番外編5 勇者学園編入試験(1)
◇◇ メイリ・ドバイン・アエラボ ◇◇
……こういうのを、いちゃもんをつけるって言うのかしら?
振り向くと、防具にもなる高級そうな革の上着に、普通の冒険者では買えない高価なブーツを履いた、20歳くらいの如何にもお貴族様ですって感じの、背の高いガッチリ体型の男が、私を見下すように立っていた。
……これは、貴族以外を人間とは認めず、女性の社会進出を嫉むダメな貴族ね。
「勘違いした無能? ・・・ええ確かに。
勇者様のお考えが理解できない無能に、古い考え方しかできない時代遅れの貴族。そして弱者と見るや威張り腐る無能は何処にでもいるわね」
私はクスリと笑って、見下してきた男に憐みの視線を向ける。
「な、何だと!」
激昂した男は、わなわなと両手を震わせ私を睨みつけ近付いてくる。
「試験前に問題を起こせば、間違いなく不合格だろうな」
激怒した男の後ろから、冷めた表情で第三者の男が声を掛けてきた。
時代遅れの勘違い貴族とは違い、なんとなくラリエスお兄ちゃんに似た貴公子オーラを放っていて、細身だけど精悍な目つきの男性だ。
至極もっともなことを言われたいちゃもん男は、顔を顰め「覚えていろ」と私を睨み、捨て台詞まで吐いて立ち去って行った。
「大丈夫かい?」
「ええ、問題ないわ。ありがとう」
……確かに、試験前に問題を起こすのは良くないわね。
そんな感じの縁で仲良くなった男性は、レイム領の子爵家三男だった。
名前はレフィルで18歳。今年レイム高学院を卒業したそうだ。
レイム領は優秀な学生が多く、勇者学園の上級魔法コース奨学生の選抜試験は苛烈を極めたらしい。
残念ながらレフィルは奨学生にはなれなかったが、編入試験で一般入学すれば就職先は自由に選べると思考を切り替え、卒業後は冒険者として活動し、入学に必要な資金を貯めていたそうだ。
冒険者ランクはCBで、受験のため懸命に魔力量を70まで上げたらしい。
試験開始までレフィルと一緒に学園内を見学し、休憩しようと中庭のベンチに向かうと、途方に暮れた感じの女性がベンチで俯いていた。
「どうかされましたか? 私と同じ編入試験を受ける受験生ですか?」と私は声を掛けた。
涙を浮かべたその女性は、は~っと溜息を吐いてから事情を話し始めた。
「実は、合格できたら借りる予定だったアパートが、男子専用だったの。
10月から入学している先輩に泣きついたら、学生用の安いアパートは何処も一杯だから学園で斡旋して貰えって。
学生部で訊いたら、家賃小金貨3枚の物件ならあるって。高くて無理・・・」
彼女の名前はユリーカで、マギ領の男爵家長女。レフィルと同じで今年マギ高学院を卒業した17歳だった。
兄2人は王立高学院を卒業しており、長男はマギ領の魔法師部隊で働き、次男は事務官をしていた。
兄2人は初回の覇王講座を受講しており、王立高学院特別部隊の活躍を兄から聞いたユリーカは、自分も強くなって皆の役に立ちたいと考えたらしい。
ユリーカはマギ公爵令嬢ミレーヌ様の信奉者で、学園都市で貴族管理部長をしているミレーヌ様に会えるのを、とても楽しみにしていると言う。
「ユリーカさん、私に心当たりがあるわ。少し狭いけど家賃は夕食付きで小金貨2枚くらいよ。合格したら入室できるか訊いてみるわ」
「えっ、本当に? 夕食付きで小金貨2枚? ご、合格出来たらぜひお願い!」
涙目から一変、キラキラ目になったユリーカは、私の両手をとり何度も頭を下げてお願いする。
お兄ちゃんが買った家は、従業員用の小部屋が6部屋あって、その内2部屋は弟のミゲールが自分の部屋として使っているけど、まだ4部屋は空いている。
仲良くなった2人と一緒に、受験会場である演習場に移動する。
私の受験番号は36番で、受験番号は年齢順だから受験者は36人だ。
演習場に整列した受験者を見回すと、ユリーカの他にも女性は3人いた。
受験者は、自分の魔力量と冒険者ランクを試験官に申告していく。
「これから魔法攻撃試験を行う。7メートル先の土壁を破壊し、10メートル先の動く的に攻撃を当てられた者から順に、魔力適性と魔力量測定に向かってもらう。
C級魔法師又は魔法陣を学んでいる者は、魔法陣を使った攻撃でも構わない」
よく通る大きな声で指示を出した試験官は、私のよく知るデルおじさんだった。
そう言えば【宵闇の狼】を引退し、ボランティアで講師をしているってアコルお兄ちゃんが言ってたな。
私を見付けたデルおじさんは一瞬驚いた顔をしたけど、何事もなかったようにスルーしてくれた。
……ユリーカの冒険者ランクはCBだった。流石マギ領の貴族だわ。
いちゃもん男の受験番号は5番で、土壁を派手な土魔法で破壊し、10メートル先の的も小石を飛ばし当てていた。
3番、4番の受験者が的当てできずに脱落したせいか、ドヤ顔で私の方を見て、魔力測定会場に移動して行った。
……ちっさ。冒険者としても貴族としても、器が小さすぎるわ。
レフィルとユリーカは難なく課題をこなし、心配そうな視線を私に向けて次の場所へと移動していった。
次の会場に移動できたのは30人。脱落した6人は動く的に苦戦していた。
私? もちろん何の問題もなく、地味な魔法陣攻撃でクリアしておいたわ。
私の最大の悩みは、風適性が弱いこと。
つい最近使えるようになった適性だから仕方ないけど、魔獣と戦う時に上手く発動できるよう、勇者学園でしっかり学びたい。
大きな声では言えないけど、私には5つの適性がある。両親が持っていた適性を全て使えるなんて、凄く珍しいんだって。
……きっと王宮の温室で、たくさんの妖精たちに囲まれていたお陰ね。
「最終試験は、10メートル先にあるビッグベアーもどきの土の的を、半分以上破壊してもらう。破壊するまでに要した時間と、攻撃回数で採点される」
新しい試験官は3人で、説明している人は学園都市冒険者ギルドのギルマスじゃないかな?
時間を計る審判は2人いて・・・あら? 軽く変装して座っているけど、あれはノエルお姉さまとミレーヌ様だわ。思わず2度見しちゃった。
……審判に女性を配置するなんて、何かありそうね。
……ん? ちょっと待って。的を作っているのはボンテンクお兄ちゃんとトーブルお兄ちゃんじゃない? 法務部長と宰相が何をやっているのかな?
ちょっと変装したぐらいじゃ、私の目は誤魔化せないわよ。
ボロボロになってるけど、それ、昔の覇王軍マントよね。もうちょっと深くフードを被らなきゃ学生にバレるわよ。
……いや、あの2人は偉くなり過ぎて、勇者学園の学生では面識がないかも。
的の数は2つで、2人が同時に攻撃を開始するみたい。
演習場の見学席に座っているのは、きっと上級魔法コースの在校生だろうな。
編入試験は今回が2回目で、前回の合格者は10人だった。
魔法省や軍の高官が、卒業後はぜひ来てくれと編入学生を勧誘するらしい。
……軍も魔法省も人手不足だから、今回の合格者は多いという噂よね。
「おい、なんで子供が混ざってるんだ?」
「しかも女の子だ。あれで魔力が70を越えてるのか?」
「でも、最終試験まで残ったんだろう? 信じられない」
後方の見学席から、いろいろな声が聞こえるけどスルー。
最終選考は、冒険者ランク順に試験を行うので、この試験でも私は最後だ。
一番高いランクの受験者はBランクで3人。CBランクが8人。Cランクが18人で、Dランクは私だけ。
「最後は、受験者の中で一番ランクが低いメイリと、最近Cランクになったばかりのエボデルだ」
試験官が順番を発表し、最初に名前を呼ばれた2人が前に出ていく。
私の対戦相手は、エボデルって名前らしい。
「ちょっと待て、なんで私が最後なんだ? 私は子爵家の人間だぞ! こんなガキと対戦するなんて納得できない! 私のことは家名で呼べ!」
最後に名前を呼ばれたことが納得できなかったようで、エボデルという男が前に出て試験官に文句を言った。
……フーッ、またこの男? どんな悪縁よ!
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