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6 アースドラゴン

 あれは、あの禍々しいヤツは変異種だ。

 俺の父さんを殺したタイガーの変異種も、全身が銀色をしていた。


 あの時の恐怖を思い出し、一瞬足が竦む。

 でも、目の前の状況は一時の猶予もなかった。


 腹に剣が刺さった全長3メートルのアースドラゴンが、大きな口を開けて冒険者に襲い掛かろうとしている。あの刺さった剣は、先程退避していった冒険者の物だろう。


 しかし、問題はそっちじゃない。赤髪の大男が絶体絶命なのは、全長8メートル、高さ2メートルを越える変異種の方にも意識を向けなければならないからだ。


 考えるより早く、俺は銀色に輝く変異種に向かってエアーカッターを放った。

 きっと俺のエアーカッターでは役に立たないだろうと思ったが、変異種の意識をこちらに向けなければ、あの冒険者の命はない。


 俺は茂みの中から飛び出すと、次にファイヤーボールを変異種に向かって放つ。

 ひょいと余裕でかわされたが、変異種はその巨体を完全に俺の方へと向けた。


「何をしている! 早く逃げろー!」と、赤髪の大男が叫んだが、ここで逃げたら間違いなく殺さ(ヤら)れる。


『強い魔獣(ヤツ)は無駄に動かない。敵が強いと見れば出方を窺い、弱過ぎれば相手にもしない。怖気付いたらそこで終わりだ』


 父さんの言葉が頭を過り、俺は変異種を睨みながら動きを止め、魔力を限界まで右手に溜めていく。

 そして頭の中で【上級魔法と覇王の遺言】の本のページを高速でめくっていく。


 ……ドラゴンブレスファイヤーは、きっと効かない。

 ……ファイヤートルネードは……やったことない。

 ……どれか、何かないのか? 俺に使える魔術は!


 ……ん? 雷撃・・・あれ? 雷撃って……


 するとあの日、俺が記憶を失っていた部分の、父さんが懸命にタイガーの変異種と戦っていた光景が甦ってきた。

 憎き銀色の悪魔は父さんの左腕に咬み付き、父さんは悪魔の肩に剣を突き刺した。


「ダメだ父さん、逃げてー!」と俺は声を振り絞る。

 銀色の悪魔は父さんの腕を食いちぎると、剣を肩に突き刺したまま笑った。


 そう、あの悪魔(変異種)は笑ったんだ。


「逃げ……ろ……アコル」と呟き、父さんはドサリと倒れ、辺りに居た村の人は誰も生きていなかった。


「天と地を、結ぶ光は怒りの刃、誓約の魔力()を捧げし我に力を! 雷撃」


 眼前に広がる血の海を見て、怒りの感情とともに溢れてきた、あの時の言葉が勝手に口から飛び出し、俺は右手を高く空に向かって伸ばし魔力を放った。


 目の前に意識を戻すと、アースドラゴンの変異種がニヤリと笑って巨体を揺らしながら、勝ちを確信したように猛ダッシュして向かってこようとしていた。

 そして大きく口を開けた瞬間、目を開けていられない程の眩しい光が辺りに拡がり、ドーン、バリバリと、大きな音がして地面が揺れた。


 一瞬、銀色の悪魔とアースドラゴンの変異種の姿が重なって見えた。


 ……ああ、あの時の雷撃は、俺が放ったんだ。


 軽いめまいがして、俺はその場にしゃがみ込んだ。

 意識が朦朧としてきて瞼が急に重くなる。・・・魔力切れだ。





 目覚めると、そこは知らない部屋の長椅子の上だった。


「起きたか坊主。ここは冒険者ギルドの二階だ。先ずは助けてくれた礼を言う。私は王都ダージリン支部のサブギルドマスターでダルトンという」


赤髪の大男が、ニカッと笑顔で俺に礼を言った。


 なんと、赤髪のおじさんはサブギルマスだった。どんな命知らずの冒険者だよって思ってたけど、サブギルマスなら調査目的で来たんだろう。


「いえ、俺の方こそご迷惑をお掛けしたようで・・・」


「フッ、子供の坊主を背負って山を下りるくらい軽いもんだ」


「あっ! アイツ、銀色の悪魔……じゃなかった、変異種のヤツはどうなったんですか?」


 そういえば、雷撃を放った後のことが分からない。アイツは倒せたんだろうか? もう1頭の方はどうなったんだろう?


「ああ、あれには心臓が縮み上がったぞ。

 目の前のアースドラゴンの眉間に剣を突き刺し、坊主を助けようと走り出した瞬間、これまで見たこともない光の槍のようなものが天から降ってきて、鼓膜が破れるかと思う程の爆音が轟いたと同時に地面が揺れた。


 それが(いかずち)だということは視界が開けて分かったが、間違いなく変異種を直撃し、体の半分を黒焦げにした。

 往生際悪く尻尾だけは動いていたが、5分もしない内に動きを止めたさ」


「じゃあ、俺はアイツを倒せた?」


 信じられない。俺は本当にアイツをヤったのか? 父さんを殺した銀色の悪魔の時は、ちゃんと殺せなかったはずだ。


「ああ、間違いない。たった一撃、たった一撃で変異種を倒した。・・・なあ坊主、お前さん、何者(なにもん)だ?」


 サブギルマスは真剣な表情で……いや違う、何かを疑るような探るような視線を俺に向け、威圧感のある声で質問した。


「俺は商団で商人見習いをしています。いちおう冒険者登録もしていますが、Fランクの新人でアコルといいます」


 俺は首にぶら下げていた冒険者カードを取り出し、にっこりと笑って手渡した。

 商人は噓をつくと信用を失くす。そして、愛想良くしなくちゃいけない。


「はあ? Fランク冒険者だと!」と怒鳴るようにして俺の手から冒険者カードを奪うと、信じられないものでも見たような表情で固まった。


「王都支部で登録してるな……坊主……じゃないアコル、魔力検査の数値は? 攻撃魔法テストはどうしたんだ?」


 サブギルマスは、何故かプルプルと手を震わせながら凍るような声で聴く。


「ええっと、登録用紙に記入してたら、ボアウルフの変異種が出たとかで大勢の人が受付に来て、受付のお姉さんが変わって、今日は忙しいから攻撃魔法テストが出来ないから、明日来てテストを受けるように言われたんだ。


 でも俺は商団で働いてるから無理だと言ったら、Fランクだったら直ぐに登録できるって。

 思案してたら、龍山にアースドラゴンが出たって騒ぐⅮランクの冒険者5人が絡んできたから、もうFランクでいいかなって。

 何故か魔力検査は受けれなかった……いや、忘れられたのかな?」


 俺は腕を組んで思い出しながら顔を上に向け、あの日のことを正直に話す。

 ちょっと愚痴っぽくなったのは仕方ないよな。


「なんだと! 魔力検査を受けてない? 攻撃魔法テストをしなかっただと!」


 何か怒りのスイッチが入ったみたいで、ドン!!って大きな音を立ててテーブルを叩いたサブギルマスは、濃いブルーの瞳をこれでもかと見開いて怒りを滲ませた。


 ……しまった! やっぱり魔力検査を受けなきゃいけなかったんだ。


 これは怒られるパターンだと思った俺は「検査を受けなくてすみませんでした」と直ぐに謝った。


「いやアコル、お前が謝る必要はない。これはギルドの落ち度だ。クソっ、取り返しのつかないミスしやがって! Fランク……ああ、なんてことだ」


 この世の終わりかって感じの声で叫んで、頭を抱えたままサブギルマスのダルトンさんはドカリと椅子に腰を下ろした。

 そしてブツブツと暫く何かを呟き、「アーッ!」って叫んで立ち上がった。


「ア、アコル、お前、Ⅾランクの5人を馬留めでボコボコにしただろう!」


 思い出した!あの時の子供だって言いながら、俺の顔をしげしげと見て、フーッっと特大の溜息を吐いた。


「えっ、それじゃあ、あの時の馬車はダルトンさんだったんですか? ちょっと、10歳にもなってない子供が襲われてたのに、なんで助けてくれなかったんですか!」


 俺はあの日のことを思い出し、腕組みしてプンプン怒る。


「いや、助けなんか必要なかっただろうが」


 またまた溜息を吐きながら、呆れた顔をして俺を見る。解せぬ!何でだ。




 そんなこんなの話をしていたら、グ~ッと盛大に俺のお腹が鳴った。

 今、何時だろう?って改めて窓の外に目を遣ると、すっかり暗くなっていた。


 俺が歩けるまで回復したと確認したダルトンさんは、俺を連れてギルドの隣に在る宿屋でご飯をご馳走してくれることになった。

 時刻は午後9時。食堂では酒を飲んですっかり出来上がった冒険者たちが、陽気にワイワイやっていた。


 話題の中心はアースドラゴンのことで、やっぱり変異種も居たんだと騒いでいる。

 そしてダルトンさんに気付くと、皆がヒーローを見るようなキラキラした目でダルトンさんを見て、感謝の言葉を掛ける。流石はサブギルマスだ!と褒めている。


 当のダルトンさんはバツの悪そうな顔をして「他にも協力者が居たんだ、俺一人で倒したんじゃない!」って何度も説明してたよ。


 ……うん、10歳の俺が倒したって言っても、誰も信じないよな。


 ギルドの部屋を出る時、ダルトンさんからアースドラゴンの変異種を倒した人物のことは、極秘情報扱いにしてあると説明された。

 ダルトンさんに背負われてギルドに運び込まれた俺のことは、下山途中で救助した新人冒険者だということになっているらしい。


 確かに間違ってない。魔力切れで倒れた新人冒険者だから。

 俺も、絶対に目立ちたくないから、自分が倒したことは秘密にして欲しいと頼んでおいた。

 

「ところでアコル、なんで龍山に来たんだ?」


「はい、マジックバッグの素材を獲りにきたんです」


「ああ、あれは魔獣の皮じゃなきゃダメだったな。でも、素材を用意できたとしても、魔術師に頼むのは大金が必要だろう?」


 ……ん? 普通は魔術師に頼んで作って貰うのか?


「えっと、まあ、そのうちお金が貯まったら・・・」


 ああ危ない危ない。つい自分で作るって言いそうになった。

 栄養満点だとおかみさんが言っていたシチューは、肉も野菜もいっぱい入っていて本当に美味しい。おかわりをしたけど奢りだから気にしないもん。


「明日こそは魔獣の素材をゲットしなくちゃ」


「いやいや、今日のアースドラゴンで充分だろう。変異種の素材は良く調べないと危険だからな」


 何言ってるんだお前……的な視線を向けられたが意味が分からない。


「でも、俺はアースドラゴンを倒してないし、変異種だって回収してないから」


「はあ? 俺と一緒に倒したんだから、当然アースドラゴンの素材も分けるに決まっているだろう。変異種の方は値段が付けられないから、ちょっと本部で預からしてくれ」


「えっ? 俺も分けて貰えるんですか? 本当に?」


 そこから冒険者についての講義が始まった。


 本来なら冒険者登録の時に1時間くらいの講義を受けて、パーティーの組み方とか、複数人で協力した場合の獲物の分け方とか、依頼料や報奨金についてとか、魔獣や毒草や危険地帯の説明を受けるらしい。


 途中で眠くなったので、続きは明日お願いしますと言って、そのまま宿屋に泊まる段取りをしてもらった。 宿代もダルトンさんの奢りだ。   

 顔は怖いけど好い人だ。感謝感謝。


 別れ際、明日はギルドで魔力検査と攻撃魔法テストをするから、絶対に来いとダルトンさんに念押しされた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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