356 葛藤する心
冒険者ギルド学園都市支部で仮説をまとめたラリエスは、王都の冒険者ギルド本部に出掛けて行った。
覇王探求部会の協力部会員になっている冒険者たちに、大雨によって山の魔力量が減少しているのかを調査してもらうために。
俺はその間、久し振りにアホール山へと向かう。
ブラックドラゴンの雌の様子を監視し、できるだけ早急に討伐するため、巣の移動等を確認する必要がある。
うん、間違いなく討伐すべきだ。だよな?
だが、あの翼は人間にも役立つ塗り薬になり、心臓や血液、他の部分も有効に使える可能性が高い・・・う~ん・・・つい葛藤してしまう。
薬師であり商人でもある俺の心が、覇王であろうとする俺との間で。
……もう少し大きくなってからでも・・・
……いやいや、雄は小さくても魔獣を操るし、雌は雄を操る。
俺がこの手でブラックドラゴンを絶滅させることになるのかと思うと、少しばかり抵抗もある。
でも、もしかしたら、この大陸の何処かに、ブラックドラゴンの群が生息しているかもしれないぞ。
『アコル、ちょっと何なの? また心の声が漏れてるわよ。
あいつらは魔獣にとっても敵よ! 人間にとっても敵以外の何物でもないわ。
まだマジックバッグの中には、幼体を含め10頭以上は収納してあるでしょう?』
「そうだねエクレア・・・あれだけあれば、覇王学園の創薬学部で新薬の研究をする分には十分だろうね。
だけど、製品として販売するなら十分とは言えない気もする。
モンブラン商会が、今月から試しに医院や薬局限定で販売を始めた塗り薬は、発売と同時に売り切れ、既に半年先まで予約待ち状態なんだよ。
軽傷の傷は完全に塞がるし、軽度の火傷にも対応できる優れものだからさ」
とは言っても、市販用に俺が作った塗り薬は、レイム領で作った重傷者用のものとは違い、中度のケガにぎりぎり対応できるという品質だ。
ブラックドラゴンの雄の翼なら3センチ四方の小片で150個、雌なら2センチ四方で200個作れる。
……ありがとうございます、全ては古代魔術具を遺してくださった初代覇王様のお陰です。
モンブラン商会に容器の瓶と製品名を任せたら、【ドラゴン印の軟膏】という名前で、瓶にはランドルっぽい絵が……ん? ドラゴン印が商標?
製作者が俺ってバレるよね?
出来上がったラベルを見た俺は、当然会頭に文句を言った。
……いかん、このままだと、ドラゴン印の○○って製品が増える気がする。
「薬草が絶対的に不足しているこの時代に、凄いポーションや軟膏が誕生したら、それはもう覇王様が作られたのだと医師も薬師も分かるでしょう?
なのに、今更何を隠す必要があるのでしょう?
こうしておけば、怪しい奴が偽物や粗悪品を作る心配がなくなります」
俺の苦情は、逆に会頭から指導され呆れられることになった。
うちの各支店で扱っているポーションは、【薬種・命の輝き】が作っていると知られているのに、信用第一のモンブラン商会が、製造元を隠すことはできないと会頭に言い切られた。
「それに覇王様はご自分が商人だと公言されているのですから、本当は覇王印の軟膏にしたかったくらいですよ。
それよりも、早く次の注文分を作ってください。軍と警備隊からも購入したいと泣きつかれているんですから」
ドラゴン印の薬品販売を任された副会頭が、溜息を吐きながらせっついてくる。
……うわぁぁぁ、危ない危ない。覇王印の商標が誕生するところだった。
ブラックドラゴン素材は、覇気を使うし魔力的に考えても俺にしか作れない。
マジックバッグ同様、俺は自分で自分の首を絞め睡眠時間を削っている。
エクレアに呆れられながら、そんなこんなを考えていると、いつの間にかアホール山に到着していた。
俺はブラックドラゴンに気付かれないよう、ランドルの高度を上げさせ、頂上に近い高さからアホール山全体を見下ろす。
すると眼下で、一際大きなブラックドラゴンと、グレードラゴン3頭が戦っていた。
……えっ? グレードラゴンがブラックドラゴンを?
……いや、ちょっと待って! あれって、幼体が居る巣を襲っているのか?
激しく戦っている4頭の斜め下で、やや小さなグレードラゴン2頭が、ブラックドラゴンの巣から幼体を引きずり出そうとしているじゃないか!
俺の大事な素材がー! と焦って急降下するようランドルに指示を出そうとしたら、ギギキキ、ギョギョーと、いつもの不快音が微かに聴こえてきた。
成獣が出す洗脳音よりちょっと高い音で、その洗脳音はどこか不安定だが、巣を襲っていた2頭の動きはぴたりと止まったように見える。
しかし、上空で雌のブラックドラゴンと戦っている3頭は動きを止めない。
……小さくても、近くに居る魔獣なら、グレードラゴンも含めて洗脳できるってことだな。
ここは様子見するのが正しいだろうと、ランドルには上空で待機してもらう。
ブラックドラゴンもグレードラゴンも、俺にとってはどちらも討伐対象である。
龍山で起こった縄張り争いのように、敵同士が戦ってくれるのなら、俺は勝敗を見届けてから戦えばいい。
先ず動いたのは巣を襲っていた2頭のグレードラゴンで、洗脳が成功したのかフラフラと何処かへ飛び立っていった。
その僅か5分後には、グレードラゴン1頭が断末魔の叫び声をあげながら山の中腹に落下していく。
ブラックドラゴンの雌は、他種の洗脳もできないし炎も吐けない。
だが、少々グレードラゴンに噛み付かれようが爪で翼を傷付けられようが、脅威の回復能力で元通りになっていく。
一見優勢に見えたグレードラゴンだが、既に形勢は逆転しつつある。
20分が経過し、双方に疲れが見え始めた。
グレードラゴンの方は、翼に空いた穴が塞がることもないから、1頭が死を恐れてか離脱していく。
1対1になれば、その力の差は歴然で、ブラックドラゴンがグレードラゴンの首に噛み付きへし折ろうとする。
「戦うなら今しかないな。エクレア、魔力を貸してくれ」
『了解アコル』
「ランドル、ブラックドラゴンが巣に戻った時を狙う。幼体に気をとられて上空の警戒が弱まる一瞬を狙うぞ」
『分かったアコルさま!』
ここで派手にやり合って、アホール山の魔獣を恐怖に曝してしまうと、魔獣の氾濫を招いてしまう。
できるだけ手数を減らし、仕留める必要がある。
「絡んで縮まれ蜘蛛の糸。誓約の魔力を捧げし我に力を! 投網」
俺が魔法陣の詠唱を始めるのと、ブラックドラゴンがグレードラゴンの首をへし折ったのは同時くらいで、やはり直ぐ巣へと戻った。
俺はランドルで降下しながら、持てる最大魔力をブラックドラゴンの頭上目掛けて放つ。
「ドンピシャだわ!」と、エクレアが俺に魔力を流しながら嬉しそうに叫ぶ。
うまい具合に魔力網がブラックドラゴンの頭上で開き、七色に輝く網はブラックドラゴンの体を包み込んでいく。
メリメリと音をたて、七色の魔力網はブラックドラゴンを締め上げていく。
「ユテ、魔力を頼む!」
『はいアコルさま!』
魔力網に抵抗しようとするブラックドラゴンに、追加で魔力が奪われていくので、俺はユテを呼び出し応援を頼む。
「我が指に集え、誓約の魔力を捧げし我に力を! 閃光の弾丸」
突き出した指先から青白い炎が噴出し、眼前に現れた金色に輝く魔法陣を通過すると、俺の頭くらいの大きさの炎が弾丸となって、ブラックドラゴンの眉間と両眼に向かって飛んでいく。
もらったユテの魔力まで、ごっそりと削られていくのが分かる。
ミルクナの町でスノーウルフの変異種に放った時も削られたが、あの時の数倍は魔法陣が吸い取っていく。
俺は今回、魔術書の魔法陣に軌道修正能力を加えたので、その分の魔力が加算され、指先は燃えるように熱いが、体は一気に冷えていく。
……この魔法陣は、倒す相手に応じて必要な魔力量が変化するんだ。
軌道修正のついた炎の弾丸は、ブラックドラゴンの後ろ頭から着弾すると、狙った3箇所を通り抜け、幼体の居る巣の中へと飛んでいき、ドゴーンと爆音を響かせた。
肩で息をしながら呼吸を整えていると、魔力網が消失し、3分の2くらいの大きさに無理矢理縮小させられたブラックドラゴンが、その巨体をゆっくり右へと傾けていく。
「よし!」と俺が勝利を確信した瞬間、幼体の巣から炎が飛んできて、俺のいた籠に命中した。
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