34 目標達成と次の課題
冒険者ギルドまで戻った俺は、リーダーから鬼のように叱られた。
依頼主を不快にさせ生意気な口をきいたこと、【宵闇の狼】全員で守ろうとしているのに、自分から魔力量が多いことを示してしまったことについて、危機感がないとか考え無しにも程があると、拳骨付きで怒られまくった。
翌日も公爵家のご子息(お坊ちゃまと呼ぶことを禁止された)の護衛任務があったけど、俺は当然外されたので、先に家に戻ることにした。
俺のことを探られたり、不敬罪で処罰されないよう、【宵闇の狼】は俺のことを臨時で雇った新人で、詳しいことは知らないと説明することにしてくれた。
二日後に俺の家に到着した【宵闇の狼】一行は、翌日のことを話してくれた。
狩りに出た公爵家の子息は、二日目のような覇気はなくなっていたそうだが、冒険者についていろいろ質問したり、冒険者の技を見たがったり、魔術師と冒険者の違いについて真剣に考えていたようだとセイガさんは言った。
「さすが天才と言われた公爵家の子息だ。アコルの土魔法にショックを受けていたが、帰る時には必ずリベンジしたいとか、もっと真剣に学ぶつもりだと言っていた。必死に頑張ろうとしている様子に好感が持てた」
ロードさん(BAランク、30歳)はそう言って、公爵家の子息を褒める。
「護衛騎士に一切口を挟ませなかったところをみると、おだてられた自分を反省したんだろう」
デルさん(Aランク、36歳)も、見所があると褒めていた。
真面目な人間であることは間違いないだろう。そして彼の言っていたことが真実だとしたら、ワイコリーム公爵家は俺を守ろうとしていることになる。
……でも、本当に俺のことかどうかは分からない。
後に二人の天才と呼ばれるアコルとラリエスは、この時の出会いが運命的なものであったと、高学院に入学してから気付くのだが、それはもう少し先の話。
ああ、それからマジックバッグの魔法陣を解析していた母さんによると、マジックバッグは素材によって時を止めることが出来るとか、本当にこの魔法陣の機能に見合う魔力を注ぐことができれば、収納量は無限に近いと話してくれた。
この魔法陣を考えた者は、最低でも150以上の魔力量を持っていただろうと付け加え、マジックバッグに収納する時は、絶対に詠唱するなと脅された。
……150以上かぁ……エクレアの力を借りたら大丈夫かもしれない。
◇◇ 2年後 ◇◇
いろいろ学びながらの旅も、気付けば2年が経過していた。
12歳になった俺は、コルランドル王国全ての領都を回り、隣国ホバーロフ王国や、アッサム帝国にも少しの間滞在した。
暇な時間もたくさんあったから、外国語も基本部分の勉強をしておいた。
旅の目的でもあった香木採取は、最上級品をサーシム領のティー山脈で、一般的な品質のものをワートン領と隣国アッサム帝国との国境に聳え立つアホール山で採取し、一般的な品質の香木は、モンブラン商会のワートン支店から本店に送ってもらった。
会頭との連絡は、信用できる冒険者ギルド龍山支部から王都支部の間で、ギルマスを通して手紙のやり取りをした。他にも、白磁を作っている窯元がサーシム領に在ったので、責任者のセージさんが俺の家に寄って、母さんに手紙を渡してくれたりもした。
セージさんが白磁を窯元から本店に移送する時は、冒険者として途中まで護衛させてもらったりして、王都の様子や魔法省の動きなどの情報を教えてもらった。
会頭宛に送った手紙の中に、王立高学院を受験したいので、推薦して欲しいと書いておいたら、先日、滞在していた龍山支部に返事が届いた。
手紙には、王立高学院の入試は9月1日で、合格発表が9月15日。入学式は10月1日なので、来年の8月初旬には本店に帰ってくるよう書かれていた。
冒険者として腕を上げることが出来る期間は、残り1年となった。
今年も夏から秋にかけて、龍山支部を拠点に仕事をする。
最近の龍山は、低い場所でも新種や変異種が多く目撃されるようになった。ここで食い止めなければ山を下りて町を襲うようになるので、AランクやBランクのパーティーを中心に、命懸けで討伐していた。
当然俺も参加し、【上級魔法と覇王の遺言】の本に書いてある魔法を使って、変異種を二頭倒すことに成功した。
他のパーティーと合同で仕事する時は参加せず、可愛い妖精のエクレアと一緒に、せっせと薬草採取に精を出した。
来年には母さんと妹のメイリが王都に引っ越して来るので、できれば安い家を買っておきたい。
下級地区にある集合住宅の二階や三階なら、中古物件で金貨70枚(700万円)くらいで買えるとセイガさんが教えてくれたので、現在本気で頑張っている。
家のお金は既に貯まっているけど、高学院の学費を用意したい。
きっとモンブラン商会か会頭が学費を出してくれると思うけど、俺は20歳までに独立したい。だから学費は全て自分で払いたいと思っている。
「それはそうと、あれから2年以上経過したから、魔力量を測定しておくぞ」
「えっ? 魔力量って2年おきに計測するんですかギルマス」
「いや、増えていそうな奴だけだアコル。お前は規格外だから特にな」
いつものように龍山でレアな薬草を採取して、うきうきで換金していたら、ギルマスのドアーズさんに捕まった。
前回も計測した薄暗い部屋に連れていかれ、頭くらいの大きさの水晶のような魔術具にそっと手を触れた。
10歳の時は全適性の七色の虹が出たけど、色は鮮やかではなかった。でも今回は、光適性の黄色と、命適性の緑色が鮮やかに輝いていた。きっと妖精エクレアの影響だろう。他にはよく使う土適性の橙色の幅が広くなっていた。
で、魔力量は85から95に上がっていた。
「魔力量だけで考えたら、アコルは既にAランクを超えて、ASランクくらいだ。
セイガの話では技も魔法も教えられるものは全て教えたと言っていたから、あとは高学院で魔法師の勉強をするくらいだ。
本当はこのまま冒険者として働いて欲しいが、魔獣の大氾濫を考えると、今のままでは飛竜や竜種の変異種には対抗できない。奴らは空を飛ぶからな。
今、冒険者ギルドは龍山とリドミウムの森を中心に変異種を討伐し、魔法省と軍は襲われた村の周辺で変異種を討伐している。
だが、それもそろそろ限界だろう。町が襲われ始めたら、冒険者ギルドにも依頼が出る。だから来年は、絶対に高学院に入学していろアコル」
俺の魔力量を確認したギルマスは、予想通りかと呟いたあと、冒険者として魔獣の大氾濫に備えるべき訓練はほぼ終わったと言って、自分の身を守るためにも、変異種を倒すためにも高学院に入学しろとアドバイスしてくれた。
【上級魔法と覇王の遺言】の本を、半分くらいまで開けるようになった翌年の春、こっそり王都に戻った俺は、モンブラン商会の不動産部に依頼して、王都の下級地区に家を買った。
不動産部のマジョラムさんが、三階建ての店舗付き住居で、二階の半分が住居で一階の4分の1が小さな店スペースになっている物件を見付けてくれて、予算きっちりの金貨70枚で売ってくれた。
そして13歳になった俺は、念願の商業ギルドに登録した。
登録店名を【薬種 命の輝き】とし、個人ではなく最初から商店として登録し、金貨2枚を払って商店主になった。
子供だからと手続きを遅らせたりされないよう、保証人欄にモンブラン商会の創業者一族の代表であり伯爵であるダルトンさんが、推薦者欄にモンブラン商会のマルク人事部長が名前を書いてくれた。
二人の名前を見た商業ギルドの受付のお姉さんが、目をぱちくりさせて急ぎ扱いで登録してくれたので、ギルドの手続きや家の手続きが2日で完了した。
「お前なぁ、あれだけ目立つなと言ったのに変異種を討伐したらしいな」
大変お世話になっている冒険者ギルド王都支部に立ち寄った俺は、ギルマスの執務室で、疲れた顔をしたギルマスから文句を言われながら睨まれた。
「たまたま遭遇したんだから、仕方ないじゃん。それに家を買うためにお金が必要だったんだよ」
俺は言い訳をしながらも、討伐は【宵闇の狼】として報告してるから問題ないはずだと胸を張った。
「どこの世界に13歳で王都に家を買うような子供が居るんだよ。それに、なんで商業ギルドに登録してるんだぁ? もう冒険者でいいんじゃないのか?」
「何度も言うけど、俺は大商人になるんだよ。秋から高学院に入学して、モンブラン商会の商会員になって・・・まあ、時々冒険者も遣る予定だけど、魔獣の大氾濫のために魔術は絶対に学ばなきゃダメだろう?」
ブラックカードを持っている冒険者なのに、本業が商人って、あり得ないだろうとブツブツ言うギルマスだけど、こればかりは譲れない。
俺が王都を追われた時から、ギルマスもダルトンさんも、モンブラン商会の会頭やマルクさんも、軍や魔法省から俺をずっと守ってくれている。
そのことは本当に、心から感謝している。
……でもなぁ、魔獣の大氾濫は必ず起こるはずだけど、その時俺は、高学院の学生をしている気がする。商人だとか冒険者だとか、軍とか魔法省なんて関係ない立場の学生をしながら、きっと俺は戦うことになるだろう。
「とにかく、俺は冒険者として学ぶという目標は達成した。これからは、魔獣の大氾濫の前に自分が消されることがないよう、情報収集とこの国の現状を学んでいく」
仕方ないなあという諦めの表情で、ハァと息を吐くギルマスに向かって、俺は次の新たなる課題を伝えて、王都に魔獣が攻めてくるような事態になったら、学生をしていても加勢すると約束して執務室を出ていった。
サブギルマスのダルトンさんにも、いろいろとお礼をしたかったが、復活した魔術師ギルドとの会合のため留守だったので、7月末までには王都に戻ると伝言を頼んだ。
◇◇ 3年後 ◇◇
久し振りの王都に母さんは少し涙を浮かべて、感慨深げに下級地区の景色を見ている。準男爵家の令嬢だったのに、家出して冒険者になった母さんは、18歳から一度も実家に帰っていない。
風の噂で兄が家を継ぎ、なんとか貴族を続けていると聞いていたが、会いに行きたいとは思わないらしい。寧ろ、関わりたくない様子だ。
妹のメイリは、ド田舎から王都に来たもんだから、ワクワクがいっぱいの王都の街並みを見て、大はしゃぎしている。
無事にヨウキ村の家や畑や牧場が売れて、お金に余裕ができた母さんは、そのお金を家を借りる補償金(敷金)にしなさいと渡してくれたけど、冒険者で稼いだお金でもう購入したと説明したら、目が点になっていた。
危険な依頼を受けたのかと怒り出した母さんに、【宵闇の狼】が一緒だったんだから問題ないとセイガさんが庇ってくれた。
「ちょっとアコル、ここ? この建物なの?」
「そうだよ母さん。二階が住居で、小さいけど一階に店もある。留守の間の管理は、モンブラン商会の支店時代の友達バジルがしてくれていたんだ。さあ、とにかく二階に入ってみて」
驚いた顔の母さんと、「ここが新しいお家?」って、階段のある家に初めて入るメイリの手を引いて、俺は階段を上り住居スペースのドアを開けた。
都会の家を買う時は、大きな家具が残されていることが多いらしく、食器棚や食卓テーブルセットが残っていたので、家から持ってきたのは、ベッドやタンスが大きな家具で、あとは衣装や食器や細々としたものだけだった。
「それじゃあ出すよ」と言って、俺はマジックバッグから荷物を取り出した。
「相変わらず常識知らずのマジックバッグね」って、母さんが呆れる。
一緒に王都まで戻ってきた【宵闇の狼】のメンバーが全員、引越しの手伝いをしてくれるから、俺はキッチンで夕食の準備を始める。
3年間の雑用係生活で、料理のレパートリーも増えたし、旅の途中で色々な香辛料を買うのが趣味だったから、味付けだって工夫している。旅の宿で食べた料理が美味しかった時、小銀貨1枚(五千円)でレシピを教えて貰ったりもした。
「宵闇の狼の皆さん。3年間本当にお世話になりました。今日は引っ越しまで手伝っていただき、ありがとうございました。心ばかりの料理ですが、感謝の気持ちを込めて作りました。どうぞ、お腹一杯食べてください」
「なんだよアコル、他人行儀に。世話になったのは俺たちも同じだ。アコルと旅を始めて【宵闇の狼】の稼ぎは倍増した。ああぁ、でも、アコルの旨い料理が今日限りだと思うと、泣きたくなるのは俺だけじゃないだろう」
「そうだなリーダー」ってデルさんが苦笑すると、他の二人も笑って頷く。
いよいよ明日からモンブラン商会に戻る。
高学院の受験の準備も始めなければならない。
でも、最初に俺を待ち受けているのは、魔法省との対決だ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
サクサクと話を進めていきたいと思っています。そうできたらいいなぁ。
 




