44 入学初日
◇◇ ラリエス・マサラン・ワイコリーム ◇◇
いよいよ入学式だ。
自分で言うと情けなくなるが、新入生代表挨拶は自分がするのではないかと思っていた。
国内で一番レベルが高いダージリン中級学校で、ずっと首席だった私を抜く者が居るとは思っていなかったのだ。
合格発表の日の衝撃を思い出すと、今でも過去のトラウマが甦ってしまう。
私を抜いて首席合格したのは、なんと中級学校を卒業していない平民だった。
それだけなら「天才って本当に居るんだ」と、思うこともできただろう。
だが、その名前を見た私は、無意識のうちに両手を強く握り、「アコル・・・」と呟き奥歯を噛み締めていた。
三年前のあの日、私の護衛として選ばれたAランク冒険者パーティーの中に、アコルと名乗る少年が居た。
彼は雑用係として臨時で雇われた一歳年下の少年で、私の貴族としてのプライドを粉々に叩き潰した人物だった。その時のショックを忘れることなどできない。
だが、自分のことを選ばれた特別な人間だと思い上がっていた私を、初心に戻した、いや、上には上が居るのだと思い知らせてくれる存在となった。
その時の少年の名前がアコルで、今回敗北した相手の名前もアコル。
この偶然に、あるはずがない妄想を一瞬思い描いてしまった。
もしかして、あのアコルが、再び私の前に現れたのかと。
だが、冒険者をしていた少年が、モンブラン商会で働いているとは思えないし、あれだけの魔力量があったのだから、商学部を受験するなんて考えられない。
そんなことを考えながら迎えた今日という日、公爵家の子息として恥ずかしくないよう振る舞いながら、壇上に上がる新入生代表のアコルに視線を向ける。
残念ながら彼は背が低いようで、階段を上がって壇上に向かう後ろ姿からしか、私の瞳に映ることはなかった。正面の顔も横顔も、私の位置からでは見えない。
「今日の良き日、我々百五十名は、伝統ある王立高学院の門をくぐることを許されました。ですが、時代は今、魔獣の大氾濫を目前に、のんびり勉学だけをしていれば良かった昔とは大きく異なっています。我々は国を守るため、力を合わせ戦わねばならない使命を課されています」
……はあ? 新入生代表挨拶で、何を話してくれちゃってるの?
大講堂の中が、一瞬ざわっと揺らいだじゃないか。
「卒業さえできたらいいとか、魔獣の大氾濫なんてどうでもいいなんて甘ちゃんが居たら、それはこの王立高学院の精神に反する者。魔法を学べる唯一の学舎である王立高学院は、遊びに来る場所ではなく、民を、国を守る術を学ぶ場所なのです」
……おいおいおい、王族である学院長の御前で何を……いったい何を言っている!
「貴族とは、民を導き守る者だから貴いという立場を保証されているのです。そして平民である者は、生活の糧を与えられ守られているからこそ貴族を尊敬するのです。同期生の皆さん、私は皆さんに期待しています。皆さんが国民を守ろうとする、誇り高きリーダーとして、この学び舎を卒業できると。そして先輩方は、必ずやその手本を見せてくださると」
……これって貴族に宣戦布告? それとも緩い貴族部に? だらしない魔法部に? まさか同期生全員? しかも先輩を脅した?
「魔獣の大氾濫は必ず起きます。魔獣の変異種に父を殺された私は、変異種がどれだけ強いか知っています。千年前と同じように、王都がドラゴンや魔獣の変異種に襲われた時、私はこの学院の在学生、又は卒業生として、人々の役に立てる人間になれるよう学ぶことを誓います。新入生代表 商学部 アコル・ドバイン」
……な、なんて重い宣誓なんだ。魔獣の大氾濫が必ず起こると宣言するとは、この少年は、いったい何者なんだ!
大講堂は静まり返り、拍手をする者など一人もいない。ざわざわと囁き合ったり、それは違うと声を上げる者もいない。
すると壇上の学院長が、にっこりと微笑みながら拍手を始めた。
それは、たった一人の拍手とは思えないくらい、静まり返った会場にパチパチと響いていく。
そして誰かもう一人の拍手が聞こえてきた。その音の方へ皆が視線を向けると、そこには新しく講師として赴任されたトーマス王子が、満面の笑顔で立ち上がり拍手をされていた。
……こんなことって、王族がお二人も平民の挨拶に拍手を送られるなんて……
皆が動揺する中、続いて立ち上がったのはマキアート教授だった。
確かに彼の話した内容は正しい。ただ、ここに居る全員が、彼は平民なのだと知っている。だからこその違和感。だからこその驚きが動きを停止させる。
でも、ここで立ち上がらねば、公爵家の子息としては失格だ。
私も直ぐに椅子から立ち上がり、壇上の同期生に、新入生代表者に拍手を送る。
そこから会場は、大きな拍手に包まれた。
がしかし、その拍手を気持ちよくしている者がどれだけいるだろうか? 彼が貴族であれば面倒な奴だくらいに思われただろうが、彼は平民だ。平民が王族や貴族に対し、こうあるべきだと意見したのだ。
認められないと思った者は多いだろう。
もしもそれを、分かっていて発言したのであれば、それは尊敬に値する。
壇上で深く頭を下げた彼が階段を下りるため、ゆっくりと後ろを振り返った……途端、今度は大きなざわめきが起こった。
そこに居たのは、少年と呼ぶのが相応しい、女性のように中性的で美しい面立ちをした、新入生の中で一番小さな男の子だった。
ここに居るのは15歳前か、既に成人している者ばかりだ。ガタイも大きいし髭もはえている。
珍しい濃いグレーに銀髪が混じった髪を肩まで伸ばし、グレーの瞳を輝かせ、堂々とした態度で階段を下りていく。
「・・・アコル。本当に君だったんだ」と、私は思わず口に出していた。
アコルが自分の席に戻ったと同時に、学院長の話が始まった。
アコルが話した内容に近い話をされていた気がするが、再びアコルに再会した現実に混乱していた私は、殆ど学院長の話を覚えていなかった。
何故商学部なんだ? 平民だからか? でも、特務部だってあるのに……いや、待てよ。確か合格発表の時は、商学部(魔法部)って書いてあった。
あれはいったいどういう意味だろう? もしかしたら、魔法部にも在籍するのか? そんな前例なんて聞いたこともないぞと、友人と首を捻っていたのを思い出した。
だがその疑問は、学院長の後で壇上に上がられた、トーマス王子の話を聞いて解消された。
トーマス王子は魔獣の大氾濫に備えて、全ての学部の学生に魔法を学ぶ機会を与え、できるだけ多くの学生にC級魔術師の資格を取得させると仰った。
その上で、魔獣の大氾濫で起こり得る危機について、自由に議論できる場所として【魔獣大氾濫対策研究室】を開設し、身分や学部に関係なく学ぶことが出来ると発表された。
……時代が大きく動いている。いや、変化している。
……私の目標は【覇王様】にお仕えし、共に魔獣討伐をすることだ。だがその前に、今度こそアコルの本当の実力を知ることができるかもしれない。
◇◇ カモン商学部教授 ◇◇
私は商学部の部長をしているカモン46歳。教授生活10年のベテランだ。
今日は待ちに待った入学式。22年振りに我が商学部の学生が、新入生代表として壇上に上がる。
しかも平民だ。それもただの平民ではない。開校以来の最高得点に並ぶ高得点で入学した天才だ。
推薦試験は満点だったので、それだけでも凄い逸材が来たー!って皆で喜んだ。
しかし、折角喜んでいたら、魔法部のマキアート教授が横槍を入れてきた。
既に推薦で合格しているのに、一般入試を受けさせて30位以内に入ったら魔法部に入学させるなどと、訳の分からない寝言を言い出した。
本人の希望が商学部で、推薦者はあのモンブラン商会の会頭だ。
いくら1位で合格していたとはいえ、アコルを商学部以外に譲る気はない。あの時は、商学部の教授や講師、職員全員が一丸となり異議を唱えた。
そして入学式本番。私を含めた全ての教職員が、アコルの挨拶に言葉を失った。
全学生と教師に無能は貴族ではない、尊敬される貴族になれと、喧嘩を売ってしまったのだ。
あれが無意識であるはずがない。いや、もしかしたら平民だから、喧嘩を売ったことに気付いてないのか?
でも今朝聞いた話では、アコルはマキアート教授の研究室の補助部屋で生活することを望んでいるとか。・・・しかも、マキアート教授はアコルの挨拶に拍手を送っていた。
……ああそうか、マキアート教授は魔法部の強化と立て直しに来た逸材だ。何故だか分からないが、アコルを起爆剤にしようとしているのかもしれない。
「今日から君たちの担任になる、商学部部長教授のカモンだ。これから一年、ビシビシといくのでしっかり付いてくるように。先ずは自己紹介から始める」
今年の新入生には、伯爵家の子息が三人、息女が二人、子爵家の子息が二人、息女が三人いる。そして大変珍しいことだが、男女の比率がきっちり半々だ。
女子の合格者が多い年はクラスのまとまりがよく、大きな問題が起こり難い。
面白いことに、今年はこの国を代表する二つの大商会、【モンブラン商会】の天才アコルと、【フロランタン商会】の嫡男イバレンが居る。
モンブラン商会は指名で会頭を決めているが、フロランタン商会は創業者一族が全ての権力を持っていて、イバレンは相当プライドが高いようだ。
いくらアコルが天才でも、自分より年上ばかりのクラスメートを纏めることは出来ないだろう。
ここは無難に、アコルの次に成績が良かった伯爵令嬢スフレをクラス委員に指名し、仕切ってもらうことにしよう。
教壇の上に立ったスフレに、何故彼女がクラス委員になるのかと、伯爵家の子息二人が異議を唱えたので、成績順だと答えたら、それならアコルがするべきだと反論した。
皆の視線が一斉に、最後尾の席に座っているアコルに向く。
向いたのだが、アコルはその視線に全く気付いていないようで、のんびりと本を読んでいた。お前は何をしてるんだ?
「アコル、君はクラス委員をやる気があるかね?」と大きな声でアコルを呼ぶと、えっ?って顔をして首を傾げ、フ~ッと溜息を吐き辛辣に言い放った。
「私を委員にしたら、他のクラスからバカにされますよ。13歳の平民をリーダーにして恥ずかしくないのかと。スフレさんに異議を唱えるよりも、私こそがクラス委員に相応しいと、立候補なさっては如何ですか? 立候補者が多ければ、全員で投票して決めればいいと思います」
「オオーッ」という声と「可愛いー!」って声が上がった。
本は読んでいたけど、ちゃんと耳は傾けていたということか? 器用な奴だ。
「アコルはやらないってことでいいんだな。では、立候補するものはいるか?」と改めて訊くと、何故か誰も手を上げない。結局スフレに決まり、右側の席から自己紹介をしていった。
……う~ん、さっきの伯爵家の二人が、凄い目でアコルを見てたな。
きっと余計な発言をした生意気な平民に、仕返しをする方法でも考えているのだろう。やれやれ、商学部は毎年必ず平民がクラスに在籍し、入学から三か月間くらいは虐めにあいやすい。
卒業するまで虐げられて過ごす学生もいれば、実力をつけて跳ね返す学生もいる。
……でもまあ、アコルを虐めたりしたら、女子が黙っていないだろう。完全に可愛い弟認定してたからなぁ。
ホームルーム終了後、クラスメートの男子数人と他学部の学生が、入学初日からアコルに喧嘩を仕掛けたらしい。でも、アコルが全く喧嘩を買わなかったので、大事になることもなかったようだ。
「平民のくせに生意気だ!」と言われたら「平民ですから仕方ありませんね」と、訳の分からない回答をし、「ちょっと勉強ができるからって偉そうに!」と言われたら、「ちょっとですか? 147点だった貴族部のレコモンドさん?」と相手の名札を見て、名前と学部と入学試験の得点をサラリと言い、不思議そうに首を傾げたらしい。
その首を傾げる姿が女子から人気で、「あの人、147点だったそうよ」と囁かれ、以後「147点の人」って女子に記憶されることになる。
暴力に訴えようとしたら「最年少の私に負けたら学校中の笑い者になりますが・・・勇気のある方なんですね」と冷ややかに頬笑み、相手をビビらせたそうだ。
同じ土俵にさえ上がってくれないアコルに、貴族的思考の持ち主たちは、鼻をへし折られると言うよりも、ただただ相手にもされないという塩対応で玉砕されたらしい。
入学式当日に売られた喧嘩は12件で、かすり傷ひとつ付けられることもなく、アコルは図書館まで辿り着いた。
図書館では魔法も使えず、騒ぐこともできない。
こっそり近付き様子を探った貴族部の3年生は、アコルの読んでいた【貴族犯罪歴と爵位剝奪の記録】という本の題字を見て、思わず怖くなってしまったとか。
初日から何をやっているんだアコル?って、翌日掲示板に張り出された学校壁新聞の【天才少年の入学初日】という記事の内容を見て、私は特大の溜息を吐いた。
新聞部の編集長は、貴族部3年の侯爵家の才女で、美少年愛好会なるものを立ち上げたという噂が私の耳に入ったのは、アコルが入学して三日目の放課後だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 




