7 ブラックカード
宿の朝食はやっぱり美味しかった。
体はまだ怠いけど、アースドラゴンの素材が貰えると思うと心が弾む。
これで念願のマジックバッグが作れる。ヤッホー!
その前に、魔力検査と攻撃魔法テストを受けなければならない。
徒歩1分の冒険者ギルド龍山支部に到着した俺は、これから山に入る人たちの邪魔にならないよう注意して、隅っこをそっと移動し掲示板の前まで来た。
決して目立ってはいけない俺は、ちゃんとFランクとEランクの依頼票を見る。
……うん、薬草とかキノコとか、ウサギとか狼の依頼がメインだ。
そうだ、今日は近場で薬草を採取しよう。もしかしたら団長が探していた薬草が見つかるかもしんない。別に採取したらギルドで換金しなきゃいけない訳じゃないしな。
取り敢えず、依頼票に書いてある薬草と値段を確認してから受付に向かう。
「すみません、王都支部のサブギルドマスターのダルトンさんに呼ばれてきたんですけど。俺はFランクのアコルといいます」
如何にもベテランですって感じの受付のおじさんは、一瞬子供の俺を見て怪訝な表情をしたけど、何かを思い出したようで「ああ、再試験の子か。左の階段を下りていきな」と指示を出してくれた。
階段を下りていくと、ギルドの裏手にある練習場みたいな広い場所に出た。
そこには、的の準備をしている男性とダルトンさんが居た。
「おお、来たなアコル。ここは攻撃魔法テストを受ける場所だ。5メートル・7メートル・10メートル・15メートルの順に魔獣を模した的があるから、それを攻撃していく。それで、登録書類には得意な攻撃魔法を何と書いたんだ?」
「はい、ファイヤーボールと書きました」
「はあ? なんでファイヤーボールなんだ?」
「なんでって、目立つのは嫌だし、軍とか他の冒険者の捨て駒にされたくないし、俺は商人を目指していて、本業にする気がないから……かな」
商人見習いである俺は、お客様には礼節と笑顔を心掛け、商人たちには冷静沈着かつ、足元を見られて騙されないよう頭を働かせる。基本的に表情は作っていて当たり前だ。
だが、冒険者である俺は、人を見て対応すると決めている。面倒な奴は相手せず、単独で可能な範囲の活動をするから、友人や仲間を作る気はない。
もちろん礼儀も心得ているつもりだけど、初っ端からバカなDランクに絡まれた経験もあり、相手の出方を見て自分のキャラを決めることにしている。
で、ダルトンさんは信用に足る人だと分かったので、新人冒険者としては逆らわず、甘えられる時は甘え、頼れる時は頼ってもいい相手だと認識した。
いろいろと見られた後でもあるので、今更何もできないフリは必要ない。
「なんで商人なんだよ! お前ならAランク、いやSランクだって可能なはずだ」
納得できないという顔をしたダルトンさんは、苦り切った顔で文句を言う。
「準備OKだぞー」と、的を準備していた男性が手を挙げて、俺たちの方に歩いてくる。
「坊主、俺はここのギルドマスターをしているドアーズだ。よろしくな」
「ギルマス・・・アコルです。よろしくお願いします」
びっくり、この人ギルマスじゃん。検査とかテストってギルマスがするのか?
「王都支部の受付の失態は俺からも詫びておく。それにしても、まだ10歳にも見えないぞダルトン。お前の言うことが本当なら、こりゃ大変なことになる」
「まあ、見てのお楽しみだ。さあアコル、的には特殊な強化魔法が掛けられているから、好きな攻撃魔法で攻撃していいぞ。ファイヤーボールくらいじゃ壊れない。昨日の電撃魔法なら分からんが、何種類か試してみろ」
「はいダルトンさん。ちなみにEランクってどのくらいの攻撃魔法が使えるんですか?」
この際だから、疑問に思っていたことを全部質問しておこう。
「おいおい、そこからなのか?
Eランクは小さなファイヤーボールやウォーターボールくらいで、飛距離は5メートルくらいだ。
Dランクで弱い土魔法の発動とか氷魔法で攻撃できたりする。飛距離は7メートル程度だ。
Cランクでエアーカッターとか、其々の属性魔法を強化できる。
Bランクになると、オリジナルの魔法や技が使える者が殆どだ。
魔方陣を使った攻撃は、BランクやAランクにならないと使えないし、魔術師の資格が必要だ」
呆れた顔をして答えてくれたのは、ギルマスのドアーズさんだった。
「分かりました。それじゃあ……エアーカッターで」
何度も色々な攻撃をするのは面倒だし、エアーカッターもダルトンさんに見られてるから、今更ファイヤーボールもないよなと思った俺は、エアーカッターを的に向けて放った。
カキーン!と15メートル先の的から金属音が響いた。
「まじかよ!」って、ギルマスのドアーズさんが口を半開きにする。
「アコル、お前さん誰から攻撃魔法を習ったんだ?」
「はいダルトンさん、俺の両親は二人ともAランク冒険者だったんで、攻撃魔法を習い始めたのは6歳くらいからだったかな。父さんが滅茶苦茶スパルタで」
「なに! Aランク冒険者だって? 名前は? パーティー名は何だ?」
今度はダルトンさんが凄い勢いの大声で、俺の両親のことを訊いてきた。
「父はサイモン、サイモン・ドバイン。母はパリージアです。確か……パーティー名は【森の女神】だったような」
「「 森の女神だって!!」」と2人の大声が揃った。
そして俺の顔をまじまじと見て首を捻った。
「ああ、両親は、捨て子だった俺を大事に育ててくれたんです。妹のメイリは母さん似で凄く可愛いですよ。父さんは、昨年家の近くに現れたタイガーの変異種と戦って亡くなりました」
どうやら、この二人は両親のことを知っているようなので、俺は本当のことを隠さず話した。確かに俺は両親には全く似ていない。
茶髪にこげ茶の瞳の父さんにも、金髪で綺麗な青い瞳の母さんとも違い、俺は黒に近いグレーの髪に銀髪が混じっていて、瞳もグレーだが光の加減では銀色にも見えるらしい。
グレーの髪にグレーの瞳は、コルランドル王国では珍しい。まるで変異種のようだと思うと、それで産みの親に捨てられたのかもしれない。
「お前を育てたのはサイモンとパリージアか・・・そりゃ攻撃魔法も使えるわなぁ。サイモンはレイムと戦ったのか……う~ん、あれはSクラスの魔獣だからな。大変だったな。パリージアは無事だったのか?」
「はい。母さんは妹と出掛けていて無事でした。俺は、早く大商人になって母さんと妹を守りたいんです。だから冒険者で死ぬ訳けにはいかない」
「「 ・・・・・ 」」
俺の話を聞いた二人は、何とも言えない表情をして黙った。
「まだ攻撃魔法のテストを続けますか?」
「あ、ああ……あの電撃魔法以外で使える強い攻撃魔法があれば見せてくれ」
どこか上の空の二人をチラリと見て、俺はドラゴンブレストファイヤーを試してみた。
するとドーンと派手な音がして、的である魔獣を模した物の上部が後ろの壁に突き刺さり、残った下部はドロドロに溶けていた。
……ありゃ? 強化魔法は? あれって壊しても大丈夫だったっけ?
俺はギギギとゆっくり首を二人の試験官に向け、えへへと頭を掻きながら誤魔化して笑ってみた。
「「・・・・!!」」
「「無詠唱?」」
今度は二人とも大きく口を開け、的と俺を交互に見て頭を抱えた。
ちょっと放心状態の二人に連れられて、今度は建物の中に入っていく。
開いたドアの先の部屋には窓はなく、広さは8畳程で魔導ランプが薄暗く部屋を照らしていた。
部屋の中心には重厚感のある黒光りするテーブルが置いてあり、その上には台座に載せられた大きな丸い水晶のような物が置いてあった。
「アコル、これが魔力量を計測する魔道具だ。
この水晶に手を触れると、自分が持っている適性能力の色が虹になって現れる。
火(赤)・土(橙)・光(黄)・命(緑)・水(青)・風(藍)・知(紫)の七色の内、普通は生まれながらに二つの適性は持っている。多い者で五つの適性を持つ者もいる。
それから台座になっている部分は海龍の骨で作られていて、魔力量を示してくれる。
この針が右側に動いて、止まった数字の場所が自分の魔力量だ。
Cランク冒険者は40~50。Bランクなら60~70。Aランクなら80~90だ。俺と同じAsランクは90~100。Sランクは100を超えている。
高位貴族は元々魔力量が多い。
だから魔術師になる者が多く、冒険者になる者は、訳ありか変わり者だ。
天才と言われる貴族の子供は、10歳で50を超えていることがある。
俺も元は伯爵家の人間だ。平民で80を超えるのは奇跡に近い。
お前さんの父親サイモンは、平民でありながら80を超えたレアケースだ。
だが、魔力量が多いからと言って、優秀な冒険者や魔術師になれる訳ではない。
努力し学び修練を重ね、経験を積んで魔力量や技を増やしていくしかない。
特殊な例だと、王族は成人(15歳)までに130を超えるらしい。
さあ、ここに手を軽く載せろ」
ギルマスからいろいろ勉強になる話を聞きながら、俺はそっと水晶の上に手を置いた。
「アコル、これはブラックカードだ。このカードをギルドで提示すると、ギルドマスターかサブギルドマスターが会ってくれる。必要になったら使え。
強い魔獣を倒した時、これを提示すればAランク同等として扱ってもらえる。
そして町や国が緊急事態に陥った時、所持している冒険者カードに拘わらず、Aランク冒険者と同じ待遇で仕事を受けることができる。
また、魔獣の氾濫などの最悪の場合は、軍の小隊や警備隊を指揮することができる。軍や警備隊を動かすのは、お前にゃまだ無理だが、15歳で成人する頃には、お前の魔力量はきっと100を超えているだろう。
アコル、お前の本当の親は、案外と高位貴族なのかもしれん。そうでないと、お前の魔力量は常識の範疇を超えている」
翌日の午後、王都支部に帰るというダルトンさんが、非常に疲れた表情で俺に黒いカードを渡しながら言った。
そのブラックカードを持っているのは、Sランク冒険者か、所持しているカードが不適合であり、ギルドマスターが【特別】だと認めた者だけらしい。
このコルランドル王国では、わずか6人にも満たないとか。
……いや、俺はこんなカード要りませんけど? これ、持ってなきゃいけないの?
……やっぱり母さんが言ってた通り、国とか軍とかギルドに使われるってことじゃん。
「えっと、一応持っておきますが、俺は商人見習いで、将来は大商人ですから、このカードを使うことはないと思います」
俺は無表情なまま、カードを使う気はないときっぱりと言った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。