348 覇王・勇者学園都市(4)
ティー山脈から来たと思われるグレードラゴンは、人間を食料だと認識しているから、人間の多い領都や大きな町が狙われるだろう。
マギ領のドラゴン対策は万全に近いが、警鐘を聞いても避難しない住民は必ずいる。そんな住民を狙って地上に降りたら、町まで破壊されてしまう。
奴等が龍山に来た理由を考えてみたが、導き出された可能性は2つ。
1つは、ブラックドラゴンの新たな巣を龍山に作るため。
もう1つは、グレードラゴンを粛清し、己が頂点に立つことだ。
ブラックドラゴンの雄にとってグレードラゴンは、簡単に操ることが可能な駒に過ぎないが、雌や幼体にとっては厄介な存在ともなり得る。
シルバードラゴンを絶滅させた過去を考えれば、邪魔者を排除するのは当然の行動かもしれない。
『主よ、指示は伝えたが、王都の守りの指揮を執っていたルフナ王子は動けないし、これまで執行部部長として学生を指揮していたトゥーリスは学園都市に居る。
覇王軍本部を任せたマサルーノとシルクーネは、エイトと一緒に王都へ向かう帰路の途中で不在じゃ』
王都の覇王軍本部と王宮に指示を出し戻ってきた賢者妖精ロルフが、王立高学院で指揮を執る者が居ないと心配する。
「確かに・・・ボンテンクは学園都市だし、ゲイルやノエル様たちは卒業式ぎりぎりで王都に帰る予定だから、現在王立高学院に残っているメンバーでは、まだ経験が足らない」
……エリスには、まだ無理をさせたくないけど、ランドルが高学院から帰るのを待っていたら間に合わないかもしれない。
「分かった。エリスが回復したら、ラリエスを王都に戻らせると学院長に伝えてくれ」
急いでラリエスたちの所まで戻ると、エリスの翼の穴は完全に塞がっていた。
守護妖精のトワが、ありがとうございますと嬉しそうに礼を言う。
「ラリエス、ティー山脈から来たグレードラゴンが、マギ領内で人間を襲い始めた。既に群がばらけて活動を開始しているようだから、王都も他領も危ない。
今、王都には指揮を執れる者が居ない。エリスが飛べるようなら王都に戻ってくれ。エリス、無理をさせるが飛べそうか?」
俺の問いを聞いたエリスが、翼を広げて動かしてみる。
骨折部分も問題なく完治し、骨にも翼にも痛みはないという。
おまけに、なんだか魔力量が増えた気もすると、驚きの追加報告まで。
「確かに、エリスと同調している私の魔力も、なんだか増えた気がします」
両手を握ったり開いたりしながら、ラリエスも魔力増加を感じると言う。
……ブラックドラゴンの心臓、凄いな。
『マギ領で暴れているグレードラゴンは、討伐しなくていいのですか?』
「ああ、ラリエスを乗せて飛ぶ時は、グレードラゴンが単体でもない限り、今後対戦する必要はない。
だから王都に戻る時は、奴等の飛行高度より高く飛び、存在を気取られないよう状況確認だけしてくれたらいい。でも、無理はしなくていいぞ」
俺はエリスの翼を撫でながら、急いで飛ぶ必要もないと付け加える。
「アコル様はどうされるのですか? まさかお一人で残られるのですか?」
「そうだ、この際、地上からでもできる攻撃が、どのくらい有効か試してみたい。俺の俊足で移動すれば、マギ領で2番目に大きい冒険者ギルドまで1時間くらいだ」
破損していた籠をラリエスと一緒に簡易改修し、エリスに再び取り付る。
もしも飛行中にエリスの翼に異変が出たら、絶対に無理するなと指示して、ラリエスたちを見送った。
……どうか王都まで、翼に問題が出ませんように。
冒険者ギルドまでの道中、魔獣の相手をしている暇などない俺は、意識して魔力を150程度放出し、体を覆うようにして移動する。
元々この辺りには上級魔獣は生息していないが、うっかり遭遇したら覇気を放てば問題ないだろう。
目的の冒険者ギルドがある町に到着した時、上空には2頭のグレードラゴンが旋回しており、街には警鐘がけたたましく鳴り響いていた。
さすが覇王の従者エイトと、王立高学院特別部隊の副隊長であるミレーヌ様の領地だ。人の姿が町から消えている。
俺はグレードラゴンの視界から外れるよう、家の軒下を上手く通りながら冒険者ギルドまで到着しドアを開けた。
息を潜めてグレードラゴンの様子を窺っていた冒険者の面々は、突然侵入してきた俺に視線を向け、覇王だと分かると半泣きして喜んだ。
「覇王である俺が指揮を執る。今日は光のドラゴンが一緒じゃないから地上戦だ。命の補償はするから、5人くらいドラゴンをおびき寄せる囮になってくれないか?」
「「 はい? 」」
どういう意味か分からないと首を捻っている奴等に、俺は作戦内容を詳しく説明していく。
そして現在、俺は新しく開いた【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書のページに描かれていた魔法陣を、グレードラゴン目掛けて放っている。
「絡んで縮まれ蜘蛛の糸。誓約の魔力を捧げし我に力を! 投網」
俺は空に向けて両手を上げ、ドラゴンの気を引くよう大きな声で魔法陣の詠唱をする。
すると空高く撃ちあげられた魔力は、俺を食べようと威嚇しながら近付いてくるグレードラゴンを超えていった。
撃ち上がった魔力は上空で発動し、グレードラゴンの少し上で金色に輝く魔法陣が展開する。
魔法陣の中から、俺の魔力で編まれた七色に輝くネットのようなモノが現れ、落下しながらパッと大きく広がっていく。
七色に輝くネットは、グレードラゴンの体をすっぽり覆うと、みるみるうちに縮小していく。
メリメリと鈍い音をたてながら、ネットはグレードラゴンを締め上げていく。
翼を動かせなくなった巨体は、成す術もなく落下する。
ドーンと大きな音と地響きが伝わり、砂塵が舞う。
素材採取には最適だが、なんて容赦ない魔法陣なんだろう。
俺の持っている魔術書には、詳しい発動時の様子や必要な魔力量、肝心な結果が書いてないから、使ってみないと工程も結果も分からない。
冒険者たちが恐怖の視線を俺に……いや、俺の目の前に落下したグレードラゴンに向けている間に、残りのグレードラゴンに向け、俺は同じ魔法陣を放つ。
……やばい、これは結構魔力を消費するやつだ。
……でも、ドラゴン討伐に希望が持てた。初代様、ありがとうございます。
『またアコルったら、最初からあたしを呼んでよ!』
エクレアが飛び出し、ぷりぷり文句を言いながら俺の肩に手をついて魔力を補充してくれる。
再び大きな落下音と地響きがして、砂塵と共に木片が飛び散る。
ありゃ、落下した広場に露店商たちの屋台があった。壊れた屋台は5台くらいだろうか……悪いことをしちゃったな。
落下後も微かに息のあったグレードラゴンに、エアーカッターで止めを刺す。
この魔法陣なら、落下する距離が短いから素材の損傷が少ない。
そろそろマジックバッグ用の素材がピンチだったから、素直に嬉しい。
冒険者ギルド前の広場に設置されていた地下室から、恐る恐る女性や子供たちが出てきて、巨大な2頭のグレードラゴンを見て悲鳴を上げる。
地下室に避難できなかった成人男性たちも、住居から出てきて驚きの声を上げ、囮になってくれた冒険者たちは安堵の息を吐いた。
損傷した屋台の持ち主たちが、粉々になった店と商品を見て呆然としていたので、俺は商業ギルドの職員を呼んで、アエラボ商会が弁償すると告げた。
屋台の持ち主たちは恐縮し、覇王様に弁償してもらうだなんてとんでもないと断ってきたが、俺はシルバーカード持ちの商人だからと言って納得させた。
『アコルさま、グレードラゴン同士の戦いは、龍山のグレードラゴンが勝ったみたいです。ティー山脈から来たグレードラゴンは、半数が山に落下し、残りは各地に散らばったようです』
覇王軍本部でルフナ王子の状況を伝えたユテが、グレードラゴンの様子を見てきて報告してくれる。
「了解ユテ。ランドルに、領都マギの冒険者ギルドで落ち合うって伝えて」
ユテに新しい指示を出した俺は、さくっとグレードラゴンをマジックバッグに収納し、冒険者ギルドが用意してくれた馬車で領都マギへと移動する。
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