298 本当の脅威(1)
午後7時、これから王宮のメインメンバー、覇王軍のルフナ王子とトゥーリス先輩、帰ってきた王立高学院特別部隊のリーダー、覇王軍本部メンバーと一緒に、明日以降の救済活動の進め方について話し合いをする。
会議の冒頭、王宮から来た【王宮対策室】のメンバーが、父サナへ侯爵が大ケガを負ったことに対し、トゥーリス先輩を見舞う言葉を掛けた。
「それは自業自得というものです。魔獣と戦うことを安易に考え、無能を指名した。その結果、王都内に魔獣の侵入を許し被害を拡大させたのです。
これで少しは、覇王様や覇王軍、魔獣討伐専門部隊の苦労を理解できるでしょう」
貴族らしく子息の機嫌を取ったつもりの【王宮対策室】のメンバーは、トゥーリス先輩の返答を聞き顔色を失くした。
悲しむどころか怒りを滲ませているトゥーリス先輩と同じように、一般軍のハシム殿も魔法省のトーマス王子も、同様に渋い顔をしている。
初っ端から重い空気が漂う図書室内に、七色に輝く美しいエクレアが姿を現した。
ふわふわと飛びながら俺の肩に着地すると、よく通る声で話し始める。
『アコル、ラリエスたちがボンテンクたちと合流したわよ。
明日もラリエスとマサルーノがエリスに乗って、夜明け前にリドミウム領に向かうって。
暴走を阻止できるようなら直接魔獣を攻撃し、ブラックドラゴンが領都リドミウムを火の海にしないように動く予定だって。
王都が落ち着いたら、リドミウム領に来て欲しいってラリエスにお願いされたわよ』
「了解エクレア、今夜は早めに休んで早朝出掛けると返事をお願い」
俺はそう答えて、再びエクレアにラリエスの元へ行ってもらう。
この場にいる高学院関係者とハシム殿以外は、王都の危機が去ったことで安堵しているようだが、覇王軍や王立高学院特別部隊は、今現在も命懸けの任務を遂行中である。
「王立高学院特別部隊は、約束通り三日間だけ活動します。
その後の救済や避難民の生活については、新しく設立された【王宮対策室】に全責任を負っていただきます」
学院長であり側室のフィナンシェ様は、このまま高学院が指揮を執ってくれると期待している様子の王宮メンバーに、厳しい表情でぴしゃりと釘を刺した。
「【王都緊急対策部会】で決められた通りに、【王宮対策室】の皆さんは被災者の現状把握をし、住居の提供、食料の支援、金銭的に余裕のない者への仕事の斡旋、ケガ人への支援、衣類や生活用品の支援や販売等の任務を遂行してください。
それから、被災者が王立高学院を窓口だと勘違いしないよう、いえ、窓口が分かり易いよう、明日の朝、王都中の掲示板で王宮対策室メンバーの実名と所属部署、対応できる仕事内容と、各仕事の責任者名を発表しておきます。
人手が足らなければ、王宮の役人を使って対処してください。さもなければ町に被災者が溢れ、治安維持が難しくなります。
貴方たちが対応を間違えると、その不満は上司である大臣や国王に向けられるのです。そのことを忘れないように」
ドラゴンの襲来と大火とうい危機が去り、もうこれで大丈夫って感じで危機感の全く足らない王宮メンバーに向かって、魔力を意識して漏らしながら脅しをかけたのはルフナ王子だった。
【王都緊急対策部会】が立ち上がった時、覇王軍代表として会議に出席していたルフナ王子とボンテンクは、嫌な予感がすると言って先手を打っていた。
やる気満々だった【王宮対策室】のメンバーは、自分の任務をやり甲斐のある名誉職だと喜び、必ずや責任を果たすと豪語していたらしい。
「大任を果たすという意味を、逃げ場を塞ぎ実感させましょう」
会議から戻ってきて提案したのは、王子としての存在感を示し続けているルフナ王子だった。
「それはいいですね。覇王便りは私の担当ですので、早速印刷しておきます」
ルフナ王子に賛同したボンテンクは、会議内容を俺に報告し、その日の内に印刷工場に名簿を持ち込み、印刷を終え覇王軍本部に保管していた。
……俺の従者は仕事が早い。そして容赦なかった。
残念ながら印刷工場が焼失してしまったので、今後は暫く覇王便りは発行できないと思う。
「【王宮対策室】の皆さん、俺は皆さんが、この三日間で救済活動について真摯に学び、しっかり実践してくれると期待しています。
学生である覇王軍や王立高学院特別部隊が命を懸けているのですから、当然皆さんも同じ心構えで任務を遂行できると私に示してください」
自分の名前・・・というか責任の所在が明らかにされると知った【王宮対策室】のメンバーは、俺から軽い覇気まで受けカタカタと小さく震える。
寝る間もないほどの大変な仕事を任されたのに、それを名誉職だと喜ぶ貴族思考に、今更あれこれ言っても仕方ない。
何事も経験が必要だし、最初から完璧を期待してはいけない。
「それと今回の王都での活動料金は、ドラゴン討伐と消火活動に対し金貨100枚。王立高学院特別部隊の出動料として金貨50枚を請求いたします。
被害を最小限に食い止めたことを考えると、かなり格安ですわね」
支払いが5日以内に行われない場合は、王立高学院にも考えがあると更に脅しをかけるのは学院長だ。
夕食の時の話では、金貨200枚は取るべきだと学院長も副学院長も言っていた。
特に、医療チームが持ち出したポーションのことを考えると、今後ポーションを提供できなくなる可能性もあると心配していた。
「合計金貨150枚ですか・・・それは、王宮に戻って上司と相談しなければ返事ができません」
金貨150枚を高いと思っている【王宮対策室】は、緊急時の必要経費の支払いも任されている。
大きな予算を扱える部署だから、名誉ある役職だなんて勘違いするのだろう。
「今回持ち出したポーション代金だけでも金貨100枚を超えるので、実際に使用したポーション代金は、別途請求する方がいいだろう。
それを拒むなら、今後は王宮や貴族にはポーションを供給せず、全て個人で用意させるべきだ」
「そうですねマキアート副学院長。そもそも王立高学院特別部隊は、貴族や役人を救う必要などないのですから」
どんどん金勘定に詳しくなっていく副学院長を頼もしく思いながら、俺も自分の考えを伝えておく。
お前たちの態度次第で、全貴族や役人から恨まれることになるぞと、分かり易く説明したつもりだ。
……いや実際のところ、魔法陣を描いた特殊紙の代金、焼け焦げてしまった学生の制服代金、学生の治療に使ったポーション代金等を考えると、完全に赤字だ。
……国からお金を得て利益を出していると思われるのも我慢ならないから、経費明細は公表しよう。王立高学院は今も、自腹を切って活動しているのだと。
翌朝、出発準備を終え演習場に向かっていると、ラリエスの契約妖精トワから、ブラックドラゴンが龍山の方に向かったと緊急連絡が入った。
「覇王様、今回は私をお供させてください」
見送りに来ていたルフナ王子が、トワの話を聞いて同行を願い出る。
「まさか、今度は龍山のグレードラゴンを操るつもりか?」
自分で発した言葉に衝撃を受けているのはトゥーリス先輩だ。
そんなことになれば、今度はサナへ領やマギ領、レイム領だって危険に曝されるかもしれない。
もちろん、王都が再び襲われることだって考えられる。
「そんな最悪な事態は想像もしたくないが、龍山のグレードラゴンの数は30を越えている。
もしも10頭のグレードラゴンを同時に洗脳し襲撃してきたら、王都は間違いなく壊滅する」
俺は自分でそう言いながら、最悪の事態を想像する。
……覇王である俺は、どんな時でも最悪の事態を考えて行動しなければならない。
「ロルフ、国王と宰相にこのことを伝え、再び第一級警戒態勢を発令しろと指示を出せ。
トゥーリス先輩、【覇王探求部会】を緊急招集し、ブラックドラゴンや変異種の音攻撃に対抗する古代魔術具の複製を急いでください」
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