番外編15 結婚式(2)
それはとても美しい花嫁だった。
あの激辛毒舌のカイヤさんが、あの嫌いな貴族をプチッと踏み潰しそうなカイヤさんが、ほんのりと頬を染め、今まで見たことのない笑顔を浮かべ、会場の中心に敷かれた深紅のカーペットの上を、新郎であるレイトル王子と一緒に歩いてくる。
「まあカイヤったら、あんなに派手な衣装は嫌だと言っていたのに、兄がプレゼントした薄ピンクのグラデーションドレスを着ることにしたのね」
「ええミレーヌ様、兄のボンテンクさんが、自分の持っている一番大きな魔石を売って購入したらしいですわ。
フフ、でも、さすが兄ですわね。カイヤの美しさをより引き立たせているわ。
ティアラは覇王様からのプレゼントだそうですが、覇王探求部会メンバーが心血注いで作ったとか」
「素敵ですわねミレーヌ様、ノエル様。ああ、私も結婚したくなった気がしますが、相手が居なくては無理ですわ。それに仕事が楽しくて楽しくて」
結婚はしたいけど、やっぱりエリザーテさんは仕事なんだ。
学園都市組のいつもの会話に、なんだかほっこりする。
結婚式の終盤には、国王の祝辞や各領主の祝辞が続き、最後は学園都市の代表者であるログドル王子が締め括った。
その後、会場を移して行われた披露宴では、俺が乾杯の音頭をとり、友人代表でノエル様とミレーヌ様が挨拶をした。
この規模でのパーティーは近年なかったこともあり、2人を祝うというより各領地、各貴族同士の情報交換や社交の場になっている。
それはそれで、平和な時代が戻ってきたことを意味しているよな。
だとすれば、覇王としての俺は、そろそろ表舞台から降りてもいいんじゃないかと思ったりする。
王族もひと昔前とは違って責務を果たしているし、次期国王を目指すトーマス王子は、あと半年で旧ワートン領の領主代行の任を終え、王都に戻って法務大臣になるらしい。
次はログドル王子が、旧ワートン領の領主に就任する予定だが、本人は学園都市を出たくないから、自分よりルフナ王子を推すつもりのようだ。
財務大臣から法務大臣になっていたレイム公爵は、次は国務大臣に就任する。
初代覇王様の時代から国務大臣を務めてきたワイコリーム公爵は、次代の覇王様を探す役割は終えたとして、新しく調査部門を加えた【警備・情報部】を立ち上げ、国の規律を正すそうだ。
これまでの王宮警備隊と警備隊を一つにまとめ、国家警察大臣に就任する。
……調査関連は、ワイコリーム公爵家のお家芸みたいなものだから、今後はより厳しく貴族を取り締まるに違いない。妖精たちも活躍しそうだ。
王宮警備隊の隊長(騎士団長)は引退し、副隊長はワイコリーム公爵の下で副大臣に就任するらしい。
魔獣討伐専門部隊は解体され、隊員の多くは魔法省と国家警察の上官として組み込まれる。4割の隊員は、地方の中級学校・高学院で魔法を教える講師や教授になるという。
そんな情報を、俺のところに挨拶に来た宰相のマリード侯爵が教えてくれた。
マリード侯爵家は、隣国ニルギリ公国との交易が好調で、火山噴火や大水害で負った損失分を、予想より早く取り戻したと、嬉しい追加情報を教えてくれた。
まあ、ドバイン運送とマーガレット商会への出資で、懐も暖かいはずだ。
◇◇ ミレーヌ ◇◇
宴もたけなわって頃に、会場の外が何やら騒がしくなった。
何かしらと耳を傾けると、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきたわ。
「なんて無礼なの! 私は新郎であるレイトル様の従妹で、元領主の娘よ!」
「申し訳ありませんが、招待状の無い方は、どのような身分の者でも入場できません。もしも強引に入ろうとする者がいたら、捕えて牢に入れろと王様と領主様から厳命されています」
ああ、対応しているのは王様の護衛としてやってきた王宮警備隊ね。
あの制服が、王宮警備隊のものだと気付かないのかしら?
「信じられないわ。いえ、あの方らしいと言うべきかしら。
呼ばれてもいない結婚式に、新婦より派手なドレスで乗り込んでくるなんて、親は見て見ぬふりなのかしら、それとも親の目を盗んで来たのかしら」
「シルクーネ、あれだけの支度をするには、こっそりと……は無理ですわ。
あら、向こうから急ぎ足でやってくるのは、シャルミンさんのお母様ではなくて? 服装は平服だから連れ戻しに来たのかしら?」
ノエル様の指さす方を見ると、確かに元サーシム侯爵夫人だわ。
昔の派手に着飾っていた面影が全くないくらいに、すっかりやつれてしまっているけれど、あれは確かにシャルミンさんのお母様ね。
あらあら、途中で警備隊員に止められてしまったわ。
「そこをどきなさい! 私の叔母は側室のユリアーナ様よ。私は叔母さまに用があるのよ」
「まあ、もしかしてシャルミンさん? 留年後、体調不良で王立高学院を休学され、そのまま退学されたと聞き、私、とても心配していたのよ。
どうなさったの? ここの会場には、覇王様、勇者様、王様や王妃様もいらっしゃるから、招待状が無ければ入れないわよ」
高学院退学という不名誉な真実を話しながら、一応、大丈夫?と心配している感も出しておく。そして笑顔で、シャルミンさんと王宮警備隊5人の間に入っていきます。
「えっ、ミレーヌさん? 何故貴女がここに居るの?」
心底驚いたという表情で私を見たシャルミンさんは、直ぐに憎しみの籠った瞳で睨み付けてくる。
「まあ嫌だわシャルミンさん、花嫁のカイヤさんは親友ですわ。当然、執行部の仲間は全員が招待されていましてよ」
伯爵家の娘が魔法攻撃だの魔獣討伐をするなんて、貴族令嬢として恥ずかしくないのかしらと、散々バカにされてきたシルクーネが、いい笑顔で止めを刺したわ。
お花畑の頭では、新婦の友人が招待されていることさえ予想できないみたいね。
「な、なんですって! 暴力女の貴女如きに招待状が?」
悔しそうに両手をわなわなと震わせたシャルミンさんは、あろうことかシルクーネに向かって右手を振り上げたわ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
6月6日、【深遠の先へ ~20XX年の終わりと始まり。その娘、傍若無人なり~】という新作をスタートさせました。読んで頂けると嬉しいです。
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