313 新しいポーション作り(4)
翌日の午後、薬師部メンバーと覇王軍新人メンバーは、王立高学院特別部隊の馬車と、チャーターした馬車に乗って出発した。
俺とラリエスは、光のドラゴンに乗って明日の朝出発する。
薬師部コースを引率するのは、妖精と契約しているリコッティー教授だ。
覇王軍新人メンバーを引率するのは、薬草に詳しい女の子の妖精と契約しているルフナ王子と、実家が龍山支部にあり山に慣れているチェルシー先輩だ。
心配性のボンテンクには言えないが、昨夜は亀の効能について考え、興奮して眠れなかった。
煮るべきか、生でも大丈夫か、乾燥すべきか、粉末がいいのか等、一番効能が得られる方法は何だろうかと考え始めたら、いつの間にか朝になっていた。
亀の変異種については、かなりの量があるので惜しみなく実験素材にできる。
王立図書館で借りた古い本には、亀の素材と合わせると、効果が高くなる薬草との組み合わせが記載されていた。
……なんて素晴らしいんだ!
先発隊を見送った俺は、先日龍山で採取した薬草と、今朝、冒険者ギルド王都支部から届いた亀の変異種の各部位を使って、新しいポーション作りに挑戦する。
亀の変異種は、口から吐く酸を生成する顎にある毒袋以外には、毒の成分は検出されなかった。
あれから冒険者ギルドは、冒険者まで借りだして、徹夜で亀の変異種を解体し、毒があるかどうか調べてくれた。
冒険者にとって俺や学院の作るポーションは、自分の命を繋ぐことにもなると分かっているので、皆が交代で解体してくれたらしい。
……有難い。絶対にいいポーションをつくるよ。
昨夜、ルフナ王子が図鑑で発見したのは、腹が赤と黒と灰色の亀の絵で、千年以上生きると3メートル級の大亀になり、食用にもなると記載されていた。
今回は変異種だから、首から上はアナコンダだったらしいが、他の部位は亀のままだった。
首や頭部は高値で売れるから、ギルドで欲しいと懇願された。
気の早い若い冒険者が、毒が無いなら食べてみてから覇王様に報告しようと、胴体部分の一部をスープにして食べてみたらしい。
食べている途中で体がポカポカして、徹夜の疲れが軽減したそうだ。
ルフナ王子が見つけた図鑑にも、噛み付かれると骨まで砕けるが、胴体には滋養強壮効果があり、手足や尻尾を食べると傷が早く治ると書かれていた。
そして肝には増血作用があり、貧血に効果ありと小さい字で書いてあった。
その図鑑が製本されたのは、500年前の魔獣氾濫の頃だ。
当時の医学水準で解明、または恐らく効くであろうと思われることは全て記載されている。
でも、現在の医学レベルなら、もっと詳細に効果が立証できるだろう。
今の王都には薬を必要とする病人は多いし、冒険者なんてケガ人だらけだ。
毒となる物が入っていなければ、また、組み合わせ的に害がなければ、患者に飲ませることを俺は躊躇しない。
500年前の魔獣氾濫時の医療関係者も、きっと同じことを考えたと思う。
救えるかもしれない命なら、救おうとするのが医師であり薬師だ。
この図鑑は、彼等が必死の思いで作成し残した、貴重な教科書である。
魔力量の減少は、魔術具などの物つくり、ポーション作りを始めとした様々な分野を後退させてしまった。
昔の国王がきちんとしていたら、今の状況はもっと改善されていたはずだと思うと悔しくて堪らない。
……それを正すのも、覇王の仕事なのだと受け入れるしかない。
……先日初めて開いた【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書には、覇王は時代を進める役割を果たし、従う者の能力を高めなければならないと書かれていた。
他の古書には、薬草と亀の素材を上手く混ぜ合わせるには、最低でも魔力量が130は必要だと書いてあった。
昔は当たり前のように重宝されていた素材なのに、貴族の魔力量が下がるにつれ、ポーションの材料として使われることがなくなった。
スープにして食べるだけでも滋養があるのに、大事な情報は時の経過と魔力量減少によって、後世に伝えられなくなってしまった。
まあ、生息しているのがティー山脈の1500メートル以上の地点だし、3メートル級の巨体を運搬するのは困難だったのかもしれない。
目の前には、初代覇王時代に作られたポーション製造魔術具がある。
俺の場合、頭の中に記憶している薬剤知識と感で、役立ちそうな素材を適量選んで、えいっと魔術具に放り込んでポーションを作る。
教授たちは記録をとりながら、なんという力技って、いつもポカンと口を開けている。
しかも俺の場合、グレードラゴンのカラ魔石に、自分の魔力をギュッと流し込み、7色に輝く魔石に変化させ魔術具を起動するのだ。
今のところ人間でカラ魔石に直接魔力を充填させられるのは、全適性持ちの俺と、6適性持ちのラリエスしかいない。
古代魔術具が上手く起動しない時は、直接ポーション用の鍋に魔力を注いでポーションを作れば何の問題もないが、魔力の消耗は激しい。
未知のポーションを作るには、知識と感、センスと度胸が必要だ。
高級素材を無駄にしたらどうしようなんて尻込みしてたら、ハイポーションなんて作れない。
絶滅種と言われるような薬草を使う時は、教授たちが手を合わせて涙目で拝むので、俺が学院に居る時にしか作業できない。
魔術具の存在は大きいが、妖精と契約した教授やリーマス王子であれば、中級ポーションの製造は自力で普通にできるようになっている。
何度挑戦しても、ハイポーションは全適性持ちの俺にしか作れない。
俺の魔力を注入し全適性になった魔石を、他の者が魔術具に装着し使ってみたが、何故か中級ポーション《上》という品質になってしまう。
現在商業ギルドに卸しているハイポーションは、実は俺以外の者が作った中級ポーション《上》なのだが、効き目は確かなので問題ない。
因みに高品質の軟膏は、魔力量が100以上あれば誰でも作れるようになった。
この2年間で、医療及び創薬分野は大きく飛躍した。
学院と王宮で薬草栽培を始めたことと、聖魔法で治療できるようになったことが、発展に大きく貢献している。
飛躍の原動力となったのは、妖精との契約であることは間違いない。
素材が腐らないマジックバッグの存在も一役買っている。
今では定期的に、リドミウム領から新鮮な薬草が届けられている。
また大事なポーションは、必ず時間経過しないマジックバッグに入れて保管することを義務付けている。
さあ、増血作用又は造血作用があり、体力を回復させる効果のあるポーション作りに挑戦だ。
冒険者ギルドのギルマスが直接届けてくれた素材を吟味し、核となるであろう亀の変異種の肝を小さく切っていく。
合わせる薬草は3種類。抗菌作用があることが分かったばかりの、キノコも一緒に入れてみる。
味はこの際目を瞑ろう。良薬口に苦し、効果を一番に考える。
いつものようにエクレアと、リーマス王子のリリアちゃん、トーブル先輩のセルビアちゃんがアドバイスをくれる。
龍山に行かなかった医療コースの教師や学生の契約妖精も姿を現し、皆で新しいポーション作りを学ぼうと懸命に目を凝らす。
『アコル、肝は最後にした方がいいわ。それから仕上げに、竹から抽出した水分を加えてみて』
「了解エクレア。やっぱり肝は生だと難しいんだな」
俺はエクレアのアドバイスを疑ったことがない。エクレアは俺以上に鋭い感と知識を持っている。
魔術具のスイッチを入れ起動させる。
ゴウンゴウンと音がして、水分が出始めたら肝を入れ、また少しして竹の水分を加える。
ゴゴゴゴゴゴと魔術具の音が変わると、できあがったポーションがピカッと緑色の光を放った。
さあ、完成したポーションを鑑定してみよう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




