84 サナへ領へ(5)
ミレッテさんの大きな声を聞いた、代官でもあるミレッテさんの父親は、一瞬驚いた顔をしたが直ぐに安堵したような喜びの表情に変わった。
「王立高学院特別部隊、荷馬車組を指揮しているアコルです。被害状況を教えてください。
それと、魔法部と特務部の学生が対ドラゴン用の避難地下室を造るので、希望する場所を指定してください」
俺は端的に希望を言って、全員が戦うつもりであることを伝えた。
「それは有難い。歓迎する。俺は冒険者ギルドのギルドマスターをしているラルフだ。
被害という程に大きなものは……今のところ出ていないが、セイロン山の登山口からスノーウルフの群が押し寄せてきている。
先発で町に来た3頭はなんとか撃退したがケガ人も出た。奴らは町を囲む壁を越えてくる」
我々が冒険者であり、噂の王立高学院特別部隊だと知ったギルマスのラルフさんが、状況説明しながら嬉しそうに俺に握手を求めてきた。
俺も笑顔で握手をし、スノーウルフの正確な数を質問した。
「見張り塔から見える範囲で20……厄介なのが一際大きな個体が居る」
「変異種ですね……分かりました。きっとドラゴンに追われて山を下りてきたのでしょう。
冒険者の人数は、ギルド前に集まっている者の他にも居ますか?」
俺はギルド前に集合しているメンバーを見て、頭の中で人員配置を考えながら質問する。
「いや、これで全てだ。避難していく住民の護衛にも数人が向かったし、多くの冒険者は新年を家族と迎えるため故郷に帰ってしまった。
だから、正直なところ絶望的な状況だったんだ」
ギルマスは疲れた顔を俺に向け、それでも変異種が本当に居たら絶望的だがと付け加えた。
のんびりしている時間なんて無いから、俺は直ぐに作戦会議をするため全員を集めて、ドラゴンに襲撃されたわけじゃないことと、これからスノーウルフの変異種を含む群が、この町を襲ってくる可能性があることを教えた。
「……変異種……アコル、雷撃は使えるか?」とボンテンク先輩が訊いてきた。
「使えますけど、あれだと折角のふわふわの毛皮が焼けてしまいます。
変異種なら高さ3メートル以上あるでしょうから、俺の荷馬車に敷くのにちょうどいい大きさだと思います」
「はあ? そこ?」と、ボンテンク先輩と他のメンバーは、呆れた顔で俺を見る。
「忘れたんですか? ひとり金貨1枚って課題を」
「そ、そうだけど、他に変異種を倒せる一般魔法か魔法陣攻撃があるの?」
ミレッテさんが不安気に質問してくる。
「もちろんですよミレッテさん。ですから皆は、変異種以外のスノーウルフをお願いします。
ボンテンク先輩、チェルシーさん、先日教えた電撃魔法は使えますよね?
できるだけスノーウルフの群をばらけないようにして、他のメンバーは水魔法でスノーウルフを水浸しにしてください。
そこを狙って二人は電撃攻撃を仕掛け、弱ったところを一気にとどめを刺しに行きます」
「おう!」と特務部のメンバーは元気よく返事を返したが、ボンテンク先輩とチェルシーさんは顔色が悪い。
「ボンテンク先輩、チェルシーさん、練習で一度は出来たんですから絶対にできます! 妖精と契約するチャンスですよ。
電撃魔法の魔法陣は魔力量が70以上必要ですから、他のメンバーでは無理です。自信を持って!」
ここでメイン攻撃を行う二人が弱気では、作戦は成功しない。だから俺は半分脅して半分激励しながら、やれ!と命令する。
「おいおい、ちょっと待て! 勝手に動くとケガをするぞ。
スノーウルフはCランク冒険者でも討伐が難しい魔獣だ。指揮はギルマスである俺が執る」
勝手に作戦を考えて実行しようとしている俺たちに、ギルマスが慌ててストップをかけた。
他の冒険者や軍の兵も寄って来て、無茶が過ぎるぞと叱る。
まあ、普通ならそうすべきところだろうが、俺たちは【王立高学院特別部隊】だ。魔獣討伐に特化した訓練をしてきている。
訓練期間は短いが、個人に合わせた攻撃魔法を、全員に一つは伝授してある。
魔力量の多い執行部のメンバーには、結構強い攻撃魔法を使えるようにしてある。ただ、実戦で使ったことがないだけだ。
「ギルマス、俺はブラックカード持ちの冒険者です。冒険者も軍も俺の指揮下に入ってください。
俺はこれまで何度か変異種を単独で倒しています」
緊急事態だからしょうがないと諦め、俺はマジックバッグからブラックカードを取り出し、ギルマスとその他の皆さんに見せる。
「ええぇーっ! ブラックカードだと!」とギルマスや他の皆さんが叫ぶ。
「ええぇーっ! アコルってブラックカード持ち?」とゲイルが叫ぶ。
「ええぇーっ! Sランク冒険者だけじゃないのかよ!」と、他の特務部のメンバーも叫んだ。
執行部のメンバーは全員知ってるけど、他の学生はSランク冒険者としての肩書しか知らなかったから、化け物を見るような目で俺を見る。
「ブラックカード……久し振りに見た。単独で変異種を倒せる助っ人が、いや、指揮官が来てくれたなんて……神に感謝だ。
分かった。王都支部のサブギルマスと龍山支部のギルマスの承認だ。間違いないだろう」
俺が差し出したブラックカードをしげしげと見ていたギルマスは、裏書の承認者の名前を確認し、本当に嬉しそうにカードを他の者にも見せて納得させていく。
日はどんどんと傾き、辺りは薄暗くなっていく。
俺はギルマスと代官と一緒に、見張り塔からスノーウルフの様子を窺う。幸運なことにドラゴンは攻撃して来なかった。
それに夜目が利かないから夜は飛行しない。スノーウルフも基本的に夜は攻撃しない。
ウルフ系で夜も攻撃してくるのはレッドウルフくらいだ。
「雪だ。これは俺たちに、いえ、ミルクナの町にとって幸運ですね。
ドラゴン種は雪が降ったら動きが鈍り冬眠します。きっと最後の獲物と決め、スノーウルフを襲ったんでしょう」
えらく寒いなと思っていたら、チラチラと雪が降りだした。
さすが龍山の次に高い山だけある。麓で降っているのだから、ドラゴンが住む山頂付近は、春まで雪が解けないだろう。
スノーウルフの群は、町から少し離れた場所で休むようだ。
「例年なら、スノーウルフが町を襲うのは1月の中旬くらいなんだ。
今年は10月に龍山から新しく飛竜が飛来し住み着いた。
ミルクナの冒険者ギルドもいろいろ対策はしていたが、飛竜がセイロン山に居た記録は200年は遡らないとないくらいで、とにかく住民にはいつでも避難できるように準備はさせていた」
ギルマスは魔獣の大氾濫が本当に起こるのだと、ドラゴンを見て実感したらしい。
そして、夏に角鹿の変異種に襲われたらしく、例年とは違うセイロン山の様子に、戦うより逃げる方が安全だと代官と話し合って決めていたと言った。
日が暮れて、女性陣はミレッテさんの家に泊まり、男性陣は町の宿に無料で泊めて貰うことになった。
ギルマスや軍や警備隊や冒険者の皆さんと協議した結果、日の出までは冒険者が町の警護をしてくれることになり、【王立高学院特別部隊】は日の出とともにスノーウルフの群と対峙することが決定した。
町に残っている住民の数は、全住民の4分の1である約500人で、小さな子供やお年寄りや病人が家族に居ない者たちだけで、魔獣と戦う訳ではないが、協力して町を守るため団結していた。
明日は朝からマサルーノ先輩と一緒に、300人くらいがドラゴン襲撃から身を守るための地下室を造ることになっている。
……ミルクナの町のように、的確な指示を出せる指揮者が居る町は少ないだろう。団結心もあるし危機感も持っている。
……なんとか守りたい。たとえ冬の間だけの安住になろうとも守りたい。
早目に眠った俺たちは、夜明け前に目が覚めた。
緊張しないように、金貨1枚ゲットしたら何に使うかという話をしながら、薄っすら積もった雪を踏みしめながら見張り塔まで歩く。
「スノーウルフって白いから、雪の中で戦うのは苦戦しそうだな」
「ゲイル、そうでもないさ。君たち前衛は、奴等が壁を越えようとしたところを、上から水魔法で攻撃を仕掛けるんだからさ。
そして同じく壁の上からスノーウルフに電撃魔法で攻撃し、弱ったところを武器を使ってとどめを刺す。
それでも壁を越えたら、後衛がエアーカッターか土魔法を使って攻撃する」
俺は前衛に決まった7人とスフレさんを連れて見張り塔に登り、まだ動き始めていないスノーウルフの群を見ながら、攻撃手順を確認しながら話す。
今回の攻撃を成功させる鍵は、全員で声を出し合うことだ。
攻撃が苦手な商学部のスフレさんは、見張り塔の上から全体を見張って、前衛の攻撃をすり抜けて壁を越えた場合に、大声で位置を後衛に知らせる。
後衛として、学生3人とギルマスとBランク冒険者2人が配置につく。
俺は一人だけ、重い扉を開けて壁の外に出る。
遠目からでも、変異種の大きさは異常だった。
……上手く倒せたら、ひと部屋分の最高級敷物になりそうだ。寒さに凍える被災者が使えたらいいな。
俺は自分が使える攻撃魔法を思い浮かべながら、毛皮を傷めず確保する攻撃をどれにするか悩む。
妖精学講座を開講した頃から急に、【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書の開けるページ数が増えた。
入学前は30ページくらいだったけど、今では50ページくらいに増えている。でも、まだドラゴンを撃ち落とす上級魔法のページには辿り着けていない。
俺はわざとスノーウルフの群から離れるように、距離をとりながらゆっくりセイロン山に近付いていく。
雪道は歩き難いからと、エクレアが高学院から連れてきた男の子の妖精さんに頼んで、火魔法と風魔法を使って俺の進行方向の雪を溶かしてくれる。
……なんて便利なんだ! ありがとう妖精さん。
もしかしたら、ドラゴンに襲われなくなったと判断して、スノーウルフの群は山に帰るかもと考えたりもしたが、折角山を下りてきたからなのか、奴等にはミルクナの町を襲わないという選択肢はなかったようだ。
リーダーである変異種が≪ ウオーン ≫と大きく吠えると、山に何度も木霊し、他のスノーウルフたちが起き上がり、町に向かって走り出した。
きっと俺の存在は奴等に知られていると思うけど、走り出した直後に、俺は自分をすっぽりと隠せる土のかまくらを作って気配を消した。
だからこっちに向かってこようとしていた数匹のスノーウルフは、進路変更して町へと走り出した。
俺はかまくらの覗き穴から、町の壁に向かっていくスノーウルフの群を観察する。
ウルフ系は頭がいい。だから20頭以上の群が、一斉に壁を越えようとしたりしない。
先ずは先頭の若い5頭が様子窺いに門の近くまで来る。
門の近くは餌である人の匂いが強いし、俺は門を開けて町から出る時、奴等の好物であるボアーの死骸を、攻撃ポイントに投げておいた。
俺のリュック型マジックバッグには、仕留めて解体をしていない状態の獣や魔獣がそのまま入っている。
時間がほとんど経過しないって本当に便利で有難い。
もちろん、解体して直ぐに食べられる状態の肉も結構入っている。
好物のボアーを見付けた5頭が、仲間に餌があったことを吠えて知らせる。
すると、残っていた15頭のうち5頭が走り寄って来て、10頭でボアーを食べ始める。
そこへ、壁の上から水魔法が降り注ぎ、油断していた10頭にヒットしていく。
間髪容れずして電撃魔法が放たれ、ショックで動けなくなったところを、氷魔法と弓と槍が得意な特務部のメンバーが攻撃していく。
どうやら張り切ったらしいボンテンク先輩の電撃魔法は予想以上に強力だったようで、その場に居たスノーウルフは全て立ち上がることさえ出来なかった。
少し後方で様子を見ていた残りのスノーウルフたちが、一斉に攻撃的な唸り声をあげ、仲間を助けようとする5頭と、壁を飛び越えようとする5頭とに分かれた。
今度は見張り台に近い場所に居たミレッテさんが、壁の上から、まだほんのりと温かみさえ感じる子供のボアーの死骸を壁の外に投げた。
壁を飛び越えようとしていた大きな体の成獣5頭は、攻撃かと警戒し動きを止め、投げられたモノを用心深く観察し匂いを嗅ぐ。
そして子供のボアーに、ゆっくりと近付いていく。
当然匂いで、それが何なのかを奴等は直ぐに理解した。
がしかし、用心深く壁の上に視線を向けたりしながら、そろそろと歩を進める。
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