82 サナヘ領へ(3)
俺が御者を務める荷馬車には、クラス対抗戦のリーダー対決戦に一緒に出場した、同じクラスの魔法部ミレッテさん(王都の外れ準男爵家)と特務部ゲイル君(王都の騎士爵家)と、何故か執行部のメンバーであり同じクラスのスフレさん(デミル領の伯爵家)と、同じく執行部で2年のチェルシーさん(マギ領の子爵家)の合計4人が乗ることになった。
なんでも俺が出掛けている間に、執行部のメンバー14人は各馬車に分散して乗ることに決まったらしい。
小型の荷馬車2台には男子学生が4人ずつ乗り、その中にマキアート教授の研究室に在籍している魔法部3年のボンテンク先輩(レイム領の伯爵家)と、マサルーノ先輩(マリード領の伯爵家)が執行部として乗っているそうだ。
よくよく聞いたら、馬車には護衛の冒険者がつくが、荷馬車には冒険者の護衛がつかないらしい。
荷馬車には特務部の学生で、冒険者ギルドの推薦で入学した学生や、B級作業魔術師の資格を持っている執行部の二人が乗っているので、護衛は必要ないと言われたとか・・・
まあ、どんなに高額の依頼料を貰っても、年末年始まで働いてくれる冒険者は少なかっただろうから、仕方ないのかもしれない。
それでも王命だから冒険者ギルドも頑張って人員を出してくれたのだろう。
平民や下級貴族の特務部の学生だからと、これ以上の不当な扱いを受けないようにするため、高位貴族である執行部メンバーが荷馬車に乗ってくれたことに、俺はちょっと感動した。
俺の荷馬車を選んだメンバーは3人が女性だから、荷馬車の旅はきついだろう。
できるだけ辛くないようマジックバッグに収納してあるモノを活用しよう。
まあ、俺の荷馬車は気心の知れたメンバーばかりだから、楽しい旅になりそうで良かった。強いて言えば御者が居ないことだろうか・・・
特務部のゲイル君は御者も出来るそうなので、俺と交代で御者を務めることにした。
午後3時、準備が整った?王立高学院特別部隊は、トーマス王子が乗った王宮の馬車を先頭に高学院を旅立った。
目的地であるサナヘ領へは3日~4日の旅である。
俺の荷馬車は、商業ギルド本部に寄り道する。商業ギルド本部は中級地区の中心地に在るので、高学院からは荷馬車で15分の距離だった。
到着した商業ギルド本部の大倉庫の前には、集めてもらった救援物資が並べられていた。
「アコル、正式な金額は年が明けてからでないと集計できないぞ。
生ものは手前に置いてあるが、思ったより集まらなかった。すまないなな」
「いえいえギルマス、これだけ集まれば格好はつきます。本当にありがとうございました。
どうやら王宮は救援物資を出す気がないようなので、これらすべての支払いは俺が出します。
その代わり モンブラン商会の看板で、できるだけ安く販売したいと思います」
「はあ? これを全てアコルが負担するだと? お前は神殿の回し者か? それとも神の使いか? 格安で売ったら大損だぞ! 商売人ならちゃんと利益を出せ!」
ギルマスは呆れたような同情するような顔で俺を見て、少しでも利益を出せと言ってくれた。
そして困った時は見せろと言って、全商業ギルドのギルドマスター宛に、王立高学院特別部隊にできるだけ協力するように書いた指示書を渡してくれた。
「これって、もしかしてアコル君が集めたの?」
荷馬車で待っていていいよと皆には声を掛けておいたけど、どうやら4人とも俺の後を付いてきていたようで、スフレさんが驚いた顔で質問した。
「ちょっと待て、アコルってこれだけの商品を買える金持ちだったのか?」
「いやいや、俺は今回モンブラン商会の看板を背負って行くんだよゲイル」
特務部で騎士爵家の子息であるゲイルは庶民派だ。だから俺のしようとしていることが分かったようで、ギルマスに本当なのかと探るような視線を向ける。
「アコルはモンブラン商会の人間だが、自分で商売もしているギルド会員だ。
まあ、貧乏ではないだろうが、コイツの金銭感覚は普通じゃない。
王様や領主でも出来ないようなことをしようとしている時点で驚くが、今回のこれは常識外だな。
まあ、大損覚悟で自腹を切るんだ。できるだけ協力してやってくれ」
ギルマスは褒めているのか呆れているのか分からない言い方で、俺に協力してくれと仲間に頼んでくれた。
「でも、この凄い量を、どうやって運ぶのアコル君?」
「スフレさん、それは心配ないです。でも、これから俺がすることは絶対に口外しないでください。襲われる可能性があるので」
俺は心配そうに支援物資の山を見ている仲間の4人に向かってお願いする。
そして俺は、マジックバッグに魔力を流し、一瞬で全ての品物をマジックバッグに収納した。
「「「「 ええぇーっ!? 」」」」
何が起こったのか分からず叫んだ4人に笑顔を向け、ギルマスに「いろいろありがとうございました」とお礼をして、行ってきますと手を振った。
「ちょっとアコル君、も、もしかしてマジックバッグに収納した?」
馬車を走らせ始めた途端、呆然としていたチェルシーさんが後ろから恐る恐る声を掛けてきた。
「トーマス王子のマジックバッグは国宝級だって皆が言ってたけど、さっきのアレ……いったい何?」
クラスメートのミレッテさんも、「そんなはずないわ」とか「あれは幻よ」って呟きながら、真実を確かめようと質問する。
「俺はSランク冒険者だよ。自分でマジックバッグくらい作れるさ。でも秘密。絶対に秘密だ。魔獣に襲われる前に盗賊に襲われるから」
俺は念を押すようにしっかりと脅して、自分で作ったことを教えた。
この時俺は、馬車の御者をしてたから、皆が化け物を見るような目で俺の背中を見ていたことに気付かなかった。
「恐るべしSランク冒険者・・・確かにSランク冒険者なら金持ちだよな。いや、でもギルマスは、アコルは自分でギルド会員として商売してるとも言ってたな」
変なところで納得した感じのゲイルは、今度はどんな商売をしてるんだって話題を変えてきた。
そこから俺は、始めた商売は主に薬を扱う商売だけど、薬草や花の栽培をして王宮の花壇の管理をしていることや、冒険者として討伐した獲物の素材を商業ギルドにも卸していることなんかを教えた。
年末で慌ただしい王都の中級地区を抜けると、下級地区はもっと賑やかだった。
先発隊が待っている予定の下級地区の外門前の広場に到着すると、学生の食料調達をしてくれていたトーマス王子から、全員分の食料を一度に調達するのは難しいからと、学生一人につき小銀貨1枚(千円)が配られた。
そして、各馬車毎に食事をして、宿泊予定の町まで団体行動ではなく、馬車毎で行動するよう指示が出された。
どうやらトーマス王子も、計画にいろいろ無理があるって気付いたようだ。
年末年始は物価も高くなるし治安も悪くなる。貴族の団体がウロウロするのは危険だし、馬車の速度が違うから全員が同じように動ける訳ではない。
まあ、何事も勉強だよな。
俺には叱ってくれる冒険者の先輩や、商会の先輩や上司もいる。
失敗だってたくさんした。だから今がある。
……トーマス王子のためにも、今回は出来るだけ手出しはやめよう。
平民や下級貴族の多くは、俺と同じように宿だって泊まれそうにないとか、食事もまともに食べられそうにないと分かっていたと思うけど、王子や高位貴族が多い執行部には意見できなかったんだろうな。
馬車組の皆さんは、急いで次の宿泊地まで行って夕食を食べるらしいけど、荷馬車組は王都で買っておかないと、次の町に到着する時間には店は閉まっている可能性が高い。
だから、急いで出発したそうな執行部のマサルーノ先輩とボンテンク先輩を説得して、駆け足で買い物を始めた。
うちの荷馬車の仲間も、夕食や保存食を買い込むことにした。
午後6時、辺りはすっかり暗くなってきたけど、王都ダージリンから次の町までは道路も整備され、所々に街灯もあるからなんとか馬を走らせて、午後9時前にようやく町に辿り着いた。
「すまない、宿がいっぱいで荷馬車組の部屋が取れなかった。集会所には護衛の冒険者や御者が泊まることになったので満員だ。女子3人はなんとか泊まれるが、どうするアコル?」
町の入り口で待っていたトゥーリス先輩(サナへ侯爵の三男)が、すまなそうな顔をして訊いてきた。
隣にはサナへ侯爵家の護衛兼御者の人が一緒に居る。
……どうするアコルって訊かれてもなあ・・・
「分かりました。荷馬車組の男子学生は、全員俺の荷馬車で休みます。
護衛も要りません。小型の荷馬車は御者の方に任せます」
予想通りではあったが、これって平等じゃないよね。でも貴族社会では普通なのかもしれない。
俺はいろいろ諦めて、女性3人を荷馬車から降ろし、トゥーリス先輩に宿まで連れて行ってもらうよう頼んだ。
さすがに女学生とは雑魚寝するわけにはいかない。
「俺、野営って初めてだ」と、数人が疲れた顔をして不安気に呟く。
「俺もな。荷馬車の旅って予想以上に疲れた・・・」と、伯爵家の子息であるボンテンク先輩が思わず弱音を吐いた。
町の中での野営だから、盗賊に襲われることも、魔獣に襲われることもない。
だから、明日に備えて早めに寝ると決め、水の補給とトイレのため集会所の前に荷馬車を移動させた。
荷馬車の中で寝るって寒くて風邪を引きそうだとか、お腹が空いて眠れないとか文句を言うので、俺は皆のために楽しい賞品付きのゲームをすることにした。
「これから俺の出す問題に、正解すると美味しいパンが1個ずつ出てくる。
そして、俺の考えているサナへ領の住民救済計画に、協力してくれると約束した者には、敷布団替わりの毛皮を貸し与えるものとする。
そして、明日は馬車組とは別の進路を選び、サナへ領への近道を行こうと思うが、一緒に行って御者を交替で努めてくれる者には・・・毎朝温かいスープと夕食はバーベキューをご馳走する。
参加するかどうかは、問題に答えてパンを食べながら考えてくれ」
俺は疲れた顔の戦友たちに向かって、娯楽と安眠グッズの貸し出しの案内をした。
荷馬車用の鉱石ランプを消して、マキアート教授の研究室からちゃっかり借りてきた魔石を使ったランプ2つに火をつけた。魔石を使ったランプは暖かい。
そして、疑るような視線を向けている皆のために、マジックバッグから今日買ったパンを数個取り出し、ついでにボアウルフのふかふかした毛皮も取り出して、にっこりと微笑んで見せた。
「それは王都で売ってる高級パン!」と、ボンテンク先輩の目の色が変わる。
「それ、もしかしてボアウルフ? ええっ?」と、ゲイルは驚いたように毛皮を見る。
「アコルって、マジックバッグ持ってるんだ」と、ドーブ先輩は羨ましそうにマジックバッグを見る。
「腹減った。アコル、早く問題を出してくれ」と、マサルーノ先輩は平常運転だ。
急に元気になった9人の男たちは、魔石ランプに手をかざして暖をとりながら、明るく照らされているパンと毛皮に目を釘付けにして、早く問題を出せと要求してきた。
「今から問題を10問出します。9回正解すれば全員がパンを食べられます。
よく考えてから答えてください。正解は話し合ってもかまいません。
それでは最初の問題です。これから向かうセイロン山に生息していると言われているドラゴンを3つ以上答えなさい」
「アースドラゴン、ロックドラゴン、飛竜!」
ボンテンク先輩が叫ぶように答えた。
日頃はわりと無口だけど、マキアート教授の研究室の中でも食欲が群を抜いているボンテンク先輩は、俺がたまにミニキッチンでスープを作り始めると、いつも泣きそうな顔をして飛んできて、そっとカップと銅貨2枚(200円)を差し出してくる。
それから正解、不正解もありながら、いよいよ最後の質問になった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




