30 新しい仲間(3)
「なんとか入ったみたいです」と笑顔で告げるが……なんだか皆さんの様子が可笑しい。はて、どうしたのだろう?
「アコル、お、お前、今魔方陣を発動したよな?」
「えっ、魔方陣ですか? さて、詠唱はしましたが魔方陣は書いてませんよセイガさん」
「書く? いや、書かなくても詠唱で発動する魔方陣もあるだろう。ピカッて光った時に魔獣の上に魔方陣が現れたぞ。まさか……まさかお前、知らずにやったのか? 魔方陣を使ったら相当な魔力量を消費したはずだぞ! 大丈夫なのか?」
ええぇ~っ! いろいろと知らなかった・・・
詠唱で魔方陣を発動していたのか? どうりでごっそり魔力を持っていかれた訳だ。
「あはは……なんかえらい魔力を吸いとられたなって思ったら、魔方陣を・・・そうなんだ。へえ~っ、成る程なるほど」
「マジかよアコル、お前、知らないうちに魔方陣を使うなんてこと、冒険者の常識では、いや、魔術師の常識でも有り得ん話だぞ!
自分の魔力量以上を消費する魔方陣を使ったら、死ぬことだってあるんだ!
は~っ・・・俺の寿命が縮んだわ。
成る程って……どんな無茶ぶりだよ!
何の知識もない者が、ましてや子供のお前が、どうして魔方陣を発動できたのか理解することさえ難しいが、いいか、今後マジックバッグに収納する時は「入れ!」とだけ命令しろ。
それで入らない物は入れるな。普通はそれで入るんだよ。この常識知らずが!」
セイガさんは特大の溜め息を吐きながら、常識知らずの俺に指導する。
そんな風に怒らなくても、まだ10歳の初心者Eランク冒険者が、そんな物知りな訳ないじゃん。でもまあ、こうやってベテランの冒険者と一緒に居ると、勉強になるのは間違いない。有り難く教えて貰おう。
なんとか日暮れまでにギルドに辿り着いた俺たちは、ケガの酷かったロードさんとミレーヌさんを医者に連れていくグループと、新種と思われる魔獣の討伐を報告するグループとに分かれた。
「ギルマスを呼んでくれ。Aランク冒険者【宵闇の狼】のセイガだ。Aランククラスの魔獣と思われる新種を倒した。至急確認を頼む。体はアースドラゴンのようで頭が2つ、そして口から吐く紫色の液体は、服も体も溶かすという凶悪ぶりだった」
「えっ? 新種ですかセイガさん。直ぐにギルマスを呼んできます」
受付の男性はセイガさんを知っていたようで、慌てて二階に駆け上がっていく。
夕方で混雑していたギルド内は、Aランク冒険者が放った新種という言葉と、壮絶な戦いを物語るような服の破れや血の痕跡を見て騒然となった。
慌てて下りてきたギルマスのドアーズさんは、セイガさんの後ろにいる俺に気付いて、これ見よがしな溜め息をハーッとつく。
そして直ぐに状況を確認するため、【宵闇の狼】と【太陽と月】のメンバーに「執務室に来い」と指示を出した。
俺は関係ない人間を装って、採取した薬草を換金しようと体の向きを変えたところで「そこの【宵闇の狼】の見習いも一緒に来い」と命令されてしまった。
どうやら逃がしてはもらえないようで残念だ。
「で、最初に聴いておく。今回の魔獣の討伐にアコルは関わっているのか?」
「おいギルマス。魔獣より、なんでアコルの話からなんだよ!」
「そりゃあ、その方が重要だからに決まってるだろうセイガ」
ギルマスの執務室に到着し、二つのパーティーのリーダーであるセイガさんとホルクスさんが、代表でギルマスの対面に座った。その途端、ギルマスが何故か俺のことを質問した。
セイガさんもホルクスさんも他のメンバーも、ギルマスの質問に納得できないとばかりに眉を寄せ、他人事のようにドアの前に立っていた俺に視線を向ける。
「ああ、確かにいろいろと助けられたな。あり得ない巨大エアーカッターで魔獣の首を落とし、信じられない高額な薬草でケガの治療をしてもらったし、常識知らずな魔方陣で魔獣をマジックバッグに収納してもらった。考えてみれば、アコルがいなきゃ……死人が出た可能性もある」
セイガさんは、ギルマスの質問が意図することを探るように瞳を真っ直ぐ向け、俺が関わったことをゆっくりした口調で連ねていく。
「なにー!魔方陣を使っただと!」
「ああそうだ。しかも本人は全くの無自覚で、魔方陣を詠唱発動させやがった」
「アコルー!この常識知らずが! お前は何をやってるんだー!」
何故かギルマスの怒りのスイッチを押したようで、皆の前で怒られてしまった。
「何をやってるって・・・俺はおとなしく薬草採取してましたよ。
そしたら上級魔獣と戦ってる気配がして、ケガ人がいるみたいだったから治療しようとしただけです。
べつに戦う気もなかったし、魔獣に興味もなかったし・・・それじゃあ俺は、あの時無視する方が良かったんですか? 見捨てるべきでしたか?
それが冒険者として正しいのなら。今度からそうします。
そもそも、Eランクになったばかりの初心者で、10歳の俺が常識知らずなのは仕方ないじゃないですか!
詠唱したら魔方陣が出るなんて、知らなかったんですから」
ギルマスの言っていることも分かる気もするけど、何をやっているって怒られるのは納得できない。きっと父さんだったら誉めてくれる。よく助けたって。
「違う! 普通は詠唱しても魔方陣なんか出てこんわ! お前はいったい、そんな技とか詠唱を何処で覚えてくるんだよ」
「そ、それは……我が家の秘伝の書です」
「「「秘伝の書?」」」
いったいそれは何だぁ? みたいに怪訝な表情で皆が俺を睨む。
「家の武器庫に入ってたんです。きっと父さんの本だと思います」
「「はあ? サイモンが本? パリージアじゃなくて?」」
ギルマスもセイガさんもなんて失礼なんだ。確かに父さんが本を読んでいるところなんか見たことないけど、武器庫は父さんが管理してたから、母さんの本じゃないはずだ。……いや、でも、よく考えたら、父さんが【上級魔法と覇王の遺言】を読んでいたら、雷撃や他の魔法が使えたはずだ。
……あれ? これは母さんに確認した方がいいかもしれない。せっかく2年以上も自由な冒険者生活を送れるんだから、家に帰ったっていいよな。
「とりあえず最初の目的地をサーシム領にして、リドミウムの森とティー山脈で香木を探します。ヨウキ村に戻って母に秘伝の書について訊いてみます」
「ああ、そうしてくれ。セイガ、お前、パリージアに会って、この常識知らずの息子をどうやって育てたか確認しろ。それまで秘伝の書? とかいう本の使用を禁止する。・・・それから、仲間を助ける行為は間違っていないが、本来Eランク冒険者が助ける方に回ることはない」
ギルマスはセイガさんに指示を出し、頭を抱え再び大きな溜め息をついた。
なんか酷い言われようだけど、これ以上言い返してギルマスを怒らせるのは得策じゃない。ここは引き下がって、早く薬草担当のお姉さんに買取りして貰おう。
「【宵闇の狼】と【太陽と月】のメンバー全員に、王都支部のギルマスであるベイクドとサブギルマスのダルトン、そして龍山支店のギルマスである俺から命令を伝える。これから話すことは口外禁止であることは勿論だが、人の命と冒険者ギルドの意地が懸かっていると思え」
ギルマスが急に真面目な顔をして、低い声で俺以外のメンバーを睨みながら言った。
さっきまでの気さくな感じではなく、ピリピリと緊張感が伝わってくる。
セイガさんをはじめ全員が背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「今回の魔獣の討伐に、アコルは一切関わっていない。常識外れの攻撃や治療や魔方陣、それらの全てをお前たちは見ていなかった。よって、アコルに報酬は分けない」
「はあ? 何だよそれ」と、セイガさんが怒気のこもった声をあげる。
「それは納得できません」と、ホルクスさんも首を横に振る。
「よく聞け。10年以内に……魔獣の大氾濫が起こる。
その前兆として、各地で魔獣の変異種が村を襲い始めた。
軍と魔法省は討伐隊を組んで、冒険者ギルドも優秀なAランクパーティーを出した。だが、結果は魔法省と軍の無能な指導者によって、冒険者は15人以上も殺され、6人もの重傷者を出した。
そのことは、お前たちも噂で知っているだろう。
今後冒険者ギルドは、魔法省がA級魔法師を出さないのなら、討伐に協力しないと決めた。
そこで魔法省の無能な副大臣は、魔獣の変異種を倒すため、妖精と契約できる魔術師を使おうと考えた。
だが現在、妖精と契約できるのはレイム公爵家とサナヘ侯爵家の血族だけだ。
この二つの高位貴族家は、魔法省の副大臣であるヘイズ侯爵と対立している。
まあ、誰だって妖精と契約できる希少な魔術師を、無能な魔法省に使われたくはないだろう。みすみす死出の旅に行かせるようなもんだからな。
そんな時、一人の子供が妖精と契約し、その事を多くの職場の同僚に知られてしまった。
運悪く、その職場の人間の中に、無能な魔法省副大臣ヘイズ侯爵の甥が居た。
直ぐに子供を確保し、捨て駒にしようと企んだが、間一髪で逃げ出した。
それがアコルだ」
「「「 はあ?!!! 」」」
信じられないとばかりに大きな声が揃い、全員の視線が俺に向けられた。
半分は口を半開きにし、半分は現実が受け入れられずぼ~っとしている。
そんな視線を向けられたら、そ~っと逸らすのが普通だよな。
……ああ、今日は月夜だな。窓の外が明るいや。お腹空いたなぁ・・・
「アコル、お前のことだろうが! 何を他人事のようにしてるんだよ本当に。
こいつは何せ魔力量も並みじゃない。おまけに魔術師でもないのに魔方陣まで使えることが知られたら、絶対に先陣に立たされて殺される。
冒険者ギルドは、将来有望な冒険者を守らねばならない!
セイガ、【宵闇の狼】の最も重要な任務は、アコルを魔法省や軍から守ることだ。
いいな、アコルのことは絶対に口外するな。助けられたことも、マジックバッグのことも忘れろ!
少しでも漏らせば、命の恩人であるアコルを殺すことになるぞ」
ギルマスの声は次第に低くなり、意識して魔力を漏らしているのか完全に威圧している。後ろで立っていた【太陽と月】の若者は、腰が抜けたようにへたりこんだ。
ダルトンさんも会頭の部屋で魔力を漏らしてたけど、目の前のギルマスの威圧は半端ない。とにかく顔が元々怖いから、俺も少し背筋が寒くなった。
「返事は?」
「はい分かりました。アコルは今回の討伐に関わっていませんでした。そして、見たことも聞いたことも全て忘れます。口外しないと誓います」
【宵闇の狼】のリーダーであるセイガさんは立ち上がり、青い顔をしてそう言った。他のメンバーもコクコクと頷いて了解する。言葉にしたくても、ギルマスが怖すぎて声が出せないみたいだ。
「皆さん、いろいろとご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。俺は薬草採取の報酬だけで充分です。ですから、早く俺の……いや、モンブラン商会のマジックバッグから、新種の魔獣を出させてください」
せっかく新種の魔獣を討伐したかも知れないのに、俺の話なんかで暗くなるのは止めて欲しい。きっと下で他の冒険者も新種の魔獣を見ようと待ち構えているはずだ。
「そうだった。そんな話もあったな。ん? 新種? 今、新種と言ったか?」
「ええ~っ、聞いてなかったんですかギルマス、耳が遠くなったんじゃないですか」
せっかく明るく言ったのに、何故か特大の拳骨を落とされてしまった。
セイガさんまで、俺の頭を拳でグリグリしてくる。
「痛い! きゃー、リーダーがいたいけな子供を虐めます。助けてー」
「そんなとこだけ子供の振りをするな。アコル、魔物の解体場に到着したら、見物人に背を向けてセイガの隣に立ち、直ぐにマジックバッグから魔獣を出せ」
「子供の振りじゃないです。俺はまだ10歳の子供ですギルマス」
「うるさい。もう早く旅に出ろ。いや、薬草係りが泣くな・・・仕方ない、仲間のケガが良くなるまで、薬草採取だけしていろ。お前はどんなに頑張っても、安全のため2年はEランクのままだからな」
全然納得できないことを言われながら、俺はみんなと一緒に解体場へと向かう。
俺のことを心から心配し、守ろうとしてくれるギルマスに感謝し、みんなの好意も嬉しくて、俺は子供らしい笑顔で階段を降りていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。