72 魔王出撃する
今日の俺は仕事が多い。
ヨーグル先生の手伝いに、魔法部の教授に指示内容を伝える伝令係りもしなくちゃいけない。
「マキアート教授、デントール教授、リーダー対決戦の時の二回戦と同様の的を作ってくださいとのことです」
面白そうな顔をしているマキアート教授と、渋々演習場に残っている不機嫌なデントール教授に向かって、俺は極上の笑顔で的作りの指示を伝える。
「商学部の学生が何故ここに居る?」
「何故って、もちろん私が【一般魔術師】の講義を選択しているからですよデントール教授。これでも私は冒険者ですし、魔法部の試験も受けていますから」
憎しみと蔑みの視線を俺に向けるデントール教授は、平民である俺が自分と同じ講義に出ていることが許せないようだが、学院長の命令には背けないのか、フン!と俺に悪態をついてから、的を作るため競技場の右側に向かう。
マキアート教授は、やれやれと呆れ顔でデントール教授の後ろ姿を見送って、「何を企んでいる?」と低い声で俺に訊いた。
「企む? 嫌だなあマキアート教授。俺はいつだって、学生や住民の命を守ることを最優先に考えていますよ。ただ、学院長のご期待にお応えし、今日から魔王として学院に君臨すると決めただけです」
俺は魔王の頬笑みで、さあどうぞと左手を演習場の左側に向けた。
「今日の的は、他の教授の的と同じように見えますねデントール教授。強度も同じなのでしょうか」
的を作り始めたデントール教授に対し、ニコニコと失礼な発言をするのはトーマス王子である。初っ端からヤル気だ。
昨日、俺は執行部の正式な部員に承認され、今朝の壁新聞で発表された。
承認理由は、今回のクラス対抗戦での実績を評価したものであり、学院改革の中で、学院長は身分差を無くすと言われていることから執行部の全員が推薦し、それを顧問であるトーマス王子が承認したものであると説明されていた。
まあこれまでも、到底お茶汲み要員とは思えない存在感を示していたのだが、今回から堂々とノエル様の隣の席に座り、サブリーダー的なポジションを与えられ、より自由に意見を言えるようになった。
執行部のメンバーは立ち上げ当初から、突然発表された高学院改革案に俺が関与していることを学院長から聞いて知っていたし、救済活動を願い出たのも俺だと知っていた。
昨日行われた執行部会議で、リーダー対決戦後に俺とデントール教授に不正疑惑が噂されている件について、どうすべきだろうかと顧問であるトーマス王子から議題が上がった。
「どうもこうもないよ。アコルがさ、本当の実力を見せればいいだけだと思うけど? そう思わないルフナ王子、ラリエス君?」
「ああ、そうだなエイト。ついでに俺たちが使った攻撃魔法も、アコルから伝授されたと言えばいいよ」
「それならルフナ王子、アコルがブラックカード持ちだということもオープンにしてはどうですか?」
いつものように仲の良い【麗しの三騎士】の三人は、俺が秘密にしていたことをペラペラと話してしまう。それってどうなんだ?
ラリエス君、ブラックカード持ちは極秘にしときたかったんだけどな俺。
他の執行部メンバーの目がテンになってるじゃん。はーっ・・・
「さすがアコル様ですわ。それでこそ我らのリーダー。真の実力を見ようとはせず、姑息な手段でアコル様を陥れようとするなど、言語道断ですわ!」
「そうねチェルシー、この際ですから、貴族のプライドを捨て不正を行ったデントール教授(1年A組担任)と、人を見る目を持たないカルタック教授(魔法陣攻撃・アコルの競技審判だった)と、時代の流れも読めない特務部のハイサ教授には反省して頂きましょう」
胸の前で手を組み、キラキラした瞳で俺を見ながら興奮して話すチェルシーさん(貴族部2年・新聞部・Cランク冒険者)と、疑いなく俺を信用してくださるノエル様(貴族部3年・編集長・マリード侯爵令嬢)が、貴族令嬢らしく? フフフと上品に微笑みながら、容赦ない提案をする。
トーマス王子とサナへ侯爵の三男トゥーリスさん(魔法部2年)が顔を引きつらせているけど、ノエル様の歯に衣着せぬ発言はいつものことだ。
結局解決策として、【一般魔術師】の実践訓練の際に、教授たちの全力を学生たちに見せた後、俺がある程度の実力を示すことで、ヘイズ侯爵派や俺を敵視する教授たちを黙らせることになった。
もちろん俺からも、トーマス王子や執行部のメンバーには、シナリオ通りに行くよう協力をお願いしてある。
早速トーマス王子が、昨日決めたシナリオ通りに自分の出番がきて、ここぞとばかりにデントール教授に喧嘩を売っている。
マキアート教授(37歳)が赴任してくるまで、魔法部の部長教授だったデントール教授(51歳)は、学院長のやり方に批判的で、第一王子マロウ様(27歳)を次期国王に推すヘイズ侯爵派である。
トーマス王子(22歳)とは派閥的に敵対していることもあり、嫌な顔を隠そうともしない。
「王子である方が、くだらない噂に惑わされるとは情けない。この私が平民ごときを陥れたとでも?」
「いえいえ私は、貴方が平民のアコルを不憫に思い、わざと的を少し大きくし強度を弱くして、情けを掛けたのだと思っていたのですよ。学生や商学部の教授たちの噂は違うようですが」
学生や他の学部の教授たちが見ていると意識していないのか、デントール教授は王子に対して強気の発言をする。
実はこの時トーマス王子は、魔術具である拡声器を手に持っていて、既にスイッチを入れていた。拡声器は、対となる音声発生装置から声が聞こえる魔術具であり、観覧席の他学部教授が座っている前方と、学生たちが座っている座席の中央に設置されていた。
声の大きさは拡声器を持っている者が調節できるので、観客席に座っている者には明瞭ではなく、なんとなく聴こえる程度の大きさになっていた。
この時、多くの者が聞き耳を立てていたことに、デントール教授は気付いていない。
もちろん、次期国王の座に一番近いと言われているトーマス王子のしていることに、異議を唱えようとする貴族は居なかった。
「お待たせしました。7つの的が出来上がったようです。最初は試技とし、2つの的を攻撃してください。時間は計ったりしません。学生でも頑張れば使える攻撃魔法の手本を見せてください」
今度は、拡声器を使っていることが分かるように、トーマス王子は拡声器を口元に近付けて競技開始を告げると、安全な場所まで下がっていく。
トーマス王子と入れ替わるように、名指しされた魔法部のカルタック教授が堂々と、特務部のハイサ教授は俯き気味に歩いて登場し、所定の競技位置についた。
「攻撃方法は、Cランク冒険者である学生が使用できる攻撃を使ってください」
トーマス王子は念を押すように指示を出した。
しかし、国家認定AS作業魔法師の資格を持っているカルタック教授(42歳)は、いきなり一番遠い的に強力な火魔法を撃ち込み、一番近い的には土魔法を使って、直径2メートルはありそうな球体を出現させ、それを的の上に移動させ落下させた。冒険者レベルではBAランクくらいだ。
「大人気ないと思わんのかなぁ。あれをCランク冒険者が使用できる攻撃とするなら、魔法部と特務部の学生はDランクから始めるべきだな」
商学部の部長教授であり、アコルがブラックカード持ちだと知っているカモン教授は、呆れたように首を横に振る。
近くに居た学生たちも口には出さないが、うんうんと頷き同意する。
そして皆の視線は、もう一人のハイサ教授(55歳)に向けられる。
実はハイサ教授、魔法攻撃はあまり得意ではなかった。
彼は専らデカい態度と口汚く学生を罵倒することを仕事としており、時々剣や槍の練習に参加することはあったが、その昔にお情けで取得した魔術師資格はB級で、そのことを学院の誰も知らなかった。
講義中は講師に指示を出し、自分で攻撃魔法の手本を見せることはなかった。
本来王立高学院の特務部で働く教授は、A級魔法師の資格を持っていなければならず、B級では講師として扱われる決まりがある。
今回学院長は、ハイサ教授の経歴を調べ直した。その結果経歴詐称が疑われ、その確認をする目的もあり競技に参加させている。
「ウォーターボール!」と大きな声で叫んで、ハイサ教授は水魔法を放った。
それは一番近い的に命中し、的の6割を破壊した。
次に放った攻撃魔法は風魔法で、いわゆるエアーカッターだが、アコルが放ったものとは違い、肉眼でハッキリとエアーカッターの軌道が見えていた。
これも手前の的に命中したが、首を落とすこともなく、的の体に大きな切り傷を付けただけで破壊するには至らず、結局3回繰り返したところで破壊できた。
「対照的ですわね。確かにCランクになったばかりの冒険者レベルですが、手本としてはどうなんでしょうか?」
商学部のカモン教授の隣に座っていた魔法部講師のソレイネさん(38歳)は、首を捻りながら呟いた。
ソレイネさんは、国家認定A級作業魔法師の資格を持っており、女学生の指導を主にしている。
同じように見学していた魔法部の講師や学生からも、疑問の声があがる。
「ハイサ教授、もう少し強い攻撃でお願いします。カルタック教授は、せめてBランク冒険者レベルの攻撃でお願いします。では、今度は先程とは違う攻撃で、また2つの的を破壊してください」
トーマス王子は拡声器を使い、困った顔をして二人の教授に注文をつける。
カルタック教授は、トーマス王子の指示が聞こえなかったのか、またまた自分の力を見せつけるかのような攻撃を仕掛け、ハイサ教授は魔法陣を使って的を破壊した。
「嫌だなぁお二人とも、真剣に見学している学生をバカにしているんですか?
それとも、王族であり【魔獣大氾濫対策研究室】の講師である、トーマス王子の指示には従えないんですか?
あぁ、もしかして、Cランク冒険者のレベルが分からない・・・ということでしょうか?」
同じように拡声器を手に持った俺は、薄っすら笑いながら二人の教授に物申す。
「平民風情が口を出すな! 君がこの場に出てくる必要なんてないだろう」
カルタック教授は、ワイコリーム領の男爵家の出だが、商学部の平民が魔法部の講義を受けることが許せなかった。彼は残念ながら貴族至上主義だった。
「平民風情?……そう言えば、リーダー対決戦の競技前にも、平民ごときが競技に出るとは生意気な。お前じゃ1つの的も破壊できないだろうって私に仰いましたよね。
フフ、申し訳ありませんが、お二人よりもずっと上手く、私の方が攻撃魔法を放てますよ」
「でしゃばるな! 商学部の学生風情が、できもしないことを言うとは、お前は恥というものを知らんのか!」
ハイサ教授は殴りかかろうと拳を握って手を上げたが、なんとか思いとどまって文句を言う。
特務部の講義では、気に入らなければ手を上げているのだろう。特に平民出身の学生には。
「はーはっは! これは面白い。それではハイサ教授、私と勝負してみます? A級作業魔法師なら、何の問題もないでしょう?
もしも私と同じことができて、私に勝つことが出来たら、どうぞ殴るなり蹴るなりお好きにどうぞ。
これだけの見学者がいるのです。誤魔化すことなどしませんよ。
しかし、平民の商学部風情に負けてしまったら、立場が悪くなるかもしれません。負けたくないなら勝負を降りても構いませんけど?」
俺はここぞとばかりに魔王振りを発揮して、煽れるだけ煽る。
「生意気だぞアコル! 少しばかりリーダー対決戦で活躍したくらいで、ハイサ教授が負ける訳がない!
勝負を降りろなどと教授をバカにしたような物言い、君が負けた時は停学だけでは済まないぞ!」
トーマス王子は怒りを込めた大声で俺を叱咤する。
すっかりこの役が気に入ったようで、ノリノリでハイサ教授を追い込んでいく。
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