319 勇者と覇王(1)
新章スタートしました。
ランドルに乗りラレスト王国に入って5日が過ぎた。
アホール山のブラックドラゴンの巣を確認したが、昨年の巣の場所にはまだ雪が残っていて、その姿を確認できなかった。
もしかしたら、ランドルやエリスのように洞窟のような場所に巣を移しているのかもしれないが、それらしい洞窟を見た記憶もない。
アホール山麓の冒険者ギルドで確認したが、おかしなことに、今年はまだ誰もブラックドラゴンの姿を見た者は居なかった。
……まさか、巣を他の山に移したのか?
……いや、翼の無いブラックドラゴンもいたはずだ・・・まさか、成獣になると翼が生えるとかあり?
『アコル、妖精王様と一緒にホバーロフ王国に行ってきたわ。
絶滅したシルバードラゴンの守護妖精2人は、あまりにも弱っていたから妖精の国で暫く休ませることになったわ。
ブラックドラゴンについて話を聞いたら、500年前頃に突然最果ての山に3頭で現れ、次第に数を増やしてシルバードラゴンの群と戦うようになったらしいの。
100歳未満のシルバードラゴンは、ブラックドラゴンの洗脳攻撃を受け洗脳されてしまったって』
2日前に妖精王さまの所へ行っていたエクレアが戻ってきて、シルバードラゴンの守護妖精の様子を教えてくれる。
「100歳未満? それならそれ以上生きていたシルバードラゴンは洗脳されなかったってことなのか?」
『ええ、でも、生まれた子を全て洗脳され殺されてしまったので、残っていたシルバードラゴンは寿命がきて絶滅してしまったそうよ。
10年前、ブラックドラゴンは何故か同族間で争い、壮絶な死闘の末、7頭だけが生き残ったって』
……同族間で殺し合い? 生き残ったブラックドラゴンが移動してきたってことか?
それからエクレアは、気の毒なシルバードラゴンとその守護妖精たちの話を詳しく語り、ブラックドラゴンについて分かっていることを教えてくれた。
なんとブラックドラゴンは、ホバーロフ王国の最東端にある最果ての山で、同族間の殺し合いをし、その後、炎の攻撃で山を半分以上を焼き払ったという。
その時に巻き込まれ、命を奪われたシルバードラゴンの守護妖精もいたらしい。
当然そこに住んでいた魔獣たちは住処を追われた。
仕方なく焼け残った場所に移動したが、縄張り争いで殺し合いとなり、多くの魔獣が死んでいった。
その争いも、ブラックドラゴンの洗脳によって起こされた可能性が高いそうだ。
……人間にとってはブラックドラゴンは他の魔獣と同じ括りだが、ブラックドラゴンにとって魔獣は、ただの餌や邪魔者でしかなかったということか。
ブラックドラゴンは、オスとメスに個体が分かれていて、光のドラゴンのように卵を産むためメスに変化することはなかった。
そして、生後5年で翼が生えてきて、10年で空を飛べるようになる。
ちなみに、オスの翼は4枚でメスの翼は2枚らしい。
……変異種だから翼が4枚あるわけじゃなかった。これまで戦ったブラックドラゴンは、全てオスだったってことだ。
殺し合いの末に生き残った7頭は、2頭がメスで5頭がオスだった。
ブラックドラゴンは卵を産むメスの方が強く、群を率いているのもメスらしい。
そしてメスの方が体も大きく、全身真っ黒で、リーダーのメスは350年以上生きているという。
ブラックドラゴンは、強いものだけが生き残り、弱いものは淘汰されていくのかもしれない。
メスは一生のうちに5回も産卵が可能で、一度に5個くらい卵を産める繁殖力を持つ。
そういえば、前にアホール山でブラックドラゴンの巣を偵察した時、翼の生えていないものや、小さな翼でとても飛べそうにないと思った個体が数頭いた。
そして、翼が2枚のものも居たから、あれがメスだったんだ。
ということは、あの群には生後5年未満の子供と、生後10年未満の子供が居たということだ。
推測するに、生後10年未満の子供は他の場所で産まれて、翼の生えてなかった数頭が、アホール山で産まれたのではないだろうか。
……やばい、飛ぶようになる前に、何とかしなくちゃいけない。
翼が2枚のメスとは対峙したことはないが、恐らくメスは子育て中で、子供の脅威や邪魔になる上位魔獣を、排除しろとオスに指示を出した可能性がある。
そして生後10年を過ぎたら群れをいくつかに分けて、他の山に移すつもりなんじゃないだろうか。
コルランドル王国には、ドラゴンが生息できる高い山や山脈が多い。
「いろいろありがとうなエクレア。シルバードラゴンの守護妖精とは、この作戦が終了し高学院に戻ってから会うことにしよう」
『了解アコル。1人は火・水・風・知・光の5適性で、もう1人は火・水・風・土・光の5適性だったわ』
俺はエクレアに礼を言って、マジックバッグに収納してあった母さん手作りのナッツクッキーが入った袋を差し出す。
母さんの手作りクッキーが大好きなエクレアは、にっこりと微笑んで受け取りスッと姿を消した。どうやらお腹が空いていたようだ。
「5適性持ちとなると、王族か領主一族に限られますね」
「そうだなヤーロン。合致するのはノエル様とエイトだな。
でもなぁ、これ以上ノエル様をパワーアップさせてもいいんだろうか?」
「どういう意味でしょうか?」
「ノエル様は、まだ婚約者を決められていない。
妖精の契約者って結婚相手として大歓迎されるが、歓迎の理由の大半は、自分の家に利益をもたらしてくれると期待されるからだ。
愛情ではなく、利益のために望まれるってどうなんだ?」
うちの学院で妖精と契約している者は、殆どが覇王軍・王立高学院特別部隊に所属している。
そして、その半分以上が同じ学院内でパートナーを見付けて婚約している。
互いに妖精と契約している場合は問題ないし、恋愛だったら大歓迎だ。
でも、領主家の息女であるノエル様の場合は、家同士の釣り合いも考慮しなくてはいけない。
ノエル様より年上の相手を探そうとすると、殆どの者は妖精と契約しておらず、魔法・学業・指導力という点でも、ノエル様より優れた者は居ない気がする。
「ああ、貴族って大変ですよね。でもノエル様なら、問題ないですわって微笑まれる気がします。寧ろ大歓迎されると思いますよ」
ヤーロン先輩はなんだか含みのあるにやけ顔で、問題ないだろうと断言する。
むしろ、覇王様や勇者様の婚約者が決まっていない方が、大問題だと思うと付け加えた。
……まあ俺はいいとして、名門公爵家嫡男のラリエスは問題かもしれないな。
勇者伝説を作り始めて5日も経つと、ラレスト王国内の町や村では様々な噂が囁かれるようになっていた。
「おい聞いたか? 旧ヘイズ領内に勇者様が現れ、新国王が見捨てていた村の人々を救済されているらしいぞ」
「ああ俺も聞いた。勇者様は避難用の地下室を作り、従者様は奇跡の聖魔法を使ってケガ人を治療してくださるそうだ。羨ましいなあ」
訪れた旧ワートン領の小さな町の水飲み場で、農民たちが昼休憩をしながら大きな声で話していた。
町を見回すと、最近魔獣の襲撃を受けたような痕跡があり、商店や家の1階部分の窓は戸板で目隠しされ、魔獣の侵入を防ぐ手立が取られていた。
何処の町や村にも共通しているのは、警備隊や軍の兵士を見掛けないことだ。
聞いた話では、新国王が王都と国境を守るため移動させてしまったらしく、本来なら民を守るための人員が全く配置されていなかった。
これでは、魔獣が襲撃してきても助けてくれる者など居ないから、必要最低限の自衛手段を取り、皆で協力し合って生き延びるしか方法がない。
「もしかして、ケガをされているのですか?」
水飲み場で痛そうに腕を摩っていた若者に、ヤーロン先輩が作戦開始となる声を掛けた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
新章スタートしました。
ブラックドラゴンとの対決も、ラレスト王国との戦いも大詰めになってきました。




