67 クラス対抗戦(2)
いよいよ対抗戦当日、俺は一気に商学部の単位を取るため、一科目の時間内に1年と2年の試験を受けていた。
今回は選択科目制になって初めての試験で、俺以外に他学部の試験を受けたり、学年を超えた試験を受ける者はごく少数で、そのため、商学部では2年生の試験を受ける時間が取ってもらえなかった。
仕方ないので、1年生の試験問題と2年生の試験問題を同時に解答している。
この際だから共通科目も、2年生で取得する科目の一部に挑戦した。
試験用紙を試験官が配る時に、俺だけ余分に試験問題を受け取るので、騒ぎにならないよう試験官が説明してくれた。
「アコルはこの時間2科目の試験を受ける」とか「無謀な挑戦は恥をかくだけだ」とか「身の程知らずのバカのことは気にするな」とか、悪意に満ちた嫌味の言葉も含まれていたが気にしない。
学生たちは『正気かよコイツ』って、心配する表情と憐れみの表情に分かれた。
学院長とマキアート教授の計らいで、魔法部の試験(実技を除く)だけ、商学部の試験時間と重ならないようずらしてもらった。
次の試験から試験日を二日増やし、必須科目以外の魔法部や特務部の試験も受けられるよう、時間の配慮がされると発表があった。
今回の試験から、実技試験だけは個別に教授に申し出て、放課後でも試験を受けることが可能になっている。
まあ俺としては、魔法や魔法陣に関する実技試験は、国家資格である魔術師資格試験を受ける直前くらいでいいと思っている。
魔獣の氾濫が起こり始めたら、俺はきっと学院を休んで戦いに行くことになる。
王都から離れることも考えたら、筆記試験だけでも急いで単位を取っておかないと、卒業が危うくなる可能性があるから必死だ。
駆け足で受けた試験科目数は、他の商学部の1年生の倍以上になっていた。9科目のところを20科目に挑戦したので、流石にペンを持つ手首が疲れた。
28日は休みになっていて、試験が終わった解放感に浸っている者もいれば、明日の魔力測定までに少しでも魔力量を増やそうと頑張る者や、最終日のリーダー対決戦のために演習場で練習する者とに分かれた。
俺はリーダーなので、選抜メンバーと一緒に演習場に向かっていた。
演習場は全部で5か所あるけど、人気のない最奥の演習場(マキアート教授の研究室の隣)しか空いていなかった。でも、ここなら4時間使用許可が取れた。
「魔法陣研究室かぁ、B級魔術師の資格を取らないと入れない研究室。エリートの証みたいなものね。
あたしも2年生でB級に合格して、シルクーネ先輩(新聞部で執行部)みたいに、この研究室で学びたいわ」
一人だけ女性で選抜選手入りしているミレッテさんは、魔法部では珍しい準男爵家の長女だ。
下級貴族の女性が魔法部に入学するのは珍しく、俺の母さんと同じで魔力量が55を超えていて、推薦試験で入学していた。
彼女の家は、デミル領との境に聳え立つセイロン山の麓に在るらしく、王都とは名ばかりの田舎だと言って笑った。
小さな頃から獣や魔獣退治をしていたそうで、一見華奢そうに見えるけど、先日めでたくCランク冒険者に昇格できたと喜んでいる。
うちのクラスには、既にCランク冒険者登録している学生が三人もいた。
もう一人はワイコリーム公爵家のラリエス君。残りの一人は冒険者ギルド推薦で入学した特務部のゲイル君だ。
彼は剣や斧を使った攻撃型で、間もなくCBランクに昇格する予定らしい。
ゲイル君は王都の騎士爵家の次男で、どうしても高学院に入学したくて、冒険者として懸命に努力し16歳で入学していた。体格はガッシリしていて背も高い。
うちのクラス、攻撃魔法はいい線いきそうだとラリエス君が言っていた。
D組の選抜メンバーは、他のクラスとは随分違っていた。
他のクラスの選抜メンバーは、ほぼ全員が魔法部で下級貴族や平民なんか入ってない。
D組は魔法部がラリエス君とミレッテさん、特務部がゲイル君とホルヘン君、そして商学部の俺という異色のメンバーで、担任が特務部のパドロール教授というのも大きなポイントだ。
俺以外の選抜選手は、魔法勝負をして選ばれている。
ただ、特務部のホルヘン君は、デミル領の子爵家の三男で、平民の俺のことがを凄く嫌っている。だから俺の言うことは聞く気がない。
「アコル、お前は必ずイスデン様やテッテルに復讐されるだろう。
大きな顔ができるのも、停学が終わるまでだ。同じデミル領の貴族として生意気な平民には鉄槌を下す」
……あちゃーっ、面倒臭いのがここにも居たよ。デミル領って何なの?
デミル公爵は軍務大臣だから、イスデンに取り入って有利に就職したいとか? いや、卒業する年は魔獣の大氾濫で大変なことになってると思うけど、そこは考えてないのかな?
そういえば、同じクラスで新聞部のスフレさんが、デミル領の貴族の男は最低だって言ってた。だから自分と同じデミル領の貴族にだけは嫁ぎたくないとも言ってた。
「ホルヘン君、同じクラスの選抜メンバーなのに、今の言葉はいただけないな。それに、平民のアコルに勝てるのは身分だけでしょう? 実力で勝負したらどうだい?」
大きな声で高圧的に脅しをかけてきたホルヘン君の後ろから、ラリエス君が現れ、にっこり笑って喧嘩を売った。
……いやいやいや、それって、勝負をするのは俺だよね? 違うの?
「はあ? 身分だけ? 魔力量も魔法も俺の方が勝っている。いくら君でも失礼だろう!」
失礼? 良かったねホルヘン君、建て前とはいえ学生の間に身分差がなくなって。
少し前なら不敬だよね。上位貴族に対しては都合よく身分差がなくなってるけど、平民や格下貴族には適用しないってどうなんだ?
まあラリエス君は、そんなこと気にもしないと思うけど、そんな態度が他の上位貴族に通用するかどうかは疑問だな。
「まだ始めてないのか? くれぐれもケガしないようにな」と、ちょっとだけ険悪だった俺たちに向かって、担任のパドロール教授がやって来て声を掛けた。
何事もなかったかのように、俺はリーダーだけど脇役に回って的を準備する。
最初の練習は、冒険者ギルドでもやった的当てだ。
5メートル・8メートル・15メートルの的には、今年からドラゴンの絵が描かれるらしいが、練習用の的には俺がシルバーウルフの顔を描いておいた。
このメンバーは全員、15メートルの的まで水・土・火・風魔法のどれかを使って的に当てられる。
リーダー対決戦では三つの競技種目がある。
① 3つの的に正確に当てる競技 (代表者の3人が出場)
② 7つの的を全て破壊する時間を争う競技 (代表者2人が出場)
③ 大きな的(土魔法で作られる予定)を破壊する時間を争う競技 (1人~5人が出場)
決まりとして、選手五人は必ず①か②のどちらかに出場しなければならない。
勝手にリーダーのように振る舞うホルヘン君が、自信満々に自分とラリエス君が②の競技に出場すると決めつけたので、ミレッテさんが文句を言い、パドロール教授が審判をすることになった。
俺は、①の的当て競技で構わないので遠慮しておいた。
結局②の7つの的を破壊する時間を争う競技には、ラリエス君とミレッテさんが出場することになった。パドロール教授の決定だから誰も文句は言えない。
ホルヘン君は、今日は調子が悪かっただけだと、練習が終わるまでブツブツ文句を言っていた。
俺は最近冒険者ランクが上がったことをパドロール教授に告げ、3つの的に風魔法であるエアーカッターをきっちり命中させておいた。
風魔法は目に見え難いから、火や水のように派手じゃない。
俺としたらどれでもいいけど、目立ちたくないから問題ない。
ホルヘン君は、俺をDランクの冒険者だと思っていたので、ランクが上がったという報告に嫌な顔をした。
大会四日目、全学生が魔力量検査と適性検査を受ける。
「やった5上がった!」という喜びの声に、凄いと歓声が上がる。
前回の測定は入学式の前だったので、僅か二ヶ月で【5】という数字は珍しいことだった。が、しかし、続々と【5】に近い数字をたたき出す者が現れる。
これまでの高学院の常識では、1年間に【5】伸びるのが平均的だったので、学生だけではなく教授たちも驚きの表情をしている。
「やはり、救済活動で実践的に魔法を使ったことや、クラス対抗戦出場に向け努力した結果でしょう。学院長の改革の成果です」
測定器の前で、マキアート教授がトーマス王子に嬉しい結果の推測を述べている。
「ああ、この結果には王様もお喜びになるだろう」
トーマス王子が大きな声でそう言うと、学生たちが誇らしそうに笑顔になった。
今年から新たに加わった必須教科の5科目の影響もあったのだろう。これまでの常識では考えられなかったことだが、適性が増えている学生まで居た。
マキアート教授が驚いて唸ったのは、貴族部の女子や商学部の学生まで、平均して【3】近くも魔力量が増えていた点だ。
ほぼ増えていなかったのは、貴族部男子の数名で、真面目に魔法の練習をしていないことが一目瞭然となり、ある意味とても目立っていた。
そんな大騒ぎの魔力測定で最も注目を浴びたのが、【麗しの三騎士】と呼ばれている三人だった。
マギ公爵の子息であるエイト君は【8】、ルフナ王子が【10】、ワイコリーム公爵の子息であり天才と呼ばれているラリエス君は【12】伸びていた。
計測した本人たちも信じられないようで、その原因に思い当たった三人が、俺ににっこりといい笑顔を向けてきた。
……きっと、先日練習した派手な攻撃魔法のせいだ。ハハ、ハハハハ・・・
クラス対抗戦には関係ないけど、全クラスのリーダーも測定することになり、3年生からクラス順だったので、俺の測定が全学生の中で最後になった。
終わった者から部屋を出ていくので、俺の測定結果を見ることになったのは、マキアート教授とトーマス王子の二人だけである。
「アコルの魔力量が本当に100を超えているのかどうか、確認することは国家レベルで必要なことだ」
「そうですねマキアート教授。アコルにはこれから、指導者的な立場としても頑張ってもらいたいから、他の学生を黙らせる実績が必要です」
「トーマス王子、そんな話は聞いていませんが?
まあ最短でも、魔術師資格試験で一般B級魔術師資格を取ってからです。そうしたら、妖精との契約についての講義は考えてもいいですよ。
魔獣の大氾濫に備えて、薬師は大量に必要ですし、学力が足らなくても助手くらいできますから。
そのために今回、もう一度適性検査をしていただいたんです。
光適性を持っている学生全員を、トーマス王子の研究室に引っ張ってください。
そして命の適性、または命と光の両方を持っていたら、医療チームに組み込みます。
医療チームに選ばれた学生には、学費の免除や共通科目の受講免除などの特典を与え、光適性持ちには、何が何でも妖精と契約させます。
早急に特典を決め、妖精との契約や、医療チームでの学習を、卒業に必要な単位に認定してください」
俺は自分の希望を言いながら【妖精との契約に関わる提案書】という名の書類を差し出した。
「提案書?・・・決定書の間違いじゃないのかアコル?
君はさあ、王族を便利な使いくらいに思ってない?これって、王様に上奏するんだろう?」
「妖精との契約が必要ないのなら破棄していいですよ。まあ、残念ながらトーマス王子の妖精との契約は難しくなりますけど・・・」
俺はいつものように黒く微笑んでおく。決めるのはトーマス王子と学院長だ。
「お前という奴は、本当に【魔王】のような奴だな。学院長の言う通り、気付いたらこの学院は、お前に乗っ取られる気がするぞ。
その胡散臭い笑いを止めろ! そして早く測定機に手を載せろ!」
呆れたように俺を見て、マキアート教授は文句を言う。
俺としたら国のためにやっていることなのだが、当分の間は【魔王】として君臨することにしよう。もうそれでいいや。
目の前の二人も学院長も、俺が役に立つ人間だと思うところがあるから協力してくれているだけだ。
王族や領主がどんな思考をしていて、平民をどう考えているのか、先日のレイム公爵の態度や言葉で改めて思い知った。
……邪魔になったら、いつでも消せるって考えてるし、危険だと思ったら排除する。
だからこそ俺は、【魔王】と言われるような態度を変えるつもりはない。
【覇王】ではなく【魔王】らしくニヤリと微笑んで、俺は測定機に右手を載せた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよリーダー対決戦が始まります。




