55 救済活動(1)
トーマス王子が面倒みることになっている貴族部で魔法が得意ではない学生たちと、自警団らしき学生たちは、トーマス王子と世話役たちとの話し合いが終わるまでの間、集会所に避難している住民たちから、ドラゴン襲撃の様子を聞いてくるよう指示されている。
俺が見てないところで、平民をバカにしたり失礼な態度を取らないか心配だけど、貴族部の教授二人が付いているから大丈夫……だと思いたい。
俺は王族に会う緊張で顔色が悪くなっている世話役たちの前に立ち、にっこりと微笑みながら挨拶をする。
「私は王立高学院の学生でアコルといいます。今日は平民の学生代表として話し合いに参加させていただきます。こちらは、高学院の講師もなさっておられる、第三王子トーマス様です」
俺は案内役兼、住民が気兼ねなく話せる平民の学生ということで、今日は王子と一緒に行動する予定だと告げる。
昨日から伝令を出していたので、待っていた町の代表者数名が、緊張した様子で片膝をついて臣下の礼をとろうとする。
「救済が遅くなって申し訳ない。礼は必要ない。立ってくれ」
「いいえ第三王子トーマス様、王子自らこうして救済に訪れていただき、恐悦至極でございます。
私はこの町で世話役をしているバハマと申します。どうぞよろしくお願いいたします。
後ろに居る二人は世話役補佐でございます。
ここより5キロ先にあるリビトの町は、男爵家が管理しているので、困ったことがあれば領主に願い出ることができます。
しかし、ここレブラクトは王都の一部として統治されています。ですから領主が居る訳でもなく、相談したり助けを求めることも出来ず、様子を見に来た役人は、話も聞いてくれませんでした。
我々は、完全に見捨て……見捨てられたのだと、皆で絶望の日々を……す、過ごしておりました。
こうして高学院の皆さんが救済に来てくださり、大変有り難く、住民一同感謝しております」
世話役のバハマさんは60歳くらいだろうか、疲れが全身に見てとれる。顔色の悪さは緊張だけではなく、もしかしたらケガをしているのかもしれない。
救済に来てくれた王子をなじる訳でも、怒りをぶつける訳でもなく、感謝の涙を流して深く頭を下げた。
「本来なら軍や警備隊がすべき救済だが、度重なる魔獣の変異種討伐で、多くの死傷者を出し混乱している。
貴族の学生ばかりで役に立つかどうかも分からないが、王都の商業ギルドが集めてくれた支援物資を持ってきた。
心ばかりの炊き出しも行う予定だ。
建物の修復も考えているが、まだ未熟な学生だ。上手くできるかどうか分からないが、協力させてくれ」
トーマス王子は、決して威圧的でも高圧的でもない優しい語り口調で、安心させるよう協力させてくれという言い方をした。
「ありがとうございます。ドラゴンを恐れて商人たちが町に来てくれないので、野菜以外の食料が不足しています。
トーマス様、どうかお願いします。冬のために備蓄した食料が底をつく前に、どうか、どうか、王都に買い出しに行くことをお許しください」
世話役のバハマさんと他の世話役たちが、急に平伏して嘆願する。
「はっ? 王都に買い出しに行くことを、誰かが禁止したんですか?」
俺はとんでもない話を聞いて、思わず質問してしまった。
「はい、5日前に様子を見に来た国防省の高官が、大臣の指示で被害状況を調査するまで、住民は町を出てはならないと命令されました」
「国防大臣が? ワートン公爵が命令したのか?
・・・無能もここまでくると害にしかならんな。早急にヘイズ侯爵派を排除しなければならないようだ。
バハマよ、第三王子トーマスが命じる。本日の調査が終わり次第、国防省の命令を破棄し、住民の移動を認める」
トーマス王子は静かに怒りを滲ませ、命令を破棄すると断言した。
家を失った住民が、身寄りを頼ることさえ出来ず、少し壊れた集会所で身を寄せ合って不自由に暮らしていることや、ケガ人や病人が医者に行くことも出来ず、症状が悪化しているのだと説明を受けた。
この町に居た医者は、ドラゴンの襲撃で命を落とし、多くのケガ人が放置されているという現実に、俺は怒りが込み上げ拳を強く握る。
「医師や薬師も連れてきました。集会所の前庭を救護所にしますので、出来るだけ協力し合ってケガ人や病人を急いで搬送してください。
トーマス王子、待機させている貴族部の学生の、役にも立ちそうにない自警団の学生の中から希望者を募り担架を作らせましょう」
「ああそうだな。誰一人として遊ばせるつもりはない。
自警団と名乗っているからには、怪我人の救護は最優先されるべきだ。より多くの者を集めるため、薬師部のリーマス(第五王子)をリーダーにしよう」
そうと決まれば時間が惜しい。トーマス王子はリーマス王子を集会所に居た学生たちの前に立たせて、ケガ人搬送の責任者に任命した。
「王子の下で民を助ける栄誉ある仕事をする者を募る。希望者は集まれ!」
トーマス王子はよく通る声で、自警団の仕事をする予定だった、ちょっとばっかし魔法が使える貴族部の学生に募集を掛けた。
自警団リーダーのデミル公爵子息イスデンの顔色を伺いながら、ヘイズ公爵派ではない貴族の子息や、王子に気に入られたい者たちが少しだけ移動し始める。
……集まりが悪いなぁ。イスデンの報復が怖いのかサボりたいのか、フウ、ちょっと早いけど最終兵器を繰り出すことにするか。
同じように集会所の前庭で、救護所準備の指揮を執っていた新聞部のノエル様(マリード侯爵令嬢)に、俺は極上の笑顔で合図を送った。
「まあ、ケガ人の救護ですって? 素晴らしいわ。それこそが貴族たる者が誇るべき仕事ですわね」
移動し始めた学生とまだ動いていなかった学生に向かって、侯爵令嬢に相応しい美しい笑みを浮かべ、ノエル様は大袈裟に感動してみせた。
「そうですわねノエル様。大変なお仕事を率先してなさる殿方って、素敵ですわ」
今度はアコル君応援隊の副隊長と執行部役員をしている、貴族部2年で子爵令嬢エリザーテさんが、学院トップと言われる美しい顔と声で、ふんわりと両手で胸を押さえながら言った。
その途端、30人近くいた自警団希望者の内20人が、リーマス王子の前に迷うことなく移動した。
……素晴らしい仕事ぶりです。ありがとうございます。
あれは学院長が学院の大改革を発表した日のこと、俺は執行部役員に協力して貰うため、放課後壁新聞サークルの部室?を訪問した。
高学院には正式な部活動のようなものはなく、学生のための文化活動をするという名目で、壁新聞サークル、音楽楽団、美術サークル、演劇サークルの四団体だけが活動していた。
壁新聞サークル……人呼んで新聞部の活動拠点は、なんと、図書館の建物の一階にあった。図書館は二階で、三階は資料室などがあり一般学生は立ち入り禁止になっている。
恐る恐る部屋に入ると、何処の社交サロン?って感じのゴージャスな家具やソファーセットが置いてあり、さすがお貴族様の文化活動は違うなぁって感心した。
しかし、そのゴージャスさを打ち破る光景が、部屋の奥で繰り広げられていた。
会議用の大きなテーブルを囲んで、6人のお姉さま方が鬼気迫る形相で叫んだり、原稿を書いたり踊ったりしていた。
「これよこれ! やっと来たわ刺激のある学院生活!」(2年エリザーテ)
「学院長、神です!」(2年チェルシー)
「完全実力主義バンザーイ! うざい能無しよ去れ!」(1年カイヤ)
「身分撤廃なんて信じられない。これで身分を振りかざしお茶会や付き合いを迫るブタを、ぎゃふんと言わせることができますわ!」(3年ノエル)
なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったけど、皆さん興奮して俺に気付いていない様子なので、「失礼します」と大きめの声を出してみる。
「へっ?」(3年シルクーネ)
「ア、ア、アアアアァぁー! アコル君?」(1年スフレ)
全員の手や小躍りしていた体がピタリと止まり、ギギギではなく、ひゅんと首だけが俺に向けられた。ちょっと怖い……かな。
「お忙しいところすみません。こちらにノエル様(マリード侯爵令嬢)はいらっしゃいますか?」
「あら、商学部1年のアコル君、わたくしに何か御用かしら?」
突然キラキラの侯爵令嬢モードに切り替わったノエル様が、にっこりと微笑みながら俺に近付いてくる。ここは敢えて何も聞いていなかった振りがベストだな。
「はい、ぜひ執行部に入り、たるみ切っている学生に鞭を打って欲しいのです。
そして、学院のため、いえ、この私のためにノエル様のお力添えを頂きたいと、お願いに参りました」
俺は片膝をつき、忠誠を誓う騎士のように右腕を胸の前に置き頭を下げる。
「まあ・・・これはいったい・・・ねえエリザーテ、これは夢かしら?」
「いいえノエル様、我らが君のご訪問でございます」
という会話を経て、正常運転に戻られたらノエル様は、俺が提示した協力へのお礼を気に入ってくださり、大変好意的に執行部役員を決意してくださった。
ついでという訳ではないが、その場にいた他のメンバー(全員がアコル君応援隊のメンバー)も、ノエル様と同じお礼を受け取れるならと、執行部部員になってくれた。
ちなみに、新聞部兼アコル君応援隊のメンバーは全員で6人である。
◆編集長・アコル君応援隊隊長 3年 貴族部 ノエルさん(マリード侯爵令嬢・多くの女学生の憧れ的存在・第一王子マロウに結婚を迫られている)
◆アコル君応援隊副隊長 2年 貴族部 エリザーテさん(ワイコリーム領の子爵令嬢・美少女・成績優秀)
◆3年 魔法部 シルクーネさん(ワイコリーム領の伯爵令嬢・マキアート教授の研究室・B級魔術師)
◆2年 貴族部 チェルシーさん(マギ領の子爵令嬢 父親は冒険者ギルド龍山支部が在る街を治めている)
◆1年 貴族部 カイヤさん(レイム領の伯爵令嬢・貴族部で成績トップ)
◆1年 商学部 スフレさん(デミル領の伯爵令嬢・アコルのクラスメート)
クラスメートのスフレさんも新聞部だったとは知らなかったが、皆さんとっても好意的で、週二回の新聞部の活動日以外は、同じ図書館の三階に決定した執行部室で活動してくれることになった。
今回の救済活動でも、準備段階から他のメンバーをリードしながら頑張ってくれた。やっぱり女性の方がしっかりしていると実感する場面も多かった。
男性陣を上手く使って仕事を割り振り、時には有無を言わせぬ微笑みの圧で男性を黙らせ、時には美味しいお菓子の差し入れをして場を和ませてくれる。
才女揃いの新聞部を味方につけたことで、情報発信がとても容易になった。
急遽決まった執行部役員7人と執行部部員7人、責任者であるトーマス王子を含む合計15人の発表や、救済活動の班分けも、決定して直ぐに壁新聞で公表した。
俺は執行部の部員ではなく、お茶くみ要員なので壁新聞には載せていない。
今回新聞部の皆さんに提示した協力のお礼とは、執行部室で美味しいお茶を給仕するというものだった。
新聞部には、マキアート教授の研究室に在籍しているシルクーネさんが居て、常日頃から俺が淹れるお茶がとても美味しく、極上の癒し時間なのだと自慢していたらしい。
ちなみにマキアート教授の研究室の学生には、有料でお茶を出し小銭を稼いでいる。ちょっと吹っ掛けたつもりだったのに「そんなに安くていいのか?」って逆に心配され、相手が貴族だってことを考慮し忘れてちょっとへこんだ。
執行部の立ち上げと救済活動の準備は大変だったが、ルフナ王子とラリエス君が心配していた通り、自分が執行部に声を掛けられなかった領主の子息や息女が、何かと嫌がらせをしてきたことの方が大変だった。
他にも、美少女エリザーテさんの恋人の座を狙う高位貴族の子息が、自分も執行部に入りたいと押し寄せ混乱した。
「あらあら皆さんお静かに、エリザーテは貴族らしく優秀な殿方を好ましいと思っているようでしてよ。
執行部に入りたければ、今回の救済活動やクラス対抗戦で、ご自分の優秀さをアピールされればよろしいのでは」
高貴な雰囲気はそのまま、でも、有無を言わせない笑顔の圧力で、エリザーテさんを狙う有象無象の男たちを蹴散らしたノエル様の手腕を見て、俺は自分の人選が間違っていなかったと心の中でガッツポーズをとった。
そして救済活動をより円滑に進めるための最終兵器として、ノエル様とエリザーテさんを使うことを決め、お二人に登場シーンを伝えて協力をお願いしておいた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




