83 サナヘ領へ(4)
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
現在正解は8問。ここで正解しないと全員分のパンがゲットできない。
鬼気迫る感じで俺を睨むように見ながら、ごくりと唾を飲み込んで9人は最終問題に挑んだ。
「最終問題です。今、この馬車の中には、何人の妖精が居るでしょう?」
「ええぇーっ?!」と全員の声が揃った。9人は顔を突き合わせて相談していく。
「エクレアちゃんが居るのは当然だから・・・」とか「引っ掛けかもしれない」とか言いながら、なんとか全員の意見は纏まったようだ。
そして目を瞑って祈るように手を組み「2人?」と全員で答えた。
「正解です。エクレア出ておいで」と俺が声を掛けると、エクレアは男の子の妖精と一緒に可愛い姿を現した。
「ええぇーっ! エクレアちゃんと男の子の妖精!」と、またまた全員の声が揃った。
皆が二人の妖精をキラキラした瞳で見ている間に、俺は9個目のパンをマジックバッグから取り出し全員に配っていく。
皆は可愛い妖精に見つめられながら、やや挙動不審になりながら恥ずかしそうにパンを食べ始めた。
俺も自分用のパンを取り出し、エクレアに少しお裾分けして食べ始める。
男の子の妖精は、黄色(光)・橙色(土)・青色(水)・藍色(風)の4色の羽をふわふわと羽ばたかせながら、荷馬車の中を飛びまわる。
美味しそうにパンを食べているマサルーノ先輩の目の前で、にっこりと笑って『美味しそうだね』と話し掛けた。
マサルーノ先輩はパンをゴクリと飲みこみ、暫く考えてから、残っていたパンを「食べる?」といって差し出した。
『僕は妖精だけど、美味しいモノが大好きなんだ』
「ええっと・・・私が一番好きな食べ物はレーズンなんだけど……レーズンくんって呼んでもいい?」
『うん、いいよ。はい、これ、お友達のしるし』と言って、レーズンくんは白い薔薇の花を差し出した。
「本当に私と友達になってくれるの? 名前もレーズンでいいの?」
『うん。学院の演習場で練習を頑張っているマサルーノをいつも見てたよ。僕は食いしん坊だから、美味しいものを食べる時は分けてね』
レーズンくんはそう言うと、嬉しそうにパンを抱えてスゥッと姿を消した。
「や、やった! 妖精さんとお友達になったー!」
全員から羨望の眼差しを向けられながら、マサルーノ先輩は万歳をした。
妖精学講座を受けた学生たちは、自分と契約してくれる妖精は、同じ魔力適性を持っている可能性が高いと知っていた。
だからマサルーノ先輩は、4色の羽根の色が自分の魔力適性と同じだと分かって、勇気を出してパンを差し出してみたのだった。
疲れて眠ろうとしていた9人はすっかり興奮して、俺の考えた住民救済計画の内容を聞いて協力すると約束し、進路変更もオッケイで御者もやると言ってくれた。
……ふむ、万事計画通りだ。
今回の救済活動はトーマス王子に任せるとして、俺は自分に新しい目標というか課題を2つ課すことにした。
①【救済活動として物資を販売すること】
その目標は、領主に住民救済の方法や必要な物資を教えること。
これが成功すれば、次の救済活動でも同じように有料で救済品を持ち込み販売し、被災者の命を繋ぎ最低限の生活をおくる手助けができる。
今後は領主が魔獣の大氾濫に備え、領内の店から必要な物資を買って備蓄するか、各店に被災地に商品の持ち込み販売するように指導して欲しい。
②【少しでも多くの学生に実践経験を積ませ、妖精と契約させること】
魔獣の大氾濫に立ち向かうには、妖精との契約が絶対に不可欠である。
魔獣と戦う経験は当然だが、妖精と一緒に戦う経験をしておかねば、いざという時に戦えない。
だから、高学院に住んでいた妖精を連れてきた。
今回の旅の途中で出来るだけ契約してもらう。もちろん、旅の途中で出会った妖精にも、チャンスがあれば契約をお願いする。
マサルーノ先輩が妖精と友達になったことに興奮していたメンバーも、パンを食べて小腹が太ったのか、荷馬車に敷いたボアウルフの毛皮の上に横になると、直ぐに眠りについた。
大型の荷馬車だから、全員がギリギリ足を延ばして眠れた。
小鳥のさえずりで目を覚ますと、早々に皆を起こして朝食にする。
「な、なんでマジックバッグから暖かいスープが出てくるんだよ!」と、出掛けに母さんに作ってもらった鍋を取り出したのを見て、ボンテンク先輩が叫んだ。
「何でって、俺はSランク冒険者ですから」と言って誤魔化した。
このSランク冒険者という肩書、常識外の行動をする時はとても便利だった。
当然、見たことも聞いたこともないマジックバッグの機能に、突っ込みたい様子の9人だったけど、「パンが要らないなら説明しますよ」と言ったら、「いや、便利そうで羨ましいなと思っただけだ」と顔を引きつらせながら納得?してくれた。
今朝のパンは、下級地区で買い溜めしたコーンパンだった。
マサルーノ先輩が食べ始めると、妖精のレーズンくんが何処からともなく現れて、可愛い顔でパンをおねだりしてくる。
当然マサルーノ先輩は、デレデレと嬉しそうにしながらパンを貢ぐ。
「俺だって、俺だって絶対に妖精さんと契約、いや、お友達になってやるー!」と、ボンテンク先輩は悔しそうに叫び、うちの可愛いエクレアに『魔獣を倒してカッコいいところを見せたらいいんじゃない』って言われて、両方の拳を握り締め闘志を燃やしている。
俺は責任者であるトーマス王子にルートの変更を願い出るため、ちょっとだけ高級そうなホテルに向かった。
馬車と荷馬車の速度の違いを考慮すると、別のルートからサナへ領へ入る方が到着時間に無駄がないことと、田舎のルートの方が、俺たちも宿に泊まれる可能性が高いこと、そして、セイロン山の北側の町の様子も見れるからと理由をつけて、許可してもらった。
「まあ、その方が馬車組はもっと早く馬車を走らせることができるな。
アコルが居れば護衛も必要ないだろうが、くれぐれも注意して30日に目的地で落ち合おう」
トーマス王子も納得してくれたようで、食費と宿代だと言って、13人の三日分として金貨2枚(20万)を渡してくれた。
俺たち荷馬車組、男子10人、女子3人、そして王宮警備隊から応援として駆り出された御者さんが2人の合計15人は、セイロン山の北側の麓に在る、ミレッテさんの故郷を目指して出発した。
昼食は、街道を外れた場所でバーベキューをする。もちろん、マジックバッグに保存してあった肉を使ってである。
土魔法を使える者が交替でカマドを作り、皆で薪を拾ってきた。
可愛い女子が3人入っているだけで、男子は張り切って準備をしてくれる。
俺はこれから向かうサナへ領で作る炊き出しのスープと同じものを作り、作り方を女子3人に伝授する。
被災地に辿り着くまでの間に覚えてもらって、なんとか作れるようになってくれたらいいな・・・
和気あいあいと緊張感のない旅をしていたけど、日暮れが早いセイロン山の麓、魔法部のミレッテさんの故郷が近付いてきたところで、一気に緊張感が高まった。
セイロン山の近くをドラゴンが飛んでいるのを、目視してしまったのだ。
そして、町から逃げ出してきたと思われる住民たちとすれ違い始めた。
急いで逃げている住民に声を掛け話を聞くと、まだ町は襲われてはいないけど、代官の命令で先程俺たちが立ち寄った町まで避難しているところらしい。
俺は荷馬車を止め、後続の荷馬車のメンバーも集めて今後のことを話し合う。
ミレッテさんによるとお父さんは準男爵で、これから向かうミルクナの町の代官だった。領主は先程寄った町に住んでいる子爵だそうだ。
「どうしようアコル君、私の故郷が・・・ドラゴンに・・・父さんや母さんは、妹は無事なのかしら・・・」
いつも明るく場を盛り上げてくれる、実力派Cランク冒険者でもあるミレッテさんが、声を震わせ故郷に視線を向け涙を浮かべる。
「よしみんな、日頃の訓練の成果を見せる時が来た! ドラゴンに気を付けながら、他の魔獣が居たら討伐するぞ!
美味しい魔獣なら肉を無駄にしないように! 毛皮が売れそうなら冒険者ギルドに持ち込むぞ!
これから我々は、王立高学院の学生としてではなく、冒険者として戦う! そして稼ぐぞ!」
恐怖で顔が引きつっている皆に向かって、俺は冒険者として戦うと宣言した。
恐怖に打ち勝つには、自分は冒険者であると意識させた方がいい。学生気分でいるのは危険だ。
「土魔法が使えるマサルーノ先輩とドーブ先輩(特務部2年)は、二人で町の広場に避難用の地下室を大至急作ってください。
そして、もしもドラゴンが襲ってきたら迷わず住民と避難してください。
魔力が足らなくなったら、レーズンくんにお願いして魔力を借りてください。
スフレさん(商学部・伯爵令嬢)は、もしもケガ人が居たら救護所を作るので、マサルーノ先輩たちと広場で待機してください。
残りのメンバーは冒険者ギルドに向かいます。
ボンテンク先輩、チェルシーさん、妖精と契約するチャンスです。ここはガツンと決めてください」
到着してからの仕事の割り振りを伝え、妖精と契約するチャンスだと発破をかけた。
戦う冒険者の顔になっていく残りのメンバーには、目標金額はひとり頭金貨1枚だ!と檄を飛ばした。
再び荷馬車に乗り、避難していく住民を避けながらミルクナの町へと急ぐ。
町の入り口まで来ると、警備隊の制服を着た数人が病人やケガ人などの自力で避難できない人を、荷馬車に乗せているところだった。
「そこの荷馬車、町の中は危険だ! 早く引き返せ!」と警備隊の男性が大声で叫びながら駆け寄ってきた。
「俺たちは全員冒険者です。ドラゴン以外の魔獣は? ドラゴンの襲撃はありましたか?」と、俺は逆に大声で質問する。
「私は代官の娘のミレッテです。父は何処ですか?」
「これは代官のお嬢さん。お帰りなさい……じゃなかった、とにかく危険です。できれば引き返してください!」
警備隊の男性はミレッテさんを知っていたようで、町に入ろうとしている俺たちを止めようとする。
……仕方ない、ここはあれを使うか。
「ボンテンク先輩、マサルーノ先輩出番です」と、俺は高学院魔法部の優等生二人に指示を出した。
「我々は全員Cランク以上の冒険者であり、王立高学院の魔法部と特務部の学生だ。B級魔術師の資格も持っている!」
「大至急ドラゴン襲撃に備え、避難用の地下室を造らねばならない! 道を開けろ!」
ボンテンク先輩とマサルーノ先輩が、B級魔術師の資格証と冒険者証を見せながら、道を塞いでいた警備隊員に道を開けろと叫んだ。
「分かりました。ご武運をお祈りします。どうか住民を助けてください」
警備隊の男性は、こちらの目的と緊急性を理解してくれたようで、直ぐに道を開けてくれた。
町と言っても村に近いミルクナの人口は約2,000人。主要産業は鉄鉱石の採掘と冒険者が狩った獣や魔獣の毛皮の加工品くらいだった。
町の周りには高さ5メートルくらいの壁が造られ、魔獣の侵入を防いでいた。
来る途中でミレッテさんに描いてもらったミルクナの町の簡易地図を見ると、出入り口は3箇所で頑丈な観音開きの扉が設置されている。
この町の壁を越えられる魔獣は限られる。サナへ領を襲った魔獣の中にレッドウルフが居たらしいから、町の中に侵入している魔獣が居るとしたらウルフ系だろう。
混乱している町中を進むと、町の中心に大きな噴水が見えてきた。
噴水を囲むように円形の広場があり、その周りに役場や冒険者ギルドや商店が立ち並んでいた。
冒険者ギルドと思われる建物の前には、数人の冒険者らしき屈強な男たちと警備隊員と軍服を着た兵士が集まり、武器を片手に話し合いをしていた。
こんな時に町の中に入ってきた大型の荷馬車と、小型の荷馬車2台は非常に目立っていた。
「どこの荷馬車だ! ここは危険だ、直ぐに引き返せ!」と、冒険者ギルド前の集団の中から一人の男が進み出て、俺たちに命令する。
「あっ、父さん!」とミレッテさんは嬉しそうな声を出し、荷馬車から飛び出していく。
どうやらミレッテさんのお父さんは無事だったみたいだ。
「父さん、この荷馬車には王立高学院の仲間が乗っているの。
全員がCランク以上の冒険者でB級魔術師もいるわ。代表者であるアコル君に状況を説明して!」
ミレッテさんは父親に向かって大きな声ではっきりと、自分たちは応援に駆けつけてきたのだと言った。




