奴らだ」
副役場長は、フンとバカにするように鼻で笑う。
いろいろなことで仲の良かった二人は、王立高学院特別部隊について大きな勘違いをしていた。
それが後に己の首を絞めることになるとは、くだらない貴族の思考が邪魔をして、正されることはなかった
二人の視線は、打ち捨てられている遺体にも焼かれた家々にも、きちんと向けられることはない。
* * * * *
サナへ侯爵とトーマス王子が乗った馬車の中では、二人が盛大に溜息を吐いていた。
平民の学生に叱咤され……いや指導され、いやいや、命令されるがまま動いている己に対し、情けないというか悔しいというか……思考の違いに頭を抱えていた。
「あれが次期レイム公爵になるのかと思うと、正直ぞっとするな」
宰相として苦労しているサナへ侯爵は、思ったままのことを口にした。
「サナへ侯爵、アコルは学院でもあのままですよ。私や学院長なんて、掌の上で転がされているも同然です。
学院長はあれを【魔王】と呼んでいますし、本人も【魔王】として学院に君臨すると言っています」
先程のアコルの言葉と薄ら笑いを思い出し、トーマス王子は思わず肩を震わせる。
平民だと思っていた時から違和感が半端なかったが、レイム公爵家の血族だと知ってからは、もっと強大な何か……そう、正義という名の要求に戸惑い……決して勝てないと思わせる英知に踊らされてきた。
王子である自分がである。
「【魔王】ですか? そう言われれば納得できます。彼には王族や領主に対する恐怖心がない。不敬罪なんて怖くないのだろうな。
いっそのこと【魔王】がヘイズ侯爵派を倒してくれないだろうか?」
「フフフ、既にアコルは、ヘイズ侯爵派から軍と魔法省の膨大な資金を奪うきっかけを作り、魔術師資格改革を行い、学生に魔法省の無能を突き付けた。
【王立高学院特別部隊】を作ったかと思ったら、次は【妖精学講座】です。
今ではリーマスもルフナも妖精と契約している。
今日も我々の目の前で妖精と契約した女子学生を見たばかりだ。
【魔王】の功績を上げたら、次期公爵としての資質に文句を言う人間は居ないでしょう」
なんやかんや言っても、一番アコルを認めているのは自分かもしれないとトーマス王子は思った。
いつの間にか馬車は、目的地である村外れの家の前に到着していた。
そして、パンの一つも持たず、具体的な救済策も用意しないまま、視察気分で来てしまったことを痛烈に後悔し、アコルの言葉を思い出しグサリと胸に刺さった。
《 魔獣の大氾濫は必ず起こると、3年も前から情報を得ていながらの無策 》
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




