64 疑惑と可能性(1)
◇◇ レイム公爵 ◇◇
トーマス王子とモーマットが提出した高学院の改革も魔術師制度改革も、突然過ぎた割には、賛同すべき部分が多く、深く考える間もなく承認された。
王様も私も、魔術師資格について疑問に思うことが多かったし、魔獣討伐において期待を裏切り、あまりにも役に立たない魔術師や魔法師に頭を抱えていた。
だからこそ提出された改革案は、魔法省職員の高額な給金の削減と、ヘイズ侯爵派の弱体化を進める上でも渡りに船だった。
これまでの価値観では絶対に出てこない思考による改革案を見た王様と私は、トーマス王子が考えたものだと思っていた。
高学院卒業後は、目立って意見を言うこともなかったトーマス王子が、ようやく頭角を現し、次期国王としての意識を持ち、その布石として改革を行う気になったのだと喜んだ。
堕落しきっていた高学院を改革するため学院長になったモーマットも、思い切ったことをするものだと感心していた。
きっと、トーマス王子の助言もあったのだろうと、王様も私も頼もしく感じ入っていた。
なのにだ、真実は違っていた。
提出した書類の筆跡が二人のものではなかったので、極秘でルフナ王子に確認したのだ。
すると、二つの改革案は、今年の新入生で平民の学生が考えたものだと露見した。
しかも、その友人はとても優秀で、自分の勉強の指導までしてくれていて、お陰で成績が上がったのだと嬉しそうに語ったのだ。
……平民に指導され喜ぶなんて信じられない!これは、完全に洗脳されている。
そして、ドラゴンに襲撃された町をへ救済に向かったトーマス王子は、薬草を買う代金を出して欲しいと要求し、無理だと言った私に軽蔑するような視線を向けた。
自分のこれまでの行いが間違っていたと言い、今の王族は、覇王様の教えに逆らっているなどと、信じられない暴言まで吐き、王様や大臣を非難した。
私が最も驚いたのが、トーマス王子をここまで変えた原因が、平民の学生から聞いた【建国記】という書物だったことと、その平民が王族の在り方に疑問を呈したという許されないものだった。
危機感を募らせ向かった王立高学院で、トーマス王子とルフナ王子が語った平民が、同一人物であるとモーマットから聞き、私の不安や疑問は確信に変わった。
……至急、危険分子を排除しなくてはならない!
「確かに王様に提出した改革案は、私やトーマス王子が考えたものではありません。
初めて内容を読んだ時は、私もトーマス王子もマキアート教授も頭を抱えました。
しかし、その直後、王都が管轄する町がドラゴンに襲われました。私たちは、この国を、たくさんの民を救うため、何もしていなかったと気付いたのです兄上」
「それでは、平民ごときに踊らされ、この国の魔法制度を、王立高学院を動かしたというのかお前は!」
だめだ、モーマットも完全に洗脳されている。
「平民ごときに踊らされ?・・・違いますナスタチウム兄上!
あの改革案には、王様もナスタチウム兄上も賛同されたではありませんか。
いったいどうされたのですか? それほど平民の学生が気に入らなければ、本人に実際会ってみてください。それに、彼は平民ではないかもしれません」
懸命に平民を擁護しようとするモーマットの姿に、私の怒りの感情は増す。
そして訪れたマキアート教授の補助部屋の前で、この部屋で洗脳が行われているのだと確信した。
そもそも、寮ではなく学院の最奥である研究室で暮らしていることが異常だ。
ドアをノックするモーマットの隣で、絶対に邪悪な本性を暴き出し、その目的が何なのかを吐かせてみせると、私は覚悟を決め拳を握った。
現れた学生は、青年というより少年という姿をしていた。
グレーの瞳は知的で澄んでおり、一見邪悪さを感じさせない。
そしてグレーの髪には銀色に光る部分が混じっている。
ふと、この髪の特徴と似た人物を知っているような気がして、すぐさま頭を振って打ち消した。
平民と言われれば服装はそうだが、物腰は丁寧で、よく鍛えられた商人だと思えば納得できた。
お茶の確認をした少年は、なんと自分のマジックバッグを持っていて、その中から高位貴族でさえ手に入れるのは難しい白磁のカップとポットが出てきた。
恐らくこの少年の背後には、かなり高位の貴族がついている。いや、マジックバッグの性能を考えたら、他国の王族かもしれない。侮れない子供だ。
出されたショウガ茶なるものを、モーマットは美味しそうに飲み始めたが、どんな薬物が入れられているか分からないので、私は口をつけない。
始めに話題に上がったのは、救済活動のことだった。
一見キレイ事に感じる救済内容も、やはり思っていた通り、己の利益のために行ったことだと私は見破った。
姑息な手段を使う平民と論争をしていると、モーマットが平民を庇うよに止めようとする。
しかし、反乱分子だと言った私に対し、生意気にも自分を処刑するつもりなら学院でと言い、同じ考えを持つ上位貴族の子息が自分を殺しに来たようだが、私の差し金かと暴言を吐いた。
私はこれまで、これ程辛辣な物言いをされた記憶がなかった。
王族であり公爵である立場からすると、面と向かって暴言を吐ける者など居ない。
それなのに、目の前の平民は、まるで身分など恐れていないかの如く、そして処刑できるならやってみろ!と挑むかの如く、私の目を真っ直ぐ見て言い放った。
その瞬間から、目の前で流れる時間は、私の常識や価値観をも全て塗り替え……いや、全て捨て去るべきだと思い知らされる時間になった。
領主の子息の画策した闇討ちは、責任ある立場である高位貴族、いや、王族や領主一族(上位貴族)の今の実態だと思わせるように見せつけ、上位貴族なら何をしても罪にならないのなら、闇討ちに応じると平民の学生は……いや、彼は笑って言った。
その言葉は、闇討ちを仕掛けた学生に言っているようで、実は領主でもある私に向けられているのだと分かった。
何が正義で何が悪なのか、私の思考は混乱していく。
闇討ちを仕掛けた学生を卑怯だと思ったが「生意気な口を塞ぐことこそが正義なのだ」という言葉を聞いた瞬間、自分の思考も同じく卑怯なのではという疑念が跳ね返ってきた。
上位貴族なら、何をしても罪にならない? そんなことはない! この国はそんな国ではないと心の中で弁解している自分が居た。
彼は私やモーマットに微笑んで、呼び出しに応じ堂々と部屋を出ていった。
魔法部の学生や貴族部の学生から攻撃を受けたら、平民の学生など生きていられるかどうかも分からない。
何故学院長でもあるモーマットは止めないのだ? と、責めるようにモーマットを見ると、スーゥっと妖精が現れた。
『モーマット、アコル様が、少ししたら建物の陰から様子をみてねって』
なんだこれは! どうして弟は妖精と話を普通にしているんだ?と、目を見開き驚いたが、そんなことさえ、そこから始まる驚愕の出来事の数々の序章にしか過ぎなかった。
闇討ちから逃れ姿を現した彼は、デミル公爵の子息であり、首謀者であるイスデンとポーランに向かって「だから夜の演習場は危険だって注意したのに」と、息も乱さず何事もなかったかのように言った。
……なんだこの違和感は? どうして彼がここに居る?
私は魔法による攻撃の目撃者になったことで、闇討ちをした学生たちに、言い逃れは出来ないと強く告げた。
間違っていることは間違っていると言わねば、この国の高位貴族は腐っているという彼の認識を変えることはできない。私は怒気を込めた声で罰を与えると断言した。
……正義を行わなければならないという気持ちに、この私が追い込まれた?
私の叱咤に納得できなかったのか、闇討ち失敗が納得できなかったのか、イスデンは憎々しそうに彼を睨み付けた。
すると信じられないことに、平民であるはずの彼は、A級魔法師程度の魔力がなければ放てない威圧を放ってイスデンを黙らせた。
……器が、人間としての器の大きさが違いすぎる・・・
その後話し合いは学院長の執務室に移動して行われた。
トーマス王子もやって来て、当たり前のように彼の淹れたお茶を飲む。
私の常識は、以後その場で通用することはなかった。
冒険者ギルドが発行したブラックカードに始まり、妖精と契約していたことに絶句し、彼の、アコルの指導で妖精と契約ができたとモーマットは自慢した。
おまけに、サナへ侯爵家でもレイム公爵家の血族でもないトーマス王子も、これから妖精と契約する予定だと言う。
極め付きが、私も望めば契約できると、アコルの妖精に言われてしまった。
そこからアコルによる、妖精についての講義が始まった。
魔法省や我々が考えていた妖精に関する常識は、全くの的外れであり、妖精を使役して魔獣を倒すと考えていた自分が恥ずかしくなった。
最大の驚きが、光適性さえあれば妖精と契約することが可能であることだった。
適性があるだけでは妖精と出会うことは出来ないけど、意識して訓練したり呼びかけることで、妖精が認めてくれれば、妖精はアクションを起こしてくれるらしい。
王族は必ず光適性を持って生まれる。
でも、それは王族や高位貴族だけの特権ではなく、平民だって適性を持っているが、魔力量が少ないと妖精と契約が出来ないだけで、魔力量を増やせれば平民だって契約できるそうだ。
アコルの思考の原点は、魔獣の大氾濫に打ち勝つという目標から始まっていた。
そのためには何をすべきか、今何ができるかを考えて行動する。それを実現していかねば、この国は滅びるとアコルは言った。
アコルは冒険者として、変異種やアースドラゴンと戦ったことがあるそうで、今の軍ではただの上位種さえも倒せないだろうと断言した。
「何故倒せないのか、……それは、倒し方を知らないからであり、教える者がいないからで、兵士が悪いわけではありません。
もしも明日、この高学院がドラゴンに襲撃されたら、半数の学生はドラゴンの餌となり、建物の大部分が壊滅状態になるでしょう。
ドラゴンは高い建物に着地し、餌である人間を食べるために邪魔な建物を破壊します。それは、今回の襲撃現場を見れば分かることです」
アコルの話を聞いた私は恐怖したが、実際に被災地に行ったモーマットとトーマス王子は、同意するように頷いていた。
一国の大臣であり王族である私が、王宮の中だけ見ていた時、アコルはこの国の民の命を守ることを考えていた。
……この子供は、いったい何者なのだろう?
「アコル、君はいったい何者だ?」と、気付いたら言葉が出てしまっていた。
「先日トーマス王子にも同じことを訊かれました。私の答えは伝えてありますので、トーマス王子から聞いてください。
今夜はもう遅いので、申し訳ありませんが下がらせてください」
「ああ、今日もずっと被災者のために働いていたんだ。疲れているだろう。闇討ちもされたし、気を付けて部屋に戻りなさい」
モーマットは学院長らしくアコルを気遣い、下がってもいいと許可した。
アコルが部屋を去ってから、本当の意味での私の長い夜が始まった。
当然だが、話の中心はアコルはいったい何者なのかということだった。
「アコルが妖精使いということは、モーマットが言っていた学生はアコルだったんだな?」
「はい、ナスタチウム兄上。アコルは捨て子だったそうです。アコルが言うように、平民でも妖精と契約はできるのでしょうが、100を超える魔力量は、平民ではあり得ません」
「は、はあ? 13歳のアコルの魔力量は、100を超えているのか!」
そんなこと信じられない。どれだけ努力して魔獣を倒したら、13歳で100を超えるというんだ?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は、3月1日(月)の予定です。




