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321 勇者と覇王(3)

 ◇◇ 勇者の従者 トーブル ◇◇


 覇王様のご指示通り救済活動を始めて5日。

 何処の町も村も、魔獣の被害で困り果てており、特に薬草不足は深刻だった。


 薬草不足の原因で最も大きいのが、旧ヘイズ領から冒険者ギルドが撤退したことだ。

 危険な山や森に入って薬草採取する冒険者が居なくなったことに加え、今では危険すぎて山に入ることもできない。


 ……それなのに、偽王として君臨している男は、何の対策もとっていない。


 ……すでに戸籍上は他人も同然だが、民の命を蔑ろにし、貴族のことしか考えていない男に、どうしても心がざわついてしまう。


 覇王様が私に仰られた「ただ目の前の救うべき人々だけを見てください」という言葉は、こうしてぐじぐじと考えてしまう私の心を見越して、投げかけられた言葉だったのだと今ならよく分かる。


「先輩、大丈夫ですか? 聖魔法の使い過ぎじゃないですか?」


大きく溜息を吐いていた私に、勇者であるラリエス君が心配して声を掛けてくれる。


「いえ、まだ大丈夫です。

 偽王シーブルに苦しめられているコルランドル王国の民を、救いたいと立ち上がられた勇者様のお手伝いができることは、私の誇りでもあります。

 勇者様も覇王様も、政治とは関係なく民を思われ命を懸けておられます」


私は治療に来ているケガ人や病人に聞こえるよう、少し大きな声で大丈夫だと答えて、勇者様と覇王様の優しさを伝える。



 前の領主だったヘイズ侯爵にも、新しく王となった男からも、完全に見捨てられていた住民たちは、すっかり生きる気力を失くしかけていた。

 待てど暮らせど、誰も助けには来てくれず、ケガに塗る薬さえなかった。


 そんな時に、黄金に輝く光のドラゴンに乗って、空から勇者が現れたのだ。

 失いかけていた生きる気力は、希望と共に生きる喜びに変わっていった。

 何も救済をしなかったとしても、人々は勇者の来訪を喜んだだろう。


 ……自分たちは、忘れ去られた存在ではなかったのだと。


 勇者とは、それだけ大きな存在であり、これまで真摯に行ってきた魔獣討伐の実績は、旧ヘイズ領の民の耳にもしっかり届いていた。

 だから王のことは信じられなくても、勇者様の言葉は信じられる。


 ……覇王様は、ラレスト王国の民に希望を与え、勇者様や従者である私が活動することで、自分たちはコルランドル王国の民だと思わせようとされている。


 呪われた血の私でさえ、聖魔法を使っている時は、自分の心までも洗われる気がする。

 治療した住民から、ありがとうございますと感謝の言葉を伝えられたり、涙を流して喜ばれると心が軽くなっていく。

 

 ……聖魔法が使える妖精と契約させてくださった覇王様に、改めて感謝しよう。



「勇者様、だいたい治療は終わりました。そろそろ薬草も無くなりますので、明日の朝向かう町が最後の救済場所になるでしょう」


村の集会所で治療を行っていた私は、村長と話をしていたラリエス君に声を掛けた。 


「そうか、最低限必要な救済はしてきたが、魔獣対策まで手が回らなかったな」


「いえいえ勇者さま、たくさんの住民の治療をしてくださり、子供や女性用の地下室を作っていただけただけでも感謝の気持ちでいっぱいです。

 心ばかりの粗末な夕食ですが、皆が感謝を伝えたいと持ってきました。

 どうか断らずに食べてやってください」


村長は深く深く頭を下げ、今夜は集会所に泊まって欲しいと付け加えて懇願する。

 戸口に居る住民たちも、お願いしますと頭を下げた。


 王立高学院特別部隊や覇王軍なら、食事や寝床は自分たちで用意したものを使う決まりがある。

 だが今回の場合、断ると住民をがっかりさせてしまうだろう。


「では、お言葉に甘えてご馳走になります」


覇王様が仰っていたキラキラの貴公子スマイルで、勇者様は応えられた。

 

 

 

 ◇◇ 勇者ラリエス ◇◇


 勇者伝説活動もいよいよ最終日だ。

 正直言って、覇王様から勇者伝説を作りに行くぞと言われた時は、いったい何のことか分からなかった。覇王様はいつも多くを語られない。

 だが5日間活動してみて、目的が何であるのか理解できた。


 覇王様は何かを行われる時、同時にいくつかのことを進めらる。

 言い換えると、一つのことをしているようで、いつも多くの効果をあげられている。


 今回の勇者伝説活動を私なりに解釈すると、最も重要な目的は、民に希望を与えることだと思われる。

 次は、勇者は民の味方であり、国や役人が放置している悪行に目を向け、民を助けるために努力をしているのだと知らしめること。


 なんで覇王伝説ではなく勇者伝説なのだろうかと疑問に思ったが、私の話を聞いたトーブル先輩は笑いながらこう言った。


「覇王様にこれ以上の伝説は必要ないし、王様さえ跪かせる覇王様が突然来たら、畏れ多くて救済してもらうことを断ってしまうと思わないか?

 覇王様は、これまでの貴族の悪印象を、変えようとされているのではないかと私は思っている。


 私も含め、覇王様が高学院に入学される前の貴族たちの多くは、貴族としての責務について正しく理解していなかった。

 そんな無責任な貴族の印象は、魔獣の氾濫が始まると地に落ち、決して良いものではなかった。


 だが、そんな貴族の代表ともいえる領主一族の、しかも公爵家嫡男のラリエス君が、民の目線で救済活動をしてくれる。

 しかも君は自国の自慢でもあり、誇りでもある勇者さまだ。

 高位貴族である勇者さまが、優しく声を掛け励ますことで貴族の印象は変わる」


 覇王様はこの大陸を統べる偉大な存在だが、勇者様はコルランドル王国の勇者だからなと、トーブル先輩は付け加えた。


 ……無責任な貴族ばかりではないから、勇者を信じて、短気を起こさず暫く辛抱し頑張ってくれって、伝える目標もありそうだ。



 最終日に訪れたのは、昨年の春にライバンの森から溢れた魔獣に、町を半壊され、農作物に火を放たれ、領主から殆ど救済されることがなかった町だ。

 トーマス王子とレイム公爵が立ち寄った時、死者は埋葬されることもなく、徘徊する魔獣のため、水を飲むこともできず住民は死にかけていたらしい。


 その後、被災地の救済と復興を任されたシーブルは、国から支給された復興予算を独立のために使い、被災地を救うことはなかった。

 生活できなくなった住民の半数は、旧ワートン領へ移動したと聞いた。


 ……でも、何故国は、ちゃんと復興させているかどうか確認しなかったんだ?


 それでもコルランドル王国の王都へと続く街道沿いにある町だから、半数の住民は残っており、救済を手助けしたのは商業ギルドだった。

 でも、その商業ギルドも、ラレスト王国建国前に撤退している。


 少し不安はあるけれど、私は上空から町の様子を窺う。


「この町は、兵士が門番として居るようですが、町の周辺を警戒している様子はありません。あっ、大変ですラリエス君、魔獣が荷馬車に向かって走り出しました!」


町の周辺を注視していたトーブル先輩が、指さしながら声を上げた。 


 街道を2台の荷馬車が町に向かって移動しているが、少し後方の林から、シルバーウルフが数頭飛び出し、荷馬車に向かって疾走していく。


「このままではヤバそうだ。エリス、助けに行くぞ」


『了解よラリエス』


 普通のシルバーウルフなら、光のドラゴンが近付いたら逃げていく。

 だが今日は、今後のことを考えて討伐しておく方がいいだろう。


「わーっ、シルバーウルフだ、逃げろー!」


荷馬車から、切羽詰まった叫び声が聞こえてくる。


 私とトーブル先輩は荷馬車の近くでエリスから降り、ピタリと動きを止めたシルバーウルフに向かって駆け出す。

 エリスに驚いた馬が暴れて、荷馬車も動きを止めてしまう。  

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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