42 アコル、道を示す(1)
新章スタートしました。いよいよアコルの高学院生活が始まります。
これからも応援よろしくお願いいたします。
いよいよ明日は入学式だ。
新入生は今日中に全員が入寮しなければならない。そして夕飯を学食でとり、学院生活の注意点や守らねばならないルールの説明を受ける。
昼前に到着した俺が最初に向かったのは図書館だ。
前回来た時は入館しそびれたので、今日こそ何か借りて読みたい。
本来なら明後日から始まる講義のために、予習でもするところだろうが、俺は3年前に本店の先輩から商学部の教科書を貰ったので、既に7割の予習を終えていた。
先日購入した教科書で、予習していなかった教科の予習も終え、商学部の教科の2年分の勉強は、実習を除いて全て終わらせている。
学校という場所で学んだ経験がない俺としては、講義が楽しみでもあるが、既に勉強してしまったことを学ぶのは退屈かもしれない。だからこそ、新しい学びは図書館のお世話になると決めている。
そして、念願の入館手続きをした俺は、先ずは図書館内をぐるりと回り、どんな本がどの場所にあるのかを確認する。
……ああ、なんて楽しいんだ! 王立図書館の蔵書には及ばないが、各学部の教科書や参考書が揃っているので、魔法部の勉強だって問題なくできる。
取り敢えず最初に読もうと決めていた、魔術書について書かれている本を探す。
母さんが言っていたような、領主の家に伝わる魔術書について書かれている本は見当たらなかったけど、魔術書の作り方に関する本を見つけた。
何故だかその本は本棚の一番上にあり、まるで目立たないよう隠されているかのようだった。補助台や脚立を使っても取れそうになかった。
……ここは身体強化を使って飛び上がる? いや、ここはエクレアに頼もう。
図書館内は魔法を使うことが禁止されていて、20以上の魔力を感知すると警報音が鳴る仕掛けがしてあると、図書カードを発行してもらう時に注意された。
身体強化も魔力を使うけど、たぶん少しの量だ。でも、飛び上がっているところを見られても面倒くさい。
俺はエクレアに貰った赤い石を首に下げているので、服の上から石を軽く握ってエクレアを呼び出すことにした。
この学院には妖精使いの学生は居ないと、前回来た時に研究室の先輩から聞いていた。だから、常にエクレアを出していても誰にも見えないから問題ない。
《アコル、ここは図書館ね。懐かしいわ》
「そうか、エクレアは前のご主人様の時に来たことがあるんだね」
《ええ、でもあの時は図書館が新しく建て替えられたばかりで新しかったわ》
「そうなんだね。悪いけど【魔術書の基礎】っていう本を取ってくれる?」
《勿論いいわよ。あたしはアコルの役に立てることが嬉しいんだから》
最近エクレアと俺は、1キロくらい離れていても会話できるようになっていた。だから、高学院の敷地内に居る時は、エクレアを自由に行動させることにした。
昼になったので、俺はエクレアを肩の上に乗せて持参したサンドイッチを食べることにする。
場所は推薦試験の時に見付けた、使われていない【古代魔法陣研究室】の前の休憩スペースで、図書館の裏手に在り寮からは遠いせいか学生の姿を見掛けない。
石のベンチに座り、石のテーブルに水筒とカップとサンドイッチを出し、借りた本をパラパラと片手で捲りながら食べる。
サンドイッチを半分食べたところで、誰かが俺に声を掛けてきた。
「やあ、君は新入生? 私も一緒に休憩してもいいかい?」
服装は華美ではなく普通。一見学院の職員風だけど、どことなく漂う気品が胡散臭い。
年齢は20代前半くらいで、後ろで括られている長い髪は焦げ茶色。瞳は俺と同じで珍しいグレーだ。背はスラリと高く、身体も鍛えられている気がする。
「はい、新入生です。お茶、飲まれます? あっ、良かったらサンドイッチどうですか?」と俺は声を掛けた。自分だけ食べたり飲んだりするのは気が引ける。
「いいのかい? それじゃあご馳走になろうかな」
嬉しそうにそう言った男性の爽やかな笑顔が、やっぱり胡散臭い。
セージ部長が、高位貴族の子息の多くはマジックバッグを持っていると聞いたので、きっと大丈夫だろうと思い、当たり前のようにウエストポーチから自分と同じカップを取り出し、水筒からお茶を注いだ。
「君は伯爵家の子息かな?」
「いいえ、私は平民です。ああ、このマジックバッグですか? 私は商業ギルドに登録している商人なので、商売で使うために持っているんです」
俺のウエストポーチをじっと見ながら質問する男性に、考えていた言い訳をする。
「平民?・・・でも、さっき図書館で本を取るため、君は魔法を使っていたよね? いや、警報が鳴らなかったから違うのか?」
しまった!あれを見られていたんだ・・・
「それはきっと見間違いです。さあ、サンドイッチもどうぞ」と、俺は笑顔で誤魔化した。
「やっぱり高学院はいいな。私はここの卒業生なんだけど、なかなか良い仕事に恵まれなくて、今日は教授に相談に来たんだ」
「魔術師か魔法師の資格をお持ちなんですか?」
「ああ、なんとかA級魔法師は取ったけど、魔法省とはそりが合わなくて……学生の君に言っても仕方ないんだけど、は~っ、どうしたもんかなぁ……ふぅ」
なんだろう……A級魔法師の資格まで持っているのに、この覇気のなさは。
A級の時点で高位貴族なのは確実だろうに、働かなくても食べれるお貴族様の愚痴?
「A級魔法師の資格があるなら、この学院で講師をしたらどうですか?
数年後には魔獣の大氾濫が起こるのは確実でしょう?
俺は思うんですけど、貴族部だって商学部だって、魔力量が一定以上ある学生は、最低でもC級魔術師の資格くらいとって、魔力障壁で身を守れるくらいにするべきだと思うんです。
この高学院を作った王族や貴族は、平民が魔法を学ぶことを禁止し、魔法を貴族だけの特権としました。
それって、魔獣の大氾濫が起こった時は、当然貴族が平民も守ることができると考えてのことでしょう?
ですが、現実はどうなんでしょう? 本当に民は、助けてもらえるんでしょうか?」
「き、厳しいなあ……C級魔術師くらいかぁ……平民というか、君はそんな風に考えてるんだ。魔法が貴族だけの特権・・・うん、確かにそうだね。そう言えば、平民の君が、何故魔獣の大氾濫を知っているのかな?」
「すみません。平民が生意気なことを言いました。私は商人でもありますが、冒険者でもあるので、情報は当然知っています」
おっと、ついイラッときて大口をたたいてしまった。
「いや、構わないよ。そうだな。現実を見るべき我々が現実逃避していては、民を救うことなどできないな。なんだか目が覚めたような気がする。他に意見はない?
この際だから、王族や貴族に対しての要望でもいいよ。なかなか私に面と向かって意見してくれる人が居ないから、勉強になるよ」
おや、なんだか好い人そうじゃん。他人の意見が聞ける貴族って珍しいな。
想像するに、家を継ぐ立場じゃなくて、自分で独立しなきゃいけないけど、働き方が分からないって感じなんだろうな。
「では、ここで話したことは絶対に公言しないでもらえますか?」
「ああ、たとえ耳の痛い話でも、決して罰したり公言しないと約束しよう」
きっと嘘じゃないんだろうなと思った俺は、常々考えていた意見を言ってみることにする。もしも公言されたら完全に不敬罪になりそうだけど。
「俺、いえ、私は商学部の学生ですが、もしも私にも魔法を学ぶ機会があれば、商会で荷物を運んでいる時、突然魔獣に襲われた場合、自衛できます。
きっとこれから、高位魔法師や高位冒険者は、魔獣の大氾濫のため国に確保されるでしょう。
だから商会で雇うことが難しくなると予想されます。
でも、商団や商会の荷が運べなくなれば、王都に住む人の食料や生活用品が手に入らなくなります。
王都が魔獣に襲われることだけが問題なのではなく、王都で生活する全ての者が飢えないよう、予想されるあらゆることを、もっと具体的に考えてみるべきだと思います。
いや、王宮では既に議論されているかもしれません。でも、せっかく高学院で学ぶのであれば、確実に起こる危機に対応できる方法を学びたいです。
そして、それを議論できる環境と、導き手となる存在が必要です」
学校の職員でも教師でもなさそうだからこそ、持論を言うことができる。
もしもこれが教師であれば、生意気だとか学生の分際でと罵倒されるかもしれない。
……さあ、どう返す?
「君は本当に新入生なの? 本当に平民?」
「はい、明日入学式を迎える13歳の新入生です」
「ん? 13歳の? それじゃあ、もしかして君はアコル君?」
「えっ……そうです。どうして私の名前を?」
「フフフ……なる程。これからマキアート教授の研究室に行くんだろう? 私も教授に用事があってね。そうか、君が……うんうん、講師という手があったな」
ちゃんと食べたような気がしないまま、何故だか鼻歌交じりで歩く男性と一緒に、【近代魔法陣研究室】に向かって歩いている。
研究室に近付くにつれ、嫌な予感がしてきた。この流れは、また墓穴を掘った?
研究室を覗くと、そこには誰もいなかった。
ちょっと安心したようなホッとしたような気持ちで、自分が生活する補助部屋へと向かう。荷物は少ないけど引越ししなきゃいけない。
何故か男性が嬉しそうに付いてくるけど、マキアート教授の知り合いみたいだから放置しておこう。
で、ドアの前に立ったら、中から声が聞こえてきた・・・あれ?
今日から俺が住むことになっているんだけどと思いながらも、一応ノックしてからドアを開けた。
・・・あぁ~っ、またか。またこのメンツ?って、ドアを開けた所で脱力する。
「叔父上、ご無沙汰しております」って、俺の後ろの男性が中の二人に声を掛けた。
……はい? 叔父上?
「これはトーマス王子、ようこそ」と、マキアート教授が椅子から立ち上がって、臣下の礼をとる。
えっ? トーマス王子?
「やあトーマス、アコルも一緒か? ちょうどいい入りなさい」
やっぱり墓穴を掘っていた。しかも特大の・・・
ちょっと学院長、俺の部屋で寛ぐのは止めてください。心臓に悪いですから!
そしてミニキッチンに立っている俺。
今日のお茶はハーブティーだ。お茶代請求してもいいかな? いや、無理だな。
お湯が沸くまで、どうしてこうなったのか考えてみる。
トーマス王子・・・確か第三王子(22歳)で、母親は第二側室のミルフィーユ様。マギ公爵様の妹で、第一王女のニーナ様(21歳)も産んでいる。
なんでこんな所で王子様と会ったりするんだろう?
もしかして何かの呪いだろうか? これは、不敬罪を覚悟すべきかな。
仕方ないので覚悟というか、もう何も考えないことにして、ポットだけ持って自分の部屋に向かう。
「本日のお茶は、リラックス効果の高いミントをブレンドしたハーブティーです。お好みで砂糖をお入れください。ティーカップは、モンブラン商会の新作です」
俺が王族である学院長の保護下に入ったと知った会頭が、こういう場面を想定して、新作の白磁のティーセットと銀のカトラリーを持たせてくれた。そこは商人、転んでもタダでは起きない。
俺はマジックバッグから、ティーセットやカトラリー、砂糖容器が入ったバスケットを取り出し、完全に給仕に成りきってハーブティーをカップに注いでいく。爽やかなミントの香りが部屋中に広がる。
「ああ、いい香りだ。給仕としても商人としても言うことはないな」
「ありがとうございます学院長」
学院長はとても満足そうに、そして優雅にお茶を飲み始めた。
これじゃあ暫く、部屋に荷物を出せそうにないな。
なんだろう……モンブラン商会の会頭の執務室と似た雰囲気が……いや、ダメだダメだ。そんな縁起の悪いことを考えたら負けだ。ここは俺の部屋であって、学院長や主任教授や王子がお茶するための部屋じゃない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。