56 救済活動(2)
レブラクトの町に到着して1時間、ようやく班ごとに分かれて作業が開始された。
特務部の学生は、土魔法を使える者がカマドを作り始め、他の学生は道を塞いでいた瓦礫を撤去していく。
貴族部の女学生は、炊き出しの手伝いと、医学コースと薬師コースの学生と一緒に、救護所を開設していく。
魔法部の学生は、魔力量と使える魔法陣や魔法によって仕事内容を分け、建物の修復作業や地下室を造り始める。
商学部の学生は、全員で支援物資を仕分けし、仕分けが終われば支援物資を分配したり、足りないものを聞いて記録していく。
足りない物資は、同行してきた商業ギルドや商団が、後日商隊を組んでレブラクトの町で市を開く。
頭の痛かった貴族部の男子学生は、当初の予定を変更し、トーマス王子と一緒に被害状況を調査する班と、ケガ人や病人を搬送する救護班と、デミル公爵子息イスデン率いる自警団の三つに分かれた。
念のため、自警団が問題を起こさないよう、彼等のお守りにAランク冒険者【宵闇の狼】の4人が付いてくれる。
俺は午前中のみ、トーマス王子率いる被害状況を調査する班と、町の世話役補佐と一緒に被害の酷かった町の西側に向かった。
世話役補佐の二人は、話し易い俺に話し掛けてくるので、目立つ気もないけどトーマス王子の隣ポジションを独占した形になり、背中にビシバシと貴族部男子学生たちからの殺気と嫉妬の籠った視線が突き刺さった。
昼前に、休憩と昼食をとるため学生たちは集会所近くの公園に集まり始めた。
貴族部の女学生は、炊き出しと救護所の仕事が忙しく、交代で休憩している。
俺は急いでサンドイッチを食べ、救護所の様子を見に行くことにした。
「アコル君、これは……一日では無理だわ。医療班だけでも残した方がいいと思うの」
貴族部女学生のリーダーをしているノエル様が、想像以上に多いケガ人を見て小声で話し掛けてきた。
「アコル、薬草が足りない。治療が遅れて傷口が化膿し始めている患者が多い」
既に疲れた顔をしているリーマス王子も、俺の姿を見つけると小声で話し掛けてきた。
「う~ん、確かにこの状況では、あと二日は交代で医療班が滞在すべきでしょうね。
でも、治療には薬草が必要だから、半分は王都に戻って薬草を集めなければなりません。
学院長に王宮からお金をもぎ取って来て貰いましょう。
私は午後から近くにある小さな森で薬草採取してきます」
「アコルは薬草採取できるのかい?」
「はいリーマス王子、私の母は薬師で、王都に出てくる前は田舎で薬草栽培もしていましたし、私が3年間冒険者として稼いだお金の半分は薬草採取です」
「あら、アコル君は冒険者をしていたの?」
「はいノエル様、私は入学時Dランク冒険者でした。将来の夢は薬を扱う大商人なので、薬草採取は得意分野ですよ」
俺はにっこりと微笑んで、薬草採取に出かけることをトーマス王子に伝えておいて欲しいと、ノエル様とリーマス王子に頼んで森に向かった。
一人で森に向かう道中、自称自警団の皆さんが一定の距離を保ちながら付いてくる。俺はハ~ッと溜息を吐きながら、薬草採取を邪魔されたくないので撒くことにした。
残念だけど、高学院で剣の訓練をしているくらいの鍛え方では、身体強化を使った俊足についてこれるはずもなく、森の北側に到着する頃には姿が見えなくなっていた。
必要なのは傷薬や熱冷ましになる薬草と化膿止めになる薬草だけど、化膿止めの薬草は、この辺りに生息していると聞いたことはない。
マジックバッグの中には、龍山で採取した希少な化膿止めになる薬草が入ってる。
しかし高価な上、必要量が圧倒的に足りない。
効果を薄めてポーションにすれば、20人くらいの化膿を止められるかもしれない。ただ、ポーションを作るには他の薬草も必要になる。
エクレアを呼び出し、欲しい薬草が生息していることを祈りながら森に入ると、図鑑でしか見たことがなかった解熱効果のある薬草が自生していた。
見た目が毒々しい赤と黒の斑なので薬草とは気付かれ難いのだろう。
さあ採取しようかと足を踏み出そうとして、俺とエクレアは直ぐに危険を感じ取った。
その薬草の周りに、どういう訳か3メートル以上もある人喰いアナコンダが居た。
水辺でもない場所に居るようなヤツじゃないのに何故?と首を捻ってしまう。
これも魔獣の大氾濫が近付いた影響だろうか? こんなヤツが町に向かったら、無毒とはいえ子供なんて一飲みにされてしまう。
「討伐するしかないか」と呟き、右手に魔力を集中させる。接近戦なんて御免だから、エアーカッターでサクッと殺させてもらう。
何が起こったのかわからないまま倒されたであろうアナコンダは、卵を産んだばかりだったようで、10個程の大きな卵を発見した。数が多すぎる。
……例年より多くの卵を産む……もしかして、その現象が他の魔獣にも起こっていたら、それが魔獣の大氾濫に繋がると考えられないだろうか。
これは、冒険者ギルドに依頼を出して、この森で大掛かりな掃討作戦と調査をすべきかもしれない。こんなに王都に近い場所に危険な蛇が居るということは、餌になる小型魔獣まで居る可能性が高い。
アナコンダは小型魔獣を食べていると、1年足らずで毒を持つ魔獣に進化することがある。
そう考えた俺は、薬草採取はもちろんだが、魔獣が居るかどうかを確認することにして、予定した薬草採取地点より深い場所まで進むことにした。
「アコル、なんだかとても甘い香りがするわ」(エクレア)
「なんてことだ! あれはリレイズの花?……これは奇跡か?」
一時間くらい奥に進んだ場所に、絶滅したと言われていたリレイズという強い殺菌効果のある木が、池の中洲に凛と一本だけ立っていた。高さ3メートル、幹はさほど太くなく、垂れた無数の細い枝には純白の花が咲き誇っている。
図鑑に書いてあった通りリレイズの花の香りは強烈な甘さで、もしかしたらこの匂いが魔獣を惹き付けているのかもしれない。
確か花は三日間だけしか咲かないと書いてあった。だからこそ、一見何処にでもあるような形の葉を持つリレイズの木は発見するのが困難で、その希少性や高価な薬剤である故に、取り尽くされたと言われていた。
よく見ると、直径200メートルくらいの楕円形の池には、まるで池の主のような猛毒を吐く大亀の姿が……そして、体の粘液に毒を持つ50センチ級の毒カエルが多数居た。
リレイズの花は散ると小さな実がなる。その実は何故か人間には毒となり、魔獣にはこの上無い栄養になるのだと図鑑には補足がしてあった。なるほど、これでは誰もリレイズの木には近付けないな。
なんて危険な森なんだ!って驚いている場合じゃない。
ここは強めの電撃魔法で仮死状態にするしかないな。無詠唱で強めの電撃を放つと、大亀も毒カエルも、プカリと水面に浮かび上がり動かなくなった。
中洲までの距離は30メートル。泳ぐのも気持ち悪いから、土魔法で自分が歩けるくらいの道を作り、中洲まで歩いて無事に辿り着いた。
リレイズの木は、木の皮にも殺菌効果があり、葉には強い薬効がある。でも甘く香る白く小さな花は、最高級ポーションを作るのに最適な毒消作用を持ち、化膿止めにも使える奇跡の花だった。
希少な木を枯らさないギリギリの量を採取し、土魔法で作った道を元に戻して急いで町に戻ることにした。
帰りは同じ経路を通らないようにして、傷薬になる薬草を探しながら走る。
途中、大型の獣か魔獣らしき足跡を発見し、嫌な予感がした。足跡は数頭分あり、町の方に向かっていたのだ。
木の枝が折れている場所を確認すると、高さは2メートル弱くらい。
予想外の事態に焦るが、住民にケガ人が出なければ、学生たちには魔獣討伐のいい経験になるかもしれないと思い直し、落ち着くため深呼吸をする。
魔獣の足跡を追って町の南側まで戻ると、獣避けと思われる高さ3メートルくらいの石壁が町を囲んでいて、足跡は壁づたいに左右に分かれていた。
右側の足跡は一頭分で大きく、左に向かった足跡は三頭分で小さめだから子供だろう。
ここは大きい方を倒すべきだと考え、俺は右に向かって慎重に走り出した。
前方に見えてきたのはビッグボアーで、毛色がグレーだから魔獣だ。
普通のビッグボアーなら茶色か黒い毛色をしている。でも、こいつは毒持ちじゃないから食用になるし、この大きさの成獣なら魔石も期待できる。
出来るだけ肉を無駄にしないよう、後ろからエアーカッターで首を落とした。
えっ?後ろからエアーカッターは卑怯? 魔獣を倒すのに卑怯なんて言われることはない。むしろ、魔獣に気付かれず無駄な戦闘を避けて倒せることは、高ランクである証明にもなる。
町の中心にある集会所に戻る道中は、騒ぎが起こったような気配もなかったので、子供のビッグボアーは逃げたのか、まだ町の中に入っていないのだろう。
俺は胸を撫で下ろし救護所の様子を見に行く。
昼頃の光景と変わらないケガ人の数と、炊き出しの順番を待つ住民の列が続いていた。
炊き出しは老人や子供や女性を優先したので、ようやく大人の男性の順番が回ってきたようで、暖かい具だくさんスープを食べ、どの顔もほっかりと嬉しそうだ。
集会所の前には、被害状況の調査を終えたらしい貴族部の男子学生が集まって、報告用の纏め作業に入っていた。
商学部の学生は、支援物資を配り終え、商業ギルドや商団の人たちと、住民から要望のあった物資の纏めと、不足している食料の確認をしていた。
特務部の学生は、頑張って瓦礫の撤去作業を続けている。
魔法部の学生は、魔力量の問題もあるので、全員が休憩タイムに入っていた。
貴族部の女学生は、町に到着した時と違い、きびきびとケガ人や病人の世話をしている。
「皆さん、貴族家の正妻の座を望むのなら、このような時に怖気づいてしまっては失格ですわ。特に治める領地がある貴族家に嫁ぐなら、家臣や住民の指揮を執れるようでなければ務まりませんことよ」
リーダーのノエル様は、疲れて挫けそうになる女学生に活を入れている。
「時に優しく、時に凛々しく、そして貴族としての誇りを胸に使命を果たしましょう。私たちは今、とても得難い経験をしているのですわ」
美しい顔に血を付けたまま、エリザーテさんは皆を鼓舞する。
これが戦場であれば、どんな騎士も跪きたくなるだろう。
近くでケガ人を搬送している貴族部の男子学生は、経験したことのない重労働で疲れた顔をしていたが、涙を拭きながらエリザーテさんの話に頷いている。
ノエル様もエリザーテさんも、腕まくりをして先頭に立ち、貴族部の学生を励ましながら、上手く働かせている。これぞ貴族だと感心してしまう。
「お帰りアコル。薬草はあった?」
「はいリーマス王子、大変良い素材が採取できました。大丈夫ですか? お顔の色がよくないようですが?」
「はは、情けないよ。これは魔力不足だと思う。簡単なポーション作りくらいで、魔力が足らなくなるなんて思ってもいなかったよ」
魔力切れ手前のリーマス王子は、立っているのもやっとって感じだったから、これ以上無理しないよう休んでもらうことにする。
リーマス王子の代わりにポーション作りをしたいところだけど、学院の教授の前で、資格も持っていない俺が堂々とポーションを作るのはダメだろう。
ここはトーマス王子と要相談だな。ってことで辺りを見回すと、なんだかいい笑顔で俺を見ているトーマス王子と目が合った。
「お疲れ、森に入ったんだって?」
「はい、王都のすぐ近くだというのに、かなり状況は良くないです。直ぐに冒険者による討伐が必要なレベルでした。
ああ、たぶんビッグボアーの子供が三頭、町の中に迷い込むと思われます。学生が滞在している間に襲われたら、魔法部の学生に討伐させましょう。折角ですから学年対抗戦でお願いします」
医学部の教授と話をしていたトーマス王子のところまで行くと、疲れた顔をして話し掛けてきたので、伝えるべき情報を伝えておく。
「ビッグボアーの子供? それって危険じゃないのか?」
「いいえ、冒険者で言えばEランクくらいで倒せる魔獣です。食用になりますので、火魔法以外で倒させてください。倒したら住民の明日の食料になります」
少しでも食糧問題に貢献すれば、学生の士気も上がりますよと付け加え、魔法部の学生に指示を出すようお願いした。
トーマス王子の隣に居た医学部の教授が、怪訝な表情で俺の顔を見る。そりゃまあ、平民の1年生が王子に指示を出していたら驚くのは当然だ。
俺はにっこり笑って、採取した薬草の中でも特別ではない数種類を、マジックバッグから取り出し「森で採取してきました」と言って渡した。
薬学部の教授も呼んで薬草の説明をしていたら、何処からか「助けてくれー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
その声はだんだんと大きくなり、数人の声で「魔獣が出たー!」「殺されるー」と叫んでいるのだと分かった。
声の方に視線を向けると、自称自警団の皆さんが、ビッグボアーの子供を三頭引き連れて、ワーワー叫びながら逃げ込んでくるのが見えた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
確定申告の時期に入り、更新が遅れがちになるかもしれません。




