329 激流(7)
ラレスト王国の救済は仲間に任せて、俺はエイトとランドルに乗ってブラックドラゴンの巣を探しに行く。
ラリエスとシルクーネ先輩はエリスに乗って、これ以上コーチャー山脈から魔獣が下りてこないよう、山脈の麓で睨みを利かせている。
ラリエスの契約妖精トワによると、魔獣に襲われた麓の村や町は、建物被害は大きかったけど人的被害は少なかったそうだ。
勇者伝説を作りに行った時、如何に逃げて避難するのかを教えており、その成果が出て死者は僅かだったらしい。
またまた見捨てられていた被災者たちは、再び訪れてくれた勇者様に、感謝の涙を流したという。
被災者を見舞いながら、住民を指揮して救済活動を行うのは主にシルクーネ先輩だ。シルクーネ先輩には、少ないけれど医薬品などの救援物資を持たせてある。
「コーチャー山脈には、ブラックドラゴンの巣は見当たりませんね。
幼体は翼も生えていないということだから、やはりアホール山ではないでしょうか?」
コーチャー山脈を西から東の端まで2往復したところで、エイトが首を捻りながら言う。
『アコル様、確かあいつらは、4月の後半から5月初旬にかけて巣分けをしていた記憶があります。
ホバーロフ王国の最果ての山は、ここより温暖だったから、その頃には雪が解けていました』
エイトと契約したシルバードラゴンの守護妖精シルバーが、ブラックドラゴンの巣分けについて教えてくれる。
産卵するのが5月くらいで、卵を産むメスが群を分けて移動する。
安全に産卵できる場所を見付けるのは雄の役割で、新しい巣の付近に居る魔獣は全て邪魔者だから、洗脳して排除するらしい。
「ということは、今回のコーチャー山脈の魔獣の氾濫は、新しい巣を作るためにオスが魔獣を洗脳して環境を整えようとしたってことシルバー?」
『たぶんそうだと思うよエイト』
シルバーとエイトの会話で、コーチャー山脈にはまだ巣を移していないと断定し、俺たちはこれまで巣が確認されたアホール山へ移動することにした。
今日の寝床を何処にするか迷ったが、現在冒険者ギルドアホール山支部は閉鎖されていることを思い出した。
ギルド前には広場もあるし、ランドルにも馴染みのある場所なので、勝手に使わせて頂くことにしよう。
アホール山支部に到着した頃には、すっかり日が沈んでいた。
ところが、誰も居ないはずの冒険者ギルドには、何故かあかりが灯っており、ギルドの裏にある馬車止めには、役人が乗るような馬車が置いてあった。
音をたてないよう裏口に向かい、中の様子を注意深く窺う。
ドアの鍵は壊されており、そっとドアを開けて入ると、奥から大声で話す男たちの声が聞こえてきた。
「なんで誰も居ないんだ! あいつら勝手にレイム領に移動しやがって。このままじゃ俺たちが罰を受けるぞ! お前がもたもた寄り道するからだろうが!」
「どうしよう・・・冒険者を連れて帰らなきゃ魔獣討伐できない。
もう警備隊員も兵士も半分は死んだ。このままじゃ俺たち文官まで、魔獣を倒せと陛下は命令されるだろう。俺はまだ死にたくない。
なんで独立なんかするんだよ! 俺はデミル領に戻りたいんだぁー」
「泣くな! 俺だって実家はサナへ領だ!
就職先がヘイズ侯爵屋敷だったことが元凶なんだ。上司に退職したいと願い出たのに許可して貰えなかった。俺はサナへ領に婚約者が居るんだぞ!」
どう見ても体を鍛えているようにも見えず、覇王講座に来ていた記憶もない男が2人、半分泣きながら愚痴合戦をしていた。
どちらも20代くらいで、干し肉を右手で握り締め、左手にはワイン用の皮袋を持っているから、既に酔っている可能性が高い。
ラレスト王国で働いている貴族は、全員が反国王派であると思っていたけど、どうやら下っ端の役人は無理矢理残されたようだ。
「そんなに帰りたければ帰ればいい、覇王である俺が許す」
ギルドの食堂でグダグダ半泣きしている2人に、俺はちょっとだけ同情しながら言った。
誰も居ないと思って無断侵入していた男2人は、ギョッと驚いた顔で俺たちの方へ振り返り、まるで幽霊でも見たかのように固まった。
「覇王様だ、礼をとれ!」と、エイトが2人に厳しい視線を向け命令する。
驚きのあまり椅子から転がり落ちた2人は、なんとか立ち上がると姿勢を正して震えながら礼をとっていく。
「昨日、ラレスト王国の王都は魔獣の群とドラゴンに襲撃され、王宮になっていた建物は全壊した。街にも大きな被害が出ている。
多くの役人が生き埋めになり、死者多数、大臣や宰相は重体で、シーブルは行方不明だ。だから帰っても働く場所はもうない」
エイトは厳しい現実を突きつけながら、ゆっくり歩いて2人の前で立ち止まり、「天罰が下った」と呟いた。
2人は引き攣ったままの顔を上げ、これでもかと目を見開きエイトを見る。
「トーマス皇太子が王命により、倒壊した王宮を既に占拠した。
住民の為の役場を指揮下に置き、民はトーマス王子を受け入れた。
このまま帰ったところで、上司も生きているかどうか分からないし、君たちは反国王派として捕えられる可能性が高いだろう」
夕食のパンと熱々のスープ鍋をテーブルの上に置き、俺は2人を軽く脅して様子を見る。
「そ、そんな、俺たちは反国王派ではありません。本当です!」
婚約者が居ると言っていた男が、青い顔をしてその場で土下座する。
「それじゃぁ、仲間は、皆は生き埋めに・・・だからドラゴン対策をして欲しいと何度もお願いしたのに・・・ヘイズ侯爵もシーブルも、どいつもこいつも無責任なヤツばっかりだ!」
仲間を失った悲しみと、無責任な為政者に怒りをぶつけて、もう1人の男は号泣する。
……そうだな。ちゃんとまともな役人だっている。
王族や領主や高位貴族の意識を変えるには、時間がかかったんだって言えば、それは言い訳だ。
俺は腐りきった政治には関わりたくなかったし、魔獣討伐に専念したかった。
だけど、覇王である俺はそれで良かったのか?
……この2人は、半分被害者だ。貴族の中にも、政治を正して欲しいと真剣に考える者はいたんだ。
絶望している2人の男に同情したエイトが、美味しいパンをおすそ分けする。
そして、シーブルがどんな政治を行っていたのかを質問していく。
俺はなんだか気持ちが落ち着かず、久し振りに【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書を取り出し、新しいページが開けるようになっていないか確認することにした。
◆◆ ◆◆ ◆◆
覇王の行く道に正解はない。何故なら、光と影、正義と悪は常に背中合わせであり、見る角度で逆転することもある。
見捨てるべき時は躊躇するな。手を差し伸べると決めたら立ち止まるな。
神でさえ試練を与え、全てを救うことはない。
闇の中でも、気付きは突然降ってくるし、道もまた突然開かれる。
覇王の覇気は、唯一絶対の力であることを忘れるな。
◆◆ ◆◆ ◆◆
新しく開いたページは魔法陣や攻撃魔法ではなく、書かれていたのは遺言の一節だった。
……闇の中でも……か。初代様も闇の中を彷徨われたのだろうか?
パンも食べてエイトに話を聞いてもらった2人は、だんだん落ち着いてきて、今逃げたら卑怯者になってしまうと言いだした。
トーマス王子に捕らえられたとしても、ケガをした友人を介抱し、亡くなった者は埋葬してやりたいと頭を下げた。
「王都ラレストに戻る途中、真面目に働く仲間が居たら王都へ連れて行け。
トーマス王子の前で跪き、コルランドル王国の貴族として、仕事を与えて欲しいと願い出るよう俺が命じたと、申し出ることを許す」
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