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40 謎の新入生

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

 俺はハッとあることに気付いて、この場を少し離れることにする。


「よろしければ、お茶をお淹れしてもよろしいでしょうか?」


「ああそうだった。君は私専用の雑用係だったな。よろしい美味しいお茶を頼むよ」


「かしこまりました」


 俺は深く頭を下げて、一旦補助部屋から下がってミニキッチンに向かう。


 今日のカップは、会頭と副会頭から合格祝いで貰った白磁のカップにしよう。王宮や他国への献上品になるような上級品ではなく、少し絵付けがずれている部分のあるものだけど、買ったらきっと2客で金貨3枚(30万円)は下らないだろう。


 ポットも白磁だけど何も絵が描かれていない。これはマルク人事部長とセージ部長からの合格祝いだ。


 ……俺は本当に恵まれている。こんなに可愛がって貰っているんだから、絶対に商学部を首席で卒業して、大商人になるため努力する。


 今日のお茶は薬茶だ。

 疲れが顔に出てたから、少し甘みを加えて疲労回復効果のある薬草を入れる。

 お茶を淹れながら深呼吸をして、心と気を整えよう。


 自分のキャラが決まらないので落ち着かないけど、こうなったら度胸を決めて向き合うしかない。王族でもある学院長に、噓をついても結果的にいいことにはならないだろうから、自分の信念を貫くことにしよう。


 俺は再び補助部屋に戻り、ワゴンからテーブルにカップを置き、丁寧にポットからお茶を注いだ。

 薬草のちょっと苦そうな匂いと、甘い匂いが混ざって広がっていく。


「疲れを癒す効果の薬茶です。少し苦味もありますが、効果は保証いたします」


「白磁か……会頭の秘書見習いというのは本当らしいな」と学院長はカップを見ながら頷く。


「うん、この前のハーブティーも美味しかったが、このお茶もほんのりと甘みがあって美味しい。ところでアコル君、今この部屋に入った時と、先程入室した時と比べて、ドアに何か違う感じはしなかったかね?」


 マキアート教授はお茶を一口飲んでから、妙な微笑みを浮かべて質問した。


「そうですねえ、ワゴンを押していたせいかと思いましたが、後の方が軽かった気がします」


 どうしてドアのことなんか訊くんだろうと思いながら、ちゃっかり自分用のカップもマジックバッグから取り出して、残っているお茶を注いでいく。

 自分のカップは普通の陶器製だ。とは言っても、うちの商会で買ったので貴族が使う物と同じレベルだ。うん、今日のお茶も美味しい。


「そのウエストポーチは、マジックバッグだね。何故陶器が割れないんだろう?」


「そういうマジックバッグだからです。マキアート教授」


 しまった! でも今更誤魔化せないから、正直に答えるしかない。


「君は何者なんだろう? 

 この部屋のドアには、特殊で高度な魔法陣が書かれていて、魔力量が100を超える者か、魔法陣を解除できる者でないと開けられないんだよ。


 なのに、君はそれをあっさりと解除し部屋に入ってきた。二度目にドアを開けた時は私が解除してたが、君はドアがちょっと軽くなったと言った。

 君が私の【近代魔法陣研究室】を選んだのは、既に魔法陣を学んでいるからと考えていいんだろうか?」


 マキアート教授が俺の瞳を真っすぐ見て、とんでもないことを言った。


 ……魔法陣? ドアに魔法陣が書かれていた? ええぇっ!


「もしかして、泥棒避けに魔法陣を?」


「フッ、その答えじゃ合格はあげられないなアコル君。君の母親は薬師ってことだから、この学院の卒業生だね」


「はい、そうですマキアート教授。母はB級魔術師の資格も持っています」


「やはり、母親から学んだのか。で、母親は上級貴族の出かな?」


「いいえ、準男爵家です。しかも家出をして絶縁状態です」


 不味い不味い。だんだん話が母さんのことになっていく。母さんの実家の人に、王都に居ることは知られたくないのに・・・

 いったい何を知りたいんだろう? 魔法陣なんて全く気付かなかったよ。


 どうしたらいいんだ!って心の中で叫んでいたら、俺のことを静かにじっと見ている学院長と目が合った。


 学院長は何かに気付いたのか、驚いたように目を見開き、ゴクリと唾を吞み込むと、テーブルの上に両肘をつき、自分を落ち着かせようとするように、いや、まるで神に祈るかのように、少し震えている手をゆっくりと組んだ。


 そして再び俺をじっと見つめて、今度はぎゅっと目を閉じた。

 さっぱり訳が分からない。もう帰りたいな。帰ってもいいかな?


「マキアート、そうじゃない。そっちじゃない。アコルの魔力量は100を超えているんだ」


 学院長は首を横に振りながら、信じられないけど、そうに違いないと、真実を確かめるように俺を見てそう言った。


「な、何を! そんな子供が居るはずない。アコルはまだ13歳だぞ!」


マキアート教授は椅子から立ち上がり、そんなはずはないと否定する。


 ……ああ、俺がドアを開けたから、魔法陣の解除をしたのか確認したかったんだ。そして、魔力量が100を超えているなんて思ってもいなかったんだ。


 部屋の中に、重くて居心地の悪い沈黙が広がる。

 時間にして5分足らず、マキアート教授は思い出したように椅子に座った。

 俺はこの場を収拾するため、覚悟を決め立ち上がる。


「これから私の秘密をお話ししますが、これだけは譲れないので先に言っておきます。私の目標は薬を扱う大商人です。決して魔法省で働いたり軍で働きたい訳ではありません。そして、王族やヘイズ侯爵派に殺されるのも御免です」


 ここで飾った言葉や回りくどい表現を使っていたら、俺の真意など伝わらない。

 建て前は後から取り繕うから、今は本音で勝負しよう。


「ウッ、本当は魔法部に入学したかったけど、平民だから商学部に入るしかなかったんじゃないのか?」


「いいえ、違いますマキアート教授」


 俺は真剣な表情で、完全否定して首を横に振った。


「王族やヘイズ侯爵派に殺されるのも御免? それはどういう意味だ! 王族やヘイズ侯爵派が君の命を狙っているのか? はあ?」


 いったい何の話を始めるんだって顔をして、学院長は絶句した。


 俺はフ~ッと大きく息を吐いて、マジックバッグから冒険者ギルドで発行された、もう一枚の登録証を取り出し、完全に固まっている二人の前に置いた。


「「 ブラックカード!! 」」


「はい、そうです。これが私の秘密です」


「「・・・ほ、本物? 」」


「はい、私の魔力量は最近100を超え、冒険者ランクはASくらいです。

 このブラックカードについては、冒険者ギルドの中でも極秘事項となっています。


 それは何故か……知られたら軍や魔法省に利用され、魔獣討伐で消されるからです。

 現に、妖精と契約したことを知られた私は、魔法省副大臣の命令で連行されそうになりました。


 保護という建て前はありましたが、保護しようという者が、希少な妖精使いを兵士に連行させるでしょうか? 私は、魔法省も軍も信用できません。

 それに王族は……自分たちよりも魔力量が多い子供なんて、認めたくない……いえ、認められないでしょう? 学院長」


 俺は自分の魔力量とレベルを正直に話すことで、これまで自分に起こった出来事の信憑性を上げていく。ブラックカードを見せた効果は大きいはずだ。


「魔法省副大臣に連行されそうになっただと?」


「はい学院長。だから私は3年間も身を隠さねばならなかった。そしてこれからも自分の身を守るため、高学院を受験したんです」


 学院長の瞳に険吞な揺らぎが見える。この揺らぎは、俺という存在を許せないという感情からきているのか、それともヘイズ侯爵に向けられた揺らぎなのか、まだ判断できない。


 ……こちらはもう、切れるカードをきってしまった。


「君は妖精と契約しているのか? それでは、君はレイム公爵家かサナへ侯爵家の血族ということなのか?」


「いいえ、それは分かりませんマキアート教授。むしろ私が知りたいくらいです。私は捨て子だったんです」


 やばい、なんでこんな重要なことをペラペラと話しているんだ俺は!


「分かった。君は、アコルは王立高学院の学生だ。学院長として誓おう。君を傷付けようとする権力から、この私が絶対に守って見せると」


 学院長が俺に向ける視線に迷いは見えない。きっと本当にそう思ってくれているんだろう。


「私も誓おう。君の力を最大限に活かせる環境を作り、必ず君をS級魔法師にしてみせると」


 もしもーし、俺は商学部の学生だって言いましたよね? そんなガッツポーズをとって気合を入れられても、うっかり同意なんてしませんよ。


「マキアート教授、私は商学部の学生です。目標は大商人ですが、来る魔獣の大氾濫を止めるため、魔法師の勉強はしたいと思っています。思う未来は同じだと受け取ってよろしいでしょうか?」


「「 もちろんだ 」」


 ……ああ良かった。なんだか丸く治まった?ような気がする。今がチャンスだ!


「ということで、これからもよろしくお願いいたします。それでは私は失礼します」


 俺はそう言うと、テーブルの上のブラックカードとカップとポットをサササと急いでマジックバッグに収納し、にっこりと微笑んでその場を立ち去った。


 ……よーし、逃げたもん勝ち!


 まだ頭の中がぐちゃぐちゃで整理できない。でも、どうやら学院長もマキアート教授も敵ではないようだ。油断する気はないけど、これで個室の確保はできた。




 ◇◇ マキアート教授 ◇◇


「逃げられましたね」


「そうだなマキアート。しかし、希望の光が差したと思わないか」


 まだぼんやりと、現実を受け止めているようないないような感じで学院長を見ると、親友でもあるモーマット様は、嬉しそうに微笑んでいた。


「そうですね。しかし、妖精と契約できるというのは……慎重に調べるべきでしょう」


「私の母はサナへ侯爵家の者、もしも彼が我が血族であれば、なんとしても守らねばなるまい。例えレイム公爵家の血族だったとしても同じこと」


 ブラックカードに妖精との契約・・・凄い爆弾を落として立ち去った少年は、これまで苦労を重ねてきたのだろう。魔法省に追われて身を隠していたとは、ヘイズ侯爵は許し難いが、よくぞ生き延びてくれた。


 きっと彼は、私たちの、この国の希望となるだろう。

 だからこそ、誰にも手出しできないよう、我々が守り育てねばならない。


「しかし、目標が大商人とは・・・惜しい、どうして商学部なんですか!」


「私に文句を言うなマキアート。どうしてもというなら、商学部を卒業してから、魔法部の2年に編入させればいいだろう。最年少ながら筆記試験で496点を取る天才だ」


「おおっ!その手がありました。私は絶対に諦めませんよ。本当の身分が分かるまで、学生でいた方が安全ですし、きっと彼なら在学中に国家認定魔法師になれます。ああ、入学式が待ち遠しい」


 上手く逃げたつもりのアコルだったけど、残念ながら完全に囲まれてしまったことを・・・まだ知らない。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話の更新は4日(月)の予定です。


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