308 魔術具起動(5)
◇◇ 覇王探求部会総責任者 ログドル王子 ◇◇
とうとうドラゴン襲来を告げる警鐘が鳴り始めた。
私は覇王探求部会の部会員と一緒に、起動できた魔術具を持ってモンブラン商会の屋上でグレードラゴンを待っている。
5階建ての屋上は王都の城壁よりも高いので、上級地区にある王宮は勿論、グレードラゴンの巨体もよく見えた。
人の姿までは見えないが、先頭のグレードラゴンに繰り出された攻撃は、剣聖と名高いダイキリさんが放ったものだろう。
王宮内に侵入したグレードラゴンに向け放たれている攻撃は、学生たちが城壁の上から懸命に放っている火魔法や土魔法だと思われる。
任務とは言え、ここに居る部会員は、誰も魔獣と戦ったことなどいない。
グレードラゴンと直接対峙するなんて、きっと想像さえしていなかっただろう。
だから恐怖心から体が震えるのなんて当たり前だし、まともに声だって出せないくらいに緊張している。
「上空を飛んでいる1頭は、どうやら王宮を破壊する気がないようだな」
「はいログドル王子。そういう風に洗脳されているのかもしれません」
今回私を補佐してくれる特務部のパドロール教授も、最初から1頭だけ動きが違っていたと言う。
「ということは、あいつの目的は別の場所ってことか?」
「分かりませんギレムットさん。でも、他の領に向かうとしても、ぜひここの上空を飛んで欲しいですね。私はこの手にある雷撃の魔術具を試してみたいんです」
私は余裕のある振りをしながら、腕に抱えている魔術具を見て不敵に笑ってみせる。
この場に居る部会員6人は、全員が起動可能になった魔術具を1つ持っている。
どの魔術具が有効なのか分からない。どの魔術具がグレードラゴンに届くのかも分からない。
でも、王宮の次に高い建物は、中級地区にあるモンブラン商会本店と、フロランタン商会本店である。
王都の破壊が目的なら、ここが次に狙われる可能性は高いだろう。
「あっ、上空を旋回していた残りの1頭が、こちらに向かって飛んできます!」
そう叫んだのは、音の攻撃に対抗する魔術具複製を、成功に導いた若い職人のホイルズだ。
彼は自分の工房に素材を取りに戻り、持参した金属を全て試してみた。
その結果、まさかと思っていた純度の低い銀が、基盤として働いたのだ。
確かに千年前の技術では、今ほどに純度の高い鋳造はできなかっただろう。
「よし、絶対に無理はするな! 危ないと思ったら、ギレムットさんの防御魔法の中で動くな」
私は皆に指示を出し、眼前に迫ってくるグレードラゴンの動きを注視しながら、持っていた雷撃の魔術具にグレードラゴンの魔石をセットした。
……大きい。間近で見るとこんなにも大きいのか!
先程まで飛び方が不安定だった気がするが、今は高低をつけながら素早く、時に悠々と飛んでいる。
どうやらトーマス王子は、洗脳解除する魔術具を使ったようだ。
「先ずは私がこの魔術具を起動する。
恐らく雷撃は距離があっても大丈夫だ。
私に続いて使う魔術具は、ドラゴンの嫌う音を出す魔術具にする」
「はい、承知しました!」
私は雷撃の魔術具を屋上に置き、攻撃を放つ角度を調節しながらドラゴンを待つ。
私の隣には特務部のパドロール教授が並んで、ラッパのような形をした魔術具をセットする。
「こっちだグレードラゴン!」
高学院の方へ旋回しようとしていたグレードラゴンに向かって、あらん限りの大声で叫ぶ。
王都民の姿は何処にも見えず、思っていたより静かだった町に、私の発した声が響く。
すると、グレードラゴンの首がこちらを向き、ギラリと光る気味の悪い瞳が私を捉え、バカにするかのようにギィーギィーと鳴いた。
バサリバサリと翼を大きく動かし、胴体を首と同じ方向に向け直した。
「起動!」と叫んで、私は魔術具のスイッチを入れる。
ヒュンヒュンと音をたて魔術具が起動し、次第にゴウンゴウンと回転するような低音が響き始めた。
私は狙いを定めるためギリギリまで待って、発射スイッチを押した。
その途端、とても目を開けていられない程のまばゆい・・・いや、目が痛くなる程の閃光が、真っ直ぐグレードラゴンの方へと飛び出した。
稲妻は三方に広がり、その内の一つがグレードラゴンの右翼へと伸びる。
同時に、ドカーン、ドーンと耳をつんざく爆音が王都中に響き渡った。
ギレムットさんが防御魔法を展開してくれたので、この場に居る者は全員、衝撃波から身を守ることができた。
ギョェーッ! ギョェーッ! とグレードラゴンの叫び声がする。
どうなったのか確認しようと目を凝らすが、先程の閃光で目がくらみ、前が全く見えない。
隣でスタンバイしていたパドロール教授は、稲妻の爆音が消えるのと同時に魔術具を起動し、シリシリシリ、シリシリシリと不思議な音を響かせ始める。
覇王様は、人の耳で聞き取れる音には限界があり、人にはシリシリシリとしか聞こえないが、グレードラゴンには違う聞こえ方をしている可能性があると仰っていた。
暫く音の攻撃を続けていると、グギャー!と耳を塞ぎたくなる悲鳴のような声でグレードラゴンが鳴いた。
ようやく目が見えてきて、魔術具攻撃の成果が分かった。
グレードラゴンの右翼には大きな穴があき、胴体からは少し煙が上がっている。
それでも何とか飛ぶことが出来るようで、はっきり見えた時には、下級地区の南門の辺りをフラフラと蛇行しながら飛び、王都から離れようとしていた。
「残念ながら致命傷には至らなかったようだが、あの鳴き声からすると、音の攻撃も有効だったと思って間違いないだろう」
半分悔しい思いだが、間違いなくグレードラゴンに打撃を与えることができた。
私はパドロール教授や仲間たちと、笑顔で握手を交わす。
「やりましたねログドル王子」と、他のメンバーも嬉しそうに声を掛けてくる。
「この一歩は大きいです! 魔術具があれば、グレードラゴンにも対抗できると証明されたんですから!」
魔術具の複製に並々ならぬ情熱を燃やしてきた職人ホイルズは、本当に嬉しそうに興奮しながら言う。
「ああ、これからもっともっと魔術具を複製して、王都以外にも配置できるよう頑張ろう」
私は同年代のホイルズと肩を抱き合いながら、喜びを分かち合う。
「本当に良かった。我々を信じて任せてくださった、覇王様の期待を裏切ることにならなくて。
ひとこと言わせてもらえるなら、雷撃の魔術具を使う時は、目を保護するゴーグルとか目隠しを用意して欲しいな」
我々同様に王都を任されたブラックカード三人衆の一人でもあるギレムットさんが、目をしぱしぱさせながら【覇王探求部会】のメンバーに要求する。
「確かに」と、全員が頷きながら納得する。
改めて王都を見回すと、今回のグレードラゴンの襲撃で大きな被害が出たのは王宮くらいだろう。
中級地区も下級地区も、大きな被害が出なかった。
死者数に至っては、数十人、いや、数人くらいかもしれない。
グレードラゴンが低空で飛んだ時、屋根瓦が飛んだり、窓ガラスが割れたりした建物はあるだろう。
グレードラゴンが落下した上級地区の被害状況は、これから確認しなければ分からない。
南に飛び去っていった手負いのグレードラゴンの姿は、もう肉眼では捉えられなくなった。
あの様子では、南のセイロン山に辿り着くのがやっとか、途中で力尽きるだろう。
「魔法部の学生に、ケガ人が出ていなければいいが」
モンブラン商会本店の階段を下りながら、パドロール教授が学生を心配する。
確かにグレードラゴンは、何度か城壁にぶつかっていた。
嫌な予感がする。急いで高学院の作戦本部に戻ろう。
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