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57 救済活動(3)

 俺はビッグボアーの子供に追われて逃げ惑う学生たちを見ながら、トーマス王子の手腕に期待することにした。


「魔法部の学生に命じる。学年対抗で魔獣を倒せ!

 自信のある者は単独での討伐を認める。冒険者ならEランクでも倒せる魔獣だ! 


 魔術師の一般資格を望むなら、このくらいの魔獣は簡単に倒せなければならない。それと、肉は住民の食料になるので、火魔法は避けるように!」


 トーマス王子の大声を聞いて、勇んで前に出たのは1年生のワイコリーム公爵子息のラリエス君とマギ公爵子息のエイト君だけだった。


 他の魔法部の学生は「もう魔力が……」とか「私は冒険者ではない」とか「何故学生の我々が」と、完全に逃げ腰か他人事を決め込んでいる。


 貴族部の男子学生は安全な場所に避難しており、特務部の学生は出払っていて、こういう事態に慣れている特務部の教授は誰も居なかった。


 ……まあ期待はしてなかったけど、ここまで腰抜けばかりだとは呆れる。


 皆が尻込みしていようが、魔獣は大人しく待ってくれるわけではない。

 見かねたワイコリーム公爵子息のラリエス君が、土魔法を発動して三頭のビッグボアーの子供を土壁で囲んで閉じ込める。


「オオーっ!」と声が上がり、さすが公爵家の子息だと学生たちは感心する。


「魔法部で魔力が余っている者は居ないのか!」と、トーマス王子は半分呆れながら学生に問うが、誰も積極的に立候補しようとしない。


「お待ちくださいトーマス王子(兄上)、皆、自分の役割を果たし疲れています。

 魔獣の討伐は自警団の仕事。全く魔力も使っていない学生が10人もいます。勝手に役割分担を変えるのは感心しません。


 リーダーのイスデン先輩は、ドラゴンが襲撃してきたら自分たちが倒すと豪語していました。彼等の見せ場を奪ってはなりません」


にっこりといい笑顔のルフナ王子が、皆に聞かせることが目的のようにトーマス王子の前に出て、走って逃げてきた自警団の10人を指差して意見する。


 ……うわー、ルフナ王子、容赦ないなぁ。あれだけ執行部の邪魔をしてくれたから、この反撃の機会を逃す気はないんだな。


「それもそうだな。すでにラリエス君が捕らえてくれている。

 イスデン君、領主の子息として皆の手本となる行いを期待している。


 他のメンバーも貴族として務めを果たしてくれ。討伐後は特務部の教授の指導を受けて、血抜きをしておいてくれ。まあ、帰る時間まで2時間あるから問題なかろう」

 

トーマス王子はそう言うと、できる出来ないを確認することもなく、現場に背を向け歩き出した。

 逃げてきた自警団のメンバーは、まだ息も整ってはいなかったが、既に決定事項のように言われて青い顔をしている。


 他の学生たちは自分の役割を果たしていたので、トーマス王子の決定に対し誰も異議を唱えず、むしろ遊んでいたと分かっている10人に向かって、ざまあみろって顔をして自分の持ち場に戻っていく。




 魔獣騒動が一先ず落ち着いたところで、希少な薬草のことは告げず、俺は採取してきた薬草の中で、誰でも容易に使える打撲用の薬草を提出し、手が回らない湿布作りを手伝うことになった。


 予想以上のケガ人の数に薬作りが全く間に合っていないため、患者は溜まる一方で救護所は混乱していた。


 医師も同じように対応できておらず、教授は重症患者の応急手当で精一杯、医学生はケガの具合は診察できるけど、簡単な縫合手術くらいしか出来ず、治療に必要な塗り薬は使い果たしていた。


「トーマス王子、現場が混乱するので、軽いケガと診断された者は家に帰しましょう。

 このままでは、医師も薬師も倒れてしまいます。どのみち薬が不足しているので、これ以上患者を期待させて待たせるのはよくありません」


 本来なら医師コースと薬師コースの教授が提案すべきことだと思うが、ここに居る者は誰もこういう状況に慣れておらず、引き時や止め時を判断できずにいた。


 しかも、この現場には王子が三人も居る。ある意味、王族の指示で動いているので、自分から無理だ出来ないと申し上げるのは躊躇することなのだろう。


「そうだな。しかし、このままにして引き上げる訳にもいかないだろう?」


「出来ればベテランの医師を一人と薬師を一人、助手として医師コースと薬師コースの学生を数人残すべきでしょう。私も残って手伝います。


 代表者としてリーマス王子を残してください。妖精に関する話があります。

 学生たちが馬車で引き揚げたら、私が土魔法で簡単な休憩所を作ります。


 魔獣に対応できるよう、Aランク冒険者には残って貰って、森の調査と魔獣の討伐をしてもらいましょう。

 それから、大事なお願いがあります。商業ギルドのサブギルマスは残してください。


 森で討伐したアナコンダとビッグボアーの成獣の買い取り、これから作るポーションの鑑定と買い取りをしてもらいます」


「はっ? 今、アナコンダと言ったか? これからポーションを作る?」


真面目に俺の話を聞いてくれていたトーマス王子は、急に眉を寄せ、聞き間違いかって顔をして俺を見る。


「はい、学生に見られてはいろいろ不味いので、トーマス王子が信用できる者だけを残してください。私にも都合がありますので」


俺はいつものように、有無を言わせない笑顔でお願いする。


「ハーッ、学院長が、アコルは魔王かもしれないと冗談で言っていたが、王族を顎で使う新入生の13歳、しかも自称平民なのに、何故か逆らえない。

 突っ込みたいけど正論過ぎて反論もできない。アコル・・・君は本当に何者なんだ?」


トーマス王子は少し睨むような視線を向け、腹が立つけど叱ったり罰したりできない異質な子供である俺を、どう扱ったらいいのか分からないのだろう。


 俺はきっと子供らしくない子供で、平民らしくもなく、王族や権力者に媚びへつらうこともしない。貴族の常識では測れない得たいの知れない存在に違いない。


 ……まあ、平民の常識を持つ覇王だから、貴族の常識で理解するのは難しいかもな。


「フッ、その答えを、トーマス王子はきっとご存知ですよ。

 私を信じるか信じないか、それはトーマス王子の自由です。私が考えているのは、いつもどう戦うか、どう助けるかだけです。

 

 学院長が私を魔王のように感じたのだとしたら、私の望みが地位や権力を得ることではないからでしょう。魔王は既に王なのですから、それ以上を望まないでしょう?」


俺は魔王らしくニヤリと笑い、トーマス王子から視線を逸らした。そして目の前の湿布作りを再開していく。

 この場を纏めて指揮を執るのはトーマス王子の仕事だから、これ以上の口出しはしない。


 トーマス王子は医師や薬師と相談し、これ以上患者の治療を続けるのは無理だと結論を出し、今後のことを相談するため町の世話役たちと協議に入った。


 結局、薬が無くなったのでこれ以上は治療を続行できないことを理由に、本日は救護所を閉め、これから薬を作ったり王都で調達するので、治療の続きは明日も行われることになったと住民に発表された。


 これまで見捨てられたも同然だった住民たちは、がっかりした様子の者も見られたが、実際に薬を貰えてない状況を理解し、明日も救護所が開かれると分かり安堵した。


 世話役から、高学院の被害状況調査がほぼ終わったので、これより先は住民の移動制限が解除されると告げられ、住民たちから喜びの声が上がった。

 また、本格的な治療が必要な患者を、王都の病院に移送することや、治療を待てない者が、自分で王都の病院へ行くことも可能になった。




 時刻は午後4時、学生たちは帰り支度を始める。

 ただ、自警団の10人は、まだ土壁の外でうろうろしており、子供のビッグボアーを倒した気配がなかった。


 特務部の学生の中には冒険者ギルドの推薦で入学した者も数人居て、土壁の中を覗いて呆れ、代わりに討伐しようかと申し出たが、貴族部の教授からストップがかかった。

 なんでも、特務部に借りを作るわけにはいかないそうだ。


 しかし帰る時間は迫っており、真面目に働いた学生たちは疲れ果てていた。だから誰も彼も自警団と意味不明なプライドを振りかざす貴族部の教授に厳しい視線を向ける。


「ちょっと早くしてよ」とか「ドラゴンも倒せるんだろう」とか「貴族部の恥」とか「早く帰りたい」と、嘲笑や怒りの声が聞こえてくる。

 貴族部の教授も倒せないようで、困った顔をしているが特務部には頼まない。


 そんな、どうすんだよ状態に痺れを切らした学生が、すたすたと歩いて土壁の前に出てきて貴族部の教授に言った。


「もう、貴族部の女性はクタクタですのよ。特務部の学生や教授が討伐するのがお嫌なら、貴族部の学生が討伐すれば良いのでしょう?

 本当に情けないですわ! ラリエス様、お手数ですが土壁を一面だけ崩して頂けます?」


「いいですよ。ですが、貴族部の誰が討伐を?」


「もちろん、わたくしですわ。さあ、お早く。わたくしCランクの冒険者ですの」


疲れを滲ませ、怒りを隠さず、何もできずに困った顔をしている自警団の男たちを睨み付け、新聞部2年、執行部部員でもある貴族部のチェルシーさんは、ラリエス君が壁を一面倒した瞬間、ズバズバビシュッと氷魔法を放ち、あっさりと三頭同時にビッグボアーを倒してしまった。


 瞬殺である。


 全学生は無言のまま、ビッグボアーとチェルシーさんに視線が釘付けになった。

 そして「ワーッ!」という大歓声が上がり、特に貴族部の女性から「素敵ですわ」「さすが執行部ですわね」と熱い声援が飛んだ。


「お疲れ様ですチェルシーさん。素晴らしい攻撃でした。後の血抜きは同じ冒険者の私がやりましょう。私は居残り組ですから」


俺はパチパチと手を叩きながら歩み寄り、チェルシーさんに笑顔で声を掛ける。


「まあアコル君、わたくしもご一緒したいですわ。けれど、さすがに疲れました」


「それでは、夏休みに龍山で、魔獣の討伐をご一緒するのは如何でしょう?」


「素敵ですわ。私の家は冒険者ギルド龍山支部に近いので、ぜひ誘ってください」


「それなら私もお供させてください。私も今年、Cランクで冒険者登録しましたから」


なんだか嬉しそうな顔をして、ラリエス君も参加表明してきた。

 貴族や魔術師が格下扱いする冒険者であることを、隠そうともしない二人に、俺の好感度はぐっと上がった。


 B級魔術師の一般資格を取得するには、今年から冒険者登録が必要になる。この二人が公言したことで、冒険者登録に抵抗が無くなるかもしれない。


 ……ラリエス君って冒険者登録したんだ。昔と変わらず努力家だな。


 俺とチェルシーさんとラリエス君は、自警団の連中を完全無視していた。イスデンが恨みを込めた憎々しい顔で俺を睨んでいるけど、わざと煽っているから問題なし。

 ああ、早く貴族部の男子学生が、俺に喧嘩を売ってこないかなあ・・・


「自警団の皆さん、見張りご苦労様でした」


俺はにっこりと笑って、よく聞こえるように嫌味を言っておいた。

 学院に戻ったら、きっと何か仕掛けてくるだろう。ちょっと楽しみになってきた。




 いろいろあった救済活動は、まだまだ充分とは言えず課題を多く残したまま、一部の人員を残して学生も教師も学校に戻っていった。明日の講義は休みだから、ゆっくりと休んで欲しい。お疲れ様でした。


 僅か一日でできることには限界がある。来ないより良かったし、学生たちも住民に感謝されたことにより頑張れた。得難い経験になったことは間違いないが、人もお金も物資も時間も足りなかった。


 軍や警備隊の初動の対応がグダグダで、住民を救済しなかったことにより、被害が大きくなったのは間違いない。それは国や王の責任であり、()()自分がどうこう出来ることでもない。


 それでも、町から出ることを禁じた国防大臣の命令は破棄できた。これで町の住民の移動が自由になり、物資不足はいくらかましになるだろう。


 学生たちに続いて、町の荷馬車に乗って数人の住民が王都に向かって出ていった。


 たった一杯のスープだったけど、住民たちの顔には安堵の色が浮かんでいて、残ったスープは妊婦や子供を中心に夕方からまた振る舞われることになった。

 今度は学生ではなく、町の住民が協力し合って頑張ってくれる。


 先程チェルシーさんが倒したビッグボアーの子供三頭は、血抜きも解体も住民がやると申し出があったので全てをお任せし、困っている住民を優先して分配するようお願いした。


 救済に来ている自分達が気を使わせる訳にはいかないので、居残り組の食事は、俺のマジックバックに収納されているパンや、これから解体するアナコンダかビッグボアーの肉を振る舞う予定である。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークや応援ポイントありがとうございます。とても励みになっています。

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