299 本当の脅威(2)
◇◇ 建設大臣ログドル王子 ◇◇
昨日負ったケガと火傷は、助けに駆け付けてくれた執行部部長のトゥーリス君がポーションで治療してくれた。
軽い貧血症状が出ていたので、用心のため医務室に泊まった方がいいと学院長に言われ、昨夜は王宮に戻らず高学院に残った。
前の夜は魔法部の学生と一緒に徹夜で魔法陣を描いていたし、西地区の被災者の誘導で走り回り疲れたのか、夕食後は倒れるように眠りについた。
ぐっすりと眠れた私は、夜明けとともに王宮へ帰ろうと医務室を出て、見上げた空にランドルと覇王様、弟ルフナの姿を見付けた。
一昨日はワイコリーム領で戦われ、昨日は王都でブラックドラゴンの討伐と西地区で大魔法を使われたはずだ。
今日はリドミウム領に向かわれるようだが、少しはお休みになられたのだろうか?
覇王様の御身体も気になるが、王宮の火災の後始末は建設大臣である私の仕事だ。
急いで戻り被害状況を確認し、復興予算を計上しなければならない。
「ログドル王子、リドミウム領に飛来したブラックドラゴンが、龍山に向かいました。
大量のグレードラゴンを引き連れて、ブラックドラゴンが王都を再び襲撃する可能性があります。
覇王様が【覇王探求部会】に緊急招集をかけられました。ブラックドラゴンの音攻撃に対抗する魔術具を、急いで複製せよとのご命令です。
2時間後には、再び王都に第一級警戒態勢が発令されます」
医療棟から正門に向かっていた私に走り寄り、覇王様からのご命令を鬼気迫る感じで伝えるのは、執行部部長のトゥーリス君だ。
その顔色は悪く、本気で大惨事を予想しているのだと分かる。
「大量のグレードラゴン・・・よし、覇王探求部会の総責任者である私が緊急招集をかける。
緊急招集用の狼煙をあげ、王都中に散らばっている協力者と部会員を集めるため、高学院に設置された鐘を至急鳴らそう!」
「分かりました。私が演習場で狼煙を上げます。ログドル王子は鐘をお願いします。
鐘を鳴らせば、学生も教授もみな起きて体育館に集合します。そちらの説明は私にお任せください」
執行部部長に指名されるだけあって、トゥーリス君はしっかりしている。
こう言ってはなんだが、次期サナへ侯爵にはトゥーリス君こそが相応しいと思ってしまう。
トゥーリス君と別れて、高学院に設置された鐘を鳴らすため警備隊の詰め所に走って向かう。
高学院の鐘は、見張り塔の最上部に取り付けられている。
警備隊の詰め所の隣に先月建設された見張り塔は、王都が見渡せるギリギリの高さで、人ひとりが通れる幅の螺旋階段を登っていかねばならない。
がっしりした建物にするとドラゴンに狙われるので、のっぽな見張り塔だ。
「緊急事態だ! 至急【覇王探求部会】を招集する鐘を鳴らしてくれ。
それから、2時間後に再び第一級警戒態勢が発令される。
高学院警備隊は、緊急事態に備えて学院の門を開け! 代表者は体育館で行われる説明を受けろ」
「承知しました!」
早番の警備隊員に指示を出し、鐘を鳴らすのは緑色の狼煙が上がってからにするよう注意する。
昨日の今日で疲れの見える警備隊員だが、背筋を伸ばしてはっきりと返事をする。さすが王宮警備隊副隊長が選んだ隊員だ。
まだ寝静まている王都に鐘が鳴り響くと、何事かと皆が驚き家の外に飛び出してしまう。
王宮が鳴らす警鐘と高学院が鳴らす鐘の音は全く違う。それでも人々は混乱するので、避難が必要な警鐘ではないと安心させるためにも狼煙を上げるのだ。
聡い者なら、夜明けとともに鳴らされる鐘の音に、ただ事ではないと気付き警戒するだろう。
私は図書館棟の1階にある覇王軍本部へと向かいながら、狼煙が上がるのを確認し、続いて鳴り始めた鐘の音を聞いて走る速度を上げる。
◇◇ エクレア ◇◇
ここのところ大忙しで、ボンテンクに貰った桃のタルトを食べる時間も無いわ。
アコルったらランドルに乗っているか走り回っているから、落ち着かないったらありゃしない。
しかも今朝は、ついさっき妖精王様から呼び出しがあって、気付いたら特別な妖精しか入れない妖精の国に居たのよ。
妖精の国が何処にあるのか分からないけど、そこはまるで別世界で、色とりどりの花が咲き乱れ、大きな湖は底が見える程に水が透き通っていたわ。
森の緑は濃く空気が澄んでいて、そこに居るだけで妖精は元気になるわね。
妖精王様は、前にアコルが質問したブラックドラゴンに関する情報が集まったので、私をお呼びになったの。
『アコル、妖精王様のお話によると、初代覇王時代にはブラックドラゴンは登場しなかったみたい。
今の妖精王様の前の妖精王様からの口伝にも、ブラックドラゴンは出てこなかったけれど、大陸全ての妖精族に伝令を出して調べてくださったわ』
戻ってきたあたしは、妖精王様からお聞きした話を、アコルの隊服の胸ポケットの中から伝える。
だって、上空は凄く寒いし風がまともにあたるんだもの。
『この大陸の最東端にあるトラキアヌ山脈に住む妖精族の中に、今はもう絶滅してしまったシルバードラゴンの守護妖精が居たらしいわ。
今では守護妖精の数は2人だけになり、シルバードラゴンを絶滅させたブラックドラゴンを、とても恨んでいるらしいわ。
それで妖精王様が、弱っているシルバードラゴンの守護妖精2人を、アコルとあたしが信用できる者と契約させて詳しい話を聞くようにって。
シルバードラゴンの守護妖精と契約するには、5つの適性が必要らしいわ』
あたしが妖精の国から戻ったのは、龍山に住むグレードラゴンの姿が、豆粒くらいの大きさに見える地点で、龍山の6合目辺りを飛んでいたわ。
よく見ると豆粒より少し上に、黒い点が見えるじゃない。嫌だわ。
「シルバードラゴン? それじゃあブラックドラゴンは、大陸の東の端に生息していたんだな。
守護する主を失った妖精かぁ・・・分かった。5つの適性が必要なら、王族か領主一族に限られるな」
アコルはそう答えて、ブラックドラゴンやグレードラゴンに存在を気付かせないよう、ランドルにもっと高度を上げるよう指示を出したわ。
……豆粒の数は10以上ね。アコルの予想した最悪の事態ってことかしら?
「エクレア、疲れてるところ悪いけどボンテンクの所へ行って、音の攻撃を防ぐ魔術具を、魔獣に向かって放つよう指示してくれ。
もしも、それで洗脳が解けたら、直ぐに魔術具を持ってこっちに戻ってくれ」
『え~っ、またあたしがお使いなの?
あたしが居ない時に限って、アコルは大魔法を使うでしょう?』
今度こそアコルの側を離れないと自分に誓ったのに、またあたしを遠くに行かせるつもりだわ。
まあ今日はユテがいるし、ロルフだって呼べば直ぐに来るわね。
……でも心配だわ。すごーく心配。
「エクレアちゃん大丈夫。俺が一緒だからアコル様に無理はさせない。
俺の得意技は、空中からでもぶっ放せるドラゴンブレスファイヤーだから、グレードラゴンなんて近付くこともできないさ」
一緒に乗っているルフナ王子が、大丈夫って言いながら胸を叩いてみせる。
確かにルフナ王子は炎の攻撃が一番得意だから、グレードラゴンの洗脳を解くことだってできるかも知れないわね。
『分かったわ。それじゃルフナ王子、アコルに無茶させないでね』
あたしはルフナ王子に約束させ、アコルを軽く睨んでから瞬間移動した。
そしてアコルの指示を伝えるため、ボンテンクの頭上に姿を現したあたしは、突然、絶体絶命の危機に遭遇することになったの。
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