63 闇討ち(2)
ドアの向こう側から聞こえる声は二人。建物の外に四人。そして少し離れた場所に居る見学者はイスデンかな。
エクレアが側に居ると気配察知ができるから、大体の場所は特定できた。
「今夜は闇夜。もしかして闇討ちですか? 平民の商学部の1年生を演習場で半殺しにするなんて、もしも学院長に知られたら停学処分になったりしませんか?」
「はあ? お前はバカか。領主の子息が罰せられる訳がない。お前が死んでも俺たちが事故だと言えば、事故として処分される。それが身分というものだ!」
「さっさと出てこい! 俺たちは新国王の側近となる者だ!
領主や王族に逆らって勝てるとでも思っているのか! その生意気な口を塞ぐことこそ正義なのだ!」
ドアノブをガチャガチャと乱暴に回そうとするけど、それ以上強引に開けようとするのは危険なんだけどな・・・
「うわッ! 今何かバチッってきたぞ」
「ああ、このドアにはマキアート教授の魔法陣が描かれていますよ。
商学部の私では解除できませんから気を付けてください。
もしかしたら泥棒避けかもしれません。命の保証は・・・どうなんでしょうか。
今私は、大切なお茶の時間で手が離せないんです。
なので、闇討ちじゃなくて、正々堂々と昼間勝負を挑んでいただけませんか?
平民で商学部の1年生を相手に、昼間だと勝てない訳ではありませんよね」
俺はドアの前に椅子を移動して、座ってショウガ茶の入ったカップを優雅に持ち、冷めないうちに飲みながら話す。
いや、このお茶結構高いんだよ。
学院長がは~っと深く息を吐いて、頭を抱えているけど気にしない。
「はあ? マキアート教授の魔法陣だと?」
「昼間だと勝てないだと! 俺たちは魔法部だ。平民のDランク冒険者風情に負けるはずがないだろう!」
どうやら頭があまり良くない人たちのようだな。ちょっと楽しくなってきた。
「ええ、ここは魔法陣研究の第一人者と言われているマキアート教授が管理する建物です。当然覚悟して来られたんでしょう?
でも、優秀な魔法部の学生なら解除するのも簡単かもしれませんね」
「「 ・・・ 」」
「そうそう、先程領主の子息が罰せられる訳がないと仰ってましたが、それって、貴族部3年、デミル公爵家のご子息イスデン先輩のことですよね?
この国の領主一族って、いえ、上位貴族なら何をしても罪にもならないんですね。
分かりました。闇討ちに応じましょう。この扉は、真実の名を名乗ると開きますので、扉が開いたら出ていきます」
俺はお茶をゆっくりと飲みながら、でたらめな名前と学年をドアに向かって叫ぶ声を聞く。
一人が正直に名乗ったところで、カップをテーブルに置いて椅子を元の位置に戻し、ドアを開けた時に視界から外れていただくため、学院長とレイム公爵には壁際に移動してもらう。
えらく心配そうに俺を見る学院長には、安心していただくため微笑んでおく。
俺は学院長と一緒に付いてきていた妖精のオペラに、「俺が部屋から出たら姿を現して、少し経ってから建物の陰で様子を見るように言ってね」と妖精の言葉でお願いし、オペラが望むなら、学院長を助けるために契約して欲しいと付け加えた。
「お待たせしました。貴族部1年、147点のレコモンドさんと、魔法部1年のパレモンさん。魔法を使うなら演習場の方がいいでしょう?」と言いながらドアを開け、俺はにっこりと黒く微笑んだ。
研究室の外に出ると、4人の学生が出迎えてくれた。
「平民の学生を殺すのに、6人も必要ですか?」って俺は首を傾げて問う。
「フン、安心しろ、殺したりしない。骨の2・3本でも折れたらお前も反省するだろう。高学院は平民の来る場所じゃないんだ」
「その声は、貴族部2年のポーランさんですね。私は何を反省するんでしょう?」
「はあ? その生意気な態度だよ! 平民ごときが偉そうな口を利くな!」
気の短いポーランは、魔法攻撃ではなく平手で俺を殴ろうとして髪の毛をかすった。
たぶん、頬を殴りたかったんだろうけど、闇夜に加えて俺は背が低い。
「チッ」と舌打ちして、「連れて行け」と周りの学生に命令する。
「夜の演習場は危険ですよ。ケガをしてもいいんですか?」と俺は念のために訊いておく。後々のことを考え言質を取ることは大事だからな。
「はあ? こいつバカだろう。俺たちがケガをするわけがない」と大声で言いながら、誰かの手が俺の腕を掴もうとしたところで、俺は逃げるように演習場の奥に向かって走っていく。
「追え! 直ぐに攻撃だ! 足音に向かって風と水魔法を放て!」
闇討ちのリーダーらしきポーランの命令に従い、残りのメンバー5人が一斉に魔法を放つ。
メンバーの中にまあまあ水魔法が得意な学生が居たようで、勢い良く水が放出されるけど、こう暗くちゃ当たらないよね。
素手の戦いか剣での戦いなら闇夜は有利だけど、魔法攻撃ってどうなんだろう?って、演習場の奥にある大きな木の中段の枝の上に立って考える。
せっかくだから、「止めろ―!」とか「卑怯者!」とか叫んでみる。
「奥の方に逃げたぞ!早くとどめを刺せ!」とポーランの声が響く。
「止めろ、危ない、ケガをしても知らないぞー」と、俺は再度大声で注意する。
暗闇の中、滅茶苦茶に攻撃していた学生の誰かが「ワーッ、助けてくれ」と叫んだのを皮切りに、次々に「ギャー!」とか「溺れる!」とか「痛い!」と声を上げた始めた。
「な、なんだ、どうしたお前ら、アコルをヤったのかー? おい、返事をしろ!」
いろいろな声が上がるので、どの声が誰の声か分からなくなったポーランは、焦ったように叫んで確認しようとする。
「どうだ、決着はついたか?」と、離れた場所に待機していたイスデンがやって来た。
「あっ、イスデン様、それが、暗くてよく分かりません」とポーランが言った直後、大きなファイヤーボールが空に打ちあがり、演習場を明るく照らした。
「何を騒いでいる! 許可もなく夜間の演習場を使っているのは誰だ!」
学院長が腹の底から出したと思われる大声で怒鳴った。
学院長の大声を聞いて振り返ったポーランは顔面蒼白になり、領主の子息であるイスデンは、学院長の隣でファイヤーボールを操作している男を見て凍り付いた。
「これは何事だイスデン? あの叫び声は何だ!」
「・・・・」
学院長の問いに、イスデンは何も答えられない。
レイム公爵は大きなファイヤーボールを次第に小さくしながら、叫び声がする方へと移動していく。
ファイヤーボールに照らされて見えたのは、落とし穴に落ちていた5人の学生の無様な姿だった。
水魔法を派手に使ったので、一部の落とし穴の中には水が溜まっていた。
膝までの深さもないのに、溺れるー!と叫んでいた魔法部1年のヨルカイは、無駄にあがいて手や足をケガしていた。
顔から落ちた魔法部1年のパレモンは、顔中傷だらけになり鼻血を流していた。
貴族部だけど参戦していたレコモンドとテッテルは、しっかり?骨折していた。
応援要員として参加していたらしい、水魔法を使っていた魔法部2年の学生は、大きなケガはしていなかったが、ずぶ濡れになりブルブルと震えていた。
俺はレイム公爵がファイヤーボールを打ち上げる寸前、木から飛び降りるついでに演習場の柵を飛び越え、こっそりと研究室の裏へと移動していた。
「だから夜の演習場は危険だって注意したのに」と、混乱と恐怖で身動きできないイスデンとポーランの背後から、俺は涼しい顔をして声を掛けた。
「貴様、何故ここに居る?」
「さあ? 私がここに居るのがおかしいですかイスデン先輩?
確かポーラン先輩は、私を殺す……じゃなかった、殺さない程度に骨を折るとかなんとか……違いましたっけ?」
「う、噓だ! わ、私は、後輩の魔法訓練を監督していただけだ。平民ごときが噓をつくな!」
「見苦しい! そこの二人はケガ人を救護室に運べ!
学院の規則を破り勝手な行いをした罰は、貴族部と魔法部の学部長と学院長が協議して決定する。
レイム公爵である私が目撃した以上、言い逃れは許されない!」
落とし穴から這い出ていた者も、まだ這い出れていなかった者も、ファイヤーボールを使う男性が誰だか知らなかったポーランも、レイム公爵の名を聞いて愕然とし、自分の高学院生活が終わったと肩を落とした。
用件は済んだから、俺は自分の部屋に戻ろうとして、学院長にがしりと腕を掴まれ、ランプを持ってくるよう指示を受けた。
仕方がないので研究室のランプを二つ持って来て、ポーランとイスデンに手渡す直前で灯りを点け、明るくなったところでにっこりと笑ってみせた。
二人は期待を裏切らず睨んできたので、俺も軽く威圧しながら睨み返しておいた。
俺の威圧を受けた二人は「ひぃ~っ!」と腰を抜かしそうになった。これでもう、俺にちょっかいは出さないだろう。出さなかったらいいな。
で、俺は何故か学院長の執務室で、またお茶を淹れていた。
今度はトーマス王子も一緒なので、普通の陶器のカップに早く話が終わることを願い、安眠を誘うハーブティーを注いでいる。
今夜も貴重な読書時間が減ってしまった・・・
「どうして私は王族の皆様とご一緒しているのでしょうか?」
「いいから座れアコル。やっぱり私が心配した通りの結末になった。お前は手加減というものを知らんのか!」
激おこされる俺を見て、何があったのか知らないトーマス王子に、学院長はレイム公爵と俺の部屋を訪れたところから説明を始めた。
……ああ、帰りたい。レイム公爵の視線は相変わらずだし・・・
「闇討ちを仕掛けられた? イスデンの奴、何かするとは思っていましたが、まさかアコルに? なんて恐れ知らずのバカなんだ」
「恐れ知らずとはどういうことだトーマス?」
「いや、だって、アコルは冒険者ギルドからブラックカードを持たされているんですよ。命知らずもいいとこでしょう? レイム公爵」
「トーマス王子、誤解がないように申し上げますが、私は夕方穴を掘っていただけで、何も手を下していませんよ。恐ろしくて木の上に避難していたんですから」
俺は堂々と、アイツらのケガの原因は自分とは関係ないし、夜の演習場は危険だからケガをすると、親切に二回も注意したのにと説明した。
レイム公爵は困惑した様子で俺を見て、何かを思い出したのか直ぐに視線を学院長に向け直した。
「あっ!そう言えばモーマット、あの妖精はいったい何だ?」と、レイム公爵は学院長に質問した。
「私の友達です兄上」と嬉しそうに学院長が説明していると、可愛いオペラがその姿を現し、レイム公爵とトーマス王子に向かってお辞儀をした。
『僕はオペラ。これからモーマットと契約する音楽好きな妖精だよ』
オペラは五色の羽根をパタパタさせながら、学院長の前に着地した。
「えっ? オペラは私と契約してくれるのか?」
『うん、これあげる。赤い石は契約のしるしだよモーマット』
「あ、ありがとう! ずっとずっと一緒に居ようオペラ!」
学院長は満面の笑顔でオペラと約束をする。オペラも嬉しそうで良かった。
「ああー、私も早く妖精と契約したい。でも、俺の課題は難しい。なあアコル、困った人を助けたり、飢えた人を助けたりって、もっともっと必要かな?」
「当然です。王になる者に与えられる課題が簡単なはずがありません。
魔獣の大氾濫で変異種と戦うためには、妖精の協力が絶対に必要です。魔力量も増やしてください」
相変わらず辛口で厳しいなあとトーマス王子は俺に文句を言うけど、オペラにデレデレな学院長の姿を見て、頑張るしかないかと決意を新たにする。
「いったいどうなっているんだ? トーマスまで妖精と契約できるのか?」
『ええ、そうですわレイム公爵。
はじめまして。あたしはアコルの契約妖精でエクレアといいます。もちろん貴方も、レイム公爵も本気で望めば妖精と契約できるわ』
突然現れた可愛いエクレアを見たレイム公爵は、息を止めてエクレアを凝視し、苦しくなったのか息を吐きだして、「信じられない」と呟き啞然とする。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は27日(土)の予定です。




