45 ルフナ王子からの招待
入学してから二週間が過ぎた。
最近はゴッツイ上級生や、如何にも高位貴族でございますって奴等から絡まれることが減って、ちょっとつまらないと思うくらいになっている。
でも、その代わりというか何というか、同期生を含むお姉さま方から話し掛けられることが増えてきた。
噂によると【アコルくん応援隊】とか【美少年を愛でる会】なるものが発足したとか、ちょっと頭が痛くなるような話も聞いてしまったが、クラス委員で伯爵令嬢のスフレさん曰く、「癒しが必要なのですわ!」だそうだ。さっぱり意味が分からない。
初めての学生生活は、勉強以外のことで驚きの連続だった。
俺は自分が出会ってきた人を基準に物事を考えていたけど、お貴族様という人種について、勉強が足りていなかったことを痛感した。
これまで周りに居た貴族が、モンブラン商会のエリート商会員とか、冒険者ギルドのダルトンさんとか、働いている人ばかりだったので、働くことを見下す頭の悪いお坊ちゃんとか、自分より前を歩く平民が許せないお嬢ちゃんとか、領地なしの準男爵家や騎士爵家の金持ちそうには見えない男女から、貧乏人のくせに生意気だと、目の前にやってきてバカにする可哀想な人達が、なんと、うじゃうじゃ居たのだ。
いや、ただの世間知らずな子供なんだけど、自分が子供のようなことを言っているのだと気付かないばかりか、これが王立高学院の普通なのだというから驚いた。
もちろん、きちんと世間の常識を身に付けている貴族も居るが、そういう学生は勉強も出来ることが分かった。
全ては、高位貴族(伯爵家以上)は無試験で入学できるなんて制度を作った、昔の王族と貴族の失策が原因だけど、よくそんな常識知らずで爵位を保てるものだと感心した。
いや、考えてみれば、似たような常識知らずの頭の悪いお坊ちゃんを知っていた。元、モンブラン商会の商会員だったニコラシカさんだ。
……う~ん、この国の貴族は大丈夫だろうか? 王妃が王様に毒を盛るような末期状態じゃあ、魔獣の大氾濫なんて防げるはずもないか。
毒を盛られたことが原因で王様が病弱なのだと、教えてくれたのは会頭だった。
しかも、その犯人が王妃で、その原因が自分の産んだバカ王子を、C級魔術師の資格で高学院を卒業させるためだったなんて、世も末というか、国を滅ぼすつもりだろうか・・・
まあ、マギ公爵家との付き合いが深い会頭が話してくれた裏事情だから、間違いないと思う。第一王子にだけは、国王になって欲しくない。
……もうトーマス王子でいいじゃん。
ああ、そう言えば、閲覧禁止書庫にはまだ入室できていない。
さすがに一人で入室するのは問題があるからと、第三王子トーマス様の時間が空くのを待っている状態だ。
突然決めた【魔獣大氾濫対策研究室】の開設に忙しく、C級魔術師の資格を取得するための講義内容や教室の決定、魔法部以外の学部の希望者の選定など、準備期間がなかったこともあり大忙しで、とても閲覧禁止書庫に付き合う時間なんて無かった。
それでもまあ、図書館の中には読んだことのない本が溢れている訳で、俺としては特別騒ぐほどの問題ではない。
問題?と言えば、共通科目の講義の時間になると、何故か俺の席の前にワイコリーム公爵家のラリエス様と、第六王子のルフナ様が座ってくるようになったことくらいだろうか。
何処の席に座っても同じで、それが当たり前のようになった今では、周りの学生たちも俺が座った席の前には座らない。かと言って、話し掛けられたこともない。
どうやら周囲は、第六王子と名門公爵家の嫡男が、平民で生意気な俺をぎゃふんと言わせようとしているのか、仲良くなろうとしているのかが判断できず、遠巻きに傍観しているようだ。
本来王子や王女は、王宮に家庭教師を呼んで勉強するパターンが普通で、中級学校に通う者の方が珍しいそうだが、ルフナ王子はダージリン中級学校に通学していたらしい。
王子にしては威張った様子もなく、気さくにいろんな学生たちと普通に会話していた。明るくて人を惹きつけるタイプみたいなので、俺の中では好感度が高い。
そう言えばルフナ王子、入学試験の点数が155点だったと記憶しているけど、勉強は得意じゃないのかな? ラリエス様は次席で443点だったけど。
三年振りに会ったラリエス様は、「久し振りだねアコル」と笑顔で声を掛けてきたけど、それ以上の会話はまだない。だけど毎日俺の席の前に座っている。
仲良くなったクラス委員のスフレさんから聞いた貴族の常識では、高位貴族の方には、下位の貴族から話し掛けるのはマナー違反なのだとか。
クラスメートや同期生なのに、なんて面倒くさいんだ貴族って!
貴族のマナーで失敗しないために、名札にはフルネームが書かれているのだとか。
……王族の学院長とかトーマス王子に、普通に話し掛けている俺は大丈夫なのか? 平民だから貴族のマナーは適応外?
とまあこんな感じで、知らなかったお貴族様の決まりやマナーを学び、残念無念で世間知らずなお子様たちの実態も学んだ。
残念な人たちは相手せず、何を言われても「平民なんで」という一言で済ませることにした。
「平民のくせに貴族より先に座るとは、マナーも知らないのか!」
「はい、平民なんで」
「その態度が生意気なんだと言っているだろう!」
「平民なんで仕方ないですね」
「ちょっと顔が可愛いからって、いい気になるなよ平民!」
「平民の顔なんで仕方ないですね」
「魔獣の大氾濫だとか偉そうにして、平民のお前に何ができるんだぁ?」
「平民らしいことでしょうか?」
「俺様の宿題をやっておけ!伯爵家の子息から声を掛けられただけでも感謝しろ!」
「平民なんで、そんな恐れ多いことできません」
「全ての脅しや因縁付けには、平民という言葉で対応すれば問題ないよね」って、同じクラスの平民イーサンに言ったら、「そんな言葉で撃退できるのは、アコル君だけだよ」って呆れられた。
イーサンは、モンブラン商会の傘下である、エイドリック印刷という大きな商店の長男で、男子の中で最初にできた友人だった。
でもイーサンは、共通科目の講義の時は、絶対に隣に座ってくれない。
「王子や領主の子息の後ろになんて、怖くて座れない」と言って離れていく。
そして今日、俺の近くに座るメンバーが一人増えた。
確かに三人掛けの長椅子だからいいんだけど、今まで誰も座りたがらなかった俺の隣に座ってきた。
「やあ、君が噂のアコル君だね。俺はマギ公爵の次男でエイト。よろしく」
……は~っ、何でだ? 今度はマギ公爵の子息か・・・
「こちらこそよろしくお願いしますエイト……くん? さま?」
「はは、エイト君でいいよ。そう言えばルフナ王子、もうアコルに言ったんですか?」
エイト……くんは笑顔で挨拶すると、平民の隣を全く気にすることなく座りながら、前に座っていたルフナ王子に話し掛けた。
「う、うん……まだだよエイト」
「はあ? まだなんですか?」と呆れたようにエイト君が言ったところで、数学・科学を担当しているリベルノ教授が教室に入ってきた。
教壇の上に立つと、リベルノ教授はいつものように貴族部・魔法部以外の学生を威圧するように睨む。
貴族絶対主義を隠そうともしないリベルノ教授は、難しい問題は決して貴族部の学生には答えさせない。リベルノ教授は貴族部の担任なのだ。
絶対に答えられないだろうという顔をして、特務部や商学部の学生に難問題を答えさせようとする。
正解しなければ、これ見よがしな溜息を吐き、後ろに立っていろと命令する。
そんなリベルノ教授が珍しく「魔法部の学生で分かる者?」と、魔法部の学生にやや難しい問題の回答を求めた。
すると、隣に座っていたマギ公爵の子息であるエイト君が手を挙げた。
大丈夫かなと隣のエイト君のノートをちらりと覗くと、きちんと正解が書いてあった。
なのにだ、エイト君はわざと不正解の回答をして、教授に言われる前に「後ろに立つんでしたね」と笑って席を立った。
リベルノ教授は「ウッ」と言葉を詰まらせ、後ろに立っていろとも、立たなくていいとも言わず、驚くような言葉を吐いた。
「いい心掛けだエイト君。だが、平民が隣に座るのを許すとは、マギ公爵はどのような教育をされたのだろうか。やれやれ」と。
「申し訳ありませんが教授、私は彼が隣に座るのを許したのではなく、私が隣に座る了解を得て座ったんですけど? ヘイズ侯爵領の貴族は、随分と狭量なのですね」
……ん? これって完全に教授に喧嘩を売ってる? なんだよその笑顔は。
「誰が何処に座ろうと自由。王族だろうが高位貴族だろうが平民だろうが、この王立高学院に入学した者は、平等に学ぶ権利を持っている。私は国王である父からそう教わりましたが、間違っていますかリベルノ教授?」
……はい? 今度はルフナ王子?
「そうです。平民のアコル君が何処に座ろうと、私が好んでアコル君の前に座ろうと自由です。ああ、魔法部の学生からの回答をお望みでしたね。答えは3です。正解だと思いますが、私も後ろに立った方がいいですか?」
……おいおい、今度はラリエス様かよ。っていうか、何気に俺の名前を会話に織り交ぜるのはどうなんだ?
「そういう反抗的な態度は良くないなラリエス君。立っていたければ止めはしない」
超不機嫌な顔をして、リベルノ教授はそう言うと、その後の問題を全て魔法部の学生に答えさせた。
大人気ないを通り越して呆れる。
でももっと呆れるのは、何故か俺まで後ろに立たされていることだ。完全に巻き込まれている。
ラリエス様とルフナ王子に、まんまとしてやられたけど、ちょっと気持はスッキリした。
……これはもしかして、大人の派閥争いが、学院まで波及しているのか?
放課後、いつものように図書館へ向かおうとしていたら「ワイコリーム公爵家のラリエス様からお預かりしましてよ」と言って、クラス委員のスフレさんが手紙のようなものを差し出してきた。
スフレさんによると、家紋の入っていない封筒を渡すのは、友人を部屋に招く時に多く、正式なお茶会などの時は家紋入りの封筒を使うとのこと。
中を開けてみると、友人としてお茶に招待したいのだがどうだろうかという、今日の夕食後の時間を指定した招待状が入っていた。
よーく見てみると差出人はルフナ王子だ。
しかもお茶会の場所はルフナ王子の部屋になっている。メンバーは他にラリエス様、マギ公爵家のエイト君と俺・・・
「きっと皆様、アコル君と仲良くなりたいのですわ。
今日のリベルノ教授の講義の時に、あれだけ分かり易く、アコル君は自分たちの派閥の人間だと宣言していらっしゃいましたもの。
アコル君を目の敵にしているクラスのアホ伯爵家の子息、あら失礼。頭が残念な伯爵家の子息二人などは、青い顔になっていて笑えましたわ。
アコル君が【麗しの三騎士】のメンバーに加わったと、女子の間ではもう大騒ぎですの」
伯爵令嬢でありクラス委員のスフレさんは、ダージリン中級学校の卒業生で、ラリエス様たち三人をよく知っていた。中級学校の時から弱い者虐めをする上級生や教師に立ち向かい、皆から【麗しの三騎士】と呼ばれていたのだと、ちょっと興奮気味に教えてくれた。
麗し・・・確かに三人ともイケメン男子だ。どこからどう見ても高位貴族である気品が滲み出ているし、堂々としていて独特のオーラを放っている。
……ん? 俺が【麗しの三騎士】のメンバーに加わった?
「アコル君、ここは貴族を中心とした王立高学院、王子や公爵家の子息の方から後ろ盾になると示されることなど奇跡に近いこと。このチャンスを活かすべきですわ」
にっこりと微笑み、俺の右手をがっしりと両手で包み込むと、有無を言わせない勢いでそう言って、絶対に王子の部屋を訪ねるよう念押しされた。
これは、学院長に相談した方がいいんだろうか?って、迷いながら図書館に向かっていると、忙しそうなトーマス王子にばったり出会った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




