41 入学前のひと時
制服の注文をして教科書を受け取った俺は、逃げるように本店に戻った。
帰り着いた俺を待っていたのは、意外にも本店の皆さんの歓迎だった。
「おめでとうアコル。お前はうちの商会の誇りだ」
「やっぱりお前は、会頭の秘書見習いだけあるな」
「いや、見習いはおかしいだろう。もう商会員試験に合格してるんだから」
なんだか様子がおかしい・・・いったい何があったのかと尋ねたら、本店裏の商会員用の出入り口に、今日の王都新聞が貼り出されていて、昨日行われた王立高学院合格発表の、合格者氏名が掲載されているのだと。
しかも、名前と出身中級学校名と、上位30人は得点までしっかりと公表されていた。
で、1位で合格した俺の名前も得点も、そして出身中級学校の名前の代わりに、モンブラン商会の名前が書いてあった。ああぁぁ……恥ずかしすぎる。
「開校以来の最高点に並ぶ合計得点だったらしいな」と、陶器部のブラガさんが、俺の頭を撫でながら嬉しそうに言う。
「2位を50点近く引き離してのぶっちぎりだ! 俺まで嬉しくなったぞアコル」と、お世話になっている不動産部のマジョラムさんに至っては、俺をガバッと抱きしめて半泣きしている。
「皆さん、ありがとうございます。これからもモンブラン商会の名に恥じぬよう精進しますので、よろしくお願いいたします」と、俺も笑顔で返しておいた。
そして会頭の執務室に行くと、いつもの如くいつものメンバーが待っていた。
「それでは、マキアート教授だけではなく、学院長まで守ると約束してくれたのだな?」
「はい会頭、妖精の話を出したことが功を奏しました」
ブラックカードのことは絶対に言えないので、妖精のことを話して保護してもらうようお願いしたと説明した。
これ以上、ここに居る皆さんを面倒ごとに巻き込みたくない俺は、余計な心配を掛けないよう「これで魔法省も手出しできません」と笑顔で付け加えた。
「ああ、そうだ。セージ部長、マジックバッグを作ってみました。血判登録してみてください」と言って、俺はウエストポーチから手のひらサイズよりも小さなマジックバッグを取り出した。
「随分と小さいなぁ・・・これではノートサイズの物しか入らないんじゃないか?」と、受け取ったセージ部長が首を傾げる。
取り敢えず試してみろと会頭が指示を出したので、セージ部長は会頭の小刀を借りて指先を少し切り、裏返しにしたマジックバッグの魔法陣に血判登録していく。
その途端、小さなマジックバッグが眩しい光を放った。
いつものように光ったので、これで大丈夫だろうと安心していると、皆さんから怪しい者を見るような視線を向けられていることに気付いた。
「今の光は何だアコル?」
「えっ? マジックバッグの血判登録が完了したら光りますよね副会頭?」
「そんな話は初めて聞いたぞアコル。お前は何の素材を使ったんだ?」
「はい会頭。アースドラゴンの新種の、双頭アースドラゴンの皮です」
「はあ? アースドラゴンの新種!?」と全員の声が揃った。
セージ部長は手に持ったマジックバッグを、化け物でも見るような目で見て、手を震わせながらそっとテーブルの上に置いた。
「小さいですけど、上位種素材だから木箱二つくらいはいけると思ったんですが……セージ部長、何か試しに入れてみてください。入ったら割れてもいい商会員用の陶器のカップを幾つか入れて、飛んだり跳ねたり走ったりしてみてください」
俺がニコニコと当たり前のことのように言うので、セージ部長は意を決したような顔をして、マジックバッグをもう一度手に持ち、テーブルの上に置いてあった、マジックバッグよりも長いペンを手で入れる。
「入った!」
「セージ部長、直接手で入れなくても、声に出すか頭の中で念じれば入りますよ」
「「「 はあ? 」」」
「あ、あれ? 商会のマジックバッグは違うんですかセージ部長?」
「商会で使う大型のマジックバッグは、基本、魔術師が出し入れする。私たちが持っているのは、自分の財布や重要書類が入るくらいのモノだから、直接手で入れている」
そこからセージ部長は、先ずノートを入れ、次に書類箱、数冊の本、座っていた一人用の応接セットの椅子、最後はちょっと興奮しながらテーブルを入れた。
「それでは、テーブルの上にこのカップを置いたまま入れてみてください。そして、一階まで小走りで行って帰って来てください」
「いや、まだお茶が残ているぞアコル。マジックバッグが濡れてしまう」
凄く困惑したような顔で、セージ部長は首を横に振る。
でも俺は、にっこりと微笑み、有無を言わせずドアを指さした。行けと。
そして待つこと数分、帰ってきたセージ部長はハアハアと息を切らしていたが、念じるだけでテーブルを元の位置に戻した。
「「「 ・・・・・・ 」」」
「ほら、大丈夫だったでしょう。きっとこれで陶器も大丈夫だと思います。先ずは割れてもいい廃棄品などで試してください。あっ! 折角だから会頭の執務机を入れてみてください。入らなかったらテーブルが上限です」
全員の視線が、お茶が入ったままで倒れずに立っているカップに釘付けになっているけど、お構いなしに最後の検証をするようお願い?した。
結局、執務机もあっさりと入ったけど、セージ部長の魔力が限界だったので、これより大きなものを試すのは止めた。何故か皆さん、とってもお疲れの様子だったので、俺は冷えたお茶を淹れ直すことにした。
◇◇ パリージア(アコルの母) ◇◇
「ごめんください。アコル君のお母さんはいらっしゃいますか?」と、店先で若い男性の声がした。
ちょうど出来上がったばかりのポーションを、店の棚に並べようと思っていた私は、店の奥から「はーい」と返事をしながら出ていく。
「あら、モンブラン商会の王都支店のバジルさん。ご無沙汰しています」
そこには、アコルが買ってくれたこの家を、引っ越すまでの間ずっと管理してくれていたアコルの友人であるバジルさんが立っていた。
「お母さん。今日は嬉しい報告を持ってきました。アコル君は、王立高学院の試験で1位になったんです。それと、アコル君が提案していた王宮花壇の管理、うちの商会に決まりました」
「えっ? アコルは確か、先日の推薦試験で合格していたんじゃなかったかしら?」
「ええ、そうなんですが、なんでも個室を確保するために、一般入試を受けろと指示されたみたいで、それで受験したら1位だったんです」
バジルさんはそう言いながら、王都新聞を広げて見せてくれた。
アコルったら、目立たないよう地味に学生するって言ってたのに、これじゃあ無理ね。それにしても1位って……どこまで規格外なのかしらうちの息子は。
「それじゃぁ、個室も確保できたのかしら?」
「そうみたいです。先程本店からマルク人事部長が来られて、私にいろいろと指示を出しながら教えてくださいました」
それは何よりだったわ。これで暫く魔法省とか軍とか王族の目は誤魔化せるわ。
「知らせてくださってありがとうございます。そう言えば王宮花壇の管理って、うちが受けるのかしら?」
「そうです。それで、王宮花壇の管理の仕事は支店が窓口になって、私が担当者になったんです。初めての担当がアコル君が取ってきた仕事だなんて、本当に嬉しいです。これからよろしくお願いします」
アコルから、初めてモンブラン商会で出来た大切な友達だと聞いていたから、きっと担当者に推薦したのね。アコルのそういうところ……父さんにそっくりだわ。
「こちらこそよろしくお願いします。王宮の仕事だなんて、アコルも無茶ぶりが過ぎるわね。それで、見積書とか計画書はあるのかしら?」
私はバジルさんを来客用のテーブルまで案内し、一緒に座って打ち合わせを始めることにした。
「はい勿論です。アコル君は絵も巧いので、とっても分かり易い指示書が届いています。出来れば明日にでも、王宮へ行って現場の確認をお願いしたいと思いますが、ご都合はいかがでしょうか?」
バジルさんは持ってきた沢山の書類を出しながら、本契約を先に結んでくださいとお願いし、王宮へ行く段取りまでしてくれる。
「明日の午前中なら大丈夫です。あ~っ!でもアコルったら、花の苗は何処で育てる気かしら」
「その件なら本店の不動産部から指示が出ています。
この建物は、アコル君が買った部分以外は賃貸になっているんですが、その部分と裏庭を含めて全てモンブラン商会が買い取りました。
そこで、この建物の屋上で苗を育てるようです。
次の休みにアコル君が帰って来て、土魔法で三階の廊下から階段を作り、屋上に出れるようにして補強もするとか・・・いつ聞いても、アコル君の魔法の力には驚きます。
私も手伝いに来ますので、それまでに必要な種や肥料などを買い出しに行きましょう。人件費以外の経費は、全てモンブラン商会が支払いします」
バジルさんは本当に嬉しそうに話しながら、商会員になって3年で、傘下の商団や商店の仕事を任されることは滅多とないので、つい実家の両親に自慢してしまったと、照れながら教えてくれた。
バジルさんのお父さんは下級地区の役人で、お母さんは中級学校の食堂で働いているそうだ。
来年からメイリが中級学校に行く予定だから、きっとお世話になるわね。
そして高学院入学前の休みに帰ってきたアコルは、信じられない速さと技術で、屋上までの階段を土魔法で作り、屋上にも小さな階段上の部屋を作ってしまった。
ちょっと見ない内に、どんどん常識から外れていく息子を眺めながら、一応は褒めたものの、つい大きな溜息を吐いてしまったのは仕方ないわよね。そう思うでしょう?父さん。
王都で雪が積もることは殆どないので、裏庭のない建物は、屋上が洗濯干し場になっている。だから突然現れた屋上の作業部屋に、近隣の建物の住人たちが驚いていた。
おまけに貯水槽まで土魔法でちょちょいと作り、バジルさんの魔法の訓練だと言って、コツコツ水を溜めるよう指導していた。
いくら同期生でも、4歳も年上のバジルさんに指導するのはどうなのかしらって、つい口を出してしまったら、「アコルは王立高学院を卒業したら、幹部候補として働くことになります。私はアコルの下で働きたいと思っています。だから、同期であっても、私の魔法の師匠であり、目標でもあるアコルの指示なら喜んで従います」って、キラキラした瞳で力説された。
……ああ、なんだか申し訳ないわ。でもアコルのことを認めて、大事に思ってくれている仲間が居るって、本当にありがたいわね。昼ご飯は腕を振るわなきゃ。
「ねえねえアコルお兄ちゃん。今度はいつ帰ってくるの?」
バジルさんと一緒に昼ご飯を食べていると、メイリがアコルに話し掛けた。
「そうだなあメイリ。月に二度は外泊可能な休みがあるから、10月の中頃かな」
「そうなんだ……あのね、あたしもいっぱいお勉強をして、絶対に王立高学院に入学するわ。モンブラン商会は女の子でも推薦してくれるかなあ?」
可愛い妹にデレデレしているアコルは、「いっぱい勉強したら大丈夫だぞ」って答えて、ポケットから飴を取り出した。
家に帰ってくる時は、必ず妹にお土産を買って帰るまめな兄である。
父親が居ない分、アコルはかなりメイリを甘やかせている。お兄ちゃん大好きなメイリは「将来お兄ちゃんのお嫁さんになる」と言って、アコルを泣かせている。
その光景を微笑ましそうに見ていたバジルさんは、以後うちに仕事で来るたび、必ずメイリにお菓子や文房具などのお土産をくれるようになる。
兄しか居ないバジルさんは、うちに来る度に「何故うちには妹が居ないんだ!」って叫ぶのが、お決まりのようになってしまうとは、この時は全く気付かなかったわね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章がスタートします。次の更新は6日の予定です。