296 同時襲撃の恐怖(12)
◇◇ 指揮官 ボンテンク ◇◇
ティー山脈から魔獣の氾濫が始まったと連絡を受けたのは、間もなく領都サナへに到達する時だった。
昨日昼前に学院を出発した覇王軍の精鋭部隊は、もしもの事態に備えて街道を爆走していた。
『ボンテンク、緊急連絡よ。ティー山脈から魔獣の氾濫が始まったわ。
アコルは王都のブラックドラゴンを討伐し、消火活動で手が離せないから、ラリエスがワイコリーム領から直接向かうわ。
詳しいことは、リドミウム領のレイトル王子に聞いて』
突然馬車の中に姿を現したエクレアちゃんが、覇王様の指示を伝えてきた。
私の契約妖精ライム君も姿を現し、一緒に指示を受ける。
王都にブラックドラゴンが現れたことは昨日聞いていたが、ティー山脈にもブラックドラゴンが現れたのか?
「了解。直ぐにレイトル王子と連絡をとるよ」
私は頷くと、エクレアちゃんが大好きな桃のタルトを差し出す。
覇王様のご家族や契約妖精に、好物をプレゼントするのが私の趣味みたいになっている。
『あら、発売されたばかりの限定品ね。いつもありがとう』
疲れた表情のエクレアちゃんは、笑顔でタルトの入った箱を受け取り、頑張ってねと私たちに激励の言葉を掛けて姿を消した。
……覇王様が忙しいということは、契約妖精であるエクレアちゃんも忙しいということだ。
「本当に同時襲撃が起こったということか。
ここから領都リドミウムまで、どれだけ急いでもあと1日は必要だな。
ライム君、新しい領主であるレイトル王子に様子を訊いてきて」
『了解ボンテンク。覇王軍が向かっていることと、明日の昼頃到着する予定だって伝えとく』
私の魔力量がつい先日200を越えたから、契約妖精のライム君は遠く離れた場所に瞬間移動できるようになった。
ただ、覇王様の契約妖精と違って、顔見知りの妖精の元にしか移動できないので、妖精持ちの人間にしか連絡できない。
城壁などない領都サナへに入ると、覇王軍の馬車はけたたましく警鐘を鳴らしながら進む。
旧サーシム領、マリード領、旧デミル領に向かう中継地点である領都サナへの住民は、もう覇王軍の爆走には慣れっこである。
今回私が率いているのは、覇王軍のベテラン10人と、トーブル君率いる学生医療チーム6人、そしてカルタック教授率いる古代魔術具担当2人の合計19人だ。
2頭立て6人乗りの覇王軍専用馬車が2台と、4頭立て8人乗りの王立高学院特別部隊専用馬車1台で向かっており、どの馬車にも重量軽減魔法陣が施されているので、馬の負担は半減されている。
覇王軍は、副指揮官が特務部を卒業したヤーロンで、チームリーダーは魔法部3年のゲイルとチェルシーさんだ。
このメンバーであれば、3つのチームに分かれてもやっていける。
領都サナへで小休止し、皆に魔獣の氾濫が始まったことと、今後の予定を告げた。
トーブル君とヤーロン君は、急いで商業ギルドに向かい、薬草と緊急用物資の調達をする。
他のメンバーも、決められた役割を果たすため動き出す。
私とチェルシーさんは冒険者ギルドサナへ支部に寄り、ギルマスと情報交換をする。
『ボンテンク、ブラックドラゴンは、ティー山脈の中央より南に生息していた魔獣約300頭を操り、群れを二つに分けて山を下りたみたい。
群が向かっているのは、北の領都リドミウムと西のリドミウムの森の方角だって』
ギルマスにティー山脈から魔獣の氾濫が始まったことを教えていると、ライム君が戻ってきて報告する。
「大きな被害は?」
『まだ報告は来てないみたい。
ティー山脈の麓には町がないから、麓の各村や領内全ての冒険者ギルドは、警鐘を鳴らして住民を避難させるよう指示を出したって』
私とライム君の会話を聞いていたギルマスが、魔獣討伐ではなく、住民避難や救済活動のために、サナへ領のCランク以下の冒険者30人を応援に出すと申し出てくれた。
急いで招集し、今日中には出発させてくれるそうで有難い。
昨年、龍山から溢れた魔獣がサナへ領を襲って大きな被害が出た。その時、リドミウム領の冒険者ギルドは40人の応援を出してくれたらしい。
今では冒険者のレベルも向上し、覇王軍や魔獣討伐専門部隊と共に戦うシーンも増えてきて、救済活動も積極的に支援してくれる。
覇王様が築かれた冒険者ギルドや商業ギルドのネットワークは、昨年秋には本格的に始動し、通信魔術具や妖精を使った連絡システムにより、緊急時に迅速に対応できるようになった。
各ギルドには、覇王講座の妖精学講座に参加し、妖精と契約できた者が必ず1人は働いている。
……妖精の協力によって、人類は大きな恩恵を与えられている。
もっと早く古代魔術具の起動や複製ができていれば、より安全に魔獣やドラゴンと戦えたかもしれないと思うと悔しいが、それでも間違いなく状況は改善されている。
◇◇ ゲイル ◇◇
「すまないが、超特急でリドミウム領に行かなきゃいけない。
覇王様特製のポーションを振り掛けた飼葉を食べて、今日中にリドミウム領まで進んでくれ」
覇王軍の馬担当をしている俺は、馬の鼻を撫でながら真摯にお願いする。
覇王軍の隊員には、決められた係りや役割がある。
高位貴族が多い覇王軍で、馬の世話をするのは下級貴族や平民の仕事になる。
いや、押し付けられた訳じゃないよ。俺は馬が大好きだから。
合計8頭分の飼葉をマジックバッグから取り出し、好物の野菜もおまけする。特製ポーション入りだと分かったのか、馬たちは嬉しそうに食べてくれる。
覇王軍の馬はどれも特級馬で大きく、本来なら気性も荒く扱い難いが、魔力量の多い隊員ばかりなので、大人しく言うことを聞いてくれる。
だが、いざ魔獣と遭遇・・・なんて場面では、鼻息も荒く魔獣を蹴散らしながら爆走する頼もしい仲間だ。
覇王様は、魔力量の多い山の草を与えているから、馬の魔力量も上がっている可能性があると仰っていた。
……もう、普通の馬じゃない気がする。
なんとか日が沈む前にリドミウム領に入り、街道近くの河原で野宿することにした。
夕食前には、光のドラゴンエリスに乗ったラリエス君とマサルーノ先輩が合流してきた。
夕食をとりながら、皆でワイコリーム領と王都の被害状況を聞いた。
ワイコリーム領のブラックドラゴンは、瀕死に近いところまで追い込んだけど、被災地の消火活動を優先させたそうだ。
王都のブラックドラゴンは覇王様が倒されたそうだが、王宮でも火災があり、北地区は魔獣の被害と火災、西地区は広範囲が燃えて甚大な被害が出ているらしい。
……想像はしていたが、現実になると胸が痛む。
夕食後には、レイトル王子から第二報が届いた。
リドミウムの森に向かって溢れた魔獣の中には、巨大な亀の変異種が混じっているという。
以前ティー山脈を調査したボンテンク指揮官が実物を見たそうで、遭遇した時の恐怖体験を話してくれた。
その巨大な異形にも驚いたが、ソイツは口から酸まで吐くらしい。
「領都リドミウムに魔獣が到達するのと、我々が到着するのはほぼ同じくらいになるだろう。
リドミウムの森に向かった奴等は、昼前には森に突入するはずだ」
「そうですねボンテンク先輩。恐ろしいのは、ブラックドラゴンがリドミウムの森の魔獣を操ることです」
ボンテンク指揮官とラリエス君の話を聞いた皆は、新たな洗脳の可能性に戦慄する。
……そんなことになったら、絶対に間に合わない。
「領都リドミウムを、炎で攻撃する可能性もある」
最も恐ろしいことを、マサルーノ先輩が口にした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




