291 同時襲撃の恐怖(7)
◇◇ 宰相 マリード侯爵 ◇◇
王都がブラックドラゴンと魔獣の両方から襲撃されるという、最悪の予想が現実となった。
王様は第一級警戒態勢を発令されたが、王宮内の大多数の者は、ブラックドラゴンはワイコリーム領を襲撃しており、この発令は念の為の措置だと高を括っていた。
もしも第一級警戒態勢を発令していなかったら、今頃王都は大パニックに陥っていただろう。
なにせ今回は、口から火の玉を吐くドラゴンが襲ってきたのだから。
しかも、魔獣襲撃を知らせる鐘まで王都に鳴り響いた。
……覇王様の予見は外れない。これまでもそうだったのだから。
……覇王様の予見の能力があったからこそ、この国は存続しているのだ。
殆どの民は避難していると一般軍から報告はきたが、火災と魔獣というダブルの災厄に、皆は震えあがっているだろう。
今現在も炎は夜空を赤く染めており、王宮まで火の粉が飛んでくる。
ブラックドラゴンが天守に留まっている以上、下手に刺激することもできず、いつでも攻撃できる態勢は取っているが、実際には見動きが取れない。
今回は王様も避難されず作戦本部で待機されている。
私は総指揮官の役目を与えられ、先ず始めに決して勝手な行動をとるなと各部署に命令した。
戦える者を中心に夜間も交代で見張らせ、攻撃の指揮はマギ公爵に任せた。
何をおいても守らねばならぬ執務棟は、魔法省の古代魔術具担当者に命じて、防御魔法をいつでも起動できるように準備してある。
北門に来た魔獣は、サナへ侯爵が討伐してくれれば問題ないだろう。
午後7時、王宮警備隊のダレン副隊長が戻ってきて、耳を疑う報告を始めた。
北門に配置したサナへ侯爵率いる部隊は、変異種こそ倒したものの、魔獣の王都侵入を許してしまったというのだ。
「それではサナへ侯爵の部下は魔獣討伐をすぜ、逃げるために土魔法を使い、そのせいで魔獣を王都内に侵入させたということなのか?」
「はい王様。群の数は30~35といったところでしたが、変異種討伐に手こずっている最中、2人の役人がサナへ侯爵の命令を無視し逃亡を企てました。
結局逃げられず重傷を負い、死者は3名、サナへ侯爵は左肘から下を失いました。
城壁外の魔獣を討伐後、私は覇王様に与えられた指揮官権限で北門を開けさせ、死傷者を運び込みました。
直ぐに侵入した魔獣を追いましたが、火災に行く手を阻まれ討伐できませんでした」
ダレン副隊長は、腕から血を流し隊服を魔獣の血で染め、髪の半分を消火活動で縮れさせ、満身創痍と分かる風体で王様に謝罪する。
作戦本部に居た全員が呆れ、副隊長に同情し、サナへ侯爵のケガに心が痛んだ。
午後10時、魔獣討伐専門部隊から報告がきた。
北の下級地区の火災は、冒険者と一般軍の兵士、そして住民たちの活躍で7割は消火できたが、中級地区に近い場所は魔獣が徘徊しており、ケガ人が多数出て難航しているという。
魔獣討伐専門部隊から新たに10人が応援に向かったが、夜ということもあり魔獣を発見するのは容易ではなかった。
消火活動をしている者が襲われないよう警護するのが精一杯の状況で、大きな魔法攻撃を市街地で使用することもできず苦戦していた。
「中級地区への侵入は食い止められそうか?」
「宰相、それは難しいでしょう。
スノーウルフであれば、5メートルの壁は越えます。
夜目が利かないから今は大丈夫ですが、夜が明ければ最悪の事態も考え、再び警鐘を鳴らしてください」
魔獣討伐専門部隊の副指揮官は、避難している王都民が、様子を見ようと地下室や家の中なら出る可能性を心配し、魔獣に襲われないよう警鐘を鳴らす方がいいと進言する。
私は総指揮官として今後の方針を決め、皆に伝えなければならない。
「空が白んできたら警鐘を鳴らしましょう王様。
同時に、執務棟に設置した魔術具を起動させます。
問題は炎の攻撃です。水魔法が使える役人全てを使い、火災に備えて出動命令を出してください。誰一人、遊ばせる事などできません」
私は頭の中で段取りを組み、王様に今後の方針を提案する。
王宮で働く全員の名簿をマジックバッグから取り出し、水魔法を使える者の名前に印をつけていく。
そして作戦本部で待機していた王宮警備隊隊長に、王宮の消火班の指揮を執って欲しいと頼んだ。
「王都の他の地区から火災が発生した場合、王立高学院の魔術部に消火活動を依頼するしかないでしょう。
学生や教授であれば、広域魔法陣が使える可能性がありますから。
もしもに備えて、私はこれから高学院に向かいます宰相」
覇王様から直接魔法陣攻撃の指導を受けている建設大臣ログドル王子が、これから高学院に向かい、消火活動に有効な魔法陣を大量作成し火災に備えたいと志願した。
「よかろう。頼んだぞ。
もしも大規模火災が発生すれば、王都は地獄と化すだろう。
ブラックドラゴンや魔獣の討伐も重要だが、王都民の命と財産を守ることを優先する」
王様はログドル王子の案に賛成し即断された。
「頼みますログドル王子」
私もそれしかないだろうと同意し、王子を送り出した。
ほとんど仮眠することもできないまま、東の空が白み始めた。
ブラックドラゴンは、王宮の天守に居座ったまま動きはない。
寝ているブラックドラゴンを起こしてしまうだろうが、打ち合わせ通りに魔獣襲来を告げる警鐘が王都中で鳴り始める。
不安で眠れぬ夜を過ごしたであろう王都民たちに、再び緊張が走るだろう。
思った通り、けたたましく鳴り響く警鐘で、ブラックドラゴンは目を覚ました。
警鐘と共に古代魔術具を起動し、火災に備えて水魔法を使える者はドラゴンの動きを一斉に注視する。
目を覚ましたブラックドラゴンは、キィーともギィーとも聞こえる耳障りな金属音攻撃を開始した。
「なんて大きな音だ。全員耳を塞げ!」
不快音が頭に響く中、私は大声で皆に命令し自分も耳を塞ぐ。
ブラックドラゴンが、金属音のような鳴き声で魔獣を洗脳することは、既に国中の掲示板で民に知らせてある。
しかも人間は洗脳されないので、きちんと耳を塞げば大丈夫だと対処法も教えてあった。
だが現実は厳しく、少しでも耳の塞ぎ方が悪いと頭が割れるように痛んだ。
この音の攻撃で、王都に入り込んだスノーウルフは再び洗脳されるだろうが、魔獣討伐専門部隊もできる限りの手を打っているはずだ。
この音の攻撃に対抗する古代魔術具は、残念ながらまだ1台しか復元できていない。
専門家である【覇王探求部会】メンバーが、懸命に頑張ってはいるのだが、なにせ絶対的な人数が足りないうえ、研究費用も足りていない。
……全ては国の怠慢が招いた結果だ。
1台は高学院にあり、もう1台はリドミウム領に向かった覇王軍が持って行った。
貴重な防御魔法の魔術具を王宮に貸し出してくださっただけでも、感謝しなければならない。
音の洗脳攻撃が止んだと同時に、ブラックドラゴンは天守の一部を崩して、上空にふわりと浮かび上がった。
洗脳されたモノが集まるのを期待しているのか、キョロキョロと辺りを見回し、上級地区の上空を何度も旋回する。
張り詰めた緊張状態が続き、誰も言葉を発しないし、物音をたてないようひっそりと身を隠しながらブラックドラゴンを目で追う。
攻撃班と消火班以外は、皆地下室と執務棟の1階に避難しており、ブラックドラゴンの視界には人の姿は映っていないはずだ。
ごくりと唾を飲み込んだその時、ブラックドラゴンは口から5メートル級の火の玉を吐き出した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




